センスオブZERO

@amatora

第1話 金色の美少女

第一章 金色の美少女


「三カ月ぶりだな」

「ああ。早く会いたいよ」

地平線を森で埋め尽くす広大なアマゾンの奥地。虫や動物の鳴き声が永遠に止まることがない世界。何百万種の生命の鼓動が生態系の頂点にいる人間に恐怖心を与えている。神々が人間を拒む設計にしたかのような木々が生い茂るこの場所に小さな木造の小屋が立っていた。そこへTシャツ、ジーンズにリュックというラフな格好の二人組の男がある少女に会う為に川を下ってやってきた。一人は寝ぐせのある黒髪に堀の深い精悍な顔だち、もう一人は茶色がかった髪で長いもみあげが特徴の男だった。黒髪の男は手入れされていない無精ヒゲを手でジョリジョリなでながら、小屋の前にある小さな砂地で砂遊びをしている七歳くらいの少女に話しかけた。

「やあ」

「あっ!!お父さん」

少女は黒髪の男を見ると裸足で駆け寄ってきて男の膝に抱き着いた。

「元気か?」

「うん」

少女は照れくさそうに上目遣いで男の顔を見た。

「石田はいるか」

「うん。中にいる」

「そうか。ここで遊んでなさい」

「はーい」

無精ひげの男は優しく少女の頭をなでた。少女はちょっと寂しそうにテテテテと砂地へ走っていった。男が小屋の入り口に目をやると若い男が立っていた。

「先生達、早かったですね。映像の準備できてます」

と石田というその若い男は言った。

「それより石田、体調は大丈夫か」

と茶髪のもみあげの男が声をかけると石田は

「はい。熱はもう下がりました。大丈夫です」

と答えた。小屋の中は無造作に電源コードが絡まったまま床に放置されており、発電機の音が響いていた。そして苔と木、そしてわずかなガソリンの匂いがしている。三人はすぐ床に置かれていたパソコンの前に座わりこんだ。

「これが先週撮影したあの子の映像です」

石田がそう言ってパソコンのマウスをクリックすると映像が再生された。

「力がまた大きくなっているな」

男達の目は輝き始める。

「これなら研究が前進しそうだな」

「はい。しかしこの映像は二カ月前のものです」

「二カ月前!?一番最近のものはあるか」

「はい」

石田が返事をしてマウスを握った時、外から少女の声が聞こえた。その声は何かに話しかけているような感じだった。無精ひげの男は異変を感じて外を見るとジャガーが砂場の少女を威嚇(いかく)していた。

「やばい!!」

少女の父親である無精ひげの男は急いで部屋を飛び出そうとした。だがその瞬間、後ろから肩を強く掴まれた。掴んだのは石田だった。

「待ってください」

「なっ!早く助けないと」

と無精ひげの男は肩の手を振り払おうとした。

「待ってください!!大丈夫です。見ていてください」

石田は真っすぐな目で少女を見た。無精ひげの男が少女を見ると少女の髪がゆらゆらと揺れていた。すると少女の周辺の砂がゆっくり宙に浮き始めた。

「これは・・・・!!」

無精ひげの男は目を見開いた。低い姿勢をとっているジャガーは奥歯まで見えるほど口を釣り上げて少女を威嚇すると、シッポを回転させて少女に飛びかかった!

「あっ!!」

と無精ひげの男が声を上げると次の瞬間、ジャガーは少女の一メートル手前で跳ね返された!ジャガーは突風に飛ばされたように地面に転がった。ジャガーは起き上がると懲りることなくもう一度少女へ飛びかかった!!がジャガーは空中で動きを止めた。時間が止まったかのように宙で静止したジャガーは少女と目が合った瞬間、弾かれて地面を転がって倒れた。ジャガーはよろよろと立ち上がるとうなだれるように森へ逃げていった。

「あの年にしてはすごい成長だな・・・」

「ええ」

「やはり我々の星の命運はあの子にかかっている」

男達は立ち昇る砂煙に未来を見た。


「金児様、まもなく学校へ着きます」

護衛で付いているサングラスをした黒服の男の一人がそう言うと少年は桜の舞う車窓を眺めていた。

「俺は高校は行かないって言ったのによ」

かったるそうな表情で頭をグシャグシャとかいているこの少年の名前は福沢金児(ふくざわきんじ)十五才。父親はⅠT事業で莫大な資産を築き、現在は時価総額ダントツ世界トップの多国籍複合企業フクザワホールディングスの創業者である。そして母親は元世界的な女優であり、金児はその母親に似て絶世の美少年だった。

「金児様の入学式に我々だけですか」

黒服がぼそっと言うと金児は

「あのオヤジが来るわけないだろ」

と言って目線を車窓からプロレスの雑誌に移した。金児はあの父親に雇われている付き人達に同情した。そして息子の自分も似たようなもんだと金児は思った。金児は開き直った表情をして

「お互い頑張ろうぜ」

と言うと黒服は押し黙ってしまった。シーンとした悲哀に満ちた車両は希望に満ちた学生の横をすり抜けて天品(てんぴん)高校の校門前で静かに停車した。


「入学生のみなさん。保護者の皆さま。ご入学おめでとうございます。またご多忙中のところご臨席賜りましたご来賓の皆さま、本日は誠にありがとうございます。さてこの天品高等学校は本年でちょうど創立一00周年を迎える伝統と実績のある学校でございます。文武両道を主眼とし・・・」

副校長の高らかな声が体育館に響き渡っている。その声に我が子の門出に感銘を受けている親達がうなずきながら真摯に受け止めている。真新しいブレザーに身を包んだ新入生達は青々と輝く高校生活に胸を膨らませていた。ただ一人を除いては。

「本校は一00周年を迎えるにあたって大きな転換期を迎えることになります。今年度より天品高校はフクザワホールディングスの傘下に入ることになりました」

体育館がざわついた。あらかじめ告知してあったとはいえ世界的な企業が運営するとなるとどんな影響があるのか親達は少しの不安を抱いていた。金児は不機嫌そうに大きな舌打ちをした。

「それにつきまして新たな校長をお迎えすることになりました。ではご挨拶を」

副校長が挨拶を促すと、いかにもインテリといったフチなしメガネをかけたまだ40歳くらいの中年の男が登壇した。するとその男は生徒の方を見渡した。そして金児と目が合うとほんの軽く会釈した。金児はその会釈を無視した。

「皆さんおはようございます。この度、天品高校校長に就任いたしました山川です。校長という大任を仰せつかりましたことを大変光栄に思っております」

金児は校長に就任した山川のことについて付き人の一人に聞いていた。山川はまさに肩書コレクターとも言うべき男で超有名大学、大学院を卒業後、超有名経営コンサルタント会社で腕を振るった後にフクザワホールディングスにヘッドハンティングされた男だった。金児は育った環境のせいか、そういう男にうんざりしていたというよりそういう男が大嫌いだった。

「私、山川はこの天品高校を不動の日本一、いや世界一の学校にするべくこの学校に赴任して参りました。ご父兄の中には運営元が変わって不安にお思いの方もいらっしゃると思います。しかしご安心ください。文武両道、質実剛健、世界のリーダーを目指すという学校の理念に変更はございません。そこにフクザワホールディングスの資本が入れば、素晴らしいケミストリーが生まれるわけでありまして・・・・」

その時だった。新校長が長々とした退屈な挨拶をしている最中に1人の生徒が高々と手を挙げた。金児だった。山川はそれに気づいて挨拶を止めた。体育館がざわつき始めた。

「あ、あの・・・。君、何か」

山川は金児が社長のご子息だと知っていたが、校長という立場から金児を「君」と表現した。金児はすくっと立ち上がった。そして両手をメガホンのように口の前に持っていって大声で言い放った。

「話がながぁぁぁぁい!」

体育館が一斉にざわついた。生徒達はこいつは何者なんだ!?という顔をした。

「こらっ!君、座りなさいっ!!」

といかにも生徒指導らしき年配の教師が金児に向かって叫んだ。金児は無言でパイプ椅子がギシギシなる勢いで座った。体育館のざわつきが収まらない中、山川はしどろもどろの挨拶を早急に終わらせて壇上から引き上げた。すると金児のとなりに座っていた男子が小声で金児に話しかけた。

「お前んち、マジで高校買収したんだな」

金児に話しかけたのは金児の幼い頃からの親友の大倉銀太(おおくらぎんた)だった。

「もしかしてあれじゃない?お前が高校を絶対やめれなくするためにオヤジが買収したんじゃねぇか?登校拒否しても裏工作で卒業させる気なんじゃ」

「まさか・・・」

金児は銀太の言葉にドキリとした。そんなことを考えたこともなかった。だが金児は頭のキレる銀太の言う事は割と信じてきた。銀太は独学でありながら数々の将棋大会で優勝したり、少し勉強しただけで数学で高得点をたたき出すほど頭のキレる男だった。

「ウチのオヤジはそんなに暇じゃねぇよ」

と金児は内心ドキドキしながら言った。銀太はどうだかね?というような表情をした。

その時、金児は銀太のその表情のずっと先に一人の女子がこちらを見ているのに気づいた。その女子は遠目からでも透き通るような白い肌と光沢のある金色の髪があまりに目立っていた。金児はバチっとその女子と目が合った。次の瞬間、その女子は口を尖らせて眉間に大きなシワを寄せた。

「こ、怖っ」

金児の入学式は大変不愉快な入学式となった。


「あっ!福沢だ」

「きゃ。メッチャイケメン」

金児のいる一年二組の教室の前は二、三年生の女子も入り乱れて金児見たさにごった返していた。金児はその容姿と入学式でのスタンドプレーによって学校中ですでに有名になっていた。しかし金児は我関せずといった感じで机に座って退屈そうに窓の外を見ていた。

「相変わらず、モテますな金児君」

銀太は嫌みったらしく金児の肩に手を乗せて金児をちゃかした。

「あの子カワイイな」

銀太を無視して金児は窓の外の渡り廊下を歩いている女子を見ていた。

「どれどれ。あの金髪の子?あっホントだ。メチャクチャカワイイな。ハーフかな?」

と銀太はテンション高く言った。金児と銀太が窓から見ているとその美少女は二人に気付いた。宝石のような瞳で二人を見つめると親指を立ててそれを下へ向けた。そして

「ボン!!」

と言って不機嫌そうに歩いて行ってしまった。

「うわ。俺たち嫌われてる。俺ああいう気が強いタイプはパス。てかお前あの子に何かした?」

「いや別に何もしてないよ。でも入学式の時も俺を睨(にら)んでたような・・・」

金児の目は美少女の後ろ姿を追っている。

「あっやべ。担任きたぜ」

銀太はさっと立つと自分の席へ戻っていった。金児はつぶやいた。

「でもやっぱカワイイな」

登校初日の放課後、金児は女子たちの視線に適当な会釈をしながら下駄箱の前にいた。下駄箱を開けるとそこにはピンクの手紙が入っていた。その手紙は封筒に入っておらずピンクの紙を二つ折りにされただけの物だった。金児はその手紙を開くと

「今日の放課後、第二校舎の屋上で待つ。斉藤ヒメーカ」

と記されていた。

「斉藤ヒメーカ?」

金児は少し困惑したがラブレターに少しウキウキした気持ちになった。金児は中学時代からラブレターはもらい慣れていた。だが入学初日にもらったのはこれが初めてだった。金児は少し浮かれた気分になり屋上へ行くことにした。

金児は校門まで行って迎えに来ていた付き人の黒服達に学校のカバンを預けると、ちょっと待機しておくように言って第二校舎の屋上へ向かった。天品高校には第一校舎と第二校舎があった。金児がいる一般進学組と工業系に卓越した生徒が在籍する第一校舎と全寮制のスポーツ特待生が主に在籍する第二校舎があった。第二校舎は一般進学組とは違って午後からはそれぞれの競技の練習に入る為、校舎に人の気配はほとんどなくなる。金児は静まり返った第2校舎の階段を2段飛ばしで駆け上がった。そして屋上へ出ることができるドアの前にきた。ドアが開くのか疑心を抱きながらドアノブへ手をやった。すると完全に壊れているかのようにゆるいドアノブはすぐに回った。金児はそっとドアを開くとそこには金髪が夕日に照らされてつややかになびいている一人の少女がいた。少女は手すりにもたれて薄っすらと見え始めた月を見ていた。金児はそれが今朝の不機嫌なボム少女だとすぐわかった。

「斉藤ヒメーカさん?」

金児が尋ねると美少女は金児の方を見て

「うん」

と答えた。その声は高くてとてもかわいらしい。

「手紙、下駄箱に入ってたんだけど何か俺に用?」

「うん」

ヒメーカは頷くとスタスタと金児の目の前まで歩を進めた。夕日なのか感情的なものなのか少女の頬がピンクに染まっていた。ヒメーカは優しく微笑んだ。

ドン!!

金児の目に地面が垂直に映った。ヒメーカの強烈なボディブローが金児に炸裂したのだった。

「痛い?福沢金児」

金児は何が起きたかわからなかった。ただミゾオチに何かがあたって息ができないことだけは確かだった。コンクリートの地面に頬をつけながら見上げると斉藤ヒメーカが金児を見下ろしながら微笑んでいた。金児は片膝をついて立ち上がろうとした。金児は胃と腸がのどから出そうだった。

「な、なんで・・・」

と金児は蚊の鳴くような声を発した。ヒメーカの右の眉毛がくねった。

「なんで?フフ。わからない?」

ヒメーカの金髪の綺麗な髪がそよ風で揺れている。

「はっきり言ってあげる・・・。復讐よ。私のお父さんの」

「ふ、復讐・・・!?」

と金児はミゾオチを抑えながら歪んだ表情で言った。

「私のお父さんはあなたんちのフクザワホールディングスの社員だったのよ。でも・・・リストラされたの」

とヒメーカはうつむき気味で言った。

「あなたにはわからないだろうけど、それからお父さんは大変だったのよ。再就職先がなかなか決まらずに。今は就職して働いてるけど収入は激減。学校の入学金払うのも大変だったんだから」

ヒメーカは怒りと悲しみをミックスした表情をしていた。金児はただただ彼女の目を見ていた。

「お父さんの仕事内容はよく知らないけど、家に帰ってくるのはいつも深夜。それなのにクビだなんて。だから私はフクザワホールディングスを許せない。私がフクザワホールディングスを潰してあげてもいいけどそれじゃお父さんに迷惑がかかっちゃうわ」

ヒメーカは口をとがらせて歯がゆそうにした。

「だから私は考えたのよ。あなたにお願いをすれば済むってことにね」

ヒメーカは鋭い眼光のまま微笑んだ。

「入学式で偶然私の近くの子達が話してたのを聞いたのよ。あなたがフクザワホールディングスの社長の息子だってことをね。これはチャンスだと思ったわ」

ヒメーカの言葉を聞いて金児は嫌な予感しかしなかった。

「それでお願いってなんだ?」

金児は恐る恐る聞いた。ヒメーカは問答無用というような表情をして低い声で言った。

「お父さんをまたフクザワホールディングスで雇って」

金児は目を見開いた。話の流れから想定内と言えば想定内だったが一番言われたくない部類の要望だった。金児はすぐ目を細めて下を向いた。

「悪いけど、それはできない」

「なんで?」

とヒメーカはかぶせ気味に聞いた。

「俺にそんな力はない」

「うそよ」

「うそじゃない。俺は出来損ないの息子という事で有名」

金児はそう言うと地面に付けていた手のひらを握りしめた。

「そう言って逃げる気ね」

ヒメーカに怒りのボルテージが上がり始める。それを察知した金児は

「お前の父親の収入が下がったって言ったって両親共働きとかじゃないのかよ」

と無神経な発言をした。するとヒメーカは口をつぐんで黙ってしまった。そして

「ウチは父子家庭よ」

とぼそっと言った。

「お前、母親いないのか・・・」

金児がそう言うとヒメーカはつかつかと金児に歩み寄って地面に片膝をついている金児の腹を思いっきり蹴った。金児はウッと言って腹を押さえた。金児は根はとても優しい男で女子に手を上げたことはこれまで一度もなかった。だがさすがにヒメーカの今の蹴りに金児は我を忘れた。

「てめぇ・・・」

金児はスクっと起き上がるとヒメーカの胸ぐらをつかんだ。

「いくら可愛くても調子に乗るなよ」

金児はすごんでヒメーカの鼻先でそう言った。するとヒメーカは

「フンッ」

と鼻で笑って胸ぐらを掴んでいる金児の手首を握った。ヒメーカは男の力で胸ぐらを掴まれているのに怖気づくでもなく、金児に対してやり過ぎたという後ろめたさを表すこともなかった。金児はその態度に怒りが頂点に達しようとしていた。カッとなった金児は掴まれた腕を思いっきり振り払おうとした。だがなぜか金児の腕はビクともしなかった。金児は一瞬何が起こっているのか思考停止した。もう一度思いっきり振り払おうとしたがビクともしなかった。

「なんだ!?こいつは・・・」

金児はヒメーカに掴まれている部分に妙な違和感を感じた。そして次の瞬間、感じたことがない圧力が腕に掛かり始めた。

「ぐわぁぁぁぁ!」

金児が叫ぶとヒメーカの手が金児の腕にめり込んでいく。金児の手がヒメーカの襟から離れた。ヒメーカは金児のガチガチに力んで血管が浮き出ている腕をやわらかい粘土を扱うように軽々とひねり上げた。

「痛ってぇぇぇ!」

金児はあまりの激痛で叫んだ。必死に振り払おうとしたが、巨大な石を押している感覚だった。

・・・なんだ・・・これは・・・人の力じゃねぇ!!・・・金児はそう感じて冷や汗がぶわっと噴き出した。ヒメーカはさらに金児の腕をひねり上げた。するとあまりの激痛に反射的に金児は、ジャンプしてヒメーカの顔に向かって蹴りを出してしまった。金児は蹴りを出した瞬間、しまった!と思った。いくらなんでも女子を殴ったり、蹴ったりする気は毛頭なかった。だがまったく避ける仕草をしないヒメーカの顔にモロに蹴りが飛んだ。だが次の瞬間、金児の足はビタっと止まった。それは金児の意思で止めたのではなかった。体が金縛りのように止まったのだ。ヒメーカの頬に金児の靴紐だけが触れていた。

「フフッ」

ヒメーカが不敵な笑みを浮かべると、ヒメーカの金髪がゆらゆらと無重力空間にいるように浮き上がった。すると金児とヒメーカの間で大きな破裂音がした。金児は一瞬で10メートルほど吹っ飛んで、肩から地面に落ちた。

「うぅぅぅ・・・・」

金児は頭がぼーっとして意識が飛びそうだった。

「なんだ・・・今のは・・・!?」

金児は倒れたままヒメーカの方を見た。ヒメーカの髪とスカートがゆれているのとは違う、動いていると言った方が的を得ているような動きをしていた。金児はふらつきながら起き上がった。

「お前・・・何者だ?」

ヒメーカは金児を見下したような顔をした。

「別に。ただの女子」

「俺の目はごまかされねぇぞ」

「別になんでもいいじゃない。それでどうするの?お父さんをまた入社させてくれるの?」

ヒメーカは腕組をして偉そうに言った。

「おまえの父親がどんな奴かわからないし・・・・それに本社の人事をどうこうできる力は俺にはない」

と金児は肩を手でおさえながら言った。するとヒメーカの眉間にシワが入った。

「あなたも頑固ね・・・。だったら何日か時間をあげるわ。知恵を絞ってお父さんが戻れるように考えて」

「だから無理だって・・・」

と金児が言うとヒメーカは屋上の手すりの方へ歩き出した。そして手すりを右手で掴んで金児の方を振り返って言った。

「私を本気で怒らせない方がいいわよ」

と言うとひょいっと屋上から飛び降りた!

「おっおいっ!!」

金児は体の痛みを忘れて慌てて手すりに走り寄った。すると二0メートル下の地面にフワッと着地したヒメーカの頭が見えた。そして振り返りもせずにヒメーカは普通に歩いて行った。金児は今起こったことが現実なのか把握できないでいた。

「なんだアイツは・・・」

夕日が落ちかけている薄暗い屋上で茫然とするしかなかった金児だった。


「や・・やめろヒメーカ・・・・や・・やめろ!う・・・うわぁぁぁぁぁぁ!!」

バタンッ!!

金児はベットから落ちていた。背中が汗で濡れているのがわかった。

「くそ。一体何なんだアイツは・・」

その時コンコンとドアをノックする音がした。

「失礼します。金児様」

白髪をオールバックにし白ひげをきちんと整えた黒服の男が入ってきた。

「竹じいか」

「金児様そろそろ学校へ行く時間です。それと金児様宛に留守電が入っておりました」

「留守電?」

金児は嫌な予感がした。

まさか・・・金児の脳裏を金髪がかすめ、背中がまた汗ばんできた。

「誰から?」

「野口先生からです」

「博士から?再生してくれ」

「かしこまりました」

竹じいはそう言うとタブレット端末の画面をタッチした。シークバーが動き始める。

「坊ちゃん、野口です。例の動画の分析結果を報告したいのですがよろしかったら研究所までお越しいただきたい」

金児は博士の留守電の声がいつもより早口で気分が高揚しているように聞こえた。

「博士に金児が向かうと連絡を。それと学校には遅刻すると連絡してくれ」

「かしこまりました」


金児の乗った黒塗りの車はフクザワ中央科学研究所の前にドリフトして止まった。フクザワ中央科学研究所はフクザワホールディングスのテクノロジーの中枢で世界最高峰の科学研究機関だ。金児と黒服達はすばやく車を降りると研究所の自動ドアを抜けてエントランスのすぐ右にある応接室へ向かった。金児は

「お前たちはここでいいよ」

と黒服をドアの前で待機させて応接室のドアを開けた。

「あっ坊ちゃん!お待ちしておりました」

「オッス。博士」

そこに立っていたのはフクザワホールディングスのサイエンステクノロジー部門のトップ、野口秀三郎(のぐちひでさぶろう)博士だった。金児は博士の表情をすぐ読み取った。

「その表情から察するに分析結果はあまりイイことじゃなさそうだな」

博士の表情は不安に満ちていた。しかし金児は博士の眼光に何かたぎるものを感じた。

「坊ちゃんの視点で見れば不吉かもしれません。しかし科学者としてはこれほど衝撃を受けたのは初めてです。とりあえず映像を見ましょう」

博士は応接室のモニターの画面を指でタッチすると動画が再生されはじめた。

「斉藤ヒメーカ。興味深い女子高生です」

博士は画面に引き寄せられるように凝視していた。その動画は斉藤ヒメーカが屋上から飛び降りた時の映像だった。それはあの日、外で待機していた金児の黒服が学校のトイレを借りた時にたまたまサングラスに搭載されていた超小型カメラに映っていたものだった。

「博士、それで分析結果は?」

「うーん。結果から申し上げますと一種の超能力者ということになりますかな」

「超能力!?」

「はい。落下速度を計算しましたが地球の物理法則から大きくずれておりました。スローで着地の瞬間をご覧ください。足が着いていないのに地面が陥没しています。体全体をなにかがコーティングしており浮力のような力が働いているようです」

金児は鳥肌が立った。

「こんなことが・・・・こいつ人間なの?」

「ウチの傘下になった天品高校の協力を得て彼女の素性を調査させましたところ、彼女の父親は以前フクザワホールディングスのアメリカの研究所に在籍しておりました」

「それは彼女から聞いた。リストラされたんだろ?」

「はい。研究プロジェクトの将来性に疑問を持った役員連中がプロジェクトの廃止を決定してプロジェクトメンバーは解散となりました。私は研究会で顔を合わせる程度でしたが優秀な人物でした。名前はイソハチ・サイートゥーナ・トンプソン。日本に移住した時に斉藤イソハチに変えたようです」

「彼女の能力と彼女の父親が関係しているのか?」

「憶測の域はでませんが斉藤はアメリカの大学の研究者時代に仲間と共に「第ゼロ感」という論文を発表しています」

「第ゼロ感!?」

金児の博士を見る目に鋭さが増した。

「はい。人間の感覚で五感というものがあるのはご存知だと思います。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚です。それに加えて直観や霊感といった第六感と呼ばれているものがあります。斉藤の論文を読んでみましたがそれ以外に第ゼロ感が存在し、それは人類本来の原始能力と記述されています」

金児はヒメーカの動画をもう一度再生して見ていた。

「人類の原始能力・・・。なんだそれ。意味がわかんないよ」

「簡略すると人類は実は進化してるのではなく退化しているとでもいいましょうか。おそらく人類は当初斉藤ヒメーカのような能力を持っていたのではないでしょうか」

「まさか・・・」

金児は動画を何度も巻き戻しながら動揺を隠し切れないでいた。博士は疑っている金児を否定するように

「誠に信じがたいことですが・・・しかしこんな映像を見せられては信じざるえません」

と言った。

「人類本来の原始能力か・・・でも斉藤イソハチはなぜその能力に気付いたんだ?」

「それはわかりません」

二人は映像を見ながら考え込んだ。そして思い出したかのように

「その後アメリカ軍が論文に興味を示したようですが、学会でマジシャンまがいだのうさんくさいだのと異端児扱いされて第ゼロ感の存在はうやむやになったようですが」

「博士、斉藤イソハチ本人とそのアメリカで共に研究していた仲間の誰かとコンタクトはとれないの?」

「部下にあたらせています」

と博士は白髪の無精ひげをジョリジョリ触りながら答えた。

「そっか。それじゃ頼んだよ。何かわかったらすぐ連絡ちょうだい」

「かしこまりました。坊ちゃん」

金児は席を立って部屋を出ようとした。すると博士がそれを止めるかのように口を開いた。

「坊ちゃん、くれぐれもお気を付けください。油断したとはいえ天才空手少年と言われた坊ちゃんに攻撃を当てた少女です」

「安心してくれ博士。死にはしないよ」

その時、着信音が流れた。

「ん?電話だ」

金児が自分の小型タブレット端末『スウォーカー』を見ると銀太の顔が映し出されていた。

「ん!?銀太?」

金児は銀太の顔をタッチした。

「もしもし」

「あっ金児!おまえ今日学校くるの?今さ、学校にガラの悪い奴がバイクで入ってきて大変なんだよ」

「え?」

「なんか金属バット持ってるぜ」

「なんだよそれ」

銀太の大きな声にウォンウォンウォンというバイクのマフラーの音が小さく混ざっていた。

「それが金髪の女子出せって大声で怒鳴ってるんだよ」

「金髪の女子!?」

「お前がカワイイって言ってた子じゃねぇの?」

金児はウチの学校で金髪の女子はたぶんアイツだけだと思った。

「すぐいくわ」


天品高校を覆っている青空をバイクの爆音と怒号が突き抜けた。バイクの排気音が意図的なリズムによって鳴らされており、更に複数の音が輪唱のように重なり合っている事が異変さを物語っていた。

「うぉーい!この学校に金髪の女いるだろー!出てこーい!」

「金髪の女を出せー!」

バイクに乗りながら金属バットを肩に担いだ少年達が校庭から校舎に向かって吠えていた。校舎にいた生徒と教師達は一斉に窓から校庭を眺めていた。すると副校長が体育教師二人を引き連れて校庭に走り出てきた。

「君たちはなんだ!ここから出ていきなさい!」

副校長の声は高く裏返っている。続いて体育教師達が

「不法侵入で警察呼ぶぞ」

「今出ていけば警察は呼ばないから出ていきなさい」

と高圧的な声で一番前に陣取っていた体の大きいリーダー格の少年に言った。

「おっさん、金髪の女連れて来たら出て行ってやるよ。用はそれだけだからな」

「金髪の生徒なんてウチにはいない!」

「かばってんじゃねぇよ。制服でここの学校ってことはわれてんだよ。俺のダチが昨日その女に世話になったからちょっと焼き入れに来ただけだよ。すぐ終わるって」

「ウチにはそんな生徒いないからとにかく出ていきなさい」

「てめえなめんじゃねぇよ」

リーダー格の少年はマフラーを改造したバイクから下りると持っていた金属バットの先で体育教師の腹をドンッと思いっきり突いた。

「うっ!!」

体育教師が膝から崩れた瞬間、顔面に蹴りが飛んできて教師は地面に転がった。校舎からキャーという悲鳴がこだました。

「おいコラっ!!」

もう一人の体育教師がリーダー格の少年の胸ぐらを掴むとその少年は片手で服を掴み一本背負いを決めた。そしてバットを振りかぶって腹に振り下ろした。体育教師は腹を押さえてバタバタした。副校長は唖然として足が震えている。

「おまえら須藤さんに勝てるわけねぇよ。早く女出せよ」

リーダー格の少年須藤の横にいた別の少年がバイクにまたがったままそう言った。すると

「なんかめんどくせっ。ちょっと中入って探してきてくれよ」

須藤がそう言ってアゴで指示を出した。

「わかりました」

ブルーンとマフラーの音が鳴った。それを合図に二台のバイクが爆音を上げながら発進して一階の入り口から校舎へ突入した!!

二台のバイクは下駄箱のスノコを破壊しながら廊下へ入った。

「オルァァ!!どけ!!」

バイクに乗った少年達は排気音で野次馬の生徒達を威かくし、蛇行しながら教室の中を見て回った。

「金髪だから隠れてなきゃ見つかるだろ。おっさん、すぐ終わるからそんなビビんなくていいよ」

須藤は震える副校長にやさしく語った。排気音がただただ校舎に響いていた。

その時だった。

パリ・・ガッシャーーン!!!・・・・・・・

とてつもなく大きな破壊音がした。須藤は音が鳴った方を二度見した。そこには窓を突き破り校舎の外へ投げ出されたバイク二台と少年二人が地面に横たわっている。須藤は目を見開らき何が起こったのか把握できないでいた。するとゆがんだ窓のサッシに足をかけて外へぴょんっと出てきた少女がいた。金髪だった。

「あいつか・・・!」

握りしめた須藤の拳は熱くなった。少女は無表情で寝ているバイクを踏みしめながら須藤の方へ歩みを進めてくる。そしてバイク集団の少し手前で足を止めた。

「テメエか。昨日俺のツレをしばいてくれたのは」

と須藤は眉間に大きな溝を作って言った。

「何のこと?」

少女は無表情だがまばゆいほど綺麗な瞳で須藤を見据えた。

「アイツの顔に見覚えあるだろが」

須藤は後方の二人乗りしている少年を指さした。後部座席に眼帯をした少年が座っていた。

少女は目を細め、顎を突き出して遥か遠くを見るような感じで眼帯の少年を見て言った。

「ああ。昨日ナンパしてきた男か。だってしつこいんだもん」

「なめんなよ。どうやってやったかしらねぇけど、しつこいからって単車破壊してコイツにケガさせんのか」

「だって私には不釣り合い。そもそも群れてる男は嫌いなのよ。男だったら一人で仕返しにきなさいよ」

「あ!?コイツマジでなめてんな。単車三台分弁償ときっちり三人分の焼きをその綺麗な顔にいれるしかねーな」

須藤はアゴで無言の攻撃の指示を出す。二0台近いバイクが一斉に爆音を上げ、ドリフトして少女を取り囲んだ。リズミカルな爆音が重なり合って近くの人の声が聞こえない程になった。後部座席に座っている金属バットを持った少年達はエンジンにバットをカンカン当てて威嚇した。少女は足を肩幅に開いてただ無表情でまっすぐ前を見ていた。

「びびってんじゃねーぞ!オラ!」

と眼帯をした少年が少女に向かって叫んだ!すると少女の髪が一瞬ゆらっと揺れた。

「バーカ・・・」

と少女は声を発した。するとすべてのバイクの後輪が浮き始めた!

「あれ!?おいなんだこれはっ!!」

「うわっおい」

バイクに乗っている少年達はパニックになった。

「なにやってんだ!お前らっ!遊んでんじゃねぇ!!」

須藤は仲間に叫んだが後輪が地面に下りる気配はなかった。この時、少女の口元は一瞬ニヤッした。不良少年達はいつもは手足のように使いこなすバイクがまったく思い通りにならないことに苛立っていると、いきなりすべてのバイクのエンジン音が止まった。

・・・シーン・・・・・

校庭は静まり返った。

「何だ・・・これは・・・・」

須藤は口を開けたまま固まった。次の瞬間エンジンとマフラーがボコッボコッとへこみ始めた!後部座席に座っていた何人かの少年はバランスを崩して地面に落ちた。

その時だった。

黒塗りの高級車がものすごいスピードで校門の段差でバウンドしながら校庭に突入した!そしてバイクの輪の真横で砂煙を上げて急停車した。そして一人の少年が高級車から飛び出してきて少女の肩に手をやった。

「やめろ。ヒメーカ」

金児は柔らかい口調だったが、肩に置いた手の指は食い込んでいた。

「何しにきたの?」

ヒメーカはノールックで尋ねた。

「お前の妙な力の事はわかっている。そんなものを全校生徒の前で見せるな」

金児はヒメーカにしか聞こえないような小さな声で言った。

「ふーん。だったらこいつらどうするの?」

「俺がやる」

「あっそ。じゃどうぞ」

揺れ動く金色の髪が緩やかに止まって、ヒメーカの肩を掴んでいた金児の手の甲にファサっとかぶさった。すると浮いたバイクの後輪がドンっと着地した。金児はヒメーカの肩から手を離すと

「君がリーダーか?」

と金児は須藤に話しかけた。須藤はアゴを上げて金児を見下すような表情をした。そして金メッシュが入ったポニーテールの後ろ髪を触りながら

「あ?何だてめえ」

と言った。金児は親指でヒメーカを指さして

「俺は彼女とは何の縁もゆかりもないけど、コイツには関わらないほうがいい」

「何言ってんだてめえ。お前に用はねぇ。どけ」

「だからやめた方がいいって。あんたケガするよ」

「あ?どけっ!!」

須藤は金児の顔面に向かって裏拳を放った。金児はその裏拳をまばたき一つせずに片手で掴んで止めた。須藤の顔が怒りで赤々と染まっていった。

「この野郎・・・」

須藤のキレた顔を見て暴走族のメンバーは全員バイクから下りた。そして金児の一番近くにいた少年が金児にバットを振り下ろした!金児は須藤の腹を思い切り蹴飛ばしてその反動でバットを鼻先をかすめるようにかわした!バットが地面を打ちつけた瞬間、少年の首は右に曲がった!金児の回し蹴りが炸裂したのだ!そこを見逃さんとして別の少年が金児の軸足を狙ってゴルフのようにバットを振り抜いた!金児はそれを後方宙返りで回避!大振りでよろめいた少年の頭にかかと落としを見舞った!

「な、なめんじゃねぇぇぇ!!」

「ぶっ殺す!!」

更に二人の別の少年が同時にバットを振りかぶった!金児はさっと屈んでバットを振り上げた少年の又の間をすり抜ける!そして又の間に後ろから強烈な蹴りを入れた!くらった少年は悶絶!そしてもう一人の少年のバットを手で押さえて股間に膝蹴りを入れ悶絶させた。

「てめぇ。足ぐせが悪いな」

須藤は金児を観察していた。

「てめぇはバットじゃない方が戦いやすそうだ」

そう言った須藤はカランっとバットを捨てた。そして金児に向かってダッシュした!金児よりも一回りも体が大きい須藤はズカズカと大股で金児に詰め寄った!そして太くて長い足で金児の顔面めがけてハイキックを繰り出した!金児はかわそうとしたが予想よりも速いキックにとっさに左手でガードした!金児の体はぶわっと宙に浮いた!肩から地面に落ちたが回転して立ち上がった。

・・・予想以上に重くて速いな・・・

と金児は口から少し血を流しながら感じた。金児のガードの隙間から須藤の蹴りが口元に入っていた。口をぬぐっている金児を見て須藤は

・・・こいつ・・・とっさに後ろに飛んで力を逃がしやがった。格闘技慣れしてやがる・・・・

と金児がただの優男ではないと直感で感じ取った。だが金児も須藤の動きを見てすぐさま感じるものがあった。

「あんた・・・格闘技やってるだろ?」

と金児は須藤に尋ねた。須藤が

「俺は空手と柔道をやってたぜ。もう後悔しても遅いぜ」

と言うと金児は

「へぇー。俺と一緒じゃん」

と言った。須藤は足のつま先で小刻みにフットワークを取り始める。それを見て金児の目は本気になった。須藤はタタンと軽やかにステップしてまたハイキックを繰り出した!

「同じ蹴りを食らうかよ!」

と金児はしゃがんでかわした!しかし須藤はハイキックをかわされた反動で一回転して金児のブレザーの後ろ襟を片手で掴んだ!

「掴んじまえばこっちのモンなんだよ!」

須藤はそのまま強引に大外刈りを繰り出した!その台風のような回転に金児は巻き込まれた!かのように見えたが前転宙返りしてそのままブレザーを脱ぎ捨て脱出した!

「・・・すげぇなお前・・・・」

と須藤は息遣いが少し荒くなっている金児を見てつぶやいた。ストリートファイトでこれまで負け知らずだった須藤だったが、金児の動きはいままでケンカしてきた奴らとは別物だった。「フン・・・すぐ脱げる服はもうないぜ」

須藤はまたタタン、タタン、とステップし始めた。そしてオラァ!と叫んでまたハイキックを繰り出した!

「バカの一つ覚えかよ!」

金児は素早くかわした!

「そうでもねぇぜ!!」

と須藤はハイキックをかわされると持っていたブレザーを金児の頭にかぶせた!そして目隠しされた金児のYシャツの後ろ襟をブレザーごと掴みにかかった!!

「終わりだ!!」

と須藤は叫んだ!須藤はそのまま金児を投げ飛ばして、馬乗りになって上からボコボコにするプランだった。しかしその瞬間金児は掴みにくるポイントを感覚だけで予測した!頭をギリギリのタイミングで下げて須藤の手をかいくぐった!勝ったと確信した須藤の手はブレザーをかすめてすり抜けた!大きく前のめりにバランスを崩した須藤の目はギョッとした。

「言っとくけど俺は手グセも悪いぜ」

とかぶされたブレザーの中でつぶやいた金児は思いっきり須藤のみぞおちに拳を突き上げた!

ドンッッ!!!

「おうぇ・・・・ぇ」

須藤は腹を押さえてジグザグによろけた!だが須藤はかろうじて膝が地面につくのをこらえた!顔を真っ赤にして下を向いた須藤。この時校庭の地面に動く影がサッと映った。須藤は顔を上げた。すると金児は青空に向かって足を振り上げていた!そしてその足を垂直に振り下ろすと金児の踵は須藤の脳天に直撃した!須藤は顔を地面に打ち付けられた!そしてゆっくり膝をついたのだった。

「やっぱり足グセが一番悪いけどね」

と金児は顔にかぶさったブレザーを払いながら言った。

ウワァァァァァァァァアアアア!!!!

学校が歓声で揺れた。校舎から恐る恐る見ていた生徒達は窓から身を乗り出して金児を称えた。

「すげぇ!!!福沢ァァァ!」

「キャアアアア!金児様っ!!」

「何者なんだ・・・あいつ」

生徒達の声が入り乱れる中、金児は

「今日はもう帰ってくれ」

と立ちすくんだ須藤の仲間へ告げた。須藤の仲間の少年達はくやしさとあきらめの表情をして倒れている者に肩を貸した。そしてバイクを重そうに押しながら学校から出て行った。金児がひと仕事終えたといった感じでブレザーのほこりをはたいているとヒメーカが後ろから近づいてきた。そして耳元に顔を近づけると

「一週間後、この前と同じ第二校舎の屋上で待ってるわ」

とヒメーカは言った。

「だからあの話は・・・・」

金児は断ろうとしたがヒメーカは最後まで話を聞かずに

「あなたの案を聞かせてもらう」

金児の耳元にヒメーカが顔を近づけた事をキスしたと勘違いしてキャーキャー騒いでいる女子で校舎の廊下はあふれかえっていた。ヒメーカはその中をかきわけるように校舎に消えた。


「ハーイ!!オーライ、オーライ、オーライ」

登校している生徒がぽつぽついる中、窓の施工業者の車がバックで校内に駐車しようとしている。窓枠を見てひえーという顔をしている作業員。昨日の余韻がまだ学校内に残っていた。学校の生徒達、特に一年生の金児と同じクラスの生徒達は昨日の話題で持ちきりだった。

「大倉って小学校から金児のこと知ってるの?」

「大倉、昨日の金児すごかったな!超高校級にケンカ強えーな!」

「大倉君、福沢君の中学時代のこと教えてよ」

金児の親友である銀太は昨日の出来事で完全にスター扱いになっている金児についてクラスメイトから質問責めにあっていた。

「大倉君、金児君は今日休みなの?」

と女子の一人が銀太に尋ねた。

「さっき連絡きて一週間学校休むってよ」

とほとほと疲れたという感じで銀太は答えた。

「えー。彼女いるか聞こうと思ったのにぃ」

女子は両肩を揺らしながら夢見心地で言った。

「いやアイツ彼女なんていないよ」

「えっほんと!でも五組の斉藤さんと付き合ってるんじゃないの?」

「斉藤ヒメーカ?」

「そう。超お似合いで不良から助けられたプリンセスってことで女子の間で話題なんだから!」

「へー。じゃーヒメーカ本人に聞いてきたらいいじゃん」

「それが今日休みなんだって」

「ふーん」

二人とも休み?と銀太は思った。そして・・・ホントにアイツら付き合ってたりして・・・とちょっと金児を羨んだ銀太だった。


金児が不良を撃退してから一週間がたった。PM21:00。金児は第二校舎の屋上で夜風に吹かれながら職員室の電気が消えたのを見ていた。金児の手は緊張で汗ばんだ。軽く深呼吸した時、キィィィと屋上のドアが開く音がした。金児は振り返るとヒメーカが立っていた。

「逃げずに来たのね」

ヒメーカは歩みを進めながら言った。

「約束は覚えてる?」

「ああ」

金児はヒメーカと真正面で対峙した。

「君の父親のことだけど、ウチのオヤジに変わって謝るよ。プロジェクトが閉鎖になったからって辞めさせることはなかった」

と金児はヒメーカを逆なでしないように優しい口調で言った。しかしヒメーカの目は鋭さを失わなかった。

「そんなこと今更言われても遅いのよ。謝ったら済むと思ってる?それにまどろっこしい話し合いはしたくないわ。再入社できるの?できないの?」

ヒメーカは以前と同じ高圧的な態度だった。

「もう少しだけ待ってくれよ。一週間でどうこうできる話じゃない」

と金児は言った。するとヒメーカは

「はぁ?一週間もあげたのよ。もしかしてあなた・・・そうやって伸ばして話をうやむやにする気じゃないでしょうね」

「そんなことはない」

「信用できないわ。こうなったら・・・・」

ヒメーカは急に押し黙って少し考えた。

「こうなったらフクザワホールディングス本社を攻撃して社長を引っ張り出してやるわ」

とヒメーカは真剣な顔で言った。金児はそのヒメーカの腹のすわった目を見てこれは冗談ではないと察知した。コイツは本当にやると思った金児はつかつかとヒメーカに歩み寄ってヒメーカの手首を掴んだ。

「そんなこと俺がさせるわけないだろ」

と金児はヒメーカを睨み付けて言った。ヒメーカは視線を自分の手首から金児の顔へ移した。そして

「時間がないのよ。お父さんはとにかく時間がないって言ってた。地球があぶないって。なぜかは教えてくれなかったけどとにかく急がないといけないのよ」

と言った。

「だからあなたにもう構っている暇はないわ」

ヒメーカの髪がゆらゆらと動き始めた。金児のヒメーカの手首をもっていた腕が小刻みにブレ始める。

「くっ!!」

金児は必死に手を離すまいとしたが磁石が反発するような感覚に襲われた。その感覚がしだいに大きくなっていき金児は目の前が一瞬真っ白になった。そして金児はヒメーカが急に小さくなったと思ったら後ろへ吹き飛んで地面に寝そべっていた。

「それじゃ」

ヒメーカはボソっとそう言うと手すりの方へ歩いていった。金児はぼやっとした視界の中でなんとか上体を起こした。

「ま、待て」

金児は引きつった顔でなんとか声を絞り出した。ヒメーカは立ち止まって顔だけを金児の方へ向けた。金児はよろつきながら立ち上がるとヒメーカに向かって歩き出した。

「止めても無駄よ。あなたは私には絶対勝てないわ。触ることだって無理よ」

とヒメーカが言うと金児のブレザーが強風を受けているかのようにバタバタとはためいた。金児は必死に体を動かそうとしたがビクともしなかった。ヒメーカはゆっくりと左手を金児の方へかざした。その途端ヒメーカの髪の揺れが大きくなった。

「気絶するかもしれいなけど許してね」

ヒメーカの足元のコンクリートにヒビが入った。そのヒビが広がりながら金児へ向かって伸びて行った。そして金児に衝突すると強烈な閃光を放った!コンクリートの破片が花火のように屋上にまき散らされた。

「それじゃ」

ヒメーカはそう言うと屋上の手すりに手をかけた。ヒメーカは乱れた髪を片手できれいにすいて、女子高生らしく前髪を少し整えた。

その時だった。

ヒメーカは妙な違和感を感じた。背筋がぞわっとしたヒメーカは金児の方を見た。するとヒメーカの頭の中では地面に倒れているはずの金児が両腕を顔の前でクロスさせて立っていた。しかも球状の気体に包まれていて金児の髪とブレザーがゆらゆらと揺れていた。

「あ・・・あなたまさか・・・」

ヒメーカは信じられなかった。なぜこんなことが起こっているかを。あれは第ゼロ感・・・。

「その力は・・・」

と目と口を開けて動揺を隠せないヒメーカがつぶやくと金児は球体上にへこんだ地面の中央で口を開いた。

「なんだこれは・・・!?」

と金児は自分で自分が信じられない顔をしている。

「なんで・・・あなたがそれを・・・!!」

「わかんねぇ・・・。わかんねぇけど、一週間くらい前から妙な感覚はあった・・・」

金児は肩で大きく呼吸しながらヒメーカの目をまっすぐ見て話した。

「でもさっきおまえから食らった一撃でなんとなく感覚が・・・。なんかすべての物質の粒子が見えるような感覚だ」

ヒメーカは正直驚いた。だがヒメーカは金児のその言葉を聞いて思った。金児は力に目覚めた。でもただ目覚めただけのことと。

「正直、驚いたわ。でもその程度で私を止められるなんて思わないで」

ヒメーカがそう言うとヒメーカの金髪が月光を浴びながらゆっくりと揺れ始めた。金児の足元の砂やコンクリートの破片がヒメーカに吸い寄せられていく。そしてその砂が少しずつ宙に浮き始める。金児は唾を飲み込み、冷や汗がぶわっと出てきた。ヒメーカの変化はそれだけでは終わらなかった。徐々に目から人の情が消えていき、まるで獲物を狙う野生動物にようになった。そして前傾姿勢になっていき両腕を地面につけて四足歩行動物の威嚇姿勢をとった。

「博士が言っていた人間本来の原始能力か」

金児がそうつぶやいた瞬間、ヒメーカはひとっ飛びで金児に突進してきた!そして虎のような高速の右フックを金児に打ち込んできた!金児は上体反らしでかわそうとしたが、あまりのスピードで間に合わず腕でガードした。しかし想像以上の重さで吹き飛ばされた!

「ぐわぁあっ!」

金児は大きく弧を描いて飛ばされた!だが受け身をとって回転して立ち上がった。ヒメーカは立て続けに金児に飛びかかってきた!金児は上体反らしで右フックはかわしたが、超反射で切り返してくるヒメーカの左フックを肩にまともに食らった!金児はまた大きく弧を描いて弾け飛んで地面を滑っていった!金児は腕がもげるほどの衝撃を受けたが、肩を押さえながら足の反動で起き上がった。金児の肩ぐちの破れたブレザーにじわっと血がにじんだ。ヒメーカは威嚇姿勢でこちらを見ている。

「なんてスピードだ・・・防御だけで手いっぱいだ。だけど・・・」

金児の目の瞳孔が少しずつだが獲物を狙う猫のように収縮し始める。ヒメーカはすぐさま怒り狂った虎のごとく攻撃を開始した!ヒメーカは左右のフックを超高速で振り抜く。金児はフットワークと前後上下左右の首振りで皮一枚の所で攻撃をかわし始めた。そしてヒメーカの大振りの一撃を屈んでかわした!

「隙有り・・・!!」

金児はヒメーカに強烈な右ボディブローをお見舞いした!そしてそこからコンビネーションで回し蹴りをこめかみに炸裂させた!

「よしっ!!」

金児は叫んだ!ヒメーカはよろけてゆっくり倒れていく。だが地面につく直前で踏ん張って耐えた。

「くそ。ダメか」

金児は息を弾ませながら悔しさをあらわにした。ヒメーカは金児を睨み付けたが口元は微笑んでいる。

「金児。少し力に目覚めた程度の人間でこれだけの攻撃ができるなんてあなたはすごいわ。でも私には絶対に勝てることはできない。降参した方が身のためよ」

ヒメーカがそう言うと髪の揺れが大きくなっていった。

「今度はこっちから攻めるぞ」

と金児は大きくステップインしてローキックで足を払うと見せかけてのハイキックで顔面を狙った!ヒメーカはのけぞって後ろへジャンプする!すると宙にふわふわと浮いた。そしてゆっくり降りて来るとまた両手を地面につけて戦闘態勢に入った。

「当たらないわよ」

ヒメーカはそう言うとヒメーカの体の周りにパシーンと音がして電気が走った。すると手足をつけている地面にひびが入った。ヒメーカはいままでより大きなパワーを貯めていた。それを見た金児は歩幅を大きくとって空手の構えをとった。金児の額の汗が地面に落ちる。それが合図になったかのようにヒメーカは金児に突進した!先ほどよりもスピードの上がったヒメーカの突進に金児は両腕で顔を覆うようにガードした。ヒメーカは普通の人間には見えないような超高速の両手による連打を放った!金児は体を丸めてガードした。金児は洗濯機の中に入ったような雨嵐の攻撃を受けて、屋上の手すりにバウンドしてうつ伏せで倒れた。

「これでわかったでしょ」

ヒメーカは二足歩行に戻って余裕の表情で言った。金児は起き上がろうとするそぶりを見せた。

「ふーん。まだやる気?まあいいけど」

ヒメーカはそう言うと右手の手のひらを金児へ向けて腕を徐々に上げていった。すると金児の体は宙に浮いた!そしてヒメーカの手が何かを握るような動きで止まった!

「う・・・うっ」

金児の首が絞められていく!

「もう勝ち目はないわ。私は今からフクザワホールディングスに乗り込みに行く」

ヒメーカは徐々に力を強める。

「早く降参しなさい!」

「ま・・・まだだ・・・俺は・・あきらめ・・・・」

金児は虫のような声でぶつぶつ言っている。

「あなたホントに死んじゃうわよ」

ヒメーカは力を強めながら金児の表情を観察した。絶対にあきらめようとしない金児を見てヒメーカの心に迷いが生まれた。ヒメーカは金児のミゾオチに渾身の一撃を食らわして簡単に後を追ってこれないようにしようと考えた。ヒメーカは金児に歩み寄った。

「これで終わりよ」

ヒメーカは野球のスローイングのように右手を大きく振りかぶった。しかしその手を止まった。

「・・・え?なに!?」

突如磁石が反発するような力がヒメーカの全身を襲った。

「金児・・・!!」

とヒメーカは動揺した。金児の髪とブレザーが風速60メートルの強風の中にいるかのように波打っていた。苦しそうに上を向いていた金児の顔がゆっくり正面を見た。そしてヒメーカとバチっと目があった。

「金児・・!!あなた!!!」

金児の目はうつろで生気を失っていた!しかしヒメーカは金児にただならぬ力を感じた。金児は徐々に前傾姿勢になっていき両手を地面に付けた。金児は四足歩行の戦闘態勢をとったのだった。

「ま・・まさか!金児が!」

ヒメーカは両足を大きく広げて金児に向けていた左手の手首に右手を添えて、全力で金児から放たれる圧力に抵抗した。

「ぐ・・ぐぐぅぅぅ・・」

ヒメーカは必死に耐えたが両足を付けている地面に大きな亀裂が入った瞬間、鮮烈な光を放って弾き飛ばされた。ヒメーカは派手に手すりに激突して手すりは威力を抑えきれずに大きく曲がった。ヒメーカはとっさに手すりを片手で掴んで宙ぶらりんになった。

「くぅぅっ!」

何とか屋上から落ちずに済んだヒメーカの目に映ったのは、陽炎(かげろう)のような空気の層に覆いつくされている金児の姿だった。

「まずい・・・あの力が膨張したら校舎そのものが・・・・」

ヒメーカは大きな冷や汗を流した。手すりを両手で掴んで前宙返りをして屋上へ戻った。

「きーーんじ!!!力を抑えこんでっっ!学校が壊れちゃうっ!」

とヒメーカは大声で叫んだ。しかしゴーともボーともつかない音を立てながら金児の力はゆっくり膨張していった。

「意識を失くしてる!!!・・・・こうなったら相殺するしか・・・」

腹を括ったヒメーカは両手を地面につけて戦闘モードに入った。そして髪がゆっくり揺れ始めた。

「はあぁぁぁぁぁっ!!!」

ヒメーカの首、手足に血管が浮き上がって、髪が逆立った!するとヒメーカを包む半球の空気圧が小石を弾き飛ばしながら膨張していった。そして膨張は一気に加速して金児の空気圧と衝突した!!

ズズズズンンン・・・・

鈍くて大きな激突音が響きわたった。校舎そのものが揺れて、屋上の手すりからビビビビっという振動音が鳴っている。

「くっっっっ!何なのこの力っ!」

ヒメーカは想定外の金児の圧力にあせった。衝突した空気圧は押しつ押されつの互角で動かなかった。だが徐々にヒメーカは押され始めた。ヒメーカの足元の地面に大きなヒビが入った。

「くぅぅ・・・・!!!」

ヒメーカはさらに第ゼロ感を解き放った。すると金児の圧力は一瞬止まった。だがまたじわじわとヒメーカを押し始めた。

「や・・やばい!!」

衝突して行き場を失った力が上下に力を分散し始めると、屋上の地面が大きくえぐれ始めた!このままじゃ校舎が耐えられないと感じたヒメーカは思考を巡らした。だがどんどん増幅する金児の力は思考力までも奪っていく。ヒメーカは苦し紛れの策で金児の力を跳ね返すのではなく少しずつ吸収し始めた!

「これしかない・・・!」

ヒメーカがまとっている空気圧は金児の力を徐々に吸収して膨らんでいった。金児の力の影響を受けたヒメーカの皮膚は所々がめくれ出した。金児の力は凄まじくこのまま吸収し続ければヒメーカは木っ端みじんに爆発してしまう。次の瞬間、ヒメーカがまとった空気圧の膨張が止まった。そして空気圧から湯気が立ち昇った。

「ここだっ!!」

とヒメーカは叫ぶとぶつかり合っていたヒメーカの圧と金児の圧を上空めがけて大きく曲げた!!上に逃げ場を得た二人の力は校舎の上空で爆発した!爆発は夜の第二校舎を明るく照らす強烈な光を放った。爆風が小石を弾き飛ばしながらドミノのように校舎全体に広がった。そして天品高校の頭上に小さな雲を作った。ヒメーカの機転で校舎は屋上の地面が陥没するにとどまった。校舎の階段を複数の人が上ってくる音がした。そして金児様ー!!という黒服達の大声が夜空に響きわたったのだった。




























第二章 謎の男達


ヒメーカはゆっくり目を開けた。ピコンピコンという機械音が聞こえた。汚れ一つない真っ白い天井が目に映って消毒の匂いがした。するとヒメーカの目の前に急に人の顔が表れた。

「おい!ヒメーカ!俺がわかるか!?」

ヒメーカは頭に包帯を巻いて頬にガーゼが張り付いているその男が誰だかすぐにわかった。

「金児・・・」

「そうだ!金児だ!よかった・・・大丈夫そうだ」

金児はベッドに片手を突いてうなだれた。ヒメーカは周囲を見渡した。カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。そして真っ白い個室のベッドに自分が寝ていて腕に点滴が打たれているのがわかった。

「ここは病院?」

とヒメーカはか細い声で言った。

「そうだ病院だ。三日も寝てたんだぞ」

「三日も・・・。金児、あなたは大丈夫なの?」

「俺は昨日目が覚めた」

「そう・・・」

ヒメーカは小さなため息をついた。金児にはそのため息が安心したからなのか、自分を哀れんでいるのかわからなかった。ヒメーカは天井を見つめながら何かを思い出しているような表情をした。

「ヒメーカ・・・。実は俺は昨日のことをほとんど覚えてないんだ・・・。何かこの世界が妙な見え方をしてから・・・君が何か獣のような動きをしたあたりから記憶がない」

と金児は言った。金児の言葉のニュアンスは昨日屋上で起きた事が現実ではないのではないかと言いたげな感じだった。金児の言葉を聞いてヒメーカは一分ほど無言で天井を見つめていた。病室はシーンと静まり返っている。金児はヒメーカが何かを考えているように見えた。するとヒメーカは視線だけを金児に移して口を開いた。

「昨日、屋上で起きた事を全部知りたいの?」

とヒメーカは金児の目をまっすぐ見て言った。

「ああ」

と金児はヒメーカの目をまっすぐ見て言った。

「あなたにとって人生が変わる話になるけどいい?」

ヒメーカは釘をさすように金児に聞いた。金児はヒメーカの言葉を聞いて一瞬動揺した。だが口を真一文字にして覚悟を決めた。

「ああ」

と答えた金児は少し手が震えた。ヒメーカは視線を金児からまた天井に移して昨日起きた事を話し始めた。金児が突然第ゼロ感に目覚めた事、金児が途中から意識を失くしたこと、金児の力は異様なほどに莫大な力だったこと、そしてヒメーカがそれを止めるためにしたこと。ヒメーカが学校の屋上で起きたことをすべて話しえ終えると金児はこわばった顔で固まっていた。金児はまばたき一つできないでいた。

・・・あの妙な感覚は現実だったのか・・・金児はあやふやだった記憶の断片が金児の中で点から線になるのを感じた。だが現実を受け入れたくない金児がそこにいた。

「お、俺がヒメーカみたいな能力が使えるようになってしまったのか・・・」

「そうよ。でもあなたは第ゼロ感をコントロールできない。あなたに特別な資質があったのかはわからない。私の場合は物心ついた時から第ゼロ感を使えたから徐々に力が強くなっていった感じだけど、あなたの場合は違うわ。何が引き金になったかはわからないけど急に第ゼロ感に目覚めた。そしてあの異様な力の増大さからいってあなたはもう第ゼロ感を使わない方がいいわ」

「でも正直言って第ゼロ感の使い方なんて俺にはわからない。あの時は無我夢中でよくわからなかった」

「それならそれでいいじゃない。もう一生発動しないかもしれないし」

「それならいいけど。でもなんかこえーよ」

金児がとてつもなく不安そうな顔をしているとコンコンとドアをノックする音がした。そして病室のドアがゆっくり開いた。すると無精ひげの中年の男性が入ってきた。上下よれよれの作業着だが、眼光のするどい職人のような感じの男だった。

「お父さんっ!!」

とヒメーカは顔を起こして叫んだ。

「ヒメーカ!!起きたのか!!」

病室に入ってきたのはヒメーカの父、斉藤イソハチだった。イソハチはヒメーカに駆け寄ってヒメーカを抱きしめた。

「よかった・・・。ほんとによかった」

イソハチは涙ぐんで更に強くヒメーカを抱きしめた。

「お父さん、痛い痛い痛い」

ヒメーカはうれしそうに苦笑いした。それを見た金児は少しドキッとした。いつもキツイ目をして不機嫌そうなヒメーカしか見たことがなかったので、なにか幼い子供のような目をして父親を見ているヒメーカが新鮮だった。その仲睦まじい父と子の姿を見て金児は少しうらやましかった。そして二人きりにしてやろうと思った金児は

「それじゃ俺はそろそろ行きます」

と言って部屋を出ようとした。

「金児君。待ってくれ」

金児の後ろで声がした。イソハチの声だった。イソハチはそっとヒメーカの頭を枕に戻すと金児の方へ振り返った。

「金児君。君はヒメーカの能力のことを知っているね」

イソハチのこの問いに金児は一瞬言葉につまった。

「はい・・・」

金児は小さく答えた。その返事を聞いたイソハチは小さなため息を吐いた。

「そうか・・・。実は君達が意識を失くしていた間に君達がいた天品高校の屋上を見に行ってきた。あの屋上の破壊具合からみてヒメーカ一人によるものではないことは明らかだった。もしかして君は第ゼロ感を使えるのかい?」

ここまできたらもうしらばっくれても意味がないと思った金児は正直に話した。

「はっきり言って記憶が断片的だったのではっきりと第ゼロ感に目覚めたとは言えません。それに今となってはどうやって発動したらいいのかもわかりません」

「そうなのか。ヒメーカはどう思う?」

「金児が第ゼロ感に目覚めたのは事実よ。でも力を自由自在に発動させたり、コントロールしたりはできないみたい」

「そうか」

イソハチは無精ひげをジョリジョリと触りながら少し考えた。そしてくっと眉間に力を入れて金児の目をまっすぐ見た。

「金児君。君に話さなければいけないことがある。そしてヒメーカ。君にも初めて話すことだ」

金児とヒメーカは何か覚悟が決まった大人の男の顔を見て背筋に鳥肌が立った。金児はごくっと唾を飲み込んだ。イソハチは少し思いを巡らせるようにうつむきぎみで話し始めた。

「まずこの地球の事から・・・」

イソハチが深刻な顔で話し始めたようとした時、イソハチとヒメーカは全身の産毛が逆立った。そして二人が窓の方を見たと同時にパリーン!!と窓ガラスが割れた!カーテンが風でふわっとした。すると窓から二人の男が病室に飛び込んできた!!そして男の一人が

「サイットゥーナイソハッヤッドガ」

と言った。

「お、お前らは・・・!!」

イソハチはその男達を見た瞬間に身構えた。金児は自分の目の前で何が起こったのか、脳が情報処理するのに時間がかかった。なぜなら窓から飛び込んできた男二人は、頭以外の全身を光沢のある黒のスパッツで身を固めていた。体にフィットしたスパッツの上から鍛え上げられた筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体をしているのがわかった。そして二人の男の左胸には地球を表したようなデザインのマークがあった。

「サイットゥーナイソハッキモラッド」

と謎の男達の一人で小柄の赤い髪の男は言った。金児は聞いたこともない言葉を使う男達に

「なんだお前らっ!!」

と叫んだ。イソハチはとっさに手をかざして金児を止めた。

「金児君、大丈夫だ。知っている男達だ」

とイソハチは言った。イソハチは落ち着いた表情をしていたがわずかに手が震えていた。そしてイソハチは思った。・・・今ここでコイツらとやり合えばヒメーカと金児君が巻き添えになる。この二人は地球を守る希望の光だ。恐らく奴らはヒメーカと金児君が第ゼロ感を使うことを知らない。ここで失うわけにはいかない・・・・と。

「イッケバヨカドッガ」

と急にイソハチは金児が聞いたこともない言葉を使った。すると赤い髪の男は

「ジャ」

と言った。イソハチは男達の方へ歩みを進めた。

「お父さん!!」

ヒメーカはベッドから急いで体を起こそうとしたが全身の痛みで顔が引きつった。

「安心しなさい、ヒメーカ。この男達は知り合いだ。ちょっと一緒に行って話したら戻ってくる。必ずだ」

イソハチはそう言うと、赤い髪とは別の大柄で黄色の髪の男に腕を掴まれた。そしてイソハチと男達は病院のベランダからふわっと消えてしまった。

「お父さん・・・」

ヒメーカはブルブルと震える腕で何とか上体を起こした。

「ヒメーカ!無理するな」

と金児はヒメーカの方に手をやった。その時だった。また病室のカーテンがバサッと揺れた。すると窓から一人の男が飛び込んできた。男はチノパンに汗のシミが目立ったポロシャツという普通の恰好をしていた。だが第ゼロ感を使っている時のヒメーカのように両手を地面につけて四足歩行の戦闘モードに入っていた。そしてギロッと金児とヒメーカを睨み付けた!金児はとっさに身構えた!

「ジョ、ジョニーおじさん!!」

とヒメーカは叫んだ。金児はヒメーカの顔を見た。

「知り合いか!?」

金児は動揺した。ヒメーカが知り合いよと言うと、男は地面から手を離して両足で立った。

「ヒメーカ!!無事か!イソハチが来なかったか!?」

と男は息を弾ませてヒメーカに尋ねた。

「お父さんは全身黒のスパッツを来た男達と一緒にどこかへ行っちゃった」

「なんだって!?」

男はバッと振り返ってベランダへ飛び出した。そして辺りをキョロキョロと見渡した。

「くそっ!遅かったか!」

と言って男はベランダの手すりを拳でたたいた。そして腰に手を当てて空を仰ぎ見ると少し考えて深呼吸した。男は息を吐き切って振りかえると金児をするどい目つきで見た。

「おそらく君が福沢金児君だね」

男は病室に入ってくると

「君の事はイソハチから聞いている。学校の屋上でヒメーカとひと騒動起こしたことも能力に目覚めたこともね」

と言った。金児は否定も肯定もしなかった。男はそれを暗黙の肯定と受け取った。

「君達二人に話さなければならないことがある。ヒメーカ。君もよく聞きなさい。初めて話すことだ」

男は決意に満ちた表情をして若者二人の目を見た。

「俺の名前は高橋ジョニー。イソハチと一緒に第ゼロ感の研究をしていたものだ。この事はヒメーカも知っているね」

「うん。私が物心ついた時からジョニーおじさんはよくお父さんと一緒にいたわ」

ジョニーは小さく息を吐いた。そして少し間をおいて話し始めた。

「ここからが本題だが・・・イソハチと俺、そしてヒメーカは宇宙からきた」

「え!?」

とヒメーカはジョニーの言葉にとっさに声が出た。ヒメーカは初耳だった。ジョニーは鋭い眼光で話を続けた。

「我々は歴史上二番目の地球人。新時代という意味のニンヨーセという惑星からこの地球にやってきた。今は訳あって通称セカンドと呼ばれている」

「に、二番目の地球人!?」

金児は目を見開いた。

「あんた何を言ってるんだ・・・」

金児は動揺して信じることができなかった。だがジョニーは大真面目な顔をしていた。

「金児君。イソハチを連れて行った奴らの胸に何かマークらしきものがあったか」

「そういえば・・・何か・・・胸に地球に似たマークのような・・・」

「そうか・・。なら奴らは歴史上最初の地球人。通称ファースト。奴らも宇宙から来た」

「いや・・そ・・・そんなのウソだろ」

「信じてもらわなくては困る。第ゼロ感の存在を知った君が、たかが宇宙人を信じることもできないのか?」

金児は言葉につまった。たしかにヒメーカに出会ってから現実離れしたことばかりが起こっている。超能力少女にケンカを売られ、見たこともない材質のスパッツを来た連中に襲われかけ、そして今度は目の前に宇宙からきたと言っている男がいる。金児はパニックになりそうな自分を必死で抑えて、平静をよそおった。

「金児君。君達は地球に三回目に誕生した地球人だ。この地球に今現在生息している人類の事だ。地球の人類は過去に二度絶滅しているんだ。正確には数十名を除いて絶滅している。絶滅の原因は二度とも第ゼロ感だ」

ジョニーは少し悲しげな顔をした。金児とヒメーカは開いた口がふさがらなかった。

「さっき来た奴ら、つまりファーストは最初の第ゼロ感の覚醒者によって地球が滅んで行く直前に宇宙へ逃れ、別の星で繁栄した人類だ。そして我々セカンドはファーストが絶滅した三億年後に誕生した地球人だ。我々の祖先もファーストと同様、歴史上二人目の第ゼロ感の覚醒者によって滅びゆく地球を横目に宇宙へ脱出した。そしてその五億年後に今の地球人が誕生した」

ヒメーカは目を見開いていてジョニーの話を聞いていた。そして動揺を抑えるようにゴクッとつばを飲み込んで口を開いた。

「わ、私が二番目の地球人・・・」

「すまないヒメーカ。今までずっと黙っていて。いずれは話すつもりだった」

とジョニーは本当に申し訳ないというような顔で言った。ヒメーカはうつむいて少し悲しそうな顔をしたがすぐ顔を上げて

「し・・・信じられないけど・・・それが本当だとして、なぜお父さんがファーストの奴らに連れ去られるの?」

ヒメーカのするどい視線がジョニーとぶつかり合った。

「これは憶測の域をでないが、おそらく惑星ファーストで第ゼロ感の覚醒者の資質を持った者が誕生したんだろう」

「覚醒者!?」

「そうだ。この地球から二度人類を絶滅に追いやった破壊神だ。数億年に一人生まれるか生まれないかの超人だ」

「破壊神・・・ということはファーストはまた絶滅しかかっているの!?」

とヒメーカは少し興奮ぎみに言った。ヒメーカとジョニーの話を考えながら聞いていた金児が口を挟んだ。

「ということは・・・もしかしてファーストは惑星セカンドを乗っ取ろうと・・・」

金児のこの発言にジョニーは目を見開いた。

「察しがいいな君は。その通りだ。奴らは移住地を求めてセカンドに侵攻してきた。そしてセカンドは今完全に奴らに支配されてしまった」

ジョニーはうつむき、目が赤く充血した。深い悲しみと怒りが合わさった目だった。

「我々は星を上げて対抗した。セカンドの第ゼロ感使いの精鋭部隊で戦ったが、奴らの強さはとてつもないものだった。特にファーストの第ゼロ感使い特殊部隊にはまったく歯がたたなかった。我々の中枢が乗っ取られるのが確実になった戦況で王の指示によってセカンド随一の科学者だったイソハチと俺、そしてまだ赤ん坊だったヒメーカはセカンドを命からがら脱出したんだ」

ジョニーはあふれんばかりの悔しさで両拳を握りしめた。ヒメーカはその男の拳を見て同情の表情を見せた。そして不安げな目をして

「それじゃファーストは私たちを捕まえるために地球へ!?」

と言った。ジョニーは頷いて

「おそらく」

と言った。

「だがヒメーカを連れて行かなかったことを見ると赤ん坊だったヒメーカの存在は脱出時にファーストには気付かれていなかったと見た。これは我々には好材料だ」

「だったら早くお父さんを助けにいかなきゃ!!」

と意気込んでヒメーカはベッドから出ようとした。金児は

「そんな体じゃ無理だ。ヒメーカ」

と言ってヒメーカを制止した。ジョニーもヒメーカの両肩をつかんで止めた。

「大丈夫だヒメーカ。ファーストがお父さんを殺すつもりならここで殺していたはずだ。それにここへ来た奴らが万が一特殊部隊の奴らだったらそんな体で行っても簡単に殺されるだけだ」

「くそっ!!」

ヒメーカは涙ぐんでベッドをたたいて悔しがった。金児はどうしたらいいかわからなかった。ヒメーカに何を言っていいかもわからなかった。そして信じられないようなことが次々に起こって自分がこれからどうなっていくのかが不安でしかなかった。不安げな表情をしている金児にジョニーは話しかけた。

「金児君。君は第ゼロ感を使えるのかい?」

この質問に金児は固まった。

「いや・・・ヒメーカが言うには俺が第ゼロ感を使ったらしいけど、正直あまり覚えてなくて。どうやって発動していいかもわからない」

「ヒメーカ。金児君は第ゼロ感を使えるのかい?」

ジョニーの質問にヒメーカは金児を見て答えた。

「間違いないわ。本人は意識を失くしていたけど私が全力を出さないと止められないほどの力だった。だから今は発動の仕方がわからないだけよ」

「そうか・・・。ならばイソハチ奪還のキーパーソンは金児君。君だ」

ジョニーはまっすぐ金児の目を見て言った。

「え!?」

と金児は驚いた。

「君達二人が第ゼロ感を使えることは奴らにはバレていない。ならばこちらに分がある」

ジョニーの決意に満ちた顔を見て金児の心臓の鼓動(こどう)が高まった。

「金児君。いや金児。三日後から第ゼロ感を発動する特訓だ!!」


キーンコーンカーンコーン。五時限目の授業が終わったチャイムが鳴った。急にあわただしくなった教室の空気で金児は目を覚ました。起きたり、寝たりウトウトしていた金児は口元のヨダレを手でぬぐった。金児の体は病院で目が覚めてから異常な回復を見せていた。目が覚めた時点では骨の芯からくるような激痛が全身を襲った。金児にとってその痛みは全治一か月以上ではないかと思わせるほどの痛みだった。だがそこから見る見るうちに全身の痛みと傷が治っていった。ヒメーカと屋上で戦ってから今日で一週間ほどが経つが、金児はほぼ全快と言っていいほど回復していた。実は金児はこの異常な回復力に不安を抱いていた。もしかしてこれは第ゼロ感が関係しているのか。そうだとしたら自分の体は一体どうなってしまうのだろう。金児はただただ不安だった。そしてもう一つ不安な事があった。ジョニーと約束した第ゼロ感発動の特訓だ。その約束の時が今日の放課後だった。金児は人目の付かない場所を探していたが思いつかずに苦労していた。

「銀太。お前この辺の地域に詳しい奴知らない?」

と金児は席の近くを通った親友の銀太に声をかけた。

「この辺?んー。天品に詳しい奴っていったら・・・あっそういえばとなりの席の女子がこの辺が地元で家が寺だって言ってたな」

銀太はそう言ってその女子を指さした。

「あの子だよ」

金児は銀太が指をさした方を見た。銀太の席のとなりに髪の短い女子が座っていた。

「神野(じんの)って名前だよ」

「神野ね。わかった。ありがと」

金児は椅子から立ち上がってスタスタと髪の短い女子の後ろまで歩いて行った。そして女子の片口から

「神野」

と金児は声はかけた。

「ひゃっっ!!」

振り返って金児の顔を見た女子は大きな悲鳴を上げた。その声に金児もビックリした。

金児は・・・ビックリしたぁ。なんだコイツ。なんで人の顔見てそんなにビビるんだよ・・・・

と思った。金児は

「お前、神野だろ」

と言った。

「う、うん・・・」

神野は鼻の先にずれた大きな丸ぶちメガネをぐっと中指で直して姿勢を正した。神野は目線を金児から外して落ち着きがなく、あせあせとしていた。

「あのさ銀太から聞いたんだけど、神野の地元って天品なんだろ?」

金児の質問に一瞬ビクッとした神野だったが、予想外の質問だったのか恐る恐る上目遣いで金児の目を見て

「そうだよ」

と言った。金児は少しニコっとして

「だったらさぁ、この辺に人けのない空き地みたいなとこない?」

と神野に尋ねた。

「この辺?」

神野は少し考えた。

「私んちの墓地の裏に空き地があるよ」

「私んちの墓地!?ああさっき銀太が寺がどうとか・・・」

「私んち寺だから。裏山登った所の空き地は幽霊が出るからって誰も近寄らないよ」

「そっか・・・。OK。こっから近いのか?」

「うーん。ちょっとだけ遠いけど。自転車で15分くらい」

「寺の名前は?」

「柔福寺(じゅうふくじ)」

「柔福寺か。聞いたことあるわ。お前柔福寺の娘なのかよ」

「うん・・・」

「わかった。スウォーカーで調べてみるわ。ありがとな」

金児はそう言って神野の肩を軽くポンと叩いて席に戻ろうした。神野はまたひゃっと声を出した。金児は神野の事をなんか異様におどおどして暗い奴だと思った。

「あ、あの・・・ふ、福沢君・・・」

席に戻ろうとした金児に神野が声をかえた。

「ん?」

金児が振り返ると神野は

「ご、ごめんなさい。何でもない・・・」

と言って下を向いてしまった。金児は神野のことを人見知りの激しい奴だと思った。何か聞きたいことがあるなら言えよと金児は思ったが六時限目が始めるチャイムが鳴ってしまった。金児はスタスタと席に戻るとスウォーカーを起動して柔福寺を検索するのだった。


「あっここだ。ここでいいよ」

金児は窓の外を見ながら車を運転する黒服に声をかけた。黒服はわかりましたと言って車を車道の片側に寄せて停車した。金児は車を降りて上を見上げた。迫力のある木目の板に彫られた柔福寺という文字が金児の目に飛び込んできた。

「ここが柔福寺か・・・。聞いたことあったけどバカでっけえ寺だな」

金児が入口の門から見た柔福寺はいかにも何百年も前からあると思わせるこげ茶の木造の建物で、学校の体育館よりも大きな寺だった。そして敷地に綺麗に敷き詰められた砂利が神秘な雰囲気を際立たせていた。金児は柔福寺の非現実感に少し目を奪われたが、ここへ来た目的は参拝ではなかった。金児はキョロキョロと周辺を見渡した。すると『こちら墓地』と表示された看板が目に入った。金児が看板の方へ歩いていくと立ち並ぶ大きな楠の木の裏に広大な墓地があった。

「これが墓地か」

金児はスウォーカーの地図を見てつぶやいた。

「ということはこの道だな」

金児は柔福寺と墓地の間にある小道を見つけた。金児はどこからかちょろちょろと水の音がするその小道に入っていった。しばらく歩いていくと道がコンクリートから土になった。その道は墓地の裏山に通じていた。金児は徐々に傾斜がきつくなる道を歩いた。坂道は山の木が覆っていて薄暗く、看板もガードレールもなく、カラスの声がして異様な不気味さがあった。不気味だなと思いながら金児が歩いていくと、坂道の先に広場らしきものが見えた。

「やっと着いた」

金児が坂道を上り終えて広場を見渡すと一人の男が立っていた。その男は振り返って

「きたね。金児」

と言った。金児はその男がすぐジョニーだとわかった。金児は雑草だらけでほとんど手入れされていない広場にぽつんと立っているジョニーに歩み寄った。

「ジョニー。早かったね」

「君から連絡を受けてすぐ向かったからね。しかしいい場所を見つけたね。ここなら人は来ないだろう。最近人が来た形跡もないし」

淡々と話すジョニーの話を金児は黙って聞いていた。

「来て早々だがさっそく修行に入ろう。完全に日が落ちてしまったら修行もしずらいしな。まず・・・」

「ジョニー。ちょっとまって」

金児は突然ジョニーの話をさえぎった。

「あの・・・」

金児は深刻な表情をした。口を尖らせて何か我慢している金児の表情を察知したジョニーは

「なんだ。何か聞きたい事があるのか」

と言った。金児はうつむき気味だったがジョニーの顔をまっすぐ見て口を開いた。

「俺、思ったんだけど・・・ファーストの奴らと戦わずに話し合いでは解決できないのか」

ジョニーは予想外の金児の質問に目を見開いた。金児は

「イソハチがまだ生きている今なら話し合いで解決できる気がするんだけど。ファーストの目的はイソハチとジョニーだろ。何かこう・・・取引みたいなことができるんじゃ。イソハチとジョニーがファーストの弊害(へいがい)にならないことを何か証明できれば・・・」

と話を続けると

「待て金児」

と今度はジョニーが金児の話をさえぎった。ジョニーは足元を見て腰に手を当てながらフゥっとため息を一つついた。

「金児。君は何か勘違いをしている。まずファーストはそんな甘い奴らではない。奴らの残虐性を私はこの目で見た。それに私とイソハチは地球に逃げてきたわけでない」

金児は一瞬、え!?という顔をした。

「セカンドが占領されて地球に逃げてきたんじゃないのか?」

金児の問いにジョニーは金児の目をまっすぐ見ながら首を横に振った。

「もちろんそれもある。だが私とイソハチの真の目的はこの地球を守る為ことだ」

「守るため!?」

「そうだ。これは推測にすぎないが・・・」

ジョニーは眉間にしわを寄せるとするどい眼光を輝かせて次のように言った。

「ファーストの次の標的はこの地球を侵略することだ」

「なっ・・・!!」

金児は驚きを隠すことができなかった。

「そんな・・・まさか・・・」

「おそらく・・・いや間違いなくファーストは地球を侵略しようとしている」

「そ、そう思う根拠は・・?」

「様々な理由が複雑に絡み合っているが・・・。まずセカンドは小さい惑星だからだ。人口の急激な増加に耐えられない。それと奴らは最初の覚醒者によって地球は完全に破滅していたと思っていた。だがセカンドを発見したことによって地球は破滅しておらず、しかも自己再生能力をもっている可能性があることがわかった。奴らが地球に来るのは時間の問題だと思っていた。そしてついに奴らは地球にやってきた」

金児はごくっと唾を飲み込んだ。固まっている金児にジョニーは話を続けた。

「私は命からがら地球にきたが、地球に来て思った。こんなに生命が存在するのに最高の環境は宇宙におそらく二つとないだろうと。まさに唯一無二の惑星だ。ファーストも同じことを思っただろう。奴らは地球を今の人類から必ず乗っ取ろうとするだろう」

金児は言葉が出なかった。

「そして地球に来て感動したことがもう一つある。それは今の地球に繁栄している人類に第ゼロ感がなかったことだ。なぜ三代目の人類だけそうなったのかはわからない。だがこれは素晴らしいことだ。間違いなく人類は永久的な繁栄に向かっている。私は科学者として地球の人類を守らなくてはならないと思った」

金児はジョニーの事をヒメーカの知り合いというだけでどこか信じられないでいた。心のどこかで自分は悪い夢を見ているだけだと金児は信じたかった。だがジョニーの話は具体性があり信じざる終えないと感じ始めた。

「それで地球で第ゼロ感の研究を?」

と金児は言った。ジョニーはうなずいた。

「そうだ。私とイソハチは第ゼロ感のない人類に感動した。だから一時的にだけ第ゼロ感を発動できる薬の研究を始めた。ファーストの特殊部隊に地球の科学兵器は一切通用しない。だから来るべきファーストとの戦いに備える必要がある。その戦いをもし乗り切ることができれば、今の人類は滅亡することな永久に繁栄できると考えた。そしてヒメーカの成長過程を研究して試行錯誤を繰り返した。だがどうやっても不良品しかできなかった」

ジョニーは本当に悔しそうな顔をした。だがその瞳にかすかに光がともった。

「そこで現れたのが金児、君だ。君はヒメーカとの戦いの中で薬なしで第ゼロ感に目覚めた。私は運命なんてものは正直信じていなかったが、これは何かの運命だと思わざる終えない」

金児は足が震えた。これは運命なのか。普通のボンボンの高校生の自分が、いや高校進学さえしないつもりだったどうしようもない十五才の自分が今、とんでもないことに片足を突っ込もうとしていることに震えた。恐怖に飲み込まれそうな金児にジョニーは言った。

「君はこの地球の人類をを救う要になる」


































第三章 ファーストコンタクト


フクザワホールディングスがある都市のオフィス街にファーストのアジトはあった。アジトは人けが少ない街の外れにあるさびれたビルにあった。全部で十社入居できる五階建てオフィスビルだが、三社程度しか入居しておらず貸店舗の張り紙が目立っていた。地球にやってきたファースト達はスーツ姿で完全に一般人として町に溶け込みそのビルで生活していた。

「リンゴさん。コイツどうするんですか?」

パインは麻酔で眠らされている斉藤イソハチを足で小突いて尋ねた。パインは惑星ファーストの特殊部隊群(通称FSF)第一師団のメンバーであり、身長は百九十センチ、筋骨隆々で横の髪を刈り上げた黄色のドレッドヘアーの男だ。

「間違っても殺すなよ。上からの命令は生かしたまま帰還しろとのことだ」

「わかりました」

パインは機敏に敬礼した。リンゴは意識がないイソハチを腕組をして睨み付けた。パインにリンゴさんと呼ばれる男は小柄だが勇猛で好戦的、もみあげだけ白くなってる赤い髪の甘いマスクでFSF第一師団の団長である。パインに足で小突かれたイソハチは惑星ファーストで最近開発された第ゼロ感使い拘束具「ジェイル」によって拘束されていた。ジェイルは拘束されると第ゼロ感を使えなくなってしまうという優れものだった。イソハチはジェイルに加え麻酔銃によって眠らされていた。リンゴは腕組を解くと振り返ってFSFのメンバー全員に命令を出した。

「今日の計画を確認する。標的はノグチヒデサブロウ博士。博士の誘拐、そして博士がイソハチから何らかの情報提供を受けているか確認することだ。ピーチによるイソハチの尾行、研究所への潜入捜査で博士とイソハチが接触していることは確認している。第ゼロ感に関する資料などがあったら即時没収だ。地球人が第ゼロ感を使えないことは我々の調査ではっきりした。地球人が第ゼロ感の研究を始めたら今後厄介になるかもしれん。第ゼロ感に関する研究は完全に葬るんだ。ピーチの報告では、一時間後に博士が外出から研究所に戻ってくるはずだ。そこで研究所に入るところを襲う計画だ。」

「はっ」

リンゴの指示にピーチを含めた3人のFSFメンバーは引き締まった表情で敬礼した。ピーチは第一師団の変装、潜入捜査を得意としているメンバーで、黒髪を腰の位置までなびかせているハイヒールが似合うスタイルのいい女だ。

「よし。では出発する。ライムお前がイソハチを運べ」

「ほーい」

ライムは返事をするとイソハチをひょいっと肩へ担いだ。ライムと呼ばれる男は第一師団で最も知能に優れており、ひょろ長い体型で緑色のボウズに吊り上がった目が特徴の男だ。FSFの四人と拘束されたイソハチはビルの玄関を出ると隣のビルとの間にある路地に入った。リンゴは軽く地面を足で蹴ると一瞬で五階建てのビルの屋上へ飛んだ。他の者もそれに続いた。そしてビル群の屋上を次々にジャンプしながら福沢中央研究所に向かって移動していった。


「野口博士、これでシャーベル賞受賞間違いありませんね」

「私は賞などまったく興味はないよ」

博士はボディーガードが運転している車で助手と共に研究所へ向かっていた。博士は実用化不可能と言われていた技術を次々と開発。それらの技術を海外企業に自ら売り込みに行った帰りだった。

「社長が開発者自らセールスした方が効果的だというからしょうがなく行ったが、こんな時間があったら第ゼ・・・ゴホゴホ。いや研究に没頭したい所だ」

博士には会社の利益になる研究への興味はもはや皆無だった。第ゼロ感。この異次元の現象に完全に心を奪われていた。・・・科学者としてあのような現象に出会えるとはなんという幸運。会社の業務はダミーにして、私財を投げうってでも斉藤君と共にもっと研究を深めたい・・・・

博士の乗った車は屈強なボディーガードが乗った黒塗りの車で前後を挟まれて、高速道路を走行していた。フクザワホールディングスと表示された看板の矢印にしたがって高速道路から一般道へ下りていく。そして大企業が居並ぶオフィス街でひと際広大な面積を有しているフクザワホールディングスの敷地内へ入っていき、その一画の研究所の玄関先でゆっくり車は止まった。ボディーガードがさっそうと車を降りて博士が乗っている後部座席のドアを開ける。博士はありがとうと言って助手と共に車を降りた。

「博士、この後はどうなさいますか?」

「私は少し疲れたから、30分ほどカフェでゆっくりしてから研究室へ向かうよ」

「そうですか。私は今日は日曜なので書類を整理したら帰ります」

博士と助手は研究所のエントランスの自動ドアに入ろうとした時、背後で何かが倒れたような音がした。それも複数。博士は何気なく後ろを振り返ると黒服を着たボディーガード達が全員道路に倒れていた。無造作に転がっている男達を見て人類屈指の高IQを誇る博士でも起こった事をすぐさま認識できないでいた。ただ倒れているボディーガードの輪の中に黒のスーツ姿の男女が立っているのがはっきりとわかった。ぎょっとした博士の視線は赤い髪の男の視線と交差した。赤い髪の男は視線を外さずに仲間と思われる男女を引き連れるように博士に歩み寄った。

「ノグチハクシ」

リンゴは博士に向かってそう言った。

「な、なんなんだ君達は!?」

博士の声は震えていた。リンゴの発音はカタコトで、明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。

「オイハファーストンリンゴサゲモーイ。ヨロッデモイド」

とリンゴは言った。博士は

「ん!?きさまらどこの国の人間だ!?」

と怪訝(けげん)な顔で言った。すると巨漢のパインは無言で博士の助手の顔面を片手で掴んで持ち上げた。

「うわぁあぁああ!!!」

パインの指が助手のこめかみにめり込んでいった。助手は反射的にパインの腹を思いっきり蹴ったがビクともしなかった。

「やっやめろっ」

と博士は叫んだ。リンゴはまったく博士から視線を外していない。するとピーチがハイヒールの音をコツコツと鳴らせて博士の目の前まできた。そして綺麗な黒髪をかき上げて中指を自分のこめかみにある極小のマイクロチップに当てた。するとキーンと何かが起動するような小さな音が鳴った。すると

「どうするノグチ」

とピーチは急に地球の言葉を口にした。

「リンゴさんはお前に来いと言っている。どうする」

ピーチの言葉に博士の体はガチガチに固まった。博士は唇を震わせながら

「こっ・・・断る」

と言った。するとピーチはパインに目で合図を送った。パインはさらに助手の顔面に指をめり込ませた。

「ぐっわぁああぁぁ」

助手は両腕でパインの丸太のような腕を掴んで叫んだ。

「わかった!!わかった!!わかったから彼に危害を加えないでくれ・・・」

と博士が苦しそうに呼吸をしながら頼むとピーチはまたパインに目で合図を送った。パインはパッと助手から手を離した。助手はそのまま地面に落下して倒れこんでしまった。ピーチは顔を博士の耳元へ近づけた。そして

「もう一つ聞きたい事がある」

とピーチは言った。博士は顔を正面を向けたまま目だけをピーチへ向けた。

「第ゼロ感のことを知っているな?」

とピーチは冷酷な表情で博士に聞いた。

「し・・・知らない・・」

と博士は答えた。ピーチは表情を1ミリも変えなった。

「何かしらの第ゼロ感の研究資料があるはずだ。出せ」

「だから知らないと言っているだろう。本当なんだ」

「とぼけるのはよせ。何かあるはずだ」

ピーチはわずかに強い口調になった。すると博士とピーチの間にスッと腕が割って入ってきた。リンゴだった。リンゴはこめかみのマイクロチップに手を当てた。それに追従してパインとライムもこめかみに手を当てた。

「我々に刃向かっても無駄だ」

リンゴが地球語でそう言うとパッシーンと空気に電気が走った。そしてリンゴの髪が風に吹かれている芝生のようにざわざわっとした。すると博士が背にしている研究所玄関の大型ガラスに一気にヒビが入った!!

「うわぁっ!!!」

と博士は瞬間的に身構えた。ピーチはリンゴの横から

「何かあるはずだ。出せ」

と無表情で言った。博士はピーチの異常なまでの冷静さと氷のように冷たい目に恐怖で言葉がでなかった。博士が怯えていると研究所の警備員が大理石の床をカンカン鳴らしながら二人走ってきた。

「おい!何している!!」

「ん!?野口先生!」

警備員が博士に気付いて近寄よろうとした。だが警備員は走ってはいるが前に進めなかった。ピーチの毛先がふわふわと揺れている。警備員の体が急に宙に浮き始めた。

「や、やめろ!」

と博士が叫ぶと警備員二人は後方へ吹っ飛んで大理石の床を滑っていき壁に激突した。

「ノグチ。早くしろ」

とピーチはボソッと言った。

「は・・・博士・・・・」

その時、恐怖におびえる博士の耳に蚊の鳴くような声が聞こえた。その声は襲ってきた男達の中で一番大きな男が肩に担いでいる人から発されたものだった。

「は・・・博士・・・。け・・・研究資料をこいつらに渡してください」

「斉藤君!!」

博士はライムの肩でうなだれていた男がイソハチとわかって驚いた。

「博士、こいつらに第ゼロ感の研究資料を・・」

「し、しかし・・・」

「このままではあなたは殺されて研究所は破壊される」

「だがあれを失っては研究が・・・」

「こいつらは甘くありません。し・・・死んでしまってはすべてが終わります」

「く・・・くそ・・・」

博士はうなだれた。リンゴの足元の地面に亀裂が入っていくのが博士の恐怖を増大させた。

「わ、わかった・・。ついてきなさい」

と言って博士は抵抗するのをあきらめた。ピーチはリンゴとアイコンタクトをとると小さく頷いた。リンゴの髪の揺れは止まり、地面の小刻みな揺れも止まった。博士は落ちている小さなガラスの破片を踏みしめて研究所へ入ろうとした。

その時だった。

博士のずっと後ろの方で道路のアスファルトをこする音が聞こえた。博士は何気なくふっと振り返ると三人の人間が立っていた。生気を失っていた博士の目に力が入った。

「あ、あれは・・・」

博士の目に見た事のある制服が映った。そこには学生の制服を来た男女とスーツ姿の男性がいた。そしてなぜか全員プロレスラーの覆面を被っていた。

「ねぇ金児、この覆面着けなきゃダメなの?ダサいんだけど」

「いいから覆面とるなよヒメーカ。オヤジにバレるとめんどくさいだよ。あとこの覆面は伝説の名プロレスラーの物だ。オークションで手に入れた本物だぞ。光栄に思え」

「私プロレス全然わかんない」

「なぜ私まで覆面を・・・地球に来て初めての経験だ」

FSFのメンバーは何やらごちゃごちゃと話している奇妙な覆面を着けた三人組に目を奪われた。三人組は目と口、そして頭髪が見える覆面をかぶっていて、赤、青、黒の基調で色分けされていた。

「誰だお前たちは」

ピーチは一番前に立っている青の覆面を着けた金児に尋ねた。

「俺たちは天品高校演劇部だ」

「何を訳がわからないことを言っている」

ピーチは疑いの表情をしている。

「博士とイソハチをこちらへ渡せ」

「なぜ野口と斉藤のことを知っている」

金児の発言でピーチの表情は凍り付いた。ピーチはリンゴに

「こいつらが野口と斉藤をこちらへ渡せと言っています」

と言った。リンゴはファーストの言語で

「そうか」

と言った。そしてピーチに顎で指示を出した。それを受けてピーチは金児達の方へ振り向くと目の動きを止めた。綺麗な黒髪のキューティクルがゆらっゆらっと動き出す。すると金児達の周りの小石が浮き始めた。

「来るぞ」

とジョニーが言った。ピーチが力を強めると金児達三人の上着のすそが強風に吹かれているようにバタバタと揺れた。

「くっうぅ!!」

金児の表情が歪んでかかとが浮き始めた。金児達三人の目の前に空気をほとばしる電流が走った。金児のかかとが地面に着地すると、金児、ヒメーカ、ジョニーの三人はそれぞれ円状の空気の層に覆われた。その層の圧力でピーチの第ゼロ感は弾かれ、砂煙がFSFメンバーを通り抜けていった。

「賭けだったが私の仮説が証明されたな。金児」

とジョニーは頬の口角を上げて言った。

「こんな賭けは二度とごめんだよ」

と金児は苦笑いして二日前、柔福寺裏山でのジョニーとの特訓を思い出した。


二日前の出来事。

「俺が地球を救う要に・・・」

「そうだ。だからもうやるしかないんだ」

「で・・・でもどうやって第ゼロ感を発動すれば・・・。学校の屋上の事はほとんど記憶にないんだ」

「断片的でもいい。何か思い出せることがあるはずだ」

「何か・・・・」

金児は学校の屋上で起きた事を必死に思い出そうとした。脳内にある記憶の断片を必死に拾おうとした。

「記憶があるのはヒメーカの能力でのどが急に苦しくなったあたり・・・。もうダメだもう死ぬって本気で思って・・・。そこから記憶がない」

「その記憶がなくなる刹那(せつな)に何かいつもと違う感覚に襲われなかったか?すべての物質の粒子が見えるような」

「物質の粒子・・・・・・・・くそ!ダメだ。思い出せない」

金児は髪を手でくしゃくしゃにした。

「本当に俺に第ゼロ感なんてあるのか」

「ヒメーカとイソハチがウソをついているとは思えん。何かあるはずだ」

ジョニーは長いもみあげに手を当てて考え込んだ。そしてひげから手を離すと

「これは仮説に過ぎないが・・・もしかしたら命の危機に細胞が反応しているのかもしれない」

とジョニーは言った。するとジョニーは足を肩幅まで開いた。

「私が今から第ゼロ感を見せる。見たら何か思い出すかもしれない」

と言った。

「よく見てろ」

ジョニーは急に鋭い表情になった。まばたきを止めて集中するとジョニーの短い髪がバサバサと波打った。足元の小石が左右に揺れた。

「いくぞ」

ジョニーがつぶやくと小石がゆっくり宙に浮いた。そしてジョニーの瞳孔が収縮するとジョニーの体は徐々に前傾姿勢になって両手を地面に付けた。金児にとってそれはまさに屋上で見たヒメーカの姿だった。

「その四足歩行の戦闘態勢は・・・。ヒメーカと同じだ!!」

「そうだ。第ゼロ感を開放すると人類の原始の細胞が目覚めて四足歩行になる」

ジョニーの異形の姿に金児は目を奪われた。暗闇の海を見る時のような恐怖心と夕日に照らされた絶景を見た時のような感動が絡み合った感覚に陥った。

「金児。何か自分の中に変化を感じたか?」

ジョニーは金児に尋ねると

「いや・・・」

と金児は答えた。その返事を聞いてジョニーは思った。

・・・ダメか・・・。やはり本気で命の危険にさらさなければ発動しないのか。困ったな。体が回復したばかりの彼を傷つけたくはなかったが・・・・

ジョニーは金児を攻撃することにした。ジョニーのスーツのすそが激しく動き始めた。そしてグググッと太ももと肩の筋肉が盛り上がった。

「すまない金児。少しの我慢だ」

ジョニーはそう言うと首筋の血管が浮き出た。そして地面を思いっきり蹴り上げると金児に飛びかかった!金児の目にはジョニーの動きは一瞬の残像だけしか見えなかった。ジョニーは右手でもぎとるように金児の左肩をなぎ払った!金児は吹っ飛ばされて地面をバウンドした。だがハッと我に返って金児はなんとか回転して起き上がった。そして顔を前に向けると鼻の先にもうジョニーは立っていた。ジョニーはそのまま金児の首を右手でわし掴みにすると金児を持ち上げた。

「く・・・。苦しい」

ジョニーは苦痛に歪む金児の顔を無表情で観察していた。

「金児。思い出せ。屋上の時の感覚を」

金児は足をバタつかせた。

「早く思い出さないと死んでしまうぞ」

ジョニーは徐々に力を強めていった。金児の顔色が白く変色していく。

「金児!思い出せ」

ジョニーは更に力を強めた。だが金児の体は徐々に力が抜けていった。バタバタしていた金児の足の動きが止まった。

「ダメか」

ジョニーがあきらめかけた時、金児の髪が少し動いた気がした。ジョニーは腕の力を緩めた。すると金児の髪の揺れが大きくなっていく。ジョニーは金児の首から手を離した。金児は膝と手をついて着地すると、大きく息を吸い込んだ。

「金児、何か見えるか!」

ジョニーがそう問いかけた瞬間、ジョニーの目の前に空気圧の層が現れた。そしてそれが急激に膨張した。

「くうぅう!」

ジョニーはとっさに後ろへ飛んで金児の空気圧を回避した。

「こ、これは・・・」

と金児はつぶやいた。金児は今までに経験したことのない感覚に襲われた。自分の心臓の鼓動が聴こえるとその音がハーモニーのように何重にも重なって聴こえた。その鼓動は大きくなりながら足から地面へ、そして空気全体に広まっていく。金児の全身にこの世のすべての物質を顕微鏡で見るような、何万光年先の宇宙の重力を望遠できるような感覚が降りてきた。

「第ゼロ感だ」

とジョニーは言った。金児の髪はゆらゆらと蠢いて、周囲の小石が浮いていた。砂煙が渦をまくように発生すると金児を避けるように流れている。

「この感覚が第ゼロ感・・・」

金児は自分の手のひらを見つめた。金児は何か空気さえも掴めるように感じた。ジョニーは

「そのまま自分の細胞の音に全神経を傾けろ」

と言った。金児は目を閉じて自らの細胞の声に耳を傾けた。細胞の最小単位の一つ一つが何かを食らいつくそうと盛っているのがわかった。金児は自分の恐怖心を抑え込んで細胞の声に素直に従った。すると金児の体は徐々に前のめりになった。

「そうだ。それだ!」

とジョニーは完全な四足歩行の戦闘態勢になった金児を見て言った。

「内から内から力がみなぎってくる」

金児は抑えきれない程湧いてくる自分の力が信じられなかった。金児の体の周りに圧縮された空気の層ができた。そしてその層は重力を発生させながら膨らんでいった。

「金児!力をコントロールして押さえろ!」

とジョニーが叫んだ。だが金児の手足は小刻みに震えて層の膨張は止まらなかった。

「くそ!ダメだ抑えきれない!」

金児の層は一瞬で爆発的に膨れ上がった!ジョニーは後方へ吹っ飛ばされて地面をバウンドして崖にぶつかった。その時ジョニーは崖にぶつかった勢いで一瞬、開放していた第ゼロ感を閉じてしまった。すると金児に変化が起こった。

「あ、あれ!?」

金児は両手を地面に付けた獣のような態勢で我に返った。裏山の空き地に吹き荒れた風圧が消えて金児が纏っていた空気の層は一瞬で霧散した。ジョニーと金児は何が起こったのかわからず放心状態となった。

「き・・・金児。どうした?何が起こった?」

「いや・・・。急に力がなくなった・・・」

「急に力がなくなった!?」

ジョニーは顔を歪めながら立ち上がった。

「もう一度発動してみろ」

「わかった」

金児は立ち上がって意識を集中した。金児とジョニーの間に夕暮れの生暖かいそよ風が吹いた。

「ダメだ。まったく鼓動が聴こえない」

金児は立ちすくんだ。ジョニーは何か考えながら金児を観察した。

「うーん・・・」

 ジョニーは長いもみあげを触りながら思考に集中していた。金児はジョニーをみつめてその発言をじっと待っていた

「金児・・・。もう一度私が第ゼロ感を解放するからよく見ていろ」

「わ、わかった」

ジョニーは眉間にしわを寄せて意識を集中した。夕暮れのそよ風で揺れていた雑草がピタッと動きを止めた後、バサバサと急激に揺れた。ジョニーの半径五メートルほどに空気の層ができた。次の瞬間!!金児の周辺に強烈な重力が発生して金児は空気の層に覆われた。

「で、できた。聴こえるぞ!鼓動が!」

金児はまた第ゼロ感を発動した。首筋に血管を浮きだたせて徐々に前傾姿勢になっていった。

「こ、これはどういうことだ・・・!?」

とジョニーは戸惑いを見せた。ジョニーは金児の様子をずっと観察していたが最初の第ゼロ感の発動は自分のやり方を模倣して感覚的に発動したように見えた。だが今のは金児本人のセンスというよりは突発的に発動したようにジョニーは感じた。

「もしかして・・・」

とジョニーはつぶやくと自らの第ゼロ感を急激に閉じた。すると金児を覆っている空気の層は急激に収縮していき、金児は前のめりに倒れてしまった。

「痛たたた。なんで!?」

金児は冷や汗をかきながら茫然とした。

「金児・・・。君は・・・」

ジョニーは自分が立てた仮説に確信を持った。

「金児。なぜかはわからんが君は・・・どうやら他者の第ゼロ感を感じることで自らの第ゼロ感を発動するようだ」

「そ、それは・・・。自分では第ゼロ感が発動できないってこと?」

金児は地面にあぐらをかいて尋ねた。

「そうだ。誰かが第ゼロ感を発動したことが鍵になって、その鍵ででしか自分の第ゼロ感の扉を開けることができない。つまり・・・」

金児はごくっと唾を飲み込んだ。

「つまり敵にそれがバレた場合、君にとって致命的になるということだ」


金児、ヒメーカ、ジョニーは第ゼロ感を発動してFSFと対峙した。

「不意打ちで突進されていれば危なかったが、とりあえず第一関門突破だ」

とジョニーは意気揚々と言った。

「足手まといにならずに済んだわね。金児」

とヒメーカは金児を皮肉った。金児は

「うるせぇ」

と言った。FSFのメンバーは金児達の様子に内心穏やかではなかった。

「調査では地球の人間は第ゼロ感を使えないはずだが」

とリンゴはピーチへ言った。

「わ・・・私の調査に間違いはありません。しかし・・なぜ・・・」

ピーチが金児達に目を奪われていると横にいたライムが口を開いた。

「イソハチとジョニー以外にセカンドがいた可能性が一番高いんじゃない?もしくは・・・地球人が第ゼロ感を使える技術がすでに開発されていた・・・とか」

リンゴはライムのこの発言を聞いて

「これは想定外だったな。作戦変更する。目前の覆面を被った第ゼロ感使い三名の拘束を第一優先とする。拘束しろ」

とパイン、ピーチ、ライムに命令を下した。

「了解」

「わかりました」

「ほーい」

と三人は返事をして一歩踏み出した。ライムは肩に担いでいたイソハチを乱暴に地面に投げ捨てて身構えた。ライムがまばたきを止めて集中すると足元の砂埃が振動で波打ち始めた。それに呼応するようにパインのドレッドヘアとピーチの黒髪がゆらゆらと揺れ始めた。すると三人が来ていた黒のビジネススーツは粒子となって消え去り、左胸に地球のマークが付けられた黒スパッツの戦闘服に変化した。そして徐々に前傾姿勢になり四足歩行の戦闘態勢に入った。

「金児、ヒメーカ。奴らは軍の精鋭だ。子供のケンカのようにはいかないぞ」

とジョニーは金児とヒメーカに諭した。金児とヒメーカを気にかけながらもFSFの攻撃に意識を集中していた。ジョニーにとってここまでは想定通りことが運んでいた。金児が実戦で第ゼロ感を発動すること、そしてファーストが現場にイソハチを連れてくることは未知数だったがそうなるとジョニーは計算していた。実際に金児は第ゼロ感を発動して、イソハチは博士に言う事を聞かせる為に連れてこられていた。だがここで大きな計算ミスがあった。ジョニーは

・・・・くそっ。敵の人数が一人多いな。想定外だ・・・・

と思った。ジョニーの背中に冷や汗が流れた。ジョニーの想定では野口博士の前に現れるファーストは多くても三人のはずだった。ファーストは少数精鋭で地球に来ているはずだとジョニーは考えていた。その方が地球で目立たずに潜伏するにの効率がいいからだ。ジョニーの存在が邪魔になることを考えても博士の誘拐だけなら多くてもファーストは三人で行動するとジョニーは踏んでいた。だが実際は四人だった。ジョニーは今地球に来ているファーストのリーダーは非常に警戒心が強い奴だと分析した。相手が三人ならなんとか博士とイソハチを守れる計算だったが、すでに一時退散できる状況ではないと判断したジョニーは腹をくくった。

「まずは目に力を集中させて防御に徹しろ」

「OK」

「わかったわ」

ジョニー、金児、ヒメーカは徐々に前傾姿勢になっていった。ジョニーとヒメーカの足元の地面は重力で四方にヒビが入った。そして両手を地面に付けて戦闘態勢に入った。

「ん!?金児!?」

ヒメーカは斜め前にいた金児の異変に気付いた。金児は戦闘態勢に入っていなかった。この時、実は金児の足は極度の緊張で震えていた。超ボンボンとはいえ普通の十五歳の高校生の金児にとってまだ半信半疑だった宇宙人が超能力で自分を攻撃しようとしてきている事実は衝撃だった。さらに第ゼロ感の世界が見えるようになった金児は直観で目の前にいる得体の知れない奴らのヤバさが肌でわかった。ジョニーは

「金児!早く戦闘態勢に入れ!!」

と叫んだ。金児にはジョニーの言葉が耳に入らなかった。そしてその隙を見逃すFSFではなかった。地面を蹴る爆音がすると金児の眼球の信号が脳に到達した時には金児の目の前にパインが飛びかかっていた!

「しまった!」

とジョニーはとっさに金児とパインの間に割って入ろうとしたがジョニーの目の前にはもうライムが迫っていた!ジョニーの第ゼロ感の層とライムの第ゼロ感の層が激突した瞬間に金児はパインの大きく振り抜いた右手の攻撃で吹っ飛んだ!金児は地表スレスレを這うように飛んで行って地面をバウンドした!

「まずは一人」

とパインは倒れて動かない金児を見て言った。

「金児っ!」

とヒメーカはピーチの第ゼロ感の層の圧力に必死にこらえながら叫んだ。パインはギロッとジョニーの方へ振り向いた。そして岩のような筋肉が盛り上がると第ゼロ感の層が膨れ上がってジョニーを横からの圧力で攻めた!ジョニーはライムとパインの両圧力にさらされて上へ吹っ飛んだ!ジョニーは弧を描いて研究所敷地内のツツジの植え込みに突き刺さった!

「二人目」

とパインはつぶやくと今度はヒメーカの方を見た。パインの殺気を感じたヒメーカは対峙していたピーチの圧力を横へ受け流した。そしてFSFから距離をとるために大きくジャンプした!だがその瞬間、目の前にパインの姿があった!

「三人目」

とパインはつぶやくと大きく振りかぶった左手を高速で振り抜いた!ヒメーカは飛ばされて研究所の外壁にショートバウントして激突した。パインは大きな体をズンッといわせて着地すると

「あっけない」

と言った。パイン、ライム、ピーチは地面から両手を離して二足歩行へ戻った。

「さっさとジェイルで拘束して研究資料を取りにいきましょうかぁ」

とライムは余裕の表情で言った。ライムは腰にある体に密着しているポシェットから手榴弾のような形成をしたジェイルを取り出した。それを片手で持つとジョニーの方へむけて先端にあるボタンに手をかけた。しかしライムはボタンを押さなかった。背中に異変を感じたからだ。ライムが振り向くと遠くの方で金児が立ち上がっていた。

「パインの攻撃が直撃したはずだが」

ライムはそう言ってジェイルを持っていた手を下げた。

「あの野郎・・・」

とパインはつぶやいた。パインの攻撃が顔面に直撃したかと思われたが金児は反射的に肩でガードしていた。金児は自分の左肩に手を当てると制服が破れているのが分かった。手のひらに生暖かさを感じる。手のひらを見ると真っ赤になっていた。

「くそ・・・」

金児は回りを見渡した。視線の先にファーストの三人が立っていて金児を見ていた。そこにジョニーとヒメーカの姿はなかった。

「ジョニー・・・ヒメーカ・・・」

金児の位置からジョニーの姿は見えなかった。右斜め前に目をやるとビルの破片に囲まれるようにヒメーカが地面にうずくまっていた。

「マ・・マジかよ・・・」

金児はふらつきながら一瞬で自分たちがやられたのを悟った。金児はこの事態を自分が怖気づいたせいだと思った。

・・・くそっ俺のせいだ。俺がビビったせいだ。俺のせいでジョニーとヒメーカが・・・。くそ!!まだ足が震えてる。どうすれば・・・

金児が立ち上がっただけで何もできずに迷っているとライムは金児に向かって戦闘態勢をとった。

「まてライム。俺がやる」

パインはライムを制止すると急激にドレッドヘアを揺らして地面を蹴り上げた!アスファルトがめくれ上がって飛び散る!そして一瞬で金児の目の前まで飛ぶと、パインは右手を振り上げて思いっきり金児をなぎ払った!

ドーン!!!!

強烈な打撃音がすると金児は飛ばされてビルに激突した!ビルに亀裂が入って外壁が飛び散った!

「よしっ」

とパインが言うと金児はゆっくり前のめりに倒れた。遅れてはがれた外壁の欠片が地面に落ちる音がカラカラと鳴っている。パインはジェイルを取り出して金児にかざそうとした。すると金児の髪がゆらゆらと揺れていた。金児はゆっくり立ち上がると両腕から湯気が出ていた。

「あ・・・危なかった」

金児はまたギリギリで両腕によってガードしていた。両腕にきしむような痛みが走る。パインは立ち上がった金児を見て全身の筋肉の血管を浮き立たせた。金児はパインの短気な性格の琴線に触れたのだった。

「あのクソヤロウ・・・」

と言ってパインは怒りに打ち震えた。金児は相変わらず恐怖で足は震えていたが、恐怖の質に変化があった。超能力を使う得体の知れない宇宙人への恐怖から死への恐怖に変化していた。想像を膨らませてしまった恐怖から解き放たれて、単純な死へのプレッシャーへ変化したことにより金児は無我夢中に集中し始めた。金児の体は徐々に前傾姿勢をとって四足歩行の戦闘態勢に入った!

「良い度胸だ」

とつぶやいたパインは両手を地面につけると一気に金児へ飛びかかった!パインは怒りで盛り上がった極太の右腕を金児へ向けて振り抜いた!パインの指先が金児の顔面に触れた瞬間だった。金児が被っていたレスラーの覆面がはじけ飛んだ!金児は皮一枚のところで顔をかがめて攻撃をかわしたのだった!

「このぉぉ・・・」

パインの血管はこめかみから鼻の近くまで浮き立った。パインは立て続けに両手をひっかくような形にして高速で振り抜いた!金児は頭を弧を描くように動かしてすべて避けた!

だがその一発一発は金児の皮膚の一枚一枚を削いでいくほど間一髪の攻撃だった!金児の冷や汗が避けるたびに宙へほとばしる!金児は首とフットワークだけで何とかすべてかわしたが、パインの攻撃は大量の大木が激流に流されて向かってくるかのごとく金児を襲ってきた!

「くっ!くそ!!」

金児は防御だけに全神経を集中していたが、それでも徐々に体力が消耗し始めた。一方パインの方は一向に攻撃のキレが落ちる事はなかった。

「動きが鈍くなってきてるぞ!さっさとあきらめろ!」

とパインは叫びながらも剛腕を振り続けた!すると金児の右肩にパインの攻撃がかすって制服がズバッと破れた!金児はグラグラっとよろけた!

「終わりだ」

パインの右手の甲にゴキゴキっと骨と血管が浮き出た!金児はしまった!と思った!パインは鉄のような剛腕を振り上げた!

「ジョニーっ!!!ヒメーカっ!!!」

と金児は叫んだ!なんとジョニーとヒメーカがパインの足を片足ずつ掴んでいた!

「金児!!避けろぉぉ!!」

ジョニーは必死の表情でパインの足にしがみついた!だがパインはそんなのお構いなしに金児へ襲いかかった!

「死ねぇ!!」

パインは頭に血がのぼって拘束しろというリンゴの命令を完全に忘れていた。冷静さをかいたパインの一撃は見事に金児にかわされた!大きく空ぶったパインは隙だらけになった!金児はその隙を見逃さなかった!!攻撃に転じようとした金児の目は獣じみた目になり、左肩の筋肉がぎゅるぎゅるっと蠢いた!そして肉食獣のかぎ爪のような左フックがパインのボディに炸裂した!

「ぬうぅぅぅ・・・」

パインはメリメリときしむ腹を押さえながら倒れこんだ!

「や、やった・・・」

と金児は息を弾ませながらつぶやいた。無防備になった所にまともに食らったパインはウーウー唸っていた。ヒメーカとジョニーはパインのダメージが相当なものだと判断してパインの足にしがみついていた腕の力を緩めた。だがその一瞬の気の緩みを見逃さない者がいた。ピーチとライムだ。ピーチとライムはパインが倒れたと同時に爆速でヒメーカとジョニーの背後へ回っていた!そして二人はヒメーカとジョニーを思いっきり腕でなぎはらった!

「ヒメーカ!!ジョニー!!」

と金児は叫んだ!その瞬間ヒメーカとジョニーは間一髪で上へ飛び上がった!そしてピーチとライムの背後に着地した!それを見て金児も後方へ飛んでファースト達と距離をとった。すると金児、ヒメーカ、ジョニーでファースト達を囲む隊形になった。

「今だっ!!!」

ジョニーが大声で叫ぶと金児達は一気に全力で第ゼロ感を開放した!金児達の足元は重力で地割れした!そして金児、ヒメーカ、ジョニーが纏った球状の第ゼロ感の層がファースト達に迫っていく!

「し・・・しまった!!」

とライムがつぶやくとファースト達は金児達の第ゼロ感の層に挟まれた!

ズズズン・・・

衝突音が空気を伝わっていった。初動が遅れたファースト達は層の圧力に完全に押されていた。

「ぬぐぐぐぐ・・・」

とっさに立ち上がったパインはギリギリの所で圧力に耐えていた。パイン、ピーチ、ライムも第ゼロ感の層を発動して押し返そうとした!金児達は防御に徹していた力を今度は攻撃に全て集中させた!金児達の層はファースト達の上にかぶさるように範囲を広げていった!ピーチが歯を食いしばりながら

「こ・・・こいつら・・!」

と言うとライムが

「こ・・このまま密閉されると・・・さ・・酸素がなくなるぞ!!」

と焦(あせ)った!

「はああああああ!!!」

ジョニーはすべての力を今このタイミングで使い切るべく力を強めた!それに呼応して金児とヒメーカも力を強めた!

ズズズズン・・・・

砂煙が波状に広がって研究所のビルにぶつかった!金児達の第ゼロ感の層がぶつかり合って一つになり、完全にファースト達を覆いつくした!

「くっ!くそぉぉぉ!!!」

パインは叫んだ!

「くそ・・・さ・・・酸素が・・・」

ライムは顔を赤らめて踏ん張った。この状況はジョニーにとっては想定外だったが、ファースト達にとってはさらに想定外だった。この部下達の想定外の失態についにFSF第一師団長のリンゴが動き出した。

「何をやっている」

リンゴの赤い髪がバサバサと動き始める!!首筋に筋肉の筋と血管がゴキゴキと浮き上がるとリンゴの小柄な体が盛り上がった!この時ジョニーはリンゴの気配に気づいた。

「く・・来るか!」

そしてジョニーは思った。

・・・い・・今だ・・・石田・・・・!!

リンゴが四足歩行モードに入って周辺の小石が浮いた瞬間だった。何者かがとてつもないスピードでリンゴに体当たりをした!リンゴは一瞬で吹っ飛んで研究所の外壁に激突!!研究所の一角が大破してがれきの下敷きになった!

「石田ぁぁ!!」

とジョニーは勢いづいた。金児が大きな破壊音がした方を見ると、長袖シャツとジーンズ姿の三十代くらいの男が立っていた。石田はすぐさまジェイルで拘束されて横たわっていたイソハチに駆け寄った。

「斉藤先生!!大丈夫ですか!!」

「い・・石田か!おまえ・・・まさかあれを飲んだのか」

「はい。急がないと」

石田は片脇にイソハチを抱え込んだ。そして壁に寄りかかって怯えていた博士に近寄ると

「あなたも来てください」

と石田は言った。すると博士は

「きっ、君は・・・いったい」

と言ってオドオドするとイソハチが

「大丈夫です。彼は私の知り合いです」

と言った。石田は

「いきましょう」

と博士の腰を抱きかかえた。石田は両脇にイソハチと博士を抱えた状態で深くしゃがみこむと石田の両足は盛り上がってジーンズがパンパンになった!ドンっと踏み込むと石田は高速で走り出した!

「よしっ!!よくやった石田!」

とジョニーは石田がイソハチと博士を奪還したことを確認した。石田はジョニーとアイコンタクトをとるとジョニーの後方を通り過ぎようとした。そのタイミングでジョニーも振り返って金児達はそのまま研究所を離れる作戦だった。金児とヒメーカは限界近くまで力を出して視界がふらついていたが、イソハチと博士が救出されたのがわかった。ジョニー、金児、ヒメーカは息を合わせて石田の後を追おうとした!

ギュルギュルギュルギュルギュル!!

ジョニーの目に何か巨大な物が向かってくるのが映った。

「石田ぁぁっ!!!」

ジョニーはとっさに叫んだ!ビルの破片と思われる直径三メートルほどのコンクリートがギュルギュルと高速回転して石田を目がけて飛んできた!石田はジョニーの声に反応して後ろを振り返った!その瞬間、石田の目にジョニーの背中が映った!ジョニーは石田の盾になったがコンクリートの威力はすさまじく、石田達もろとも弾き飛ばされた!コンクリートは軌道を変えることなく向かいの道路を転がっていき鉄橋に激突した。弾き飛ばされたジョニーと石田達は地面に散らばって倒れた。

「な、何今の!?」

ヒメーカは瞬く間の出来事で混乱した。ヒメーカと金児は今まさにファースト達への圧力を解いて一歩踏み出したところだったが、ジョニー達が倒れているのを見て茫然と立ち尽くした。

「お・・お父さん!!!」

ヒメーカは倒れているイソハチに駆け寄ろうとした。するとヒメーカの右目の視界に灰色の物体が映った。ギュルギュルギュルと高速回転して飛んでくるコンクリートの塊がヒメーカめがけて飛んできた!ヒメーカはとっさに第ゼロ感でガードしたがコンクリートの勢いを殺すことはできなかった!弾き飛ばされてアスファルトの上をゴロゴロと転がって倒れた!

「ヒメーカっ!!!」

と金児は叫んだ!金児はハッとしてコンクリートの塊が飛んできた方を見た。そこには片手で直径五メートルほどのコンクリートを持って立っているリンゴがいた。リンゴは大きく振りかぶるとそのコンクリートを金児へ向けてぶん投げた!

ギュルギュルギュルギュル!!!

リンゴの手を離れた時は小さく見えたコンクリートは一瞬で巨大に見えるほどのスピードで金児に向かって飛んできた!金児は瞬時に第ゼロ感の層でガードした!瞬間的に力は反発し合ったが金児はコンクリートと共に弾き飛ばされた!コンクリートの塊は軌道を変えて研究所ビルの三階に突き刺さり、金児は地面をバウンドして倒れた!

「おい!!寝てないでさっさと拘束しろ!!」

リンゴは金児達の攻撃で窒息しかけてひざまづいているFSFのメンバーに大声で命令した。

「く、くそ・・・死にかけたぜ・・・」

「ぜぇぜぇぜぇ・・・やばかった」

「はぁはぁはぁ」

パイン、ライム、ピーチは胸元のスパッツを掴んで必死に呼吸をしていた。

「さっさとしろ」

とリンゴは念を押した。

「は・・はい」

とピーチは返事をしてヨロヨロと立ち上がった。ピーチはジェイルを腰のポシェットから取り出してそれを片手でヒメーカの方へ向けた。そしてピーチは親指でボタンを押した。ジェイルはブシューンっと煙を出してカニのような形に変形するとヒメーカに向かって飛んでいった!ヒメーカは両腕と胴体をカニの足で覆われるようにジェイルに拘束された。

「う・・・うう」

ヒメーカは意識が朦朧としていたが父親だけでも何とか助けようとあきらめてはいなかった。ヒメーカは自分の力がもうほとんどゼロに近いことを悟っていた。命を燃やさなければならないと思ったヒメーカは死ぬ覚悟で最後の第ゼロ感を発動してジェイルを壊わそうとした。ヒメーカの髪がゆらゆらと動き始めた。ヒメーカの腕に食い込んでいるジェイルがギシギシときしみだした。ヒメーカは更に力を強めた。

「無駄よ」

ヒメーカに歩いて近寄ってきたピーチはそう言った。するとヒメーカの第ゼロ感はパタっと消えてしまった。

「な・・なんで・・・」

とヒメーカは困惑した。ピーチはヒメーカを見下ろしながら

「ジェイルは最新兵器の第ゼロ感使い拘束具よ。ジェイルに拘束されると第ゼロ感を使えなくなるのよ。あんたはもう何もできない」

と言った。ヒメーカはそれでもあきらめようとせず、腕の力でなんとかしようとした。だがどうすることもできなかったヒメーカは涙目になった。

「うぅぅ・・・」

涙でぼやけた視界の先でジョニーもライムによって、石田はリンゴによってジェイルで拘束されているのが見えた。視線を少し左に移すと倒れている金児をパインが見下ろしていた。ヒメーカはなんとか起き上がろうと足で反動をつけようとしたがピーチはガンッ!!とヒメーカの腹を足で抑え込んだ。

「き・・・金児・・・」

ヒメーカは何もできない自分に苛立った。

「キ・ン・ジ?」

とつぶやいてピーチは金児の方を見た。

「このくそ野郎がっ・・・」

とパインは額に血管を浮きだたせながら金児を睨み付けていた。そして金児の腹を思いっきり蹴り上げた。金児は宙に浮いてゴロゴロと転がった。

「パインっ!何をしている!さっさと拘束しろ!」

ライムはパインに大声で問いかけた。パインはライムの方を見る事なく倒れている金児の顔を踏みつけた。

「こいつはもっと痛めつけねぇと許せねぇ。こんな雑魚に殺されかけたなんて恥だぜ」

パインはそう言ってぐりぐりと踏みこんだ。ライムは

「そいつはもう虫の息だ!さっさと拘束しろ」

と叫んだ。しかしパインは聞く耳を持たず、更に足の力を強めた。

「おいパイン。そいつには色々聞きたい事がある。殺さずにさっさと拘束しろ」

リンゴは淡々とパインに命令した。パインの足がピタッと止まった。

「し・・しかし」

「早くしろパイン。これは命令だ」

「くっ・・・わかりました・・・」

パインは足を金児の顔から外すと腰のポシェットからジェイルを取り出した。

「地獄を見せてやる」

とパインは言い放ってジェイルのボタンを押した。ブシューンという機械音と共に金児はジェイルによって拘束された。リンゴは

「よし。早急に野口を連れて第ゼロ感の研究資料を取りに行くぞ。ライム。野口博士を連れてこい。パインっ!!お前はここに残ってこいつらを見張ってろ!」

と言ってつかつかと研究所のエントランスの方へ歩き出した。ピーチ、ライム、ライムに襟を掴まれた博士もリンゴの後を追った。その時リンゴの耳にガシャーン、ドン!!という音が聞こえた。リンゴが足を止めて振り返るとパインが腹を押さえてうずくまっていた。

な・・なんだ!?

そう思ったリンゴの目に想定外の出来事が飛び込んできた。意識がなかったはずの金児が立ち上がっていた。

「バ・・バカな・・・」

リンゴはそう言って驚いた。リンゴの目は明らかに動揺していたがそれは金児の意識が戻ったからではなかった。ジェイルが破壊されて地面に落ちていたからだった。

「第ゼロ感を使えない状態の力で破壊できるわけがない・・・」

とリンゴはつぶやいて金児を見た。

「ジェイルは開発されたばかりだから不具合では・・・」

とライムはいぶかしげな顔をした。

「それならもう一度ジェイルで拘束すればいいだけのこと」

そう言って一番金児に近かったピーチはジェイルを取り出して金児に向けてボタンを押した!ジェイルは金児へ一直線に飛んで行って金児を捕えた!金児はジェイルの勢いそのままに後ろへ倒れた。

「これで大丈夫でしょう」

ピーチはクールな表情で言った。だが見る見るとその目は大きくなり、まばたきが止まった。金児が起き上がったのだ。そして金児に装着されたジェイルがカシャカシャカシャと音を立ててきしみだした。金児の目の前で腹を押さえてうずくまっていたパインはそれを見てこう言った。

「こ・・・こいつは・・・。ジェイルの故障じゃねぇ・・・・!!!」

金児の髪の揺れが大きくなっていく。それを確認したリンゴの眉間に大きなシワができた!リンゴはパシーンっと右手に予備のジェイルを手に取ると金児へそれを向けた!

「二重に拘束してやる」

そう言ったリンゴはジェイルを発動した!ジェイルは白い煙を放ちながら金児へ向かって飛んで行った!

シュゥゥゥゥゥン!!

ジェイルのカニのようなかぎ爪が空気を切り裂く音を放ってパインの耳をかすめて行った!!ジェイルが金児の両肩を包み込んだ瞬間!!金児を通り抜けるようにジェイルはボロボロと分解されて地面に散った。

カシャン・・・カシャカシャカシャカシャーン・・・・

散らばったジェイルの音が研究所のビルに反射してこだました。ファースト達は完全に凍り付いた。そして金児に向けていたFSF第一師団団長リンゴの右手がブルブルと震えた。

「か・・・・・か・・覚醒者か!!!!」

リンゴのその発言にライムとピーチは反射的に顔を見合わせた。金児の髪の揺れはどんどん大きくなっていった。金児の足元のアスファルトに放射線状にひびが入る。周辺の小石やジェイルの破片が宙に浮き始めた!リンゴは大声で

「即時退却だっ!!!!」

と叫んだ!ライムが襟を掴んでいた博士を投げ捨てるとリンゴ、ライム、ピーチは一斉に四足歩行の戦闘モードに入った!そして金児の近くでうずくまって全身を震わせていたパインがゆっくりと立ち上がった。

「パイン!退却だ!」

とリンゴはもう一度叫んだ。パインは静かに四足歩行の戦闘モードに入った。ピーチとライムはクモが飛び跳ねるように研究所ビルの屋上へ上った。それを追おうとしたリンゴはパインの異変に気付いた。

「パイン!退却だ!」

リンゴは叫んだがパインはリンゴの方へ振り向きもせずドレッドヘアを揺らした。

「隊長・・・」

とパインは何やらぶつぶつ言っていた。そして瞳孔を収縮させて大声を張り上げた!

「リンゴさん!!こいつが本物の覚醒者なら今ここで殺るべきだ!」

パインの足元から砂煙が放射された!それを見たリンゴは焦った。

「なっ!!やめろパイン!!そいつを変に刺激するな!!今は何もせず一時退却だっ!!!」

「いやこいつはここで葬ります」

そう言い放ったパインは無意識の中でフラフラと立っている金児に超至近距離から爆速で襲い掛かった!パインは思いっきり振りかぶった左腕を金児の顔面に向かって撃ち抜いた!その刹那、パインの目に半透明になった金児の姿が映った。そして次に映ったのは晴天の青空だった。パインは金児の何かの攻撃でのけぞっていた!

「パイン!!!」

金児の異常な雰囲気を察知してリンゴは超反応でパインを救いに飛び出した!リンゴはパインを横からタックルしたが、金児の足の残像がリンゴを追いかけてきた!その攻撃はリンゴを微かにかすめたがリンゴは片手でパインを抱きかかえて大きく飛び跳ねた!そして研究所の屋上へ避難するとファースト達は素早くその場を立ち去った。金児は自らの超速攻撃の反動でフラフラしてバタンと倒れてしまった。金児の髪の揺れを止まり、宙に浮いていた破片などはパラパラと地面に落ちた。

「リ・・リンゴさん・・・・」

ビルからビルを飛び移りながら逃走していたライムはリンゴに話しかけた。

「大丈夫だ」

 リンゴはそう言った。

「その腕・・・・」

とライムはつぶやいた。リンゴの片腕が肘から先が本来の向きとは逆の向きに曲がっていた。リンゴは冷や汗をかきながらつぶやいた。

「なんだったんだ奴のあの動きは・・・・」






















第四章 家族


「よーし整列しろ。今日の体育は前回言った通り試合形式の授業をするぞー」

柔道部顧問で体育教師の山上の声が武道館に響き渡った。生徒はみんな一年生らしい真っ白な柔道着に身を包んで整列した。白帯の結び方が全員どこかぎこちなく、それぞれ個性を放っていた。しかし一人だけ黒帯をしている男がいた。

「福沢、何だその帯は」

目が座った山上は金児に問うた。

「えっ、黒帯ですけど」

「授業中は柔道経験者でも学校指定の白帯をしてこい。それにお前その結び方はさし結びじゃないか。俺の授業では全員統一で本結びだ」

「白帯はなくしました。あと僕は柔道は一応かじりましたけど、空手の方が得意なんです。だから差し結びでいきます」

「そんなヘリクツが通用すると思ってるのか。本結びにしろ」

「わかりました。それなら先生が俺に柔道で勝ったら本結びにします」

「あぁ!?一応俺は大学時代オリンピック選手候補だったんだぞ」

「そうなんですか。だったら余計戦ってみたいです」

金児は得意げな表情で語った。周りの生徒は怒りのボルテージが上がってきている山上の顔をみて冷や汗をかいている。

「よーしわかった。勝負だ福沢」

金児だけを残して他の生徒は武道館の脇へ移動した。金児と山上は畳の真ん中で位置取り、お互い両腕を上げた。生徒の一人が審判として二人の間に入る。

「はじめっ!!!」

「いやえぇぇぇぇっ!!」

山上と金児は大声を張り上げた!!山上はこの大企業のボンボンが調子に乗るなよ!!と思った。山上と金児はお互い声で威嚇しながら自分の間合いを探す。そして徐々に間合いが縮まる。金児より身長が高い山上は先手に出た。山上は

・・・奥襟さえ掴めれば終わりだ・・・・

と思った。そして金児はあっさり奥えりを持たれた。

「一丁上がりぃぃぃ!」

次の瞬間、山上は金児の又に足を入れて内またをかけた!しかし金児はその攻めてくる足をギリギリでかわし、からぶった山上は大きく前のめりになった。金児はその勢いを生かしてそのまま畳にぶつけるように山上を投げ飛ばした!

「いっ、一本っ!!」

審判の声が武道館にこだました。そして生徒たちの歓声が上がった。

「う、内またすかし・・だと・・・」

山上は武道館の天井を見ながら涙ぐんで意気消沈した。審判の生徒が足を持ってズルズルと山上を場外へ出した。その山上を見て金児は

・・・あぶねぇ。先生が内また以外だったら負けてたぜ。小さい時必殺技がほしくて内股すかしばっかりやってて助かった・・・・

と思った。内心かなり焦った金児だったがアドレナリンが出た金児は調子に乗った。

「今日は調子がいいぞ!よしっ。全員一人ずつぶつかり稽古だ。じゃあお前から」

「へ!?」

金児は脇にいるクラスメイトを指さして畳に上げると、次々に投げ始めた。別の授業で校内マラソンをしていたヒメーカは武道館の横を通りかかった。武道館が騒がしかったので何気なく窓をのぞくと金児が柔道の試合をしていた。それを見てヒメーカは

・・・体は完全に回復したみたいね。でも第ゼロ感を使わずにあんなに強いなんて。ほんとアイツって格闘バカ・・・・

と思った。ヒメーカはハツラツとした金児の道着姿を見みながら自分のジャージの左腕をそっと触った。ヒメーカは腕に食い込んだジェイルの跡をジャージで隠していた。そして研究所でのファーストとの闘いが脳裏によぎった。ジェイルに拘束されて意識が朦朧とした中で見た金児の姿。金児だけファーストの変な拘束機械が効かないようにヒメーカには見えた。そしてあのファースト達の焦りよう。

・・・金児は一体・・・・

「斉藤さん。私に抜かれたらビリだよ」

ヒメーカはクラスの女子に後ろから話しかけられた。

「あっ・・・」

ヒメーカはしまった!!の顔をしてピューっと走っていった。

「は・・・速い!!」

金児はクラスメイト全員に見事一本勝ちをおさめて授業を終えた。鼻歌交じりに武道館の更衣室で柔道着を脱いでふと鏡で自分の体を見た。十日前にファーストと研究所で戦った時の傷はもうほとんど癒えていた。

・・・気を失ってしまうほどのダメージだったのに二日前に退院して十日足らずでもう何ともない。傷と疲労の回復が早くなっている気がする。第ゼロ感と関係があるのかな。ヒメーカももう何ともないみたいだったし・・・・

金児はジェイルで拘束されてからの記憶があいまいになっていた。とにかくあの時は恐怖と不安で無我夢中だった。なぜジェイルが外れたのか、なぜファーストが急に去っていったのかよくわからないでいた。金児が病院のベッドで目が覚めた時、病室にいた博士は

「坊ちゃんに恐れをなしてシッポを巻いて逃げていきました」

と言った。でも防戦一方で何もできなかったのに本当にそうなのか。金児がモヤモヤしていたその時、スウォーカーにメッセージの着信音が鳴った。金児はリュックの外ポケットからスウォーカーを出してメッセージアイコンをクリックした。

(((本社の会長室へ至急来い)))

金児は嫌な予感がしていたがそれは的中した。そのメッセージは父親からだった。体育の楽しかった気分は一瞬で一転した。金児は振り払っても振り払っても拭えない暗闇の中にいる気分だった。金児は黒帯をリュックへしまうとトボトボと職員室へ行き、担任に早退することを告げた。


コンコン。金児はドアをノックした。

「入れ」

ドアの奥から地鳴りのような低い声がした。金児は恐る恐る会長室のドアを開けた。会長室は学校の教室二クラス半くらいはあり、奥に会長のデスクがあった。デスクの前には来客をもてなす大きなテーブルとソファーがある。デスクには野生のライオンのような眼光をした金児の父親、フクザワホールディングス会長の福沢富士美(ふくざわふじみ)がいた。富士美は背もたれの大きな社長イスに座って金児をまっすぐ見ている。ソファーには愛犬を膝に乗せた母親の福沢鏡花(ふくざわきょうか)がめずらしくいた。金児はゆっくり富士美のいるデスクの前まで歩みを進めた。

「何か用?」

金児はしらじらしく富士美に尋ねた。すると富士美の眉毛が吊り上がった。

「何か用だと?お前が一番呼び出された理由をわかっているだろう」

金児は沈黙した。金児は退院してから現実逃避して考えないようにしていた事と向き合わなくてはならない時が来た。

「研究所のこと?」

「そうだ」

富士美は金児の言葉にかぶせるように肯定してきた。富士美はすべてを見通するような目で金児の目を見ている。

「おまえはいったい学校で何をやっているんだ。兄弟の中で落ちこぼれのお前をせめて高校だけでも出してやろうと色々と取り計らってやったんだぞ。それをなんだお前は。学校の休みの日に博士をそそのかして、研究所の一部を破壊しおって。お前はいったいあそこで何をしていたんだ?」

「いや・・・演劇部で映画の撮影をちょっと・・・」

金児の答えを聞いて富士美は目を見開いた。

「演劇部!?お前はいったい何を考えているんだ?」

「ただちょっと映画を撮りたかっただけ」

富士美の眉間が赤くなった。

「そんなしょうもないことで世界最先端の研究施設の一部を破壊しただと!?自分のしたことがわかっているのかっ!!」

富士美のバカみたいな大声に対して金児は口を尖らせて反抗的な表情をした。富士美は立て続けに怒鳴った。

「映画の撮影なんてしてるヒマがあったら経済学の本を一冊でも読んでみろ!!お前という奴は勉強もろくにせずに格闘技をチョコチョコとかじるだけの生活をしおって。空手はどうした空手は!?柔道を勝手にやめて空手を始めたと思ったら結局また放り出したのか。それで今度は演劇か!あぁ!?アクション俳優にでもなるつもりか!」

金児は黙って親の話を聞いていた。だが演劇をしょうもないこと、俳優をバカにしたような言い草に金児は強烈な怒りを覚えた。金児は父親の顔を睨み付けると

「ああ・・・。アクション俳優か・・・。いいね!!それ!!それになるわ」

と言い放った。すると富士美はデスクの上にあった万年筆を掴んで床に投げ付けた。そして立ち上がってツカツカと金児の前に行くと金児の顔面を拳で一発ぶん殴った。金児はドカッと床にしりもちを付いた。

「痛ってぇ・・。何すんだよっっ!!」

と金児は吠えた。富士美はドーンと金児を見下ろした。

「お前はもっと兄貴の大矢(だいや)を見習え。大矢は高校三年でもう五つのベンチャー企業を立ち上げてその内の一つは株式上場の準備をしているんだぞ。弟の宝磨(ほうま)も小学三年で大学に飛び級進学して発明で特許を取っているんだぞ。金児、お前は何か大きなことを成し遂げたことがあるのか」

金児はギリっと歯を食いしばった。

「俺は・・・・・オヤジみたいになろうとは思わない」

と金児は言い放った。

「そうか・・・。まあいい。俺には大矢と宝磨だけいればいい。お前には何も期待していない」

 金児はまたか・・・と思った。父親の聞き慣れたセリフだった。特に最近は会えばそのセリフを聞かされている気がした。金児は父親のことをある意味、俯瞰して見ていた。身内というよりすでに上司のような存在だった。金児は立ち上がるとうつむきながら会長室を出た。金児が部屋を出ると付き添いの黒服が一人立っていた。頬を抑えながら歩く金児に少し下がって歩きだした黒服は

「申し訳ありません金児様・・。私が研究所の防犯カメラを一台見逃してしまったばっかりに会長にバレてしまって・・・・」

「気にするなよ。あのオヤジのことだ。どの道いつかバレてたよ」

「しかし・・・」

「いいからいいから」

金児は空笑いをしながらエレベーターへ乗り込んだ。富士美は会長室のドアを見つめながら大きなため息をついた。

「あの出来損ないが」

富士美はイライラした様子で葉巻に火をつけた。その様子を見ていた金児の母、鏡花は口を開いた。

「私、あの子嫌いだわ。今だって私の目を一度も見なかったわ」

鏡花は膝の上の愛犬を大事に大事に撫でながら言った。

「金児は実の母親にしか懐かなかったからな。父親の俺にも幼いころから懐かなかった。途中で空手に変えたのもどっかで母親が空手をしていたのを知ったからだろう」

「実の母親も私は嫌いだったわ。私より演技がうまくて綺麗だったから正直、芸能界からいなくなってほしかったわ。あの子母親にそっくりだから見てるだけで腹が立つ。あの子ってでもホント不幸よね。父親のあなた以外みんな血がつながってないんだもの」

鏡花の話を黙って聞いていた富士美は大きく天井に向かって葉巻の煙を吐いた。

「まぁいい。金児は博士みたいな年寄りには人気があるが俺はもうアイツには期待していない。大矢と宝磨がいればウチの会社は安泰だ」

「フフ。そうね」

会長室は鏡花の不敵な笑いと富士美の煙を吐く音だけが響いていた。

金児はフクザワホールディングスの本社から車で15分程で行ける福沢中央科学研究所へ黒服の運転する車で向かっていた。金児はイヤホンで音楽を聴きながら外の流れる風景を見ていた。金児は頭に来ることや辛いことがあると、いつも小さい頃に母親が弾いてくれたクラシックの曲を聴いていた。その曲を聴くと不思議といつも心が落ち着いてくるのであった。ピアノの旋律に耳を傾けながら金児は少し昔のことを思い出していた。六年前に実の母親の天音(あまね)が病気で亡くなってしまったこと、母親が亡くなる直前に兄の大矢は養子で血が繋がってないことを告げられたこと、母が亡くなってから一年もしないうちに鏡花という女性が突然母親になったこと、様々なことを思い出して金児の視界は少し歪んで見えた。女優で、優しくて、人気者で、少しわがままで、女は愛嬌をまさに体現していた母親の顔が浮かんだ。父親に無理やり習わされた柔道を辞めて空手に変えたのも母親の影響だった。家にあった母親の写真アルバムをたまたま見たら若き日の天音が空手をしている写真がたくさんあった。それで金児は小学五年から空手を始めてあっという間に天才空手少年という噂が広がった。中学に上がってすぐの大会決勝で高校生を圧倒した。だが相手が反則のオンパレードで金児は負けてしまった。後で金児の付き人から大会スポンサーが富士美の昔からのライバルであり、フクザワホールディングスのライバル会社だったことを聞いた。それでバカバカしくなって金児は空手を辞めてしまった。

「お母さん・・・」

「金児様、何かおっしゃられましたか?」

運転中の黒服がバックミラー越しに金児に話しかけた。

「いや。何でもないよ」

金児の乗った車は研究所の駐車場へ入った。駐車場にはたくさんの建設関係の車両が並んでいる。先日のファーストとの闘いで破壊された部分の修復工事が始まっていた。金児は車から降りてクレーンを見上げながら研究所の裏口から入って、急いで博士の研究室へ向かった。金児が研究室のドアを開けると博士がはっとした顔をして金児に駆け寄ってきた。

「坊ちゃん!!」

博士は金児を抱きしめた。金児はおっとっとというような顔をした。博士は金児の両肩を掴んで顔をまじまじと見て

「坊ちゃん!顔色が良くてよかった。体の方は?」

と言った。金児も博士の肩を掴んだ。

「うん。もう大丈夫だよ。俺より博士の方は?」

「なーに。私の方はただのかすり傷ですから」

博士は腕の包帯を金児に見せた。金児は元気そうな博士の顔を見て胸をなでおろした。

「病院に見舞いに行くべきでしたが・・・イソハチ達のあの拘束機械を外すのに手こずってしまいまして・・・」

「それでイソハチ達は?」

「機密研究フロアにいます」

「よし。行こう」

金児と博士はすぐに機密研究フロアへ向かった。機密研究フロアは研究所の最も地下にある極めて一部の人間しか立ち入ることができない会社の超極秘研究が行われているフロアである。金児と博士は一般エレベーターの前を通り過ぎると廊下の突き当りにある機密研究フロア専用のエレベーターに乗り込んだ。金児はエレベーターのフロアの電子表示が変化し始めると口を開いた。

「さっきオヤジのとこに行ってきたよ」

博士はさっと金児の顔を見た。

「それで会長はなんと?」

博士の質問に金児は困った・・・というような顔をした。

「また同じようなことをしたらタダじゃ済まさんだとさ」

「そうですか・・・。実は私も先ほど電話で怒られましてね。会長に怒られるなんて私としても本当に久々でしたよ。もう一切、坊ちゃんに関わるなと」

「そうか・・・」

金児は口をとがらせてすねた。そんな金児を博士は暖かい表情で見ている。

「会長も若い頃はあんな人じゃなかったんですがね。会社がここまで大きくなると会社を永続させるのに必死なんでしょう。大矢坊ちゃんも宝磨坊ちゃんも非常に優秀ですが、私は坊ちゃんの味方ですぞ」

「俺は・・・金儲けには興味ないよ」

「それが坊ちゃんの素晴らしい所です。人間、お金や数字だけにとらわれていては大きな志は持てません」

「そうだね・・・ありがとう博士」

「私は何があっても坊ちゃんの味方です」

博士は15歳の金児を生まれたての赤子を見るような瞳で見つめた。金児の無邪気な笑顔も見るとかつて博士自信が心を奪われた金児の母、天音を見ているようで博士は嬉しかった。エレベーターの扉が開くと通路を挟むようにいくつもの部屋があった。通路には分厚いガラスがドミノのように並んでいて、それぞれを顔認証で開けて通らなければならない。

「どんな弾丸、爆薬も防ぐこのガラスも第ゼロ感使いには無意味ですな」

金児は博士の愚痴を聞きながら通路を進んで一番奥の部屋で止まった。そして天井のセンサーが二人の顔を認知すると三回カシャンと音がなってドアが開いた。二人が中に入るとイソハチとジョニーがTシャツにジーンズのラフな格好で一つの机を囲って話し合っていた。

「金児!体は大丈夫か?」

とジョニーは振り返って言った。

「もう全然大丈夫だよ!ジョニーとイソハチは!?」

「俺たちも少し体は痛むがもう大丈夫だ。博士のおかげでこの拘束具を外すことができた。感謝する他ない」

ジョニーの言葉に金児は胸を撫でおろした。博士は

「いや私一人ではどうすることもできなかった。イソハチ君とジョニー君の知識がなければね。すごく悔しいがファーストとセカンドは我々よりはるかに進んだ文明を持っているよ。その拘束機械もそうだが、奴らがこめかみを触ると急に地球の言語を話しだしたのも何かの能力でなくテクノロジーだろう」

と言った。博士は首を左右に小刻みに振ってお手上げだと言わんばかりの表情をした。それを見たジョニーは

「奴らはおそらく超ミクロの翻訳性能があるチップをこめかみに付けているのだろう。地球のコンピューターにチップを接続して言語データを収集したはずだ。セカンドにも似たような物がある。私とイソハチは地球に長年生活しているからそれがなくても話せますが」

と言った。イソハチは話を聞きながら机にあるジェイルを見つめていた。

「しかしそれよりも・・・」

と前置きをしてイソハチは話し始めた。

「しかしファーストがこんな物を開発したとは・・・。ヒメーカに聞いたがあの髪の長い女がこれをジェイルと呼んでいたらしい。どうやらファーストにはとてつもない科学者がいるようだ」

金児は机に近づくとジェイルを上から覗き込んだ。

「ごめん、俺は記憶が曖昧でジェイルのことをよく覚えていないんだけど、これはバラバラに分解したもの?」

「こっちはな。そっちは一度分解し物をだいたいの形状に戻したものだ」

とイソハチは指さした。金児は顔を近づけて

「何か黒いクモみたいだね。すごいかぎ爪。セカンドには似たような物はなかったの?」

と金児は聞いた。イソハチとジョニーは同時に首を横に振った。

「セカンドにこんな代物はなかった。ファーストがセカンドに侵攻してきた時も奴らはまだこのジェイルと呼ばれる機械を持っていなかった」

とイソハチは言った。ジョニーはジェイルの部品の一つをつまんで

「こんなものをファーストが開発したとなったらセカンドは今頃・・・。想像したくないが我々が更に不利な状況になったということだ・・・」

と言うと研究所に沈黙が流れた。

ピッ!カチャ・・・

その時金児が背にしていた研究室のドアが開いた。金児が振り向くと頭に包帯をして松葉杖をしている石田が立っていた。

「石田。金児が来たぞ」

ジョニーがそう言うと

「あっ金児君。来たんだね。体は大丈夫かい?」

と石田は少し照れくさそうに言った。石田はひょこひょこと松葉杖をついて金児の近くへやってきた。

「顔が少し腫れてるね」

 石田は金児の頬を見てそう言った。

「いや、これは体育の授業でちょっと・・・」

 金児は父親に殴られた所を手で隠した。

「そっか。君はまだ高校生だったね」

そう言って石田は何か考えるように下を向いた後、話し始めた。

「ちゃんと話すのは初めてだね。俺の名前は石田牙都(いしだがつ)。イソハチ先生とジョニー先生が大学で研究していた時の助手だ。今は大学で神経細胞の研究をしているけど、来月から正式にここにいる野口博士の助手になることになった。よろしく」

石田は右の松葉杖を脇に挟むと金児へ手を差し出した。金児は照れくさそうに顎だけの会釈をして石田の手を握った。

「よろしく。イッシー」

「イッシー!?」

「石田だからイッシー」

「イッシー・・・」

石田は少し困惑して金児のことをまだ子供だなというようなちょっとあきれた顔をした。金児は石田の手を離すと

「イッシーには礼を言わなきゃだね」

とブレザーのポケットに両手を入れた。

「イッシーがイソハチとジョニーが昔に開発した五分だけ第ゼロ感に目覚めることができる不良品の飲み薬を飲んでくれたおかげで助かった。ホントにありがとう」

金児がそう言うと一瞬全員が沈黙した。金児は何この間?と思った。イソハチは自分の腕のジェイルの跡をすりすりとさすった。そして

「ふ・・・不良品・・・。ハハハ・・・」

と苦笑いした。

「あっところで・・・」

と金児は前置きして

「みんなに聞きたかったんだけど俺・・・ヒメーカと戦った時と一緒で途中からまた記憶が無いんだ。あの赤い髪の奴がでかい瓦礫を投げてきたあたりから。あの後どうやってファーストを追い払ったの?」

と聞いた。その質問でそこにいた金児以外の全員の顔が凍り付いた。金児は何!?この空気!?と思った。するとイソハチが口を開いた。

「我々も想定外の事ばかりの中で奴らの攻撃を受けて記憶が定かでないが、奴らは何かを思い出したかのように急にいなくなったんだ」

「え!?」

と金児は驚いた。

「それじゃファーストは何も奪わずに行っちゃったの?」

「そうだ」

とイソハチは答えた。金児は口を半開きにして固まった。

「あそこまでしといてなんで・・・」

と金児がつぶやく研究室はシーンとした。するとジョニーは頭をかきながら

「奴らが消えた理由はわからないが、いずれにせよ奴らはまた来るだろう。第ゼロ感を使える者が俺とイソハチだけではないことがバレてしまった今、次に襲来する時はもしかしたら部隊総出かもしれん」

と言った。それに続いてイソハチは言った。

「とにかく今はそれの対策を考えることだ。このジェイルの仕組みを解明できればそれが突破口になるかもしれない」

イソハチの力強い口調に金児は少し希望が持てた気がした。

「そうだね。それじゃそれは皆にまかせるよ。俺は科学者じゃないから。でも俺にできることがあれば何でもするからその時は言ってよ」

と金児は笑顔で言った。

「ああ。その時は頼むよ」

とイソハチは答えた。石田と博士もにこやかな表情をしている。すると金児は

「それじゃあ・・・学校は早退しちゃったし、海外プロレスの配信を観なきゃいけないから帰るね。ホントは今日は皆の元気な顔が見たかっただけだからさ。そいじゃっ!」

と片手を上げて研究室をそそくさと出て行ってしまった。ガチャン、ピッ!というドアの音が静かな研究室に響くと博士が

「いつもどおりの坊ちゃんでなによりです」

とつぶやいた。そしてイソハチが

「金児に深く突っ込まれなくてよかった・・・」

と言った。するとジョニーは

「そうだな」

と無精ひげをさわった。

「なぜ金児だけがジェイルで拘束されなかったのか・・・」

「ああ」

ジョニーとイソハチは考えを巡らせた。そしてジョニーは

「だが・・・」

と口を開いた。

「だが・・・俺は確かに奴らが『モーンカッセ』と言ったのを聞いた」

「本当に『モーンカッセ』と言っていたのか」

とイソハチは緊迫した表情をした。それを聞いた博士は眉をひそめて

「坊ちゃんが来る前に少しその話をしたが、その『モーンカッセ』というのはなんだ?」

と尋ねた。

「それは・・・」

とイソハチは博士の目をまっすぐ見た。

「セカンドにまだいた頃、聞いたことがありました」

そしてイソハチは目線を下にはずして思い出すように言った。

「『モーンカッセ』。ファーストの言葉で『覚醒者』です」

それを聞いた博士は息を吸って目を見開いた。

「覚醒者!!!」

博士の体は固まった。

「君が初めてここに来た時に言っていた過去に人類を滅ぼしたとされている者のことかね!?」

「そうです」

そう言ってイソハチはまた博士の目を何か言いたげな表情で見た。博士はイソハチの目を

見ながら考えた。そしてはっ!と気付いた表情をした。

「まさか・・・・・・・・・・・坊ちゃんが覚醒者・・・」

皆黙って空調の音だけがした。そしてジョニーが思考を巡らせながらつぶやいた。

「ファーストが急に退却したのはもしかしたら奴らが金児の何かしらの特徴から覚醒者と判断したから・・・・」

ジョニーのつぶやきに繋(つな)げるようにイソハチは

「そしてその何かしらの特徴とはおそらく・・・・ジェイルが金児にだけ効かなかったことです」

と言った。それを聞いた石田は

「なるほど」

とつぶやき、続けて

「もしかしたらファーストは自分の星で生まれた覚醒者の資質者で一度ジェイルを試したのかもしれませんね」

と仮説を立てた。イソハチは

「ああ。おそらくそいつもジェイルが効かなかったのだろう」

と同意した。

「しかし・・・」

とここでずっと眉をひそめて考えていたジョニーが異を唱えた。

「人類を滅ぼすほどの力を秘めた覚醒者が自ら第ゼロ感を開放できないなんてことがあるのか。金児は他者の第ゼロ感の解放というキーがないと第ゼロ感の扉が開かない」

「え!?」

「え??」

とイソハチと石田は驚いた。イソハチは予想外のジョニーの発言に片手を頭に乗せた。

「それは初耳だ。金児は自ら第ゼロ感を使えないのか!?」

「ああ。間違いない。私が金児を修行したからな。彼は俺が第ゼロ感を解放してからでないと力を発動できなかった」

イソハチはうーんと頭をひねって

「そうなのか・・・・・・だが金児が覚醒者であるかはまだ仮説に過ぎない。まずはこのジェイルの仕組みを解明することに力を注ごう。あと金児には覚醒者の可能性があることは黙っておこう」

と言った。

「わかった」

「オーケー」

「わかりました」

と博士、ジョニー、石田は小さくうなずいた。


穏やかな水面にように風景が映し出されるボディの高級車。そんな煌びやかな車と自信という香水を身にまとった大人達が次々とすれ違う高層マンション区域。地上九十階以上のマンションが軒を連ねるこの通りはトップオブトップの富裕層の野心と欲が渦巻いていたが、それとは裏腹に治安が良く小川のように静かだった。カラスの鳴き声とバイク便のエンジン音がこだまするこの区域で最も高い高層マンションに金児の自宅はあった。金児はマンションの地下駐車場で車を下りると

「ありがとう」

と運転の黒服に言ってエントランスにあるエレベーターへ向かった。エントランスにいるコンシェルジュが深々と頭を下げるのを背にエレベーターに乗り込んだ金児は二百九十六階のボタンを押した。ほんの少しのGが体にかかるとすーっと最高速に達した。金児はポケットからスウォッチャーを取り出して時間を見た。どうにかプロレスの放送時間に間に合いそうだった。金児は自分が応援している超人気覆面レスラーのブルーダイナマイトの入場曲を鼻歌で歌った。シューンと機械音がすると目的の階に到着した。金児はエレベーターを降りると高級ホテルのような廊下を上機嫌で歩いて行って自宅のドアのセンサーに手をかざした。カシャンとロックが解除されてドアを開けた。

「ん!?」

金児は足元を見た。すると金児の足よりもだいぶ小さい靴がちゃんと揃えられて置かれていた。金児はガサガサとバックを壁に当てながら靴を脱いでリビングに向かうとソファーに座っていた少年と目が合った。

「金児兄ちゃん。あれ?もう学校は終わったの?」

「宝磨。お前こそ何でこんな時間にここにいるんだよ」

ソファーに座っていたのは金児の六つ年下の弟、宝磨だった。宝磨はテレビのリモコンをちょっと恥ずかしそうに指でスリスリしながら

「大学の授業が退屈だったから帰ってきちゃった」

と言った。金児はガサッとテーブルの椅子にバックを放り投げた。

「ふーん。お前さぁ・・・九歳で大学行って楽しいのかよ?オヤジに行きたくないなら行きたくないって言えよ」

「うーん・・・まだ入ったばかりでわからないけど・・・。でも小学校も楽しくなかったし」

「まぁそうかもしれないけどさ。でも優秀過ぎるってのも大変だな。なんかもっと子供らしい楽しいこと見つけろよ」

「でも僕は博士と話してる時と金児兄ちゃんとプロレス見てる時が一番楽しいんだ」

「ふーん。まぁでも俺のせいで宝磨が博士に懐いちゃってお前の人生変わっちゃったもんな。悪いと思ってるよ」

「別に僕は大学に行ってることを後悔してるわけじゃないよ。それに僕は運動オンチで金児兄ちゃんみたいに天才じゃないからモノづくりが自分に向いてるんだよ」

「別に俺は天才じゃねえよ。宝磨と大矢にいの方がよっぽど天才だよ」

金児は鼻でため息をついた。宝磨は意味もなくリモコンのボタンをポチポチ押しながら言った。

「金児兄ちゃん・・・。どうして空手やめちゃったの?」

金児は宝磨の問いかけに固まった。そしてまた鼻でため息をついた。

「天才じゃなかったからだよ」

「そんなことないよ。大人でも金児兄ちゃんの連打に立ってられる奴なんていなかったもん。小さかったけど覚えてるもん。僕が一番夢中になったのは金児兄ちゃんの試合だよ」

「嬉しいけど俺はもう空手はやらないよ」

金児は空手の話はもうよせという無言の雰囲気を弟に放った。宝磨はもうそれ以上何も言わずにテレビのチャンネルをコロコロと変えだした。金児は部屋の掛け時計と見た。プロレスの配信は十五時からだった。それまではまだ少し時間があった。金児はブレザーのネクタイを外しながら自分の部屋へ着替えに入った。スウォッチャーを上着のポケットから取り出して机の上に置くとベッドの上に無造作に上着とYシャツを投げた。そしてベッドの上に投げっぱなしだったクシャクシャのTシャツとジャージに着替えようとした時、ふと鏡を見た。金児は引き締まった自分の体を見て妙な違和感に襲われた。何か違うような、何か忘れているようなそんな感覚だった。

・・・あれ・・・・そういえば・・・

金児はさっきまでいた研究室の光景を思い出した。イソハチとジョニーがジェイルの部品を手に取って議論していた光景。石田の松葉杖の痛々しい光景。イソハチ、ジョニー、石田に共通していたもの。あそこにあってここにないもの・・・・。金児は鏡をまじまじと見てはっ!とした。

・・・俺にはジェイルとかいう機械で拘束された跡がない・・・・!!!

金児の目に研究室の絵が鮮明にフラッシュバックされた。イソハチ、ジョニー、石田はTシャツを着ていて腕に赤い線がついていた。あれはあのクモの足のようなかぎ爪で締め付けられた跡のはず。金児はそう思って自分の腕を触った。やはり擦り傷はあってもあの締め付けられた跡はなかった。

・・・どういうことだ・・・・

金児はなぜ自分にジェイルの跡がないのか考えを巡らせた。あの時、第ゼロ感を発動できる者の中で自分だけがジェイルで拘束されなかった。ファースト達がそんなことをなぜするのか。自分だけが拘束されていない状況でファーストは姿を消した。

・・・拘束されなかったのではなく・・・・拘束できなかったのだとしたら・・・

金児はファースト達が自分を拘束することができなくて姿を消したのではと仮説を立てた。しかしそれだけで全員を置いて退却する理由になるのか。金児は結局わからなくなった。金児は机の上のスウォーカーを手に取ると指を高速に動かしてメールし始めた。相手はヒメーカだった。

((( 授業中だったらスマン。お前の腕にジェイルとかいう機械で締め付けられた跡はある?? )))

金児はそうメールを送ってベッドに腰かけた。スウォーカーの画面を見つめながら金児は貧乏ゆすりをした。三分ほど経ったときポフッとスウォーカーの音がなった。ヒメーカからのメールだった。

((( 授業中なんだけど。ジェイルの跡あるよ。思うにあんたにはないんでしょ?だってあんた拘束されなかったもん )))

という内容だった。金児は返信した。

((( 俺意識がなくて覚えてないんだけどなんでかわかる? )))

ヒメーカからすぐ返信があった。

((( 私も意識が朦朧としてたからあれだけど、ジェイルがあんたを拘束したと思ったら自然と外れたように私には見えた )))

((( じゃあファーストは俺を拘束しようとしたんだ )))

((( たぶん )))

金児は少し考えた。

((( そのことについてイソハチは何か言ってた? )))

((( いや別に何も言ってない )))

((( わかった。サンキュ )))

金児はスウォーカーをぎゅっと強く握りしめた。博士達が何か隠している。金児は疑心暗鬼になった。だが博士にかぎってそんなことはないというもう一人の自分もいた。金児はスウォーカーの画面をスクロールして博士のアドレスを探した。

「金児にーちゃーん!!!プロレス始まるー!!!」

半開きのドアから宝磨の大声が聴こえた。金児は急いでTシャツとジャージに着替えた。そして博士に連絡するのを辞めた。それはプロレスが観たかったのではなく不安だったからだ。不安から目を背けて現実逃避するために金児はリビングへ向かったのだった。


「天品高校前ぇ~、天品高校前ぇ~」

東京都天品市にある天品高校から歩いて十分の所にある都営線天品高校前駅は学校が終わった帰宅部の生徒でごった返していた。イヤホンで音楽を聴きながら参考書を読んでいる上級生が多い中、新生活が始まって二カ月が経とうとしている一年生は新しい友達とキャーキャーワーワー騒いでいた。その中に一人ポツンとヒメーカは立っていた。フクザワ中央科学研究所での戦いから三週間。ヒメーカにとって平和な毎日が続いていたが、一年生の一学期早々から休みがちだったヒメーカはなかなか友達ができなかった。不良学校内侵入事件とその美貌で有名人ではあったが独りぼっち。そんな状況で周囲から時々聞こえてくるヒソヒソ声がヒメーカにとって憂鬱だった。チャラそうな男子生徒達が声かけて来いよと押し合っているのに気づいたヒメーカは少しうざかったので一両ずらして電車に乗った。ヒメーカが降りる駅はここから四つ目の駅。ぎゅうぎゅう詰めで息苦しい電車は爽やかな発車メロディーに押されるように動き出した。ヒメーカは二本の指で吊革にぎりぎりつかまっていた。次の駅で人が一気に少なくなるのを知っているヒメーカは我慢我慢と一人唱えていた。緩やかなカーブに入ると急に夕暮れのまぶしい光がカメラのフラッシュのように断続的に車内を照らした。ガタガタと電車が揺れると、ヒメーカを支える二本の指が赤くなってブレザーの袖が下がってきた。ヒメーカはジェイルの跡が見えてしまうのではと一瞬思ったが、そういえばもうほとんど消えていたことを思い出した。カーブを曲がり終えて三分ほどすると電車のリズムが緩やかになっていく。ヒメーカの肩に少し乳酸がたまり始めた頃に電車は駅で止まった。一気に人が降りていく。さっきの混雑がウソのように車両の空気は軽くなった時、スタスタと小走りに腕を組んだ二人組の女子高生がヒメーカに近づいてきた。

「斉藤さんだよね!?」

二人組の女子高生は満面の笑みでヒメーカに話しかけてきた。ヒメーカは

「あ・・・うん」

と手すりの持ち手を変えながら答えた。

「私たち斉藤さんのファンなんです」

「え・・・」

ヒメーカは突然のファン告白にびっくりした。

「私・・・芸能人じゃない・・・」

「私たちには芸能人みたいなもんなんです」

と二人組はさらにぎゅっと腕を組みなおした。ヒメーカは二人を見ておそらく同級生なんだろうなと思った。一人は小柄だがアイドルのように目がぱっちりしたカワイイ子で、もう一人はO脚が魅力的にみえるぽっちゃりしたタイプの子だった。しかしヒメーカは二人をまったく見た事がなかった。

「あの・・・聞きたいことがあるんですけど・・・」

と目がぱっちりした子が電車の振動でよろよろしながら言った。

「一組の福沢金児君と付き合うキッカケってなんだったんですか?」

その質問にヒメーカは固まった。

「付き合うって・・・私と金児が恋人ってこと!?」

とヒメーカは聞き返した。すると

「キャッ!!!」

と二人はぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んだ。電車内は一瞬シーンとなって同じ車両の人が全員ヒメーカ達を見た。ヒメーカと二人組は車両の空気を感じ取ったのか一旦、無表情になって車窓の風景を見た。それから二人組はヒメーカの顔を覗き込んだ。

「金児って呼び捨てで呼んでるんですか?かっこいい~!!」

二人組はかっこいい~!!の部分をヒソヒソ声でハモった。

「ちょ・・・いや私と金・・・・福沢君は」

とヒメーカがヒソヒソ声で言いかけるとぽっちゃりした子が

「どっちから告白したんですか!?」

意気揚々にかぶせてきた。

「いや・・どっちからというか・・・」

とヒメーカが話し始めると目がぱっちりした子が

「私のクラスの子が斉藤さんが福沢君の下駄箱に手紙入れてるのを見たって言ってるんですけどホントですか!?」

とかぶせてきた。ヒメーカはうっっ!と思った。

「入れたのは入れた・・・・かなぁぁ・・・はは・・・」

「いや~ん!!」

とまた二人組はハモった。ヒメーカはこのテンション無理と思った。この後も二人組の口は止まらなかった。

「もう二人でどこかに行ったんですか!?」

「え?どこか??え・・・と・・・あいつんちの・・いや違う違う!あいつんちの会社の研究・・」

「キャー!!もう福沢君のおうちに!!?え?え?」

ヒメーカは二人組に飲まれた。この後も二人組は金児のちょっと不良っぽいとこがカッコイイだの、金児のファンクラブが出来つつあるだの、ヒメーカのファンクラブを私たちが作ろうと思っているだのとヒメーカにとってどうでもいいことを捲し立てた。極めつけはヒメーカを含めた一年の三大美女と言われている者同士で金児を奪い合っているという根も葉もない噂まで飛び出した。そうこうしているうちにヒメーカが降りる三つめの駅に到着した。ヒメーカはそそくさとドアに向かおうとして一瞬、二人組の方を振り返ると

「私と金児は何でもないから」

とキリッとした顔で言って電車を降りた。二人組はかわいい・・・と思ってほっぺたを赤らめた。

ヒメーカの家は駅から歩いて五分ほどの所にある二階建てのアパートだった。電車の中でどっと疲れたヒメーカは明日から一本早い時刻の電車で帰ろうと考えながら家にたどり着いた。ため息をつきながらドアの鍵を開けてヒメーカはローファーを足で投げるように並べた。玄関入ってすぐのキッチンの椅子にカバンを置くとコップを手に取って水道水を注ぐと一気飲みした。ヒメーカははぁ~っとわざとらしいくらいのため息をつく。そして口を付けた部分を軽く洗って食器洗浄機に戻した。ふすまが半開きになった自分の部屋へ入るとブレザーを脱ぎ始めた。ネクタイを外してシャツをスルスルと腕を撫でるように脱いだ時、腕にむず痒い痛みを感じた。腕を見るとジェイルが食い込んだ所に少しだけ残ったカサブタがあった。ヒメーカは下着姿の自分を鏡に映した。

・・・あの時・・・・何もできなかった・・・

ヒメーカは下唇を噛んだ。下から見上げたピーチの冷たい目がフラッシュバックした。もしあの時、お父さんとジョニーおじさんが連れ去られていたら知り合いのいないこの町で私はどうなっていたのだろう。この町で私一人で生きていけるのだろうか。そんなことを思うとヒメーカはゾッとした。目頭が熱くなって投げやりな感じで部屋着を着た。ヒメーカは制服をベッドの上にそのままにしてリビングに行って座椅子に体育座りした。ひざの上にアゴを乗せてヒメーカは考えた。

・・・またアイツらがきたら・・・。この前は相手の意表を突けた。でもこっちの戦力がバレた今、もうそれは通じない。軍人のアイツらがこっちの戦力を分析した上で攻めてきたとしたら・・・・

ヒメーカは不安で頭をむしった。いくら考えても堂々巡りをするだけで自分ではどうすることもできない巨大な雲に覆われている気がした。ヒメーカは現実逃避をしたくなってリモコンを手に取ってテレビをつけた。そして録画済みのボタンを押して死ぬほど大好きなアクションムービー『スピンサファイア』を流した。ヒメーカは主人公の女優が二刀流の剣で立ちまわる一番しびれるシーンを巻き戻して何度も見た。

「あんなふうに戦えたらなぁ・・・」

ヒメーカがボソッとつぶやくと玄関の外で人が歩く音がした。ヒメーカがふと見るとイソハチがドアを開けた。

「お父さん!なんで?今日早いね」

「おうヒメーカ。もう帰ってたのか」

イソハチはノーネクタイのしわくちゃのくたびれたスーツ姿で大きな紙袋を持っていた。少しやつれた顔で

「着替えを取りに帰ってきた。またすぐ研究所にいくよ。これ洗濯しといてくれないか」

と言った。

「もう・・・。ため込まないで毎日持って帰ってきてよ」

とヒメーカは座椅子から立ち上がるとリモコンを踏んでしまってよろけた。

「大丈夫かヒメーカ。お前も疲れてるんじゃないか?」

と少し冗談めいた口調でイソハチは言った。ヒメーカはちょっと顔を赤らめた。

「・・・うん。今日ね、帰りの電車で同級生に質問攻めにあって疲れちゃった」

「質問責め?」

イソハチは疲れたぁといった感じでキッチンの椅子に腰かけた。ヒメーカは紙袋を持って脱衣所にある洗濯機に向かった。

「なんかね。学校で私と金児が付き合ってるって噂になってて。全然そんなんじゃないって言ってるのに全然信じてくれなくて。アイツって学校で注目の的だからこっちはホント迷惑。むしろ私、金児のこと苦手だし」

と言ってヒメーカは洗濯機にガサガサと洗濯物を入れた。イソハチは

「ふーん」

と言った。興味なさそうに返事をしたイソハチだったが少しやつれていた口元がほころんだ。怒っているように早口でまくし立ててはいるが、女の声を出しているヒメーカの事がイソハチは嬉しかった。イソハチにとってヒメーカのこんな声を聞くのは久しぶりだったからだ。イソハチはヒメーカにいつも寂しい思いばかりさせて本当に申し訳ないと思っていた。徹夜で家に帰らないことなんてしょっちゅう、帰っても深夜帰宅することが多い。最近はほとんど一緒に食事することも出来ないでいた。それに加えて給料のほとんどを研究に使ってしまって余裕のある生活もさせてあげられない。人一倍気丈にふるまってはいるが、きっとヒメーカは寂しいだろうとイソハチは思った。イソハチは洗濯機が回り始めた音を聞きながら昔を思い出した。振り返ればヒメーカがここまで育ったのも軌跡のようなものだった・・・・。


私とジョニー、赤ん坊のヒメーカは飛行船に乗って地球にやってきた。ほとんど準備らしい準備をせずに命からがらセカンドを脱出した私達は、ファーストの侵攻でその存在が急浮上した地球という星に向かって飛び立った。それはまさにギャンブルで、不安の毎日だった。途中に食糧が底をつき始めた。いつまでも地球が見えてこない絶望と空腹とが合わさって私達は希望の光を失った。残り少ない食事はすべてヒメーカに食べさせた。もうほとんど動けなくなった私とジョニーはせめてヒメーカだけでも生き残ってほしいと願った。そんな時、青い星が見えた。私は一目でこの星が地球だと確信した。何よりも私の第ゼロ感がそう言っていた。泣き叫ぶヒメーカを抱きしめながら私たちは地球へ降下した。そして私たちはどうにか命の火が消える前に地球に来ることができた。

飛行船が不時着した場所はアマゾンのジャングルだった。その日は雨が降っていた。飛行船のドアが開いた時、私とジョニーは天を見上げて口を開けた。雨を味わいながらジョニーと抱き合って涙を流したのを昨日のことのように憶えている。だがここで生きていくのは簡単ではない。私たちは飛行船に備え付けられていた簡素なサバイバルキットの中から毒素の検査キットを見つけた。そしてそれを使って食べられそうな植物を見つけて食べた。見たこともない生物に緊張の連続の毎日だったが何とか最小限の食物を得て生き残った。

そんな時、奇跡的な出会いがあった。彼との出会いで私たちの運命は変わった。ジャングルで食べられそうな物を探していた時、ある学者と出会ったのだ。私が地球に来て初めて出会う人間だった。彼の名前はアンソニー・トンプソン。アンソニーは変わり者だったが大学の研究者で遺伝子工学の権威だった。彼の趣味は昆虫採集で未知の昆虫を探して世界中のジャングルを巡っていた。アンソニーにはかなりの変わり者だった。地球にはないアーミースーツを着ていた私を見てもアンソニーはそんなに警戒した様子もなく

「誰だ君は」

と話しかけてきた。

「ユーコーソダーイッヨッ。ヒアーシチョットナナーイヨ」

とまだ地球の言葉がわからない私は必死に話しかけた。やつれた顔で聞いたこともない言葉を必死に発している私に敵意がないことを感じたのか、アンソニーは

「ついてこい」

と言って手招きした。私はアンソニーが何を言っているのかわからなかったが、ジェスチャーを見て彼についていった。アンソニーは自分のテントに私を招くとコップに暖かいスープを入れて飲めと言った。警戒して躊躇している私を見てアンソニーはスープを少しだけ飲んで毒のないスープだとアピールした。私はそれを見てスープを少しだけ口に含んだ。あの味は今でも忘れない。本当に心も温まった美味しいスープだった。彼はそれからハムをくれて彼が捕まえた蝶のコレクションを見せてくれた。言葉はわからなかったが彼はどうやらこの綺麗な模様の生き物を集めているらしいことはわかった。とても楽しそうに話している彼を見て私はアンソニーを好きになった。私も科学者のはしくれ。どこか気があったのだろう。今度は私がアンソニーを手招きして誘った。彼は私の背中を追ってついてきた。そして私が乗ってきた宇宙船を見せた。それを見たアンソニーは本当に驚いていた。

「な、なんだこれは・・・」

カプセルのような円柱型の飛行船が着陸した時になぎ倒した木々に寄りかかっていた。

「君達はここで生活を・・・」

アンソニーは宇宙船に駆け寄って外壁の材質を調べるように拳で小突いた。その時、宇宙船の中からヒメーカの鳴き声がした。

「ん!?赤ん坊がいるのか!?」

私がコックピットからヒメーカを抱きかかえると

「なんと!!」

と言ってアンソニーは驚いた。

「君達はいったい・・・」

と彼はヒメーカの泣き顔をのぞき見ながら言うと背後で足音がした。ジョニーだった。

「誰だ!そいつは!」

とジョニーは警戒心をむき出しにして私に言った。

「大丈夫だ。彼は味方だ」

私はジョニーをなだめた。その後、私はアンソニーのことをジョニーに説明して説得した。

「そうなのか・・・お前がそこまで言うなら」

とジョニーは納得した。

アンソニーの変わった所は自分の研究と昆虫にしか興味がないところだった。私たちがどこの誰だかはまったく詮索しなかった。この飛行船を見てもなお最初は驚いていたがすぐ興味をなくしたようだった。これは後でわかったことだが彼は私たちを脳に衝撃をうけた記憶喪失の人間だと思った。記憶を失った男二人が赤ん坊を抱えてこのアマゾンでまともな生活はできないと思った彼は、その後なんと私たちを自分の国に連れ帰り自宅に住まわせた。どういう手続きをとって入国できたのかは今でも謎だ。しかし彼は国で相当な偏屈じいさんとして有名だったが国の高官に顔が効く人物だった。とにもかくにも私たちは未知の星に来てサバイバルで生き残った。

それから私とジョニーは地球の言葉を必死に憶えた。必死だったこともあるがその目覚ましい成長にアンソニーは驚異的だと言った。これは私とジョニーの資質というよりもセカンド人は地球人よりも知能が高いように感じた。このアメリカという国の文明もそこまで高度だとは思わなかった。ほんの半年ほどで言葉に不自由しなくなった私はテレビやインターネットで地球のあらゆる情報を得ることができるようになった。

ある日、私とアンソニーは戦争映画をリビングで一緒に見ていた。映画を見ながら私はアンソニーにこう聞いた。

「この戦争はいつの時代のものだい?」

「いつの時代?これはフィクションだ」

と彼は言った。私が

「この飛行機や武器は実物ではないのかい?」

と言うと彼は

「実物のものではないが戦闘機や銃は実際にある」

と言った。その時の私は不思議に思った。

「こんな武器では軍人は殺せないよ」

私が呆れた顔をすると彼は

「君はまだ銃を見たことがないからだ。この武器は人間を即死させるぞ」

と真剣な顔をした。

「第ゼロの感覚を使えばいいじゃないか」

私はぶっきらぼうに言った。

「第ゼロの感覚?なんだいそれは?」

「大学の先生が何を言っている?冗談だろアンソニー」

「第ゼロの感覚・・・いや私はそんなもの知らん」

「本当に知らないのか?」

私はほんの少しだけ第ゼロ感を開放した。私の髪は緩やかに揺れて目の前のテーブルが振動した。半開きだった窓がバンっと勢いよく開いてテーブルの上のコーヒーがこぼれた。私がアンソニーの顔を見ると驚いた様子だった。だが彼は

「わお、わお、なんだ急に風が強くなってきたな」

と言って立ち上がると窓を閉めた。そしてキッチンペーパーを取りにいって戻ってくると

「それでなんだその第ゼロの感覚というのは?コミックに出てくる能力かなんかか?」

とこぼれたコーヒーを拭きながら真顔で言った。一年ほど彼と一緒にいて彼がよく冗談を言う男だということは知っていたが、その時の彼の表情はそんな感じではなかった。私が地球での生活で薄々だが思っていたことが現実味を帯びてきた。現代の地球人には第ゼロ感がない。この事実は私とジョニーにとってまったくの想定外だった。

「いや。今言ったことは忘れてくれ」

と私はアンソニーに言った。アンソニーはそれ以上追及しなかった。彼はまだ私とジョニーが脳障害から完全に回復した訳ではないと思ったのだろう。これは私たちには好都合だった。おそらく私とジョニーは地球人が聞いたら変だと思うことをたくさん言っていたはずだ。だがアンソニーはそれらを聞き流した。

それから更に二年の月日が流れた。その間に私とジョニーはもう普通のアメリカ人と変わらないほど生活に溶け込んでいた。早い段階で私とジョニーの知能の高さに気付いたアンソニーは私たちを大学へ入学させた。そして特進で彼の研究室の助手になり、シェアハウスを借りて私たちはそこで暮らし始めた。だが私たちは生物や昆虫の研究をしに地球へ来たわけではない。いつやってくるかわからない、いやすでに潜入しているかもしれないファーストからこの地球を守り、そしていつの日かセカンドをファーストの手から奪還するために私たちは地球へやってきた。だが地球人は第ゼロ感を使えない上に現代の軍事力ではファーストにはまったく歯が立たないのは明らかだった。私たちは急ぐ必要があった。

私は考えた。アンソニーに全てを打ち明けて国を動かそうか。そうすれが地球人に第ゼロ感を目覚めさせる方法がわかるかもしれない。しかしそんなことしてアンソニーの権威が失墜しないだろうか。国が私たちを危険人物と見なせば命の恩人にあだで返すことになる。そこで私とジョニーはアンソニーの研究の手伝いを続けながら、空いた時間で第ゼロ感に関する論文を作成することにした。それをまず学内の教授陣や理事連中に発表する。それで反応を見ることにした。それから私とジョニーは毎晩徹夜して約二カ月で論文を完成させた。

大学全体の若手研究員の論文発表会で私はそれを発表した。かなり緊張したが必死に私はプレゼンした。だが期待は裏切られた。プレゼン中に途中で席をはずす教授もいた。質疑応答の時間に

「君達はふざけているのか。こんなことに時間やお金を使うのは無駄だ」

と酷評の嵐だった。

「人類が退化しているなどと・・・・この大学がどれだけ人類の進化に貢献してきたかわかって言っているのかね」

と資料を投げた理事もいた。私とジョニーはまったく相手にされなかった。発表会の場にいたアンソニーは黙って聞いていた。彼は私たちの論文を否定も肯定もしなかった。講堂に三人だけになった時、アンソニーはぽつりと

「興味深い論文だった」

と言った。そして

「その研究を続けたいかね?」

と言った。私とジョニーは同時に

「はい」

と答えた。アンソニーは少し考えて

「私の研究室の機材を使いなさい」

と言ってくれた。

「ありがとう。アンソニー」

と私が目頭を熱くしていると講堂の扉がキーっと空いた。すると一人のアジア系でとても若い青年が入ってきた。そして私の前に来ると

「あなたたちの論文に非常に興味があります。仲間に入れてもらえませんか」

と言ってきた。私は驚いた。私とジョニーの論文はアンソニー以外にもう一人の琴線に触れていた。

「君、名前は?」

と私は聞いた。すると彼は

「石田です」

と答えた。私とジョニーに新しい仲間ができた瞬間だった。

それからほどなくしてある事件が起きた。私とジョニーが住んでいたシェアハウスの部屋のガラスがすべて割れてしまったのだ。私が恐れていたことが起こった。原因はヒメーカだった。もうすぐ四歳になるであろうヒメーカがついに目に見えて第ゼロ感を開放するようになったのだ。私は日頃からヒメーカのベビーシッターにあることを言っていた。それはヒメーカが急にボーッと一点を見つめたり、髪が揺れているように見えた時にはこの睡眠薬をすぐ飲ませなさいということだった。ベビーシッターから連絡を受けた私はすぐ家に戻った。すると部屋は荒らされたようにメチャクチャになっていた。そしてバスルームや部屋の窓はすべて割れていた。玄関で泣いていたベビーシッターは軌跡的に無傷だった。彼女は家のすぐ近くの店にちょっとした買い物をしに行っていて偶然にも無事で済んだ。だがこれで困ったことになった。子供が第ゼロ感に目覚めて暴れてしまうのはセカンドでは子育ての通過儀礼だが地球では通用しない。私は大学に子供の体調が悪いということでしばらくの休みをもらった。私は一日、ヒメーカの無邪気に遊ぶ姿を見ながらこれからどうするか考えた。このままでは大学に戻ることができず第ゼロ感の研究を続ける事ができない。セカンドでは第ゼロ感は三、四歳で目覚めて七歳~十歳くらいまでに自分でコントロールできるようになる。それから軍人以外の一般人はほとんど第ゼロ感を使わずに一生を終える。つまりヒメーカが少なくとも七歳になる頃くらいまでどこかにヒメーカをかくまわなくてはならない。ヒメーカの能力が警察にばれてしまえば終わりだ。絶対に人がこない所。私が知っているのはあそこしかなかった。アマゾンだ。あそこならアンソニー以外はまずこない。それに私は研究で人間の細胞だけではなく、地球の生物全体の細胞を調べようとしていた。ヒメーカを隠せて、かつあらゆる生物がいる場所。アマゾンは私に打って付けの場所だった。だがこのプランを実行するにはアンソニーと石田にすべてを打ち明ける必要がる。私はためらった。もしかしたらすべてを失うかもしれない。しかし私に迷っている時間はなかった。

私はジョニーに連絡を入れて幼いヒメーカを連れて大学へ行った。そして誰もいない大会議室にアンソニーと石田を呼んだ。

「あなた達に打ち明けなければならないことがある」

私はそう切り出した。アンソニーと石田は顔を見合わせて不思議そうな顔をした。

「なんだ。ヒメーカまで連れてきて。深刻なことなのか?」

とアンソニーは少し軽いノリで言った。私はヒメーカの頭に手を置いて大きく深呼吸した。

「ジョニー。すまないがヒメーカを連れて部屋の外へ行っていてくれないか」

「わかった」

私がお願いするとジョニーはヒメーカの手を引いて会議室の外へ出て言った。私はもう一度、深呼吸して

「落ち着いて聞いてほしい。あらかじめ言っておくけどアンソニー。これは僕の記憶障害や脳障害からくる虚言ではない。質問はなしでとりあえず最後まで聞いてほしい」

と私は前置きした。そしてキョトンとしている二人に私は洗いざらいすべてを告白した。あの時私達がなぜアマゾンにいたかということ、私達が宇宙からやってきた人間であること、ファーストとセカンドのこと、第ゼロ感のこと。そしてヒメーカがその能力に目覚めつつあること。私はうっすらと額に汗をかきながら真剣にすべてを話した。一通り話し終えた時、アンソニーと石田はまた顔を見合わせた。

「はははは。深刻な顔をしていたから何かと思えば。今日は何かのパーティーだったかな」

とアンソニーは笑った。横にいた石田はなぜか無表情だった。私は真剣な顔で

「本当のことです。信じてください」

と言った。するとアンソニーは

「遺伝子学的に第ゼロ感の存在は面白いとは思った。だが君達が二世代目の人類で宇宙からやってきたというのはちょっとね」

と言ってまだ冗談だろ?という雰囲気を出していた。私は

「現代の地球人に第ゼロ感の存在と宇宙人の存在、どちらが現実味があるか問えば圧倒的に宇宙人と答えるでしょう」

と言った。

「確かにそうですね」

と石田は私をじっと見た。

「第ゼロ感を見せれば私たちのことを信じてもらえるはず」

そう言った私は目を閉じて深呼吸した。アンソニーと石田は押し黙った。会議室には遠くから聞こえる微かな学生の声だけがしていた。

ガタガタガタガタガタ

大会議室に整然と並んでいるごつい木製の大きな長机が振動した。そして私はそれをすべて宙に浮かせて見せた。長机は徐々に高度が上がっていって人間の背の高さよりも高くなった。アンソニーと石田は二百人近くは入るであろう広い大会議室を見上げてあたふたした。

「何てことだ・・・・」

とアンソニーはつぶやいた。私は第ゼロ感を閉じて机を着地させた。

「これで信じてもらえますか」

と私は言った。アンソニーは後ろへよろつくと机に手をついた。

「何てことだ・・・・こんなことが・・」

アンソニーは震えて息が荒くなっていた。顔を左右に振って信じられないというような仕草をした。石田はショックだったのか膝に手をついて下を向いていた。

「最高だ」

と彼は言った。石田は興奮して天井を仰ぎ見た。

「最高過ぎる!必死に勉強してこの大学に入ってよかった。僕は今、宇宙人と話しているんだ。夢が叶ったんだ!」

石田は飛び跳ねて喜んだ。後でわかったことだが天文学を学ぶためにこの大学へ進学した石田の夢は宇宙人を発見することだった。彼がすごくいい奴で変わり者で本当に助かった。問題はアンソニーの方だ。彼がどう出るか。

「アンソニー。すまない。ずっと黙っていて・・・。あなたには返しきれない程の恩がある。あなたが私たちを警察に突き出すと言えば黙って従うよ」

私がそう言うとアンソニーはゆっくり私の顔を見た。そして彼はこう言った。

「黙っていろ。イソハチ・サイートゥーナ・トンプソン」

私はドキッとした。そして最悪の状況を覚悟した。アンソニーは続けてこう言った。

「私は興奮している。科学者としてこんな晩年が待っていようとは。妻を失くして一人暮らしの老人に宇宙人の息子ができた。君の勇気を誇りに思う」

アンソニーはそっと私を抱きしめた。そして私は泣いた。涙があふれて止まらなかった。

「ありがとう。アンソニー」

私は涙を拭きながらそう言った。アンソニーは私の肩に手を置いて

「心配するな。君を応援するよ。君達を見ていると自分の若い頃を思い出してね」

と言って少し目が赤くなった。アンソニーは苦労人だった。彼は自分の過去をあまり語るタイプではない。だが後にアンソニーの一人娘エマに聞いたことだがアンソニーは十代の頃に故郷の内戦で家族全員を失い、アメリカに亡命してきた過去があった。あるご婦人の養子になった彼は血のにじむような苦学の末に今の地位を確立した偉大な男だった。

「ヒメーカを連れてきてくれないか」

アンソニーは私に言った。私は会議室の外から手をつないでヒメーカを連れてきた。

「おお愛しのヒメーカ。さみしくなるな。頑張るんだよヒメーカ」

と言ってアンソニーは孫のように接してきたヒメーカを抱きしめた。まだ幼いヒメーカは何のことかわからず不思議そうな顔をしていた。

それから私とヒメーカ、そしてジョニーはアマゾンへ旅立った。私達がセカンドから乗ってきた飛行船はアマゾンにそのまま残されていた。しかし狭かったので私達は雨風をしのげる小屋を作って、しばらくそこにヒメーカを慣れさせるために三人で暮らした。それから石田がアマゾンに来るようになった。私、ジョニー、石田は交代で大学とアマゾンを往復する生活をしながらヒメーカの面倒を見た。当初、ヒメーカは毎日のように泣いていた。私が大学へ戻ろうとすると泣きべそをかいて私の手を焼かせた。私は毎回後ろ髪を引かれる思いでアメリカへ向かった。そうやって私達はめまぐるしい暮らしをしながら研究を続けた。研究がどんどん進んでいくのと同じようにヒメーカも成長するにつれて第ゼロ感をコントールできるようになっていった。そして七歳になったヒメーカを連れてそろそろアメリカに戻ろうと考えていた頃、ついにある理論を完成させた。それは現代の地球人に第ゼロ感を目覚めさせる可能性のある遺伝子の設計図だった。私とジョニーは抱き合って喜んだ。とりあえず理論的には可能だという所までは来ることができたのだ。暗闇の中を全力で走っていた私達に希望の光が見えた瞬間だった。

だが人生はうまくいかないものだ。ちょうどこの頃、アンソニーが病に倒れた。原因不明の肝臓の病気だった。救急車で運ばれて一命はとりとめたが、安静な生活を余儀なくされた。そしてアンソニーは大学の職を辞めざる終えなくなった。それに伴って私、ジョニー、石田の三人も身の振り方を考えなければならない状況になった。私はアメリカに戻ってヒメーカにできるだけ普通の女の子の経験をさせたかった。安定した収入が必要だと思った私は大学の知り合いのツテでフクザワホールディングスの子会社へエンジニアとして就職した。ジョニーはアンソニーの親友が教鞭をとっている他の大学へ転籍し、石田はそのまま大学へ残った。

三か月後、アンソニー危篤の知らせを受けて私はヒメーカを連れて急いで病院へ向かった。私は大きな大学病院の廊下をヒメーカの手を引っ張って走った。そして病室のドアを開けるとアンソニーの娘エマとジョニーがいた。私はゆっくりとベッドで寝ているアンソニーに近づいた。すると人工呼吸器を付けたアンソニーは薄目で私の顔を見た。アンソニーは震えた手をゆっくり上げた。私はその手をそっと握った。そしてアンソニーは何かを言おうとして人工呼吸器のマスクが曇った。私はアンソニーの顔に耳を近づけた。

「強く生きろ」

 アンソニーは私にそう言った。するとアンソニーは私の手を放すと手を下へ向けた。下唇を噛んで私の服に掴まっているヒメーカを手招きした。私はヒメーカの両肩を掴んでアンソニーの方へ押し出した。ヒメーカはそっとアンソニーの手を握った。アンソニーは嬉しそうに手を上下に揺らした。そして手を離すとヒメーカの頬を触った。アンソニーがニコッと幸せそうな顔をすると心電計の数字がゼロになった。アンソニーは私たちに看取られながら静かに息を引き取った。


ヒメーカは紙袋を持って脱衣所から出てくると

「あれ?お父さん、目が充血してるよ」

と言った。イソハチは

「あっそうか?疲れてるのかな」

と言った。

「あんまり無茶しないでよね」

ヒメーカは流し目でイソハチを見てタンスの引き出しから服を選びだした。

「また泊まり込みなの?」

とヒメーカは私に聞いた。イソハチは

「ああ。会社の仕事そっちのけでジェイルを解析していたら仕事が後ろ倒しで溜まってしまってさ。締め切りが近いから徹夜か泊まり込みしないと終わらないんだ」

と答えた。ヒメーカは

「そっか」

とだけ言った。そしてヒメーカは袋に替えの衣類を詰め込んで

「はい。頑張ってね」

と袋を突き出すようにイソハチに渡した。

「いつもさみしい思いをさせてすまない」

「何言ってるの?私は別にさみしくないよ」

イソハチはヒメーカが何か我慢している時に親指と人差し指をこするクセを知っていた。

「全力で仕事を終わらせて早く帰れるようにするよ」

イソハチは後ろ髪を引かれる思いで玄関へ向かった。その時だった。

「お父さん」

イソハチの背中にヒメーカの声が響いた。

「私のお母さんって生きてる?」

イソハチはヒメーカの声にドキリとした。発言そのものに。そして少しトーンを落としたその声が誰かに似ていたことに。

「すべては言わなくていいから。生きてるかどうかだけ知りたい」

ヒメーカは生まれて初めて父親に母親のことを聞いた。イソハチはすぐ振り返ることができなかった。古びたアパートの部屋はゴウンゴウンという洗濯機の音だけになった。イソハチはヒメーカに背を向けながら

「お母さんは生きている」

と言った。そしてイソハチはゆっくり振り返ってヒメーカの目を見てこう言った。

「お母さんはお父さんより優秀な科学者だった。セカンドで必ず生き延びている」

ヒメーカは

「本当に?」

と言った。イソハチはヒメーカに駆け寄って抱きしめた。

「お母さんはセカンドで必ず生きている。いつか一緒に会いにいこう」

「うん」

ヒメーカの頬を一筋の涙が伝った。イソハチはヒメーカの涙を親指でぬぐった。

「ヒメーカ。アンソニーのことを憶えているかい?」

「・・・忘れるわけないじゃない」

「アンソニーはよく言っていた。『あきらめない者の死角から幸運は降ってくる』と」

「うん」

「あきらめなければ必ずお母さんに会える。いいね?」

ヒメーカは服の袖で涙を拭うとスッキリとした表情に変わった。

「誰に言ってるのお父さん」

ヒメーカはまっすぐな瞳でイソハチの顔を見た。

「私の本名は斎藤ヒメーカじゃなくて、ヒメーカ・サイートゥーナ・トンプソンよ。絶対あきらめない女よ」

イソハチは目を見開いてニコッとした。

「それでこそアンソニー・トンプソンの孫だ」

イソハチはヒメーカの髪をくしゃくしゃと撫でた。

「お父さん、私はさみしくないから仕事へ行って」

「ああ。それじゃ行ってくる」

そう言ってイソハチは紙袋を抱えて玄関を出て行った。ヒメーカはドアがカチャンと閉まるとティッシュで鼻をかんだ。

「よしっ」

と両肩をグルグル回して、また映画の続きでも見ようとテレビの前に立った。

「あれ?チャンネル変わってる」

テレビの画面には夕方のニュースを伝えている女性アナウンサーが映っていた。

「続いてのニュースです。昨日ヨットでの単独太平洋横断に成功した冒険家の井畑和弘さんが今日のイベントで航海中に撮影した映像を公開しました。この中に日本到達の三日前に隕石かミサイルと思われるものが二発、海洋に着水した映像が多方面で様々な憶測を呼んでいます」


























第五章 メガネの柔らと旋風のドラゴン


金児のTシャツはじっとり湿っていた。振り乱れている黄色のドレッドヘアが金児の顔をかすめて行く。

「動きが鈍くなってきてるぞ」

その声で金児はハッと目が覚めた。ベッドのギシギシという音が夢の余韻となっていた。金児は研究所の戦い以来、眠りが浅くなっていた。あの日の光景が頻繁に夢に出てきた。

「くそ・・・」

金児は起き上がって時計を見た。朝の四時。学校へ行く時間まではだいぶある。だがもう眠れそうになかった金児は寝間着のジャージのまま外へ走りにいくことにした。スウォーカーをポケットに突っ込んで玄関に向かうと廊下の人影が金児の目に入った。継母の鏡花がトイレから出てきたところだった。

「金児。こんな時間にどこにいくのよ」

「別に。走りに行くだけ」

「あんた最近よくそんなことしてない?こんな時間に行く必要ある?」

「別に俺の勝手だろ」

「あんたまた騒ぎ起こすようなこと計画してないわよね」

金児は舌打ちした。

「してねぇよ」

と言って金児は靴を履いて玄関を出ようとした。鏡花は

「こんな時間に騒ぎ起こされたら私が富士美ちゃんに怒られるんだから」

と言ったが金児は最後まで聞かずにドアを閉めた。金児がマンション一階のエントランスを出ると外はどんよりとして生暖かい風が吹いていた。空を見ると星が見えない。今日は朝からついてねぇや金児は思った。スウォーカーで今日の天気を確認するとくもりのち時々雨、降水確率50%だった。

「まあ大丈夫か」

金児はスウォーカーにつないでいるイヤホンを耳に付けた。テンションを上げるために自分で選曲したプレイリストを流した。プレイリストの名前は『レスラーリングインミュージック』。金児は屈伸とアキレス腱を伸ばした後、軽くシャドウボクシングをしてから颯爽と走り始めた。見慣れた歩道には人影はなく、車道もトラックかタクシーがたまに通る程度だった。金児はいつも走り始めてから適当にランニングコースを決めていた。

・・・時間あるし、商店街の方まで行ってみるか・・・・

と思った金児は少しペースを上げて高層マンション街を抜けていった。二キロも走れば街は都市開発感がなくなって空き地が増えてくる。そして長距離トラックが往来するアーチ状の大橋が商店街へと繋がっていた。金児は大橋の下を流れる一級河川から吹きあがってくる風を感じながらひたすら走った。大橋を下ると早朝の閑散とした商店街が正面に見えてくる。金児は商店街の先にある天品大池公園で休憩してから帰ろうと思った。商店街の銀座通りに入った金児はコンビニの前を通りかかった。するとコンビニの中から男の大声が聞こえた。金児は何だ!?と後ずさりして店内の様子を見てみるとレジの所で店員と体の大きなマスクをした男が口論しているように見えた。金児はコンビニのガラスに近づいた。マスクをしている男の手元がキラキラと光っている。

・・・ナイフ!!・・・・

金児は瞬時に強盗だとわかった。とっさに腰をかがめた金児はコンビニの外にあるごみ箱の前に身を隠した。金児がそっと中をのぞくとマスクの男は店員の顔の前にナイフを突きつけて脅していた

・・・くそっ!!こんな時に第ゼロ感を使えたら・・・・金児はそう思って店に突入するタイミングを計っていると店内のトイレから小学生くらいの男の子が音を立てないように忍び足で歩いてきた。男の子は棚の端に隠れてレジをのぞいた。小学四、五年生くらいか。上下ジャージでニット帽にメガネをかけていて、口元は立たせたジャージの襟で見えていなかった。金児はやばいと思った。店の外から必死に手のジェスチャーで男の子に隠れろと合図を出した。だが男の子はまったく気づかなかった。口論していた強盗は数枚のお札を手に握ると無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。そして急いだ様子で入口の自動ドアへ駆け寄ってきた。金児は出てきたところを速攻で足払いして倒そうと考えた。

来いっ・・・ゴミ箱の裏で金児が身構えているとその計画を先に実行した者がいた。男の子だった。男の子の足払いで強盗はつんのめって自動ドアに激突した。金児はその音で店内を見ると強盗が自動ドアのマットに顔を付けていた。男の子は倒れた強盗を見下ろしていた。ゆっくりと自動ドアが開くと同時に強盗も立ち上がった。

「このガキ・・・」

強盗はナイフを強く握りしめた。金児は瞬時の出来事にあっ・・と言った。強盗のナイフは振り抜かれていた。金児の目には男の子が倒れ込んだように見えた。だが男の子は見事にナイフをかわしていた。空ぶった強盗はバランスを崩した。男の子はそこへ抜群のタイミングで足払いを入れた。強盗はよろけて膝をついた。

「このクソガキャがぁぁっ!!」

強盗は男の子の首をねらってナイフを横へ払うように振り抜いた!男の子はまたギリギリでかわした!そしてまた抜群のタイミングで足払いすると強盗は床に手をついた。完全に我を失った強盗は顔面を真っ赤にして男の子の胸をビリヤードのように一突きした。だがそれもギリギリでかわした男の子は強盗の胸ぐらとナイフを持つ腕を掴んだ!そして超反応でクルッと回転すると一本背負いをした!!かのように見えたがヨロヨロと横へよろけて強盗の大きな体に押しつぶされてしまった。強盗は男の子をマウントした。

「死ね」

強盗はナイフを振り上げた。そしてそれを男の子の背中めがけて綺麗に垂直に振り下ろそうとした。その瞬間、強盗の視界は真っ白になった。強盗はふわふわと蛍光灯の光を見た。背後から金児の中段蹴りが強盗のこめかみに炸裂したのだ。強盗は目がうつろで気持ち良そうな顔をして床でぐったりしている。

「店員さん!早くガムテープ!!」

金児は叫んだ。店員はあたふたしながら売り場のガムテープの包装をやぶって無造作に強盗の両手をぐるぐる巻きにした。金児も店員と一緒にガムテープを巻くのを手伝っていると男の子はすくっと起き上がって黙って店を出て行ってしまった。

「あっ・・・おい!!」

金児は男の子を追って急いで店を出た。

「おい!!待てよ少年」

金児は男の子を呼び止めた。すると男の子は振り向かずに立ち止まった。金児は

「お前・・・何者だ」

と言った。男の子は黙っていた。

「お前、柔道してるだろ。それも半端じゃねぇレベルだろ」

男の子は金児の言葉に黙って首を振った。

「うそつけ。俺の目がごまかされるかよ」

と金児が言うと男の子はゆっくり肩で顔を隠すように振り向いた。そして

「私って柔道の素質ある?」

と言った。その声は女の子だった。

「お前、女子かよ。マジか・・・。めちゃくちゃ素質あるよ」

金児は素直に言った。その時、雨が急に降ってきた。女の子はニット帽子を深くかぶり直すと

「ありがとう」

と言った。そして走り去ろうとした。その瞬間だった。金児の第ゼロ感が発動したのだ。すべての物質の粒子の音が聞こえてきた。

「こいつ・・・まさか・・・・」

金児は動揺して

「おい!!待て!!」

と呼び止めたが女の子は走って行ってしまった。金児は追いかけようとしたが急に雨が土砂降りに変わった。すると金児の第ゼロ感は急激に閉じてしまった。遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくる。金児は土砂降りの中、茫然と立ち尽くした。

「あいつはいったい・・・・」

それから一週間後、金児は警察に表彰された。コンビニ強盗を捕まえて小さな少年を助けた帰宅部の高校生として日本中でほんのちょっとしたニュースになった。しかし高校では一気に噂は広がって金児はまた学校の有名人になってしまった。だが金児は周囲の大きな雑音などまったく気にする様子もなく、今日も普通に体育でサッカーをしていた。

「金児!ヘイ!パス!」

親友の大倉銀太が手の平を足元にかざしてパスを要求した。

「お・・・おう・・・」

と金児はボールを蹴った。ボールは大倉の頭の上をぽーんと越していった。

「あ・・・すまん」

と金児はやる気なさそうにつぶやいた。体育の時間はいつもシャカリキに動きまくる金児だったがどこか上の空だった。ただ突っ立ってボールの回転をぼーっと見ていた。

・・・あの子供は一体誰だったんだ・・・

金児はコンビニ事件からずっとそのことを考えていた。警察もあの子供が誰なのか見つけられなかった。金児の頭からあの子供の姿が焼き付いて離れなくなっていた。

・・・俺が自分で第ゼロ感を発動できるようになってきているのか、それともあの子供が第ゼロ感を発動したのか。もしそうだとしたらアイツはファーストなのか。いやそれなら強盗は簡単に殺されていてもおかしくはない。あの子が振り返った時、第ゼロ感を発動したようにも見えなかった。くそ。なんなんだ・・・・

金児の頭に次から次へと疑問がわいてきて毎日堂々巡りを続けていた。金児は両手でくしゃくしゃと頭をかいた。

「んー!!わからん」

と言って青空を流れる雲を見た。雲はゆっくりゆっくり形を少しずつ変えて流れていた。遠くから雀の鳴き声とソフトボールをしている女子の声が聞こえてくる。本当にいい天気だった。金児は目を閉じて深呼吸した。すると耳に雑音がした。金児は目を開いた。空の雲がドットのような粒子に見え始めた。

「うそだろ」

金児の足元の小石が揺れ始めて勝手に転がり始めた。そして髪がふわっと揺れた。金児の第ゼロ感が発動した。

「どういうことだ・・」

金児は固まった。

・・・ヒメーカか!!・・・・

そう思った金児は周りを見渡した。校庭、校舎、武道場、体育館、すべてキョロキョロと見渡した。ヒメーカの姿はない。ソフトボールをしている女子のキャーキャー楽しそうな声が聞こえているだけで騒ぎが起きている様子はなかった。すると金児の足元の石の動きがピタッと止まった。第ゼロ感が閉じた金児の目に普通の景色が広がった。

「なんだったんだ今のは・・・」

金児はむしゃくしゃした。

「福沢君!!ボール!!」

クラスメートの大声がした。ボールが自分に向かってバウンドしてくる。金児は

「くそったれぇぇぇ!!」

と叫んで思いっきりボールを蹴った。ボールは無回転でゴール左隅につきささった。


「あれ!?今日なんかのイベントだっけ?」

「近くでコスプレイベントでもやってんじゃない?」

「あれ何のアニメのコスプレ?」

「すげぇ筋肉してね?」

東京新宿駅前の広場を肩で風を切りながら歩く二人の男。その二人とすれ違う人達はみんな振り返って疑問符を投げかけていた。一人は身長が百八十五センチくらいの高身長、紫のロン毛でプロバスケ選手のような肉体を持った男。もう一人は小柄でずんぐりむっくり、深緑の坊主で頭の真ん中に三本の剃り込みラインが入っていた。ロン毛の男は野性味あふれる眼光でまっすぐ前を見て歩いていた。一方ずんぐりむっくりの方はぎょろっとした不気味な目でキョロキョロしながら歩いていた。似ても似つかない二人だったが、一つだけ共通点があった。それは胸に地球に似たロゴが入った全身スパッツを着ていたことだった。二人は駅前広場の真ん中で止まった。

「ドラゴンさん。これからどうしますか」

とずんぐりむっくりは紫のロン毛に話しかけた。

「どうしようかね~」

と紫のロン毛は腕組をして

「ピーチからは『キンジ』という情報しか得られなかったからなぁ。しかしアボカド。お前の情報は正しいんだろうな」

と言った。するとずんぐりむっくりのアボカドという男は

「フクザワキンジという少年が強盗を倒したとテレビとかいう機械で見ましたので」

と言った。ドラゴンは

「キンジしかあってねぇじゃねぇか。しかもそいつはほんとにここにいるのかよ」

といぶかしげな顔をした。

「 よくわからなかったですが東京という文字が見えましたので。おそらくここかと」

とアボカドは根拠のない自信を見せた。

「まぁいい。その辺のやつに聞いてみるか」

そう言ったドラゴンはこめかみの極小チップに手を当てた。キーンという機械音がすると目の前を通ったスケボーを持った若者に話しかけた。

「おい。キンジという奴を知っているか」

ドラゴンのぶっきらぼうな問いかけに若者は睨みを聞かせて通り過ぎた。若者はそのまま前を見て歩いたが着ていたパーカーのフードをぎゅんっと引っ張られた。

「キンジという奴を知っているか」

ドラゴンは若者のパーカーの襟首を掴んで持ち上げていた。強引に若者の顔を自分の正面に向けると

「キンジという奴をしっているか」

と同じ質問をした。

「だ・・誰だよそれ!知るかよ!」

と叫んだ若者は思いっきりドラゴンの腹を蹴った。

「そうか」

そう言ったドラゴンはブンッと若者を薙ぎ払うように投げた。若者は空中を真横に飛んで行ってエスカレーター待ちしている人の行列に突っ込んだ。人々がボーリングのピンのようになぎ倒された。女性たちのきゃー!!!という悲鳴が広場にこだました。

「おい。キンジという奴を知っているか」

ドラゴンは前を通り過ぎたサラリーマン風の男性の前襟をつかんでいきなり持ち上げた。男性はあたふたして持っていたカバンでドラゴンの顔面をバシバシとひっぱたいた。

「こいつもダメだ」

ドラゴンはそう言って男性をオーバーハンドで投げ捨てた。男性は野次馬の群れに突っ込んだ。また悲鳴が広場にこだました。そして大都会の駅広場におおきな人波ができた。ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。

「キンジという奴を知っているかぁぁぁぁぁあああ!!!!」

と百メートル先でもよく聞こえるようなバカでかい声を張り上げた!すると一瞬、広場に沈黙が広がった。そして人込みをかき分けるように何名かの警察官が駆け付けた。それを見てドラゴンは頬にある大きな傷を歪めてニヤッと微笑んだ。

金児は教室の窓際の席でぼーっと外を見ていた。暖かいそよ風が気持ちよかった。授業をしている教師の声はまったく聞こえず、口パクに見えた。ただ風になびくカーテンの音だけが金児に聞こえていた。その時、金児のポケットのスウォーカーが振動した。金児はポケットからサッと出してスウォーカーの画面を見た。

(((イソハチ ファーストが東京新宿駅に現れた。すぐ来い)))

金児はその表示を見て緊張という雷に打たれた。小刻みにスウォーカーを持つ手が震えた。

表紙の下に動画ファイルが添付されていた。金児は机の横にかけてあるカバンに手を突っ込んでイヤホンを取り出した。スウォーカーのイヤホンジャックにイヤホンを装着しようとしたがカチカチと手が震えてイヤホンが入らなかった。何とか装着すると教師に見えないように左耳だけにイヤホンをした。そして動画ファイルをタップした。ダウンロード中のシークバーが動き始める。映像はテレビ局のニュース映像だった。右上のテロップには『男二人が人質をとって機動隊と睨み合い』とあった。

「こちら事件現場の東京新宿駅の南口広場です。全身スパッツの男二人組が女性一人を人質にとって機動隊と睨み合っている模様です。警察によって規制線が張られていますが駅構内はすごい人だかりです。ここからは少し遠いですがカメラでとらえられているでしょうか。三十歳前後と思われる紫の髪の男と緑の髪の男が若い女性を人質にとっています。紫の髪の背の高い男が二十代と思われる若い女性をヘッドロックのような形で逃げられないようにしています。えー、先ほど入った情報によりますと男達は『キンジと言う奴を探している』と繰り返し叫んでいるということです。男達は『キンジと言う奴を探している』と叫んでいるということです。キンジという人物が何者なのかということは今のところ定かでは・・・・パンパン・・・パン・・・うわっ!拳銃の音が聞こえました!今拳銃の音が聞こえ・・・」

映像は途中で切れた。金児は吐きそうになった。奴らが自分を名指しで探している。さっき食べた昼飯が口から出そうだった。金児が手で口を押えていると、となりの女子がささやき声で福沢君、大丈夫?と声をかけてきた。金児は大丈夫というジェスチャーをすると無言で席を立って教壇の方へ歩いて行った。

「ん!?どうした福沢」

と教師は急に近づいてきた金児に驚いた顔をした。金児は

「先生、体調が悪いので早退します」

と言った。教師は顔を近づけて金児の顔をよく見ると

「お前、顔色悪いな。大丈夫か。どうしても無理だったら帰っていいぞ」

と言って金児の肩に手をやった。

「すみません」

金児は軽く会釈するとカバンも持たずに廊下へ出た。左を見ると離れた教室からヒメーカも同時に教室から出てきた。金児とヒメーカはバチっと目が合った。二人は同時に小さく頷いた。そして二人は同時に廊下を全力で走った。上履きのまま校舎を出て天品高校前駅に向かって全力で走った。東京新宿駅まで普通電車で四十分。

・・・イソハチ達は恐らく俺たちより早く着く。無茶するなよ・・・・

アドレナリンと危機感で疲れをまったく感じない金児とヒメーカは天品高校駅の改札をジャンプして飛び越えた!それは駅員が何が起きたかわからないほどの速さだった。ホームへ行くと運よく東京新宿行きが停車していた。発車のベルが鳴る中、金児は急いで電車に乗り込んだ。電車はすーっと発車した。

・・・頼む。何も起きないでくれ・・・

金児は電車の手すりを持って祈った。周りを見渡すと学生や若者が東京新宿駅の話ばかりしているのに気づいた。電車の中はざわついていた。

「機動隊、壊滅だってよ」

声のよく通る男子学生の声が金児とヒメーカが乗った車両に響いた。それを聞いた金児が固まっていると、ヒメーカはブレザーのポケットからスウォーカーを取り出してネットニュースを見た。

「そんな・・・機動隊壊滅・・・」

ヒメーカの言葉に金児は言葉を失った。金児は自分のスウォーカーを開く勇気はもはやなかった。ヒメーカは動揺している金児を見て

「三十分も待てない」

と言った。ヒメーカはドアのガラスに手をついて外をじっと見た。ヒメーカの髪がゆらゆらと揺れた。

「向こうからものすごい早い物体が近づいてくる」

とヒメーカはつぶやいた。金児がドアの外を見たがそんな物はなかった。

「あれだ」

ヒメーカはそう言って目を細めて遠くを見た。金児がその方角を見るとコンクリートの立体物が見えた。それは超高速新幹線、フラッシュピストルの線路が走っている大橋だった。そしてその大橋がこの先でこの快速が走る橋とクロスする場所があった。

「方角から行ってあの電車も東京新宿方面」

とヒメーカは言った。

「あれに飛び移る」

金児は耳を疑った。

「うそだろ」

「マジよ」

ヒメーカの目は本気だった。金児の目からみてクロスする地点はもうそんなに離れていなかった。ヒメーカは小さく息を吐くとドアと金児の間に割り込んだ。そしてヒメーカはドアの方を向くと金児の両手を掴んで金児にバックハグさせた。

「ちゃんと掴まってるのよ」

ヒメーカはそう言うとヒメーカの髪が激しく揺れ始めた。そして走行中のドアをこじ開けた!車両は一気に強風が吹き荒れた!立体大橋がどんどん近づいてくる。そして橋が金児達の真下をくぐろうとした瞬間、ヒメーカは飛んだ!金児は体にとてつもない重力を感じた。

ダンッッッッ!!!!!

ヒメーカはフラッシュピストルの屋根にしがみついた!ヒメーカの指は金属にめり込んで湯気が出ていた。

「金児!!あんたも第ゼロ感を開放しないと吹き飛ばされるわよ!!」

「わかった!」

金児が第ゼロ感を開放すると二人の前に空気の壁ができた。

「このまま一気に東京新宿までいくわよ」

ヒメーカと金児を乗せたフラッシュピストルは東京新宿へと超高速で向かった。

 八分ほどたった頃だった。高層ビル群の裏に東京新宿駅が見えた。金児とヒメーカの目に映ったのは見たこともない現象だった。駅の真上に向かって細かい塵が弧を描いて吹き上げていた。巨大な竜巻が消えかけているような光景だった。駅で何かとてつもないことが起きている。金児はあせりを隠せなかった。フラッシュピストルは駅に近づくと徐行を始めた。駅は細かい砂埃が舞って真っ白になっていた。電車の入場制限がかかったのかフラッシュピストルはホームの手前で停車した。金児とヒメーカは線路の淵に飛び降りるとホームへ向かって走った。ホームは砂と塵が舞っていて息がしづらい状況だった。

金児は袖で口を塞いで駅の構内へ走った。構内は煙で薄暗かった。ひたすら走ると人の叫び声が聞こえてきた。煙の中から急に何人かの人が咳き込みながら走って逃げてきた。金児とヒメーカは逃げる人にぶつかりながら南口へ向かってとにかく走った。南口に近づくにつれて逃げる人が多くなっていく。そしてピタっと人がいなくなった。薄っすら光る南口はこちらという矢印。金児は目をしぱしぱさせながら駅員がいない改札を全力で通り抜けた。すると日差しに向かって立ち昇るホコリが見えた。南口広場だ。金児とヒメーカは広場を見渡せる踊り場へ出た。

「なんだこれは・・・」

金児は目を疑った。金児は広場で放射線状の奇妙な模様を見た。広場の中心から水の波紋のように塵が積もっていた。そして広場を囲んでいるビルの壁に機動隊がもたれかかって倒れていた。金児は目を凝らすと広場の中心近くに二人の男が倒れていた。

「あれはファーストか・・・」

金児は階段を下りて広場の中心に向かって走った。そして砂埃を被って倒れている男の顔をよく見た。

「ジョ、ジョニー!!!!」

倒れていたのはジョニーだった。

「ジョニー!!ジョニー!!おい、ジョニー!!!」

金児はジョニーの頭を抱きかかえて必死に呼びかけた。

「き・・・・・金児か・・・・」

ジョニーはゆっくり目を開けた。

「ジョニー!生きてる!何があった!?」

「う・・・・うぅ」

ジョニーは意識が朦朧としていた。痛々しいジョニーの姿を見て金児はハッとした。

「ということはあっちは・・・・」

金児がもう一人の倒れている男を見た。するとそのそばに立っていたヒメーカは叫んだ。

「お・・・・お父さん!!!!」

もう一人の倒れている男はイソハチだった。

「お父さん!お父さん!」

ヒメーカが必死に声をかけるとイソハチの手はピクッと動いた。

「ヒメーカ、ヒメーカ」

イソハチも意識が朦朧としていた。

「お父さん!大丈夫!?」

「ヒメーカ・・・・・逃げろ。早く・・・・」

「え!?」

「いますぐ逃げろ」

イソハチはヒメーカの手を握った。

「今回の奴はやばい・・・。逃げるんだ」

イソハチは必死に訴えかけた。

「お父さんを置いて逃げれないよ!」

「いいから逃げろ。奴らは・・・バケモノだ」

「いやよ。逃げるならお父さんも一緒に」

ヒメーカはイソハチの腕を自分の首にかけて起こそうとした。その時、ヒメーカの目の前の砂煙に人影が映った。ヒメーカはゆっくり振り返った。すると広場の階段の上に人のシルエットが見えた。

「おお。可愛い声が聞こえると思って来てみたら。なんかいるな」

「おお。女の子じゃないですか。ドラゴンさん。あれ?少年も一人いる」

ファーストの二人組は階段の上から金児とヒメーカを見下ろしていた。金児はぞっとした。ファーストの二人は妖気のような異様な雰囲気を醸し出していた。ドラゴンとアボカドはゆっくり階段を下りてきた。広場は遠くの救急車の音とファーストの足音だけがしていた。ドラゴンは足を止めると、ヒメーカを見てからゆっくり金児の顔を見た。

「金髪の少女に黒髪の少年。そして第ゼロ感を使うおっさんが二人。なるほど。ピーチが言っていた通りだ」

ドラゴンは頬の傷を歪めてニヤッと笑った。

「おい。黒髪の少年。お前がキンジだな」

ドラゴンは飲み込むような目で金児を見た。金児はゆっくりジョニーの頭を地面に寝かせると立ち上がって

「そうだ。俺が金児だ」

と言った。するとドラゴンは大声で

「はははははは!!!」

と笑った。そして

「やっと会えたぜ。キンジ。嬉しいぜ俺は」

と言って満面の笑みを浮かべた。

「アイツがキンジ?弱そうですね。リンゴに深手負わせたなんて信じられない」

とアボカドはいぶかしげな視線を金児へ送った。

「まぁ戦ってみればわかるだろ。なぁ!!!覚醒者キンジ!!!」

とドラゴンは急に大声を張り上げた。

キンジ・・キンジ・・・キンジ・・・・キンジ・・・・ドラゴンの大声はビルに反射してエコーがかかった。

・・・・覚醒者!?・・・・

金児の頭に疑問符が湧いた。今、あいつは覚醒者と言わなかったか。金児は自分の耳を疑った。

「覚醒者・・・・?俺が?」

金児は足が震えた。ドラゴンは金児の様子を見ていぶかしげな表情をした。

「覚醒者なんだろお前は。俺はお前と戦いたくて地球にきた。これは別に任務じゃねぇ」

ドラゴンの言葉に金児は更に恐怖した。

「さぁ・・・・やろうぜキンジ。旋風のドラゴンVS覚醒者キンジ。試合開始だ」

ドラゴンの周囲の砂煙がゆっくり渦を巻き始める。それはまわりの塵を集めながら徐々に大きくなっていった。

「俺が覚醒者・・・」

立ち尽くす金児の足をジョニーは掴んでこう言った。

「き・・・金児。動揺するな。お前がまだ覚醒者と決まったわけじゃない・・・」

「ジョニー!?何か知っているのか!?」

「黙っていてすまない。お前が覚醒者の可能性があることには気づいていた」

「ジョニー・・・」

「あくまでも可能性だ。まだ決まったわけじゃない。ゴホゴホ・・・・ゴホ」

ジョニーは咳き込みながらゆっくり立ち上がった。

「動揺している暇はない金児。こうなったらみんなで戦うしかない」

ドラゴンが起こす旋風はどんどん大きくなっていく。金児の左半身に強烈な風圧がかかった。

「戦おう。四人なら何とかなるかもしれん」

とイソハチも立ち上がった。

「何をごちゃごちゃ話している」

ドラゴンは上空へ立ち昇る塵の渦の中心でゆっくりと歩みを進めてくる。金児、ヒメーカ、イソハチ、ジョニーは一気に第ゼロ感を開放した!ゴキゴキッと前かがみになって地面に両手をついて四足歩行の戦闘態勢に入った!それに呼応するようにドラゴンとアボカドも四足歩行の戦闘態勢に入った。ドラゴンは歯並びのいい歯を見せてニヤッと笑った。それを合図に戦いは始まった!

ゴホォォオオオオォォオ!!!!

ドラゴンを取り巻いていた竜巻が急激に直径を膨らませて金児達に迫ってきた!金児達は第ゼロ感の空気層でガードした!踏ん張った金児の足で広場のタイルが粉々になる。

「はははは!なんだそれは!」

とドラゴンが笑うと竜巻は周囲の砂煙を吸収して勢いを増した!

「くっ・・・!!」

金児は勢いに押されてつま先立ちになる。そして徐々に宙に浮きだした。そしてドラゴンの紫のロン毛が天に向かってなびくと竜巻は放射線状に破裂した!金児達は砂煙に飲まれながら吹き飛ばされた!そして金児、ヒメーカ、イソハチ、ジョニーは周辺のビルに激突した!塵と砂がビルとビルの隙間を猛スピードで駆け抜ける。粉砕した外壁が飛び散ってパラパラと道路へ落ちた。駅周辺を砂煙がまるで濃霧のように覆いつくす。ドラゴンは漂う砂煙の揺らぎと広場の静寂に神経を集中していた。

ボフッッッ!!

砂煙の中からヒメーカとイソハチが草むらから奇襲をかける虎のように飛び出してきた!二人の虎のようなフックがドラゴンの皮膚を引き裂こうとした瞬間!横から巨大な鉄球がヒメーカとイソハチをからめ取った!二人は吹っ飛ばされた!が地面を回転して起き上がった。

「お前らの相手は僕がするよ」

鉄球と思われたが、その正体はずんぐりむっくりした体系のアボカドだった。アボカドは見た目はぽっちゃりしていたが体が鉄のように固かった。

「そっちは頼んだぜ」

ドラゴンはアボカドにそう言うと散歩するように砂煙の中へ消えていった。

「気をつけろ。ヒメーカ。奴の動きは特殊だ。弾むように攻撃してくる。絶対に集中を切らすな」

「うん・・・・」

イソハチとヒメーカの周辺の砂煙が弧を描き出す。アボカドは堀の深いギョロっとした目で二人をロックオンした。するとステップするようにポンと上へ飛んだ。そしてその落下スピードを利用するようにドン!っと地面を蹴ってイソハチとヒメーカ向かって飛んできた!!地を這うような低空飛行で迫ってくるアボカドの突き出たお腹が地面を削り取っていく。イソハチとヒメーカはそのあまりのスピードに野球のデッドボールを避けるように体をひねって避けた!二人の間を超高速ですり抜けていくアボカド。

「な・・・何、あのスピード・・・」

ヒメーカのぱっちりした瞳は動揺で更に大きくなる。

「ヒメーカ!!すぐ来るぞっ!!」

イソハチの声にビクッとしたヒメーカの背後にもうアボカドは突進してきていた!ヒメーカはとっさに両手でガードした!しかし鉄球のように固いアボカドの体当たりで腕がミシミシと鳴った!ヒメーカは弾き飛ばされて広場の大階段に激突した!

「ヒメーカぁぁあ!!」

イソハチは叫んで大階段へ飛ぼうとした。だが頭上に異様な気配を感じた。上を見るとアボカドが空中で膝を抱えて体を丸めていた。ボールのように丸まったアボカドが猛スピードでイソハチめがけて降ってきた!イソハチは鼻先をかすめるほどギリギリでかわした!だがアボカドが地面に激突した衝撃波でイソハチは宙へ投げ出された!イソハチは空中で体をひねって何とか着地する。

「くそ。なんてスピードだ・・・」

イソハチが上空を見ると漂う砂煙の中で次の攻撃に備えているアボカドが見えた。アボカドは次から次に落ちてくる雷のごとくイソハチを攻め立てた!イソハチはジグザグに走って何とか避け続けた。

「ほいほいほいほぉぉぉい!ちゃんと避けなきゃ押しつぶされるぞぉぉ」

アボカドは疲れるどころか体が温まって調子づいてきた。そして遂にイソハチを捕えた!

ドゴォォォオオォン!!

広場のタイルが上空へ跳ね上がった!

「ぬぐぅうぅぅう」

イソハチの唸る声が広場に響いた。イソハチは丸まったアボカドを両手で挟み込んで掴んでいた!両足はギシギシと鳴ってすねまでコンクリートを削って埋まっていた。イソハチの両足にとてつもない重力がかかっていた。アボカドはイソハチに抱え込まれた状態で高速に回転し始めた!イソハチが来ていた上着が粉々にはじけ飛ぶ!足元の小石は浮いて、地面に亀裂が入った!イソハチの腕から血しぶきが飛んだ!

「ぐはぁぁあ」

 イソハチは歯を死ぬほど食いしばった。その瞬間、アボカドの顔が横方向へ歪んだ。巨大なコンクリートが横から飛んできてアボカドに激突したのだ!コンクリートは形状を変えて弾け飛んだ!アボカドは飛ばされてビルに激突して外壁を貫いた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

コンクリートが飛んできた方には息を弾ませたヒメーカが立っていた。ヒメーカが大階段の巨大な残骸を投げたのだ。

「くはっぁあぁぁ!」

イソハチは両腕から血を流しながら地面に片膝を着いた。

「お父さんっ!!」

ヒメーカは走ってイソハチに駆け寄った。イソハチの両腕はアボカドの高速回転によって皮膚が削られてボロボロになっていた。ヒメーカはイソハチの血を拭こうとブレザーのポケットからハンカチタオルを出そうとした。カラカラと外壁の落ちる音が聞こえる。

タ・・タ・・タ・・タ・・・・・

そして人の足音が近づいてくる。ヒメーカはゆっくり顔を上げて足音が聞こえる方を見た。

「今のはちょっとだけ痛かったぞ」

緑の坊主頭から血を流していたアボカドが立っていた。アボカドの目は据わっている。

「めんどくせぇや。俺は早くドラゴンさんとキンジの戦いが観たいんだよ」

そう言うとアボカドの頭から流れていた血が止まった。アボカドは両手を地面に付けて戦闘態勢に入ると周辺をゆったり流れていた砂煙の動きがピタッと止まった。そしてまたゆっくり砂煙は動き始めると徐々に早くなっていき渦を巻き始めた

「何・・・何これ・・・・」

ヒメーカの足元の砂埃がサーという音を立てて左に流れている。ヒメーカが周囲を見渡すとヒメーカ、ジョニー、そしてアボカドの三人を砂の輪が囲んでいた!砂の輪は高速回転して左右にグラグラしながら上に立ち昇るとドーム状になった。ヒメーカ達は完全に竜巻のドームに囲われて薄暗い中に閉じ込められた。ヒメーカは上を見上げると砂煙に透かされて太陽が淡く輝いていた。薄目で目を開けているのもきついほど視界が悪いドーム内にアボカドの声が響いた。

「それじゃいくよ」

ドーム内の塵がアボカドの方へ流れていくとアボカドの足元で渦を巻いた。そしてアボカドは両手を地面に付けるとボフッと上へ飛び跳ねた!

「何をする気だ!?」

とイソハチは戦闘態勢に入った。それに呼応するようにヒメーカも戦闘態勢に入った。二人を第ゼロ感の空気の層が覆っていく。すると何かがぶつかるような音がし始めた。

ボフッ、ボフッ、ボフッ・・・・

「何、この音!?」

ヒメーカは視覚と聴覚に意識を集中した。ボフッという音がどんどん早くなっていく。すると急にヒメーカのすぐ横の地面のタイルが弾け飛んだ!

「キャッ!!!」

イソハチの目の前のタイルも弾け飛んだ!

「くっ!!!」

ドーム内の至る所で地面が局所的に弾け飛んでいく!イソハチはタイルが乱れ飛ぶ中で視覚を研ぎ澄ました。すると黒い塊がドーム内を飛び回っていた!

「こ、これは!」

イソハチの目に恐ろしい画が映った。アボカドが超高速で視界の悪いドーム内を移動していたのだ。それも竜巻のドームと地面をスーパーボールのように跳ね返りながらだ。 アボカドは叫んだ!

「死ねっ!!」

するとヒメーカの目の前の砂煙からいきなり体を丸めたアボカドが飛び出してきた!ヒメーカのガードは遅れて横腹にアボカドの体当たりを食らった!ヒメーカは吹っ飛んだ!そしてドームに激突すると飛ばされて戻された。アボカドはまた地面のタイルを壊しながら高速でバウンドする。イソハチは視覚と聴覚を研ぎ澄ました。アボカドが薄っすら縦に高速バウンドしているのがわかった。アボカドが跳ね返る音が小刻みに近づいてくる。

「今だっ!!」

イソハチはタイミングを合わせてアボカドに体当たりする動きを見せた。その瞬間、アボカドは一気にスピードを上げて方向転換した!それはまさに鏡に反射するレーザービームのようだった。イソハチの視界からアボカドが消えた瞬間、縦移動が横移動になってイソハチの横腹にアボカドは激突した!死角からの攻撃がまともに入ったイソハチは弾き飛ばされてドームにバウンドした!イソハチはそのまま地面へ落ちた。

「お父さん!!」

ヒメーカはよろよろと起き上がって叫んだ。すると息を付く間もなくアボカドが襲ってきた!アボカドの動きはもはや簡単にとらえられる速さではなかった。ドーム内を黒いレーザーが縦横無尽に反射する。ヒメーカとイソハチは避けるのが精いっぱいだった。鼻先、髪先をアボカドが通り抜けていく。極限の集中と緊張の中で体力、そして精神が削られていく。避け続けるのはもはや限界だった。ヒメーカとイソハチは薄暗いドーム内でアボカドに袋叩きにされた。ぼんやりとドーム内を照らす太陽の下でヒメーカとイソハチは倒れた。アボカドのバウンドする音が無くなるとドーム内はただ風の音だけがしていた。

「あっけなかったな」

アボカドは二人を見下ろして言った。

「イソハチ・サイートゥーナ。お前の情報は入っている。セカンドから地球へ脱出してこのざまか。これなら壊滅したセカンドと同じじゃないか」

アボカドの言葉にイソハチの指がピクッと動いた。イソハチは倒れたまま顔を上げた。

「ゴホッ、ど・・・どういう意味だ。壊滅というのは」

とイソハチは声を絞り出した。

「まだ意識があるのか」

アボカドはぎょろっとイソハチを見下ろした。

「そのままの意味だ。セカンドは中枢を我々にせん滅された。今はファースト第二惑星と呼ばれている」

「な・・・・!?」

イソハチに激震が走った。

「セカンドの科学者たちはどうなった!?」

「さぁな。殺されたんじゃないか。反乱分子はすべて排除される」

「な、なんだと・・・・そ・・・そんな。ユ、ユメーカ・・・・」

イソハチは顔を地面に付けた。そばに倒れていたヒメーカは

「お母さん・・・・」

とだけつぶやいた。

金児は誰もいないビルの五階でぜえぜえと息を弾ませていた。駅周辺のビルは全員避難したのか人一人おらず、ビル風の音だけがビュービューと鳴っていた。カランとガラスの破片が落ちる音がすると窓のサッシに足をかけてドラゴンが入ってきた。

「アボカドはせっかちな野郎だ。キンジ。早く助けに行かないとお前の仲間がアボカドにやられちまうぞ」

「う・・・うるせぇ」

金児がそう言うと金児の髪がゆらゆらと蠢いた。周囲の瓦礫を浮かせながら四足歩行の戦闘態勢に入る。

「さぁ。もっと本気出してくれよキンジ。地球旅行を楽しませてくれ」

ドラゴンは両手を広げて迎え入れるよと言わんばかりのポーズをした。金児の目は肉食獣のようにギラギラしてくる。そして金児はドラゴンへ飛びかかった!金児の高速フックがドラゴンの顔面を振り抜いた!だが金児の手に感触はなかった。ドラゴンは地面に両手をついたままアイススケートのごとく床に弧を描くように滑って避けた。

「遅い遅い。やる気あんのかてめぇ」

金児の背後でドラゴンは猫の目のようにきょとんとしている。

「く、くそがぁああぁぁ!!」

と立て続けに金児は第ゼロ感の原始本能に身を任かせて野生的な動きでドラゴンを攻め立てた。ドラゴンは笑顔で頬の大きな傷を歪ませた。そして関節が外れているかのように柔らかい動きで金児の攻撃を全てかわしていく。二人の第ゼロ感が摩擦して火花が散る。金児は息を止めて無酸素で連続攻撃を続けた!

「ちょっと良くなったぞキンジ!」

とドラゴンは宙をのけ反りながら言った。ドラゴンのスパッツを金児の攻撃がかすめ始めた!そして金児はドラゴンの腕を掴んだ!

「なに!?」

とドラゴンは一瞬目を見開いた。金児は動きを止めたドラゴンの背後に回って両腕をはがい絞めにした!そして金児は部屋の天井を見た。天井に一気に亀裂が入る!亀裂が弾けると上の階からジョニーが飛び出してきた!そしてジョニーの蹴りがドラゴンの顔面にまともに入った!

「ぐはぁぁつ!!」

ドラゴンはそのまま床を突き抜けて吹っ飛んだ!金児はとっさにはがい絞めを解いたが、衝撃で部屋の壁に激突した!ビルの一階のすべての窓から砂煙が噴出した!振動したビルの看板が道路にガシャンガシャンと落ちる。金児は剥がれた外壁を振り払ってぶはぁぁと息を吐いて咳き込んだ。ジョニーは口元から血を流しながらハァハァと息を弾ませていた。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・ゴホゴホッ。き、金児、大丈夫か」

とジョニーは壁にもたれかけて座っている金児に声をかけた。

「ゴホッ。何とか」

と金児は答えた。金児は膝に手を付いてゆっくり起き上がった。ホコリが舞う中に立っているジョニーを薄め目で見る金児。ジョニーの周りの砂埃の動きに異変を感じた。ドラゴンが突き抜けた床穴に砂埃が吸い込まれていた。金児の目にはそれは自然の動きには見えなかった。そしてドラゴンは二人に一息つく時間を与えてくれなかった。穴に吸い込まれていく砂埃の動きが止まると、ゆっくりと宙を浮いてドラゴンが穴から出てきた。膝に置いている金児の手は震えた。ドラゴンはゆっくりと床に着地した。

「ちょっと良くなったと思ったが、二人がかりでこの程度か・・・興覚めだ」

ドラゴンは顎に手を当てて首をグルグルと回した。そして少し歩くと目もくれずに片手でジョニーを突き飛ばした。ジョニーはしりもちを付いた。

「キンジ。お前に質問がある」

ドラゴンは真剣な顔で金児の目を見た。金児はごくっと唾を飲み込んだ。

「お前はこの星の軍人か?」

とドラゴンは言った。金児は予想外の質問に

「いや」

と言った。

「なら一般人か?」

ドラゴンの質問に金児は小さな声で

「ああ」

と答えた。ドラゴンは少し悲しい顔をした。

「では外で寝ている黒ずくめの奴らは軍人か?」

「警察のことか・・・ああ軍人みたいなもんだ」

「そうか・・・。ピーチの報告を聞いて耳を疑ったが、地球は終わっているな。こんな星ははっきり言って俺一人で制圧できる。伝説の覚醒者かもしれない男がどんなもんかとはるばるやってきたがこの程度。はっきり言って興ざめだ」

腰に手を当てて、どうしたもんかと何やら考えているドラゴン。そんなドラゴンに金児は恐る恐る質問した。

「そんなに覚醒者とやらと戦いたいのか?」

金児の質問にドラゴンは目をギラつかせた。

「軍人なら当たり前だろ。俺は強さにしか感動しない。星や国を守るなんてのは建前だ」

「なら・・・・ファーストの覚醒者と戦えばいいだろ?」

金児は鎌をかけた。ファーストに覚醒者が現れたというのはイソハチとジョニーがセカンドにいた頃に聞いた噂レベルの話で仮説段階だった。そもそも覚醒者なんて者が存在するのか金児はそれが知りたかった。ドラゴンは金児の質問にフッと鼻で笑って

「ファーストに現れた覚醒者の資質のある者は王族だ。戦いたくても戦えねぇんだよ。」

と言った。そしてドラゴンは続けた。

「そもそも覚醒者なんてよくわかってねぇんだよ。誰も見た事ねぇんだからな。なんたって数億年に一人生まれるか生まれないかの奴なんだからな。それで元祖と言われている地球の覚醒者とやらはさぞかしすごい奴だと思って来てみればこれだ」

ドラゴンはため息をついた。そして

「そもそも」

と前置きしてドラゴンは下唇を突き出して金児を睨み付けた。

「キンジ。軍人と戦う覚悟が感じられないんだよな。お前からは。覚悟のない奴と戦ってもこれっぽっちも面白くない」

「覚悟!?」

「そうだ。お前もわかってるだろ?第ゼロ感を全力で開放し続ければ確実に寿命が縮まるんだ。圧倒的にな。だから軍人は全員早死にする。ファーストの軍人はそれがわかってて軍人をやっている」

金児はドラゴンの座った目を見て口の中の唾液がなくなった。

「お前からはそんな覚悟が伝わってこない。今、俺に殺されるかもしれないのにだ。つまらん」

ドラゴンの表情が怒りに変わっていく。

「本気を出してみろキンジ。リンゴに一撃に食らわしたんだろ?それを俺に見せてみろ。言っとくが早くしないとあっちの二人は死ぬぜ。アボカドはせっかちだからな」

そう言ってドラゴンは金児の方へ足を踏み出した。ドラゴンの紫のロン毛が揺れ始める。金児は緊張と重圧で強烈な重力にかけられたように体が重くなった。だがドラゴンの非情の歩みは止まらない。金児の髪も揺れ始める。

ドンッッ!!

ドラゴンはステップインして金児の顔面へ手を突き出した!!金児は屈んでそれをかわしてドラゴンと入れ違いに交錯した!ドラゴンの手から放たれた衝撃波はビルの外壁に大きな穴を開けた!金児は床を這うようにジョニーの目の前に滑り込んだ。金児が振り返るとドラゴンも同時に振り返った。ジョニーは迷いのある金児の横顔を見た。そして金児の肩に手を置いた。

「金児。自分が覚醒者かもしれないということは今は忘れろ。お前にも地球に守りたい人がいるだろ。やらなきゃやられる。ただそれだけだ」

「ああ。わかってる」

金児の目は不安を帯びながらも同時に野性味も帯び始めた。金児とジョニーはゆっくり両手を地面に付いた。ドラゴンはニヤッとすると金児とジョニーに飛びかかった!ドラゴンは一瞬で金児との間合いを詰めてくる。金児はドラゴンの手の突きにまったく同じ動きでカウンターを合わせた!お互いの頬を高速に振り抜かれた腕がかすめていく!その隙をついて横からジョニーがドラゴンに体当たりした!だがそれをドラゴンはいなして宙返りした!ドラゴンが着地した瞬間を狙って金児が足払い!ドラゴンはそれも宙返りでいなした!その回転を利用した空中での両足オーバーヘッドキックが金児とジョニーの脳天を襲う!金児とジョニーは両腕を頭上でクロスさせてそれを受け止めた!衝撃は二人の体を伝わって床に亀裂が入った!金児とジョニーはドラゴンの足首を掴んだ!そして息を合わせて思いっきりドラゴンを床に叩きつけた!

「やるね」

 ドラゴンはそうつぶやくと手のひらから急回転の竜巻を床に押し当ててそれを防いだ!竜巻は小さく破裂すると金児とジョニーは飛ばされたが、床を回転してすぐ起き上がる!ドラゴンは余韻の風を利用して空中をスクリューして飛んできた!ジョニーが発した空気圧でドラゴンの頭突きをガードする!だがそれは一気に破られてジョニーのボディにドラゴンの頭がめり込んだ!ジョニーは飛ばされたがとっさに金児がジョニーの腕を掴んだ!そして金児はジョニー自身を振り回してドラゴンにぶつけた!ドラゴンはコワモテの顔に似合わず、蝶のように華麗に舞ってそれをかわした!それからひたすら金児とジョニーは二人がかりでほぼ無呼吸でドラゴンへ連続攻撃を続けた。ドラゴンは風の化身となって宙を舞った。そして無表情で何かを確かめるように二人の攻撃をかわし続けた。そして

「つまらん」

と言って左手で金児の首を、右手でジョニーの首を掴んだ。二人はドラゴンの手を外そうとしたが、ドラゴンの指はどんどんめり込んでいった。ドラゴンはそのまま窓際に行くと窓の横の外壁を蹴り破った!ビルの外壁に大きな穴ができた。

「キンジ。お前には失望した。期待はずれだった」

ドラゴンの哀れみの顔を金児は見た。意識が遠のく中でドラゴンの姿が父親の姿とダブった。

「死んで来い」

そうつぶやいたドラゴンは遠くにあるアボカドが発生させたドームに向かって

「アボカドォォォオォ!行くぞぉおぉおお」

 と窓ガラスが振動するほどの大声を張り上げた。そして思いっきり振りかぶるとビルの五階から金児とジョニーをドームに向かって投げた!二人は空気と砂煙を切り裂きながら飛んでいった!そして

ボフゥゥウウウゥン!!ボフゥゥウウウゥン!!

という二つの爆発音と共にドームに激突した!金児は目を開けると薄暗いドーム内で仰向けに倒れていた。ハッとして上体を起こして金児は周囲を見渡した。ゴーという低い唸り声を上げてドームは回転している。砂煙で目が痛い中、目を凝らすとジョニー、イソハチ、ヒメーカが倒れていた。

「みんな・・・くそっ・・・」

金児はふらつきながら立ち上がった。すると砂煙の中に動く黒い影が見えた。その影は足音と共にどんどん近づいてくる。

「めんどくさいな~。増えちゃったよ。ドラゴンさん自分でやればいいのに」

金児はアボカドと対峙した。

「これは期待外れだったと捉えていいんだな」

とアボカドは金児を睨み付けた。

「ドラゴンさんはお前になんて言った?期待はずれだと言ったか?」

金児は恐怖を隠し切れなかった。そしてアボカドの質問に何も答えなかった。アボカドはフッと鼻で笑った。

「それが答えだな」

とアボカドは言うとゆっくり宙に浮いていく。するとドーム内が静まり返った。

「き・・き・金児・・・」

金児の耳に蚊の鳴くような声が聞こえた。金児はその声のする方に振りかえった。声の主はヒメーカだった。金児はフラフラと咳き込みながらヒメーカに歩み寄った。ヒメーカは震える手を金児にそっと差し出した。金児は膝を地面につけてその手を握った。そしてヒメーカの顔を見た。

「くやしいよ・・・・金児」

砂まみれのヒメーカの頬を黒い涙が伝った。いつも気丈で何事にも動じない感じだったヒメーカが泣いている。金児はそんなヒメーカを見るのは初めてだった。

「ヒメーカ・・・・」

 金児は希望を失いつつあるヒメーカの肩を抱いた。ヒメーカはうなだれるように金児の腕に身をゆだねた。金児は衰弱しているヒメーカの顔をみつめた。

 ・・・俺はなんでこんな所にいるのだろう・・・・ここで何をしているのだろう・・・・縁もゆかりもない宇宙から来た奴らのために・・・こんなに傷だらけになって・・・・

 金児は自らに問うた。なぜ俺はここで命がけで戦っているのだろうかと。そして金児はヒメーカの顔を見て気づいた。

 ヒメーカは屋上で母親はいないと言った。実の母親を亡くした自分と照らし合わせたのかもしれない。そしてヒメーカはどことなく死んだ金児の実母、天音に似ていた。特に流し目で金児の顔を見た時の感じ。うまくいかない事があるとできる眉間のしわ。早口になったときの声。きっと髪を黒く染めて天真爛漫に笑えば母親にそっくりなのだろうと。

「死ね。キンジ」

アボカドは急上昇した。放射された砂煙が金児にぶつかる。ドーム内にアボカドが跳ね返る音がこだまする。そしてその音の感覚が徐々に早くなっていく。

「なんだこれは・・・」

アボカドの黒い残像が金児を包囲する。地雷の爆破がどんどん自分に近づいてくるような恐怖。金児は完全に飲まれて身動きをとれなくなっていた。

「くそ・・・・どうすりゃいいんだ・・・」

金児はヒメーカの手をぎゅっと強く握りしめた。

「二人一気に潰れろ!!」

アボカドの叫び声が聞こえた瞬間、金児の視界は真っ黒になった。死んだのか・・・金児がそう感じたと同時にそばで人の気配がした。手にヒメーカのぬくもりがある。ヒメーカではない。金児は目を開けると小さな背中が見えた。

「だ・・・誰だ!?」

その小さな背中の主は金児の盾になってアボカドの攻撃を両手で受け止めていた!!そしてアボカドの突進を横へ受け流した!アボカドは砂煙の中へ消えていく。

「福沢君、大丈夫!?」

少し震えた声は女子だった。小さな背中は金児の方を振り返った。

「お、お前は・・・・」

金児はその少女の顔を見た。少女はニット帽にメガネをかけていた。そしてジャージの襟で口元を隠していた。

「そのジャージにその声・・・・お前・・・コンビニの時の奴か・・・」

金児はその少女が以前コンビニ強盗から助けた子だと気づいた。小刻みに震えている少女の足を金児は見た。

「それにそのスカート。ウチの高校のだろ。お前・・・・誰だ!?」

金児はメガネ少女に聞いた。だがその時、背後でアボカドの気配がした。

「なんだぁ?そのちっこいのは。情報にない奴だ」

アボカドはいぶかしげな顔をした。そして

「お前、どこからこのドームに入ってきた?」

と言った。メガネ少女は

「地下鉄」

と言って指をさした。指の先にはギリギリドーム内に入っていた地下鉄への通路があった。アボカドは

「なんかむかつく奴だ」

と少女を睨み付けると

「このチビ・・・邪魔をするな」

と少女に近づいて少女の顔を片手で叩いた。だが少女はアボカドの手をフッとやわらく横へ流した。アボカドは逆の手で少女を平手打ちした。少女はトンっとアボカドの腕を横へ払った。

「ぬぐぅ・・・」

アボカドの顔面に血管が浮きたつと周囲に風が吹き始めた。アボカドはどんどん攻撃のスピードを上げていった。少女はサー!サー!と砂の上をすり足で移動しながらアボカドの攻撃を避け始めた!完全に本気に変わったアボカドは四足歩行の戦闘モードでメガネ少女に襲いかかった!アボカドの高速の右フックが弧を描くようにメガネ少女に向かってきた!メガネ少女は顔をちょこんっと下げてギリギリでフックかわした!そしてアボカドのほんの一瞬の重心移動に合わせて足払いした!アボカドはストンと片膝を地面に付いた。

「このクソガキが・・・・」

アボカドは再び超高速の左フックでメガネ少女の顔面を貫いた!が弾け飛んだメガネ少女の顔面は残像だった!また抜群のタイミングでアボカドは足払いされて片膝を地面に付いた。アボカドはメガネ少女の顔を見ると眉間に大きな血管が浮き出た。

「お前は殺す」

そう言ってアボカドは立ち上がるとドームに向かって飛び上がった!そして砂煙の中へ消えていく。ゴーという竜巻の音だけがしていた。少女は丸メガネの下の瞳を見開いて構えた。ヒメーカはその少女の後ろ姿をまじまじと見つめた。

・・・タタミ・・・・なんで来たの?死んじゃうわ・・・

ボフゥゥウウ!!

破裂音がした瞬間、砂煙の中から丸くなったアボカドが飛び出してきた!とっさに片手でガードしたメガネ少女は弾き飛ばされた!メガネ少女はドームに激突して跳ね返されたが、地面を前転して素早く起き上がった!メガネ少女のレンズに黒いレーザービームと化したアボカドが反射している。アボカドは今度は横から突進してきた!その時だった!

「はあぁぁあああ!」

 とメガネ少女は両手を前に突き出して大きく息を吐いた!ブレザーのスカートがバタバタとはためく!そして学校の上履きが地面にめり込むとメガネ少女は第ゼロ感の層を放射線状に放った!そして両手の手のひらでアボカドを受け止めた!アボカドは湯気を発しながらメガネ少女の手のひらの上で回転した!

「くぅぅっ!!」

メガネ少女は歯を食いしばって斜め後ろに受け流した!アボカドはシューッと空気を切り裂く音を発しながら飛んでいく。メガネ少女の手はずり剥けて湯気が出ていた。ボフ!ダン!ボフ!ダン!ボフダン!とアボカドが跳ね返る音が近づいてくる!黒い閃光がメガネ少女の右肩に当たった!メガネ少女は肩を抑えながら地面をバウンドした。受け身をとって起き上がると今度は黒い閃光がメガネ少女の左足の甲に当たった!

「うっ!」

メガネ少女は片手と片膝を地面に付いた。アボカドに容赦はなかった。砂煙の中をアボカドの黒い影が縦横無尽に高速移動している。メガネ少女はジャージの袖でメガネを拭いた。視覚、聴覚を極限まで研ぎ澄ましてアボカドの動きに集中した。アボカドが斜め後方から突進してきた!メガネ少女はフッと全身を脱力した。木枯らしで舞う木の葉のようにメガネ少女は避けた!アボカドは地面にバウンドして砂煙に消えた。メガネ少女は精神を集中するように

「はぁああああ・・・」

と長く息を吐いた。ダダンダーンっとショートバウンドして斜め下からアボカドが突進してくる!メガネ少女は脱力してアボカドを左手で弾いて木の葉のように舞った。メガネ少女はアボカドの突進してくる硬い体自体で柔道の受け身を取り始めた!極限まで脱力した小さく軽い体は、突風のように早いアボカドではただ舞い上げるだけで捉えられない。

「このクソチビがぁぁああぁ!」

頭に血が上って冷静さをなくしたアボカドは更にギア上げた!黒いレーザービームと化したアボカドがメガネ少女の真正面から閃光となって襲いかかった!脱力したメガネ少女の足元の地面に亀裂が入った!メガネ少女は上体をそらしてアボカドをかわした!その一瞬!アボカドの腕とスパッツをメガネ少女は両手で掴んだ!そして右足の裏でアボカドに触れるとメガネ少女はアボカドを柔道の巴(ともえ)投げで地面に叩き付けた!

ドガァァアアン!!

砂煙とタイルがドーム内に吹きあがった!アボカドは地面をバウンドして転がりながら吹っ飛んだ!メガネ少女はゆっくり起き上がると袖でメガネを拭いた。

「柔道・・・・」

と金児はつぶやいた。すると少し離れていた所で倒れていたイソハチが顔を上げてつぶやいた。

「そうか・・・スポーツか。なぜ今まで気付かなかった」

イソハチは固定観念に囚われていた自分を恥じた。そしてイソハチはこう思った。

・・・・第ゼロ感の原始と野生の感覚にただ従って動物のように戦っていた私達にスポーツや格闘技という概念はない。そもそも地球のようなスポーツや格闘技はセカンドにも、おそらくファーストにもない・・・・

イソハチはハッとして金児の方を見た。金児はメガネ少女を見つめていた。

「ヒメーカ。泣くな。俺がアイツをぶっ倒してやる」

そう言って金児は握っていたヒメーカの手をそっと地面に置いた。そしてゆっくり立ち上がった金児は背後で起き上がっているアボカドを睨み付けた。金児の髪は揺れ始めた。アボカドは

「今のはなんだ?」

と動揺した。しかしフッと笑って強がったアボカドは

「まぁ問題ない。もうお前らと戦うのは正直飽きた。終わりにする」

と言って剃り込みの入った緑の坊主頭をボリボリとかいた。アボカドが四足歩行の戦闘モードに入るとゴーっと唸っていた竜巻ドームの音が大きくなっていった。竜巻の回転のスピードが上がっていく。するとドームが収縮を始めた。竜巻ドームは回転のスピードを上げて小さくなった。

「これで跳ね返るスピードはもっと上がるぞ。これでお前らは終わりだ」

とアボカドは言うとドン!と爆音を上げて飛んだ!離陸した航空機のように金児とメガネ少女の頭上を通り抜けていった!金児は振り返ってアボカドを目で追った。そして第ゼロ感を開放した!金児の首筋にゴキゴキと筋肉と血管の筋が浮き上がると前傾姿勢になっていく。金児の両手は地面に近づいていく。だがその手は地面に着地することはなかった。金児は半身になって拳を顔の前に立てた。空手の構えをとったのだ。

「やっぱり地球人はこうだよな!」

金児の周囲を第ゼロ感の層が覆っていく。

「いくぞ。柔道メガネ」

と金児はメガネ少女に声をかけた。

「うん」

とメガネ少女はジャージの襟の中でうなずくと両手を大きく広げて柔道の構えをとった。ダダダダダダとアボカドがドーム内を反射する音が聞こえる。アボカドは音速に近いスピードで金児に突進してきた!金児は首を横に傾けた。アボカドは金児の首筋をかすめて行った!そしてすぐ反射して金児の背後に迫った!

「せいやぁああぁ!」

金児の大蛇のような回し蹴りがうなりを上げた!アボカドの頭部がぽっちゃりした胴体にめり込んだ!アボカドは弾き飛ばされてドームに激突して回転しながら落ちた。

「立てよ。デブ」

金児は空手の構えを解かずに集中していた。アボカドは鼻血を出しながらフラフラと立ち上がった。そして金児の方を振り返ると

「てめぇ・・・・許さんぞ」

アボカドは鼻血を拭くと氷のような目つきになった。竜巻ドームの回転はより速く、より小さくなった。アボカドは高速に回転する風の壁を蹴り上げた!そして極限まで体を小さく丸めて弾丸のように金児に突進した!金児は上体を反ってギリギリでアボカドをかわした!だがアボカドは金児の目の前で丸めた体を元に戻した!金児はアボカドに襟を掴まれて高速回転する竜巻ドームに押し付けられた!

「ぐはぁっ!!」

金児の背中はドームの回転で削られていく!

「死ねぇええぇ!」

アボカドは吠えた!アボカドの声はドーム内に響き渡った。完全に不利な状況の金児。だが彼は笑った。アボカドの背後に小さな巨人が立っていた。

「勝負あり」

そうつぶやいたメガネ少女はアボカドの左腕と後ろ首のスパッツを掴んだ!

「どっせーい!!」

メガネ少女は大外刈りでアボカドを金児から引きはがして、地面に叩き付けた!アボカドはバウンドして宙に浮いた!茫然とするアボカド。その時、アボカドの目の前に金児の残像が映った。

「勝負あり」

金児はそうつぶやくと拳にメキメキと力を貯めた!金児の第ゼロ感が粒子となって金児のみぞおちに集められていく。

「せいやぁぁああ!」

 金児は落ちてくるアボカドの顔面に思いっきり正拳突きを噛ました!拳はアボカドの鼻っ柱にめり込んだ!アボカドは吹っ飛んで竜巻のドームを突き破った。金児はふぅぅっと大きく息を吐いた。すると竜巻ドームの回転が止まった。そして竜巻が霧散するとぱぁぁぁっと太陽の光が砂煙の間をぬって差し込んできた。

「や、やったか・・・」

とイソハチはまぶしい太陽の光に目を細めて言った。金児は流血している左の肩甲骨付近を押さえて地面に座り込んだ。それを見てメガネ少女は金児に駆け寄ってきた。

「大丈夫!?福沢君・・」

「ああ。なんてことない」

と金児は強がった。砂煙の間から真っ青な空が顔を出していた。だが金児に晴れやかな空を満喫している時間は与えられていなかった。

「どういうことだ」

とドラゴンは自分の目の前に滑り込んできた気絶しているアボカドを見て言った。

「時間をかけてあいつらをいたぶっていると思えば何だこれは」

信じられないというような表情をしているドラゴン。

・・・・まさか・・・覚醒したのか?・・・・

そう思ったドラゴンは座り込んでいる金児を見た。ドラゴンと金児の視線は交差した。

「フフフ・・・。はっはっはっはっ。そうかそうか」

ドラゴンは晴天を見上げて笑った。そして金児の方へ歩き出した。

「いいぞ。いーぞキンジ」

ドラゴンは上機嫌で金児との間を詰めてくる。金児は立ち上がってブレザーのネクタイを投げ捨てると空手の構えをとった。

「なんだそのヘンテコな戦闘態勢は。ふざけてるのか」

ドラゴンは徐々に前傾姿勢になっていく。金児とドラゴンを結ぶ線上の小石が浮き始める。

「いくぞ」

とつぶやいてドラゴンは両手を地面に付けた瞬間、突進した!空中をスクリューしながら間を詰めてくるドラゴン。ドラゴンの右手のかぎづめを金児は上体をかがめてかわした!だがドラゴンのそれはフェイントでかがんだ金児の顔面に膝蹴りを入れた!

ガシーン!!

金児は片腕でそれを止めた!

「なに!!?」

ドラゴンは驚いた。金児は小さく息を吐いた。すでに疲労が蓄積していた金児だったが、自分の体に馴染んでいる空手スタイルによって呼吸と気が充実していた。

「うぉおおお!!」

金児は叫んでドラゴンの傷の入っている頬に裏拳をぶちかました!ドラゴンは顎を歪めて吹っ飛んだ!

「ぐはっっ!」

空中を疾走するドラゴン。だが体をひねって両手、両足で着地した。ドラゴンは地面にポタポタと落ちる自分の血を見た。

「いいねぇ」

ドラゴンは親指で口から流れる血を拭くと、一気に金児へ突撃した!が一歩踏み出した瞬間、ドラゴンの足に何かが引っかかった!横から滑り込むようにメガネ少女がドラゴンに足払いをした!ドラゴンは回転して背中から地面に落ちた!

「私もいるよ」

メガネ少女は仰向けになったドラゴンに向かって柔道の構えをとった。ドラゴンは天を見上げながら

「は・・・・ははは。これは何かの冗談か」

と言った。ドラゴンはムクッと起き上がると金児とメガネ少女を見てニヤッと笑った。歯並びの良さが異様な迫力を醸し出している。

「ははは・・・・・はああぁあぁああ!!!」

ドラゴンの声は空笑いから気合の雄たけびに変化してメガネ少女に襲いかかった!メガネ少女はドラゴンの突きを手で払って受け流した!そしてバランスを崩したドラゴンに足払いをした!ドラゴンはふわっとジャンプしてそれをかわした。そしてドラゴンは二段蹴りを放った!メガネ少女は一撃目はかわしたが、二撃目を肩に食らった!衝撃音と共に砂煙が舞い散ってメガネ少女は吹っ飛んだ!それと入れ替わる様に金児がドラゴンに飛び蹴りを放った!ドラゴンはとっさに上体を反らしてそれをかわした!だがスパッと額が切れて血は真横に流れた!金児は二撃目の上段蹴りを放った!ドラゴンはそれを屈んでかわすと左手一本で体を支えて金児の顔面に蹴りを放った!金児は首をねじってそれをいなした!金児の耳からスパッと血が飛び散った!その瞬間に金児の肩口からメガネ少女が飛び出してきた!ドラゴンは体全体を竜巻のように回転させてメガネ少女をいなした!

「なんて戦いだ・・・・」

ジョニーはプルプルと震える両腕で体を起こして金児達の戦いを静観していた。ドラゴン、金児、メガネ少女の戦闘は電光石火で攻守が入れ替わっていた。それは格闘ではなくむしろ演舞に近かった。

「あの小さな子はいったい・・・」

ジョニーはメガネ少女の鮮やかな体さばきに目を奪われた。ドラゴンは旋風のように舞って攻守一体となって戦っていたが、金児とメガネ少女の異次元の足グセの悪さにドラゴンは徐々に、そして確実に疲弊し始めた。そしてとうとう金児の中段、上段蹴りが連続でドラゴンにまともに入った!ドラゴンは顔を歪めて血を吐いた!

「ぐはぁっ!!」

ドラゴンに余裕を感じさせる雰囲気はもう微塵もなかった。畳みかけるようにメガネ少女はドラゴンの腕を掴んだ!

「えぇぇぇえい!!」

とメガネ少女はドラゴンを一本背負いした!ドラゴンの長い髪は垂直に逆立った!そして地面に叩き付けれた!ドラゴンはバウンドして大きく弧を描いた!だが宙で体をひねって滑るように着地した。金児は息を弾ませながら

「くそ・・さすがにしぶとい・・・」

と言って第ゼロ感を更に開放して構えた。メガネ少女も両手を大きく広げて第ゼロ感を開放した。それを見てドラゴンは思った。

・・・・くそ。なんだこいつらの変な動きは。見たこともない動きで攻撃してきやがる。このままじゃ負けるかもしれん。どうする・・・・

一筋の汗がドラゴンの頬の傷を這うように流れた。ドラゴンはこれまで味わったことのなかった恐怖に襲われていた。ドラゴンに最初のような覇気がないことを察知した金児は、このチャンスを逃すまいと一歩踏み出した。その時だった。

パン、パン、パン、パン!!

と銃声が鳴った。ドラゴンと金児の足元に着弾して砂埃が立った。金児が銃声の方を見ると迷彩服を着た十数名の部隊が隊列を組んでいた。それは日本の特殊部隊だった。特殊部隊は拳銃で金児に向けて発砲した!弾丸は身構えている金児の腕に直撃した!だが弾丸は火花を散らして軌道を変えた!立て続けに機動隊は金児へ発砲した!弾丸は金児の体に当たると軌道を変えて飛んでいった。

「や、やめろ!!」

金児は機動隊へ向かって大声で叫んだ!すると別の方角からも銃弾が飛んできた!金児がその方角を見ると更に別の機動隊が隊列を組んでいた。

「撃て!!」

機動隊の掛け声が駅の広場にこだまする。機動隊は一斉に金児、メガネ少女、ドラゴンへ発砲を開始した!無数の弾丸が三人に迫ってくる!三人は第ゼロ感の層を全身から放射した!弾丸は次々と層に跳ね返された!ドラゴンは

「そんなオモチャは第ゼロ感使いにはまったく意味がないぞ」

と言って右手で空気を横に払った!すると砂煙の波動が片方の機動隊を飲み込んだ!

「やめろ!ファースト!!」

と金児はドラゴンに叫んだ!するともう一つの機動隊の一人がバズーカを構えた!

「撃て!!」

機動隊の掛け声と同時にバズーカが発射された!バズーカの弾丸は金児とメガネ少女の間に着弾した!地面のコンクリートが青空に撒き上がった!広場に真っ黒い煙が立ち上る。爆炎の中で金児とメガネ少女はドラゴンの姿を探して背後を振り返った。金児の目に恐ろしい光景が飛び込んできた。

「ははは。運がなかったなキンジ」

ドラゴンは巨大な竜巻を発生させてその中心にいた。竜巻はゴーゴーと不気味な音を立てながら周辺の塵や瓦礫を飲み込んでいく。そして回転を速めながら直径を膨らませていった。突風と砂煙が金児とメガネ少女の視界を奪った。

「これは・・・まずいぞ」

金児は体勢を低くして踏ん張った。機動隊は竜巻に向かって発砲したが、弾丸はぱすぱすぱすと虚しい音を立てるだけだった。竜巻は更に巨大化して塵と塵がぶつかり合って電流を帯びていた。その竜巻はもはや動く黒い壁と化していた。

「くそぉぉおお!!」

と金児は破れかぶれになって竜巻に向かってスタートダッシュした!そしてそれと同時にドラゴンはこう言った。

「楽しかったぞキンジ」

ドラゴンは頬の傷を歪ませてニヤッと笑った。

「ハールイバーン」

ドラゴンがファースト語でそうつぶやくと巨大竜巻は急激に直径を拡大させて溜まったエネルギーが解き放たれるように爆発した!!巨大な砂煙が波状になって広場を飲み込んでいく!金児とメガネ少女は超至近距離で爆風に飲まれた!その猛烈なスピードでどうすることもできない機動隊はゴミくずのように空へ吹き飛ばされていく。

「ヒメーカァアァアア!!」

イソハチの叫び声は竜巻の轟音にむなしくかき消された。爆風は渦を巻きながら加速していった。イソハチ、ジョニー、ヒメーカも一瞬で砂煙に飲み込まれた。竜巻はかまいたちのように駅やビルの外壁を破壊して、それを吸収して吹き抜けていく。そして東京新宿駅全体を黒い煙の海が飲み込んでしまった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・

雨雲のような音を立てながら砂煙は回転を続けた。塵と塵の摩擦で雷が起こっていた。上空に巻き上げられた塵がゆっくりと弧を描き出すと駅は静まり返った。砂煙がゆっくりと横へ流れている。薄暗く、そして静かな駅広場の片隅で一人の男の呼吸音がした。

「ゴホッ・・・」

金児は咳き込んだ。そして目を開けた。何か妙に静かに感じる。

・・・死んだのか・・・・

金児は自分がすでに死んでいるのかと思った。

「うっ」

金児の全身に痛みが走った。そして金児は自分がまだ生きているとわかった。金児は体をプルプルさせながら上体を起こした。周囲を見渡すとまだ細かい塵がゆっくり渦を巻いていた。

カラン・・・カランカラン・・・・

一つのペットボトルが風に流されて地面を転がっている。そしてペットボトルは膨らみに当たって止まった。その膨らみは人だった。金児は視界が悪い中、その倒れている人の所へフラフラと歩いて行った。倒れていた人はジャージとスカートを着ていた。

「柔道メガネ!!」

金児はメガネ少女に駆け寄って肩を抱きかかえた。

「おい!しっかりしろ!・・・・・ん!?」

倒れていたメガネ少女はニット帽とメガネを飛ばされていた。そしてジャージのチャックが開いていて素顔が見えていた。

「お前、どこかで・・・・」

メガネ少女の素顔は金児にとって見覚えのある顔だった。金児は、はっとした!

「同じクラスの神野!」

メガネ少女の正体は金児と同じクラスでジョニーと特訓した裏山の空き地の場所を教えてくれた神野タタミだった。

「お前だったのか・・・・」

「うー・・・」

金児が驚愕していると神野は目を覚ました。

「おい神野!大丈夫か!?」

と金児が声をかけると

「んー・・・。福沢君・・・」

と神野は寝ぼけているような声を出した。

「お前動けるか!?」

「うん」

神野はゆっくり上体を起こした。

「福沢君は大丈夫?」

「ああ何とかな。しかし驚いたぜ」

「うん。もう死んだと思った」

「いや、そうじゃなくて。お前が同じクラスの神野だったとはな」

「え!?」

神野はびっくりした顔をした。

「え!?気づいてなかったの?」

「今わかったぜ。だってお前ほとんど顔見えてなかったし」

「ああ・・・そうか。私いつもこんな格好してるから」

と神野は言ってキョロキョロして帽子とメガネを探した。メガネをかけていない神野は童顔で奥二重の綺麗な目をしていた。

「神野・・・お前。なんで第ゼロ感を・・・」

 金児は小動物のように周りを見渡している神野に聞いた。神野は動きをピタっと止めて金児の顔を上目づかいで見た。

「話せばすごく長くなる。私もあの日・・・。福沢君と斎藤さんが屋上で戦った日に第ゼロ感に目覚めたの」

「え・・!?」

 金児は細かいまばたきをした後に神野の目をまっすぐ見た。

「私が能力を使えることは斎藤さんしか知らないわ」

「斎藤さん?」

 金児は少し考えたあと、目をギョっとさせた。

「ヒメーカか!」

「うん」

 金児は驚きを隠せなかった。ヒメーカは金児にそんなことは一言も言っていなかった。

「あいつ・・・そんなこと一言も・・・」

「斎藤さんは私をめんどうなことに巻き込むのを迷っていたみたいだから」

 金児と神野の間に沈黙が流れた。神野は大きく深呼吸した。

「この戦いを乗り切れたら福沢君にちゃんと話す」

 神野は切れ長の目を細めて遠くを見た。

「福沢君。これからどうするの?」

神野は帽子とメガネを探すのを諦めて金児に尋ねた。

「どうするもこうするも・・・。やるしかねぇだろ」

と金児が言うと神野は黙って何かを考える様子を見せた。

「福沢君が何か大変なことに巻き込まれているのはわかったよ。でも命の恩人だし、アイツらはヤバすぎるから最後まで付き合うよ」

そう言った神野の手は震えていた。金児はそれを見逃さなかった。

「・・・悪いな神野」

金児がすこし気まずそうな顔をすると神野は

「行こう」

と言った。そして金児と神野は立ち上がった。

広場の中央は雲と砂煙の間からスポットライトのように日光が差し込んでいた。ドラゴンは放射線状に伸びた砂の模様の中心に立っていた。ビル風で紫のロン毛がなびくとガクッと地面に片膝をついた。

「あ・・・危なかった」

ドラゴンは緊張が解けた表情をした。

「ここまで苦戦するなんて予想外だぜ。アボカドの野郎を探して一旦ファーストに帰還するしかねぇ」

ドラゴンはフラフラと立ち上がると歩き出した。かったるそうに半分大破している広場の大階段の前を通り過ぎようとした時、ドラゴンの足元が急に影になった。ドラゴンは階段の上をふと見上げた。すると見覚えのある顔が二つ並んでいた。

「きさまら・・・・」

ドラゴンはその顔を見て打ち震えた。ゆっくりと流れている砂煙の中から金児と神野が現れた。

「しぶと過ぎると苦しむだけだぞ」

とドラゴンは言った。

「それはお互い様だろ」

と金児は返した。金児と神野は階段を下りてドラゴンと対峙した。静寂が三人を包む。広場の小石がコロコロと動いた。そして強いビル風がお互いの間を流れた。金児、神野、ドラゴンの髪はそれとは逆の方向へ揺れ動き始める。ドラゴンはさっと地面に両手を付いて戦闘モードに入った。そして自分の周囲に瞬間的に竜巻を作り出した!金児と神野は身構えた!ドラゴンは一気に勝負をかけようと全力で竜巻の回転を上げる!そして竜巻を金児達へぶつけようとした瞬間だった。

「ゴホォオア」

とドラゴンは吐血して片膝を地面についた!ドラゴンは疲労で体が限界にきていた!金児達に迫ってきていた竜巻の拡大が止まった!絶好のチャンスだと思った神野は金児に呼びかけた!

「福沢君!私が思いっきりあの竜巻に福沢君を投げ込むよ」

金児はその言葉に黙ってうなずいた。金児はかがんで神野の身長に合わせると、神野は金児の袖と襟を掴んだ!覚悟を決めた金児は身構えた!神野は振りかぶった!だが神野は投げなかった。

「神野!?」

金児は神野の腕の力が弱まるのを感じた。神野は口元から血を流すとフラフラと両手を地面に付けた。神野も体に限界がきていた。

「体に力が入らない・・・」

神野は歯を食いしばって膝に手を当てた。そして必死に立ち上がろうとしたが立てなかった。

「神野!無理するな!俺一人でやってみる」

と金児は言った。すると神野の肩に背後から触れる手があった。それはジョニーだった。

「ジョニー!」

「力を貸そう。あの竜巻にお前を投げればいいんだな」

ジョニーは金児の胸ぐらを両手で掴んだ!

「いけぇぇええ!!」

ジョニーは叫んで渾身の力で金児を竜巻に向かって投げ飛ばした!金児は突風を切り裂いて風の壁に向かって飛んでいった!

「うらあぁああ!!」

金児はギシギシと歯を食いしばって全神経を集中した蹴りを竜巻に浴びせた!

ズウウウウウウン・・・・

金児の第ゼロ感とドラゴンの第ゼロ感がぶつかり合った!お互いの力は拮抗した!金児の足とそれに接触した竜巻は電磁放射した!

「ぐぬぬぬぅぅぅ」

とドラゴンは歯を食いしばった。

「うおおおぉぉぉ」

金児も歯を食いしばった。すると竜巻が徐々に押され始めた。そしてドラゴンは腰がガクンと折れた!

ブオオオオォォォ!!

と突風が金児を吹き上げた!そして竜巻は霧散した!金児はドラゴンの目の前に躍り出た!

「終わりだ」

金児はそう言って渾身の回し蹴りを弱ったドラゴンに叩き込もうとした!だが

「させるかよ」

と金児の耳にどこかで聞いた声がした。緑の影に金児の回し蹴りは止められた!腕をクロスさせたアボカドが現れた!

「死ね。キンジ」

アボカドは超高速の蹴りで金児の顔面を蹴り上げた!金児は背中を反って血を吐いた!アボカドはさらに超反射で空中へ飛び上がると体を丸めて回転し始めた。そして自らが弾丸と化して金児めがけて落下してきた!金児のガードは間に合わなかった。

ガシィィィィ・・・ン

アボカドの攻撃は金児の目の前で防がれた。神野に。

「毎度毎度このクソガキがぁぁぁ!!」

 アボカドは更に回転を速めたが、神野は両手でアボカドを止めた!手の平から血しぶきが舞った。少しでも気を抜けば弾き飛ばされそうだった。神野は思いっきり叫んだ!

「うわぁあぁああああぁ!」

 神野は受け流さずに両手でアボカドの攻撃を真正面に受け止めた!神野のふくらはぎに血管がほとばしって、神野の顔は小刻みに揺れた!そして歯の隙間から血がでるほど歯を食いしばった!

「どっせぇぇぇぇえい!!」

 神野はアボカドの回転とは逆の回転をかけて空中へアボカドを投げ飛ばした!神野はその勢いで力を使い果たして倒れた。アボカドは空中でフラフラと回転を緩めて動きを止めた。その時だった!

カシャーン!

アボカドの体を黒いクモのような物体が覆いつくした!それはジェイルだった!

「何っ!?」

とジェイルに拘束されたアボカドはぎょろっと空中で斜め下を見た。するとなんとイソハチの背後に石田が立っていた!金児は

「イッシー!!」

と叫んだ!そして態勢を立て直して攻撃に転じようとした!だがドラゴンはその隙を逃さなかった!

「一瞬遅かったな」

ドラゴンはニヤッと笑った。そしてスクリューのように体を回転させて渾身の左手の突きを金児に向かって繰り出した!攻撃に転じようしていた金児は無防備だった!思わず死を覚悟した金児。そして勝利を確信したドラゴンの顔を見つめた。だがその顔が影で暗くなった。金児の背後からヒメーカが現れたのだ!ヒメーカは両手に階段の手すりの鉄パイプを持っていた!

「くそ」

とドラゴンはつぶやいた。その瞬間、ヒメーカの二刀流の鉄パイプはドラゴンの頭部を打ち抜いた!

「ぐはぁあぁああっっ!」

ドラゴンは吹っ飛んで地面に仰向けになった!

「俺たちの勝ちだっ!!」

金児は飛び上がって右足を天に向かって振り上げた!金児は第ゼロ感のすべてを右足のかかとに乗せた!するとヨロヨロと千鳥足でジェイルに拘束されているアボカドが金児の前に躍り出た!金児はアボカドもろとも、全身全霊の渾身のかかと落としをドラゴンへ振り下ろした!金児のかかとはアボカドの脳天を砕いてなお、そのまま倒れているドラゴンのみぞおちに炸裂した!ドラゴンの背中の地面が大きく陥没して広場に爆煙が吹き上がる!

 ドカァァアアアン・・・・・!

東京新宿駅全体に炸裂音が響き渡った。

ドラゴンは口を開けたまま白目を向いて動かなくなった。すべての力を出し切った金児は後ろにあとずさりしてフラッと仰向けに倒れた。それをヒメーカが受け止めて尻もちを付いた。

「金児・・・」

ヒメーカは擦り傷だらけの金児の顔をみつめた。金児はヒメーカの腕の中でホコリだらけのヒメーカの顔をみつめた。

「フッ。あんたボロボロじゃない」

とヒメーカは言った。金児は

「お前もな」

と返した。

「ヒメーカ・・・。お前、剣術でも習ってたのか?」

と金児は聞いた。するとヒメーカは

「二刀流はスピンサファイアっていう映画に出てくる好きな女優さんの真似よ」

と言った。金児は微笑んだ。そして力が抜けたようにゆっくり目を閉じた。

「それ俺の本当の母親だぜ」

そう言って金児はヒメーカの手のぬくもりを感じながら眠りについた。




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