二日目 知りたい君のこと
今日はおあいにくの雨で、さあさあと流れるように降っている。音も聞こえずただ当然のように降っている雨に紛れて、俺はあいつの病室へと入った。糸川祐樹。白血病のステージ4で、余命あと一週間もないくらいの少年だ。俺は死神として、余命一週間の奴の付き添いを毎日するという役目に追われている。残業扱いされるこの仕事は、ちゃんとお給料が出る。ありがたいことだ。時間は雨で分かりづらいが、おそらく子供が起きているには遅い時間帯だろう。寝ているだろうなとベットを覗き込めば、目の前で絵本を手にこっくりこっくりとしている例の少年がいた。
「よう、おねむか。夜更かしはお仕置きされるぞ?」
「ん…僕もうすぐ死ぬからいいもん…ね、死神さん。僕のお願い、聞いてくれる?」
「お断りだ。過度な干渉は死神規定で禁止されてんだ。
俺がよくてもだめだからあきらめな。」
「そっかー…僕、よふかしって初めてしたけど、何もすることがなくてひまだね…
よるってこんなに長いんだ。おつきさまもみれなかったし、運が悪いなあ、僕」
「たまたまじゃないか?月なんていつでも見れるしな。
それに今は夏だ。秋のほうがきれいなんじゃないか?」
「死神さん、僕の寿命知っててそれ言うの…?」
「ああ。いちいち死ぬ奴の顔を覚えていられないほど俺は忙しいんだ。
死神規定のせいで余計にな。」
「死神規定…ってなに…?」
「要はルールだよ。あれはしていい、これはダメ、こうするべきだとかな。
いろいろめんどくさいんだよ。しんでもめんどくさいとかふざけんじゃねぇし…」
「死神さん…生きてたの?」
「そりゃあ俺だって生きてたさ。でも死神なんて好きでやるもんじゃないぞ。
死んだ後も働かなきゃいけないんだからな。
こんな仕事を選ぶ奴はよっぽどの物好きかお人よしすぎる馬鹿だぜ。」
「死神さんは、ばかだったの…?」
「あー?まあそうだな。ほどほどに生きて、頭悪いとこの学校に入って、
いつのまにかしんでたよ。俺、なんで死んだかわかってないから、
なんで死神になったかも覚えてないんだよね。」
ここまでの下りで、約五分弱。それだけの時間にもかかわらず、少年の眠気は収まらず、とろんとしていた目が見えなくなってくる。子供には馬の耳に念仏みたいな話を聞かされているのだから、子守歌代わりになってもしょうがない。
「眠いならもう寝たらどうだ?子供にはもう遅い時間だろ?」
「やー…おきてる…僕今日夜更かしするって決めたんだ…
死神さんとたくさん喋りたいから寝ないんだ…」
「おうおう死神冥利に尽きるな。ありがてぇ凝ったが、今日は寝ろ。
どうせ俺はお前が死ぬまでお前の近くにいなきゃならねえんだ。」
「でも…僕…時間がない、から…寝ない…」
「お前寿命より先に死にたいのか?いいから寝ろ。
よいこでも悪い子でも寝る時間だぞー。」
ぼふっと眠そうな少年を巻き込み、布団を無理やりかぶらせる。
先ほどの絵本を手放さずに、器用に布団とベットの隙間に挟み込まれた少年は、
今度こそ本当に限界が来たようで観念したかのように、それでも絵本は抱きしめ続けて巣やあと眠りだした。狸寝入りかと思うくらいの入眠のはやさだったが、それを疑わないくらいに規則正しい寝息がたてられる。病室についている蛍光灯の明かりを消して、誰もしゃべらない静かな空間が出来上がる。たった五分弱の短い時間のはずなのにあめはすっかりやんで、病室の窓から見える山のほうに、かすかに澄んだ点々とした光がついては消えるのを繰り返す。普通の人なら見えないそれも、いつの間にk見えてしまっていた。この身体にも、感覚にも、感情のすべてにも慣れてしまったのだなあと感慨深く思う。どうせ仕事は全部終わったのだから、少しここで休んだって問題ないだろう。窓際のフレームに腰を掛け、うまく体を預ける。まだ始まったばかりの夜の風景は、静かに時間の流れを色に出していった。
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