七日目 さよなら、また明日。

病室にぴったりな、ピッ、ピッと規則正しい音が響く。

一気に狭くなった病室に、俺は変わらず地面から足を放したまま見ている。

様態の急変なんてよくあることで、運が悪いことに今夜少年は命を落とす。

そう、不運なことに。それが運命で変わらないことで、絶対の生死だ。

あと十数分で今日が終わる。その間に、少年は命を落とす。


「今夜がヤマでしょう。」


と無機質な声で五社がお決まりのセリフを言えば、こちらもまた芝居がかった動きでわっと泣き出し、


「嘘…だって昨日あんなに元気だったのよ!」


なんてフラグが立つような言葉を吐き出す母親。一方の姉はただ祐樹の手を握り、


「まだ、まだ死なないで…」


と再生機能にループを付け足したかのように繰り返している。

昨日とうって変わって酸素吸入器にこひゅーこひゅーと息を切らして、その顔は言葉に出さずとも苦悶に満ちている。口は動かしているが、何を言っているかは聞こえないだろう。俺にはわかるが。


‘死神さん、いる?‘

「いるぞ。お前のそばにいる。」

‘僕、やっぱり神様の運命には逆らえなかったみたいだよ。

 でも、絶対にはさせないよ。人間にはあらがうって仕事があるんだから。‘

「何をするかは知らないが、死ぬ以外の運命はお前にはないぞ。」

‘それは知ってるよ。でも、僕の冥土の土産になるからさ。

 最後まで見ててくれない?僕のこと。‘

「そうだな、どうせお前が死ぬまで離れられないんだ。

 子供の遊びには付き合ってやるさ。しかし何をやるんだ?」

‘全部諦めちゃってる死神さんに、ちょっとね。‘

「ふーん?まあいいさ。」


あと五分とそこらで、今日は終わる。新月の今日は明かりが星だけで、心もとない。

風前の灯のように、今夜消えてしまう彼の命のように星は不安定にちかちかと瞬く。

ただ少年が絶えるのを、黙ってみているしかない俺らは、誰も口を閉ざし、話そうとしない。聞こえるのは無機質な音と、命の音。まるで一人この小さな病室に置き去りにされたかのように、音は止まる。あと一分といったところか。


‘死神さん、名前、なんていうの?‘

「類だ。白川類。お前とは関係ないはずだ。」

‘そっかあ。じゃあ類さん。また、明日。‘

「…?何を…」


日付が変わって、いつの間にか俺が知らない八日目になっていた。


‘ね、また明日っていったでしょ。‘

「誤差の範囲だこんなの。」

‘それでも僕は神様に勝ったよ。死神さんも、あきらめないでね。‘

「何を、だ…。」

‘ぼくにはわかんないよ。じゃあ、今度こそ本当にお別れかな‘

「……。」


その言葉から、何かを言おうとしたのだろう中途半端に切れた言葉は、

続きを誰も知らないまま終わった。その死んだ少年の姿を見た死神は、何かを思案するように宙に鎌を止めていた。誤差、そうだ、誤差のはずだ。そのはずなのに、この誤差が少年の執念でできたイレギュラーのように錯覚してしまうのだ。気のせいと思いたいけれど。魂を小瓶に入れて、書類に判子を押して、そこら辺にいる郵送業者に渡す。俺らにとって日常となってしまっている、人の死。特別に思うこともなく、またそれにあらがうこともしない。そのはずなのに、彼の死は確かに、とある死神には特別に映り、影響を与えた。人は死してなお、誰かに影響を与え死に絶えていくのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また明日。 月島文香 @AOKANANA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る