また明日。

月島文香

一日目 小さな病室の少年

今日も俺はふわふわと浮いて、標的ターゲットのもとへ向かう。

現世庁人間管理部子供担当課第五死神班に所属している俺は、

当然と言っちゃあ当然だが、子供のお相手するのが当たり前だ。

第五死神班の中でも、俺は8‐15歳を担当していて毎日忙しい日々を送っている。

と言っても一人ずつ付かなきゃいけないのでその間の休憩が短くなっているだけだ。

このブラック企業め。人間と違って際限なんてものがないから好き放題してくれる。

とまあ、俺の説明はこれくらいにしておくとして、

担当する子供が入院している病院についたようだ。

ふわふわと浮上しつつ、病院の外観を下から上へと首を上下に振って見る。

この辺の中で一番大きい、総合病院ってやつだ。

窓のほうへ近づいて、標的ターゲットの入院している病室を探す。

白血病のステージ4。治療法もない、余命があと一週間くらいの男子だ。

ぶっちゃ探さなくても俺のことを見れる奴が標的ターゲットなんだけど。

形式上探しておくってだけだ。

五階の角、ベットにちょこんといながら窓のほう、

そのさらに先、つまり俺をまじまじと見つめる少年がいた。

ああ、こいつだなと判断し、

手元の経歴書とその少年を照らし合わせなくてはいけないことを思い出す。

いつからこんなめんどくさい制度になったんだとわざとらしくうんざりすれば、

少年は俺の方を見たまま、けらけらとあどけなく笑っていた。

窓に近づき、通り抜ける…わけではなく

手でノックし、ドアから入るかのように病室の中へ入る。

少年に声をかけるかと少年のほうに向きなおれば、

自分から言うまでもなく彼のほうから話しかけてきた。


「お兄さん、だれ?もしかして、天使?とりあえず人間じゃないよね!」

「おう、少年。俺が名乗る前に確認をさせてくれないか?

 本人確認、ってやつをやらせてくれ。」

「いいよ!なにすればいいの?」

「そんなすんなりいいのか。俺が悪い奴の可能性を考えないのかよ?」

「だってまどから入ってくるような目立ってくる人…人?まあいっか。

 僕わるい人だと思わないもん。」

「…そんなもんなのかね。じゃ本人確認すっぞ。

 名前を教えてくれ。」

「糸川ゆーき!ことしで七さい!」

「年齢まで確認っと。糸川祐樹な。誕生日は?」

「6月の30日!雨がたくさんふるころだよ!」

「はいはいっと。じゃあ最後に。家族構成くれ。」

「おかーさんといまはいないおとーさんとおねえちゃん!」

「ああ、オッケーだ。じゃあ俺の番な。

 俺はお前の魂を回収しに来た死神ってやつだ。

 名前なんぞない。すきに呼べ。」

「じゃあ…死神さん!なにしにきたの?」

「名前つけるどころか安直だな。かまわないけどな。

 なにしにきたといってもなさっき言ったとおりだ、魂を回収しに来た。」

「それって僕しぬってこと…?」

「ああ、もうすぐお前は死ぬぞ。」


とここまで話して子供には少し酷な話だということに気づいた。

まあ魂さえ落としてくれればそれで俺はいいんだけど。

正直子供の心情とかどうでもいいからな。死神っていうものはそんなものなんだ。

いちいち人の心情にかまっていられるほど暇じゃねえからな。

断言された俺の言葉によって、彼は口ごもる。

うつむきはせず、ただこちらを見続け、

なんていえばわからないみたいな表情をしている。

少しの停滞と沈黙は少年が口を開いたことによって打破された。


「…僕、しぬってはじめてきいたかもしれない…」


そりゃあそうだ、こんな小さな子供相手に死を教えるなんて

そんなことそうそうできない。ましてや、寿命が一週間だなんて余計に。


「そっかあ…僕死ぬのかあ…」


少年は、祐樹は、何かじっくりとかみしめるように言葉の余韻を受ける。珍しいな、死って単語を聞くと普通は泣きわめいたり俺にとってかかっるもんなんだが。

その点、彼はひどく落ち着いてる。異常なまでに、落ち着いている。

彼の水色でよれよれの病院服がそう見えさせるのだろうか、それともあちこちに点滴を打っているこの病室の状況からだろうか。


「じゃあ、僕のやりたかったことかきのこさなきゃね!」

「えっ?」

「どうしたの死神さん?」

「いや、なんでもない。」


随分と子供らしい発言。普通、そう普通なのだが、どうも違和感はぬぐえない。そうはいってもこちらも暇ではない。だれだよ七日間付き添い制度出したやつ。


「じゃあ、今日は忙しいから俺は仕事に行く。

 明日から様子を見に来るが気にするなよ。」

「オッケーだよ。またね、死神さん。」


病室の窓から出てきた時と同じように、青空のほうへ体を寄せる。

日が沈み始めた青空は、今日も一段と色をにじませていた。






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