飛べない私は地を歩く
かみしも倫
第1話 飛べない私は地を歩く
「鳥になりたい?」
「そう!鳥になりたいの!」
「なんで?」
「だって鳥は自由に空を飛んで、行きたいところに行けるんだよ!私も翼を広げて空を飛びたいの!」
「馬鹿ねぇ、うちのインコのシロみたいに籠の中に閉じ込められる鳥だっているのよ?ねぇーシロ」
シロはインコのくせに何も喋らない。無口なインコ。
「それはシロがインコだからでしょ!私は野生の鳥になりたいの!」
「あんた分かってるの?野生ってことは自分で餌を取りに行かないといけないし、沢山いる天敵から自分の身を守る術がなきゃ生きていけないのよ?」
お母さんの言葉に私は何も返せなくなった。それでも私は鳥になりたい。空を飛びたい。嫌なことから逃げてしまいたい。
「ほらもう寝なさい。きっと疲れてるのよ」
お母さんはそう言って私を部屋に押し込んだ。眠くもないのに寝れるはずがなく私は思考を巡らせた。
そもそも学校に行けなくなったことが事の始まりだった。
高三の春クラス替えをしてから教室に入れなくなった。仲のいい子はみんな別のクラスで私だけがひとりぼっち。でも毎年そうだから今年だって何とか頑張れるだろう、人見知りだけどいつも何とか一年過ごせてたし、それに就活もあるからがんばらなければいけないと思っていたはずなのに、体が教室に入ることを拒否した。
クラス替えのあった翌日には行きたくなくて朝から涙が止まらずその日は休んだ。それ以降はなんとか保健室には通っていたがそれも続かず五月の頭にはもう完全に不登校になっていた。
不登校になった私にお母さんは優しく接してくれた。しかしその優しさは私に罪悪感だけを募らせていった。
次第に私は部屋から出ることも少なくなり、一日の半分以上を寝て過ごすようになった。寝ている間は嫌なことを考えなくて済む。起きていると自分の不甲斐なさに泣きたくなり、同年代の子達が毎日学校に行って勉強しているのにそんなことも出来ない私は死んだ方がいいと思うばかりで早く死んでしまいたいと願うけれど、寝ている間はそれすら考えなくていい。それがとても私の心を楽にした。
ふと閉めたままにしていたカーテンを開けた時、オレンジに染る空を背景に一羽の鳥が飛んでいた。真っ直ぐ飛んだかと思えばUターンして、またある程度の距離を飛んだらこちら側にUターンして戻ってくる鳥を見て羨ましくなった。
自由に自分で行き先を決めて迷っても誰に迷惑をかける訳でもなく空を飛ぶ鳥が、私と違って羨ましくて私もあんな風になりたいと思った。
空を飛んで嫌なことから全て逃げて誰にも迷惑のかけない生活がしたい。
ピピピピッピピピピッ。
七時にセットしたアラームがいつもよりやけに遠くに聞こえた。目を覚ますと視界に映るのはテレビとテーブルと椅子。私の部屋にテレビは無い。ならここはどこかと部屋を見渡すとそこはリビングで私の部屋じゃなかった。おかしいなと思い目を擦ろうとした時、腕だと思って動かしたはずのものは腕ではなく羽だった。
「ピーイィ」
喉から発したはずの声は言葉としては成立せず、所謂鳴き声がでた。
目が覚めると私は飼っているインコのシロになっていた。
(鳥!?ほんとに!?)
念願の鳥になれたことで私は喜びが隠せず鳥になった体を左右に揺らした。
なぜだかよく分からないけど鳥籠の入口が空いていて、窓も空いていた。恐らくお母さんはゴミ出しに行っているため不在でまだアラームがなり続けてることから私の体は起きていないのだろう。
なら、逃げるなら今しかない。私は翼を広げて飛び出した。
(あれ?)
しかし、必死に翼を広げてみたものの思い描いたようには飛べずそのまま地面にべしゃりっと不格好な着地をした。
私は鳥になって念願の翼を手に入れたというのに、飛び方が分からないのだ。ただ翼を上下させれば飛べると思っていたけれど、そもそも翼を上下させるためにはどこの骨や筋肉を動かせばいいのかが分からない。感覚でいけると思っていたがそんな甘くはなかった。
(嘘でしょ?飛べないの私!?)
こんなことなら事前に調べておけばよかった。後悔先に立たずとはまさにこの事か。
それでも、空は飛べずとも鳥になった事実は私を元気づけるには十分だった。
(飛べないなら歩けばいい!)
私は慣れない足を動かして家の窓から脱走した。飛べない鳥として。
家から出て数分後には出ていったことを後悔した。ただ歩いていただけなのに近所の家に住んでいる犬のポチには家の前で激しく吠えられ、車は私のことなど気にせずに私の頭上を走り去っていく。正直めちゃくちゃ怖かった。
人間だった時はポチは吠えずに撫でさせてくれたし、車だって歩行者である私を見て止まったりしてくれたのに、鳥になった途端これだ。
これが野生を生きる動物達の当たり前の生活なのかと思うとただひたすらに怖い。思っていた生活とかなりかけ離れている。でもきっとそれもこれも飛べないのが原因だ。よくよく思い出せば、シロが飛んでいるところを私は見た事がなかった。シロはいつも鳴きもしなければ飛びもしない、ただ鳥籠の中からこちらを見ているだけだった。なるべき鳥を間違えてしまった。
大通りまで進むと人も車も今までの比にならないほどいて、怖くなった私は路地裏に逃げた。
しかしそれも失敗だった。
「ミャーー」
心臓がバクバクと音が聞こえそうなほど早く鼓動を打っている。
路地裏に逃げ込んだ私を次なる敵が襲ってきた。
そう、野良猫だ。
私が思うに野良猫はこの人が住まい、あまり大きな野生動物がいないこの都会での自然界のヒエラルキーではカラスとトップを争う動物だろう。その大きな胴体に長い手足には尖った爪、夜でもよく見えるその目は狩りにはうってつけ。
その野良猫に私は狙われている。今は何とか物陰に隠れて事なきを得ているがそれもいつまで持つかはわからない。つまるところピンチなのだ。
私は飛べないけれど、その分歩いたり走って逃げたりしたお陰か、そこらの鳥よりは幾分か早く走ることが出来る。しかし、それも猫の前じゃ大した意味をなさない事も理解している。
それでも今は走って逃げる他ない。
(今だ!)
私は物陰から勢いよく飛び出して大通りに向かって走った。
(あと少し!あともう少しで!)
あと数メートルで大通りに出れるというところで、別の野良猫が私の前に飛び出してきた。そして尖った爪先を振り上げた。
(あぁ、駄目だ。私死ぬんだ)
あんなにも死にたいと願っていたはずなのに、いざ死ぬとなると人はちゃんと恐怖するみたいだ。
「ピーイィ!ピーーイィ!」
(怖い、嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!)
泣き喚くように叫ぶ私を野良猫の爪が突き刺そうとした瞬間
ピピピピッピピピピッ
私はガバッと起き上がった。パジャマにしていたTシャツもシーツも枕も寝汗でビッショリと濡れていた。
「なんだ、夢、か」
今度はしっかりと喉から出た声は言葉となった。
普通に考えて生きている人間が鳥になるなんてありえない話だ。
私はこれでもかというほどに汗をかいたからか喉が渇いていた。水を飲むためにリビングにいくと、鳥籠の中から静かにシロがこちらを向いた。まるで鳥になった感想はどうだとでも言いたげな視線に私は謝った。
「ごめんねシロ。野生って凄く大変なんだね。甘く見てたよ」
そう言えばシロは満足したのか
「ピーーーイィ!」
と珍しく鳴いた。
あの経験を通して私の考え方が変わった。鳥になった私は飛べないとわかり歩くことを選んだ。違う方法で道を進むことを選んだのだ。
学校に行くことが当たり前で、それしか選択肢がなくて、その一本道だけが正解だと思ってた私の視界がなんだか開けたように思えた。どうしてもっと早く気が付かなかったのかと自分を叱りたくなる。
お母さんがゴミ出しから帰ってきたら話をしよう。逃げ出さずにちゃんと向き合おう。私が選ぶ道の話を。
飛べない私は地を歩く かみしも倫 @kamishimo00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます