第14話 回復魔法の使い手はお気に召さない 前編
「せーんせっ!」
「イーゴンくん! どうかされましたか?」
「先生はもうお昼食べた? まだならぼくと一緒に食べよ!」
「いいんですか? お友達とか……」
「うん! 今日は先生と食べたいから」
にっこりと満面の笑みでそう言ってお弁当を掲げる。イーゴンくんがいいなら構わないんだけど。その、後ろの方が……。
「……ルカ先生もご一緒しますか?」
「えっ」
「ルカ先生はいいの! ここまで案内してもらっただけだから。もう帰っていいよ!」
「……私は、戻ります……」
「あ……」
ルカ先生はいつもと変わらない調子で去って行った。本当によかったのだろうか。お昼ごはんらしきものは何も持っていなかったから、イーゴンくんの言う通り案内のためだけに来たのかもしれないけど。
「あ、そうだ! 味見、してもいい?」
「味見?」
「うん! 純度がやばいって言われてる先生の魔力、ほしい」
持っていたお弁当をテーブルに置き、座っているわたしにイーゴンくんの影が落ちる。右手が顎に添えられ、まるで本当にキスをするかのような仕草にドキリとする。もう数えきれないくらい供給をしているのに、唇を合わせる行為にどうして今さら緊張してしまうのだろうか。
「イ、イーゴンくん……?」
「……キス、なんでしょ? クラスの人から聞いたよ。こんなにかわいい先生とキスしてる人がいっぱいいるなんて、ずるいなぁ……」
「へっ? ……ん!」
「っ!」
魔力が送り込まれる感覚がする。イーゴンくんも他の人と同じように、その純度に驚いているようだった。
さっき会ってから数時間くらいしか経っていないのに、結構な量の魔力が減っていた。実技の授業があったとしても回復魔法は使わないはずだから、理事長の説明にあった通り、何もしなくても多量の魔力が流れ出ていることが実感できた。
「……すごい」
「ふ、不快感とかないですか?」
「あるわけないじゃん! むしろ今まであるって言った人いるの!? あり得ない!」
「そう、ですね……。魔力というより行為そのものが苦手な人はいましたが……」
頭の中でケイレブくんを思い浮かべる。本気で拒否した翌日には自ら供給に来ていたけれど、あれは魔石酔いと供給時の行為とを天秤にかけた結果だろう。
「純度とかいうレベルじゃないね、これ。本当になんの混じり気もない」
「あ、ありがとうございます……?」
「すごいすごい! でもなんで? なんでこんなにきれいな魔力なの?」
「それが……研究員の方もたくさん調べて下さったんですけど、あまりにも特例すぎてほとんど何も分かってなくて」
「ふぅん。ぼくと一緒だね!」
「ふふ、そうですね」
わたしのように女性でしかも魔力を生み出す存在は今のところ世界で1人だけど、イーゴンくんのような回復魔法の使い手も世界で3人だ。回復魔法はこれまでにもいたと言われているけど、それでも解明できている事柄は少ないのだろう。
いきなりわたしに魔力があるって言われた時を思い出していたら、「あ!」とイーゴンくんが声をあげる。
「お弁当! 忘れてた!」
「あ……。そういえばそうでしたね」
お昼休みももう残り半分もない。ふたりしていそいそとお弁当を広げて食べ始める。バランスのいいお弁当なのか、好きなものを食べた時と苦手なものを食べた時の表情がはっきりしていて、コロコロ変わって面白かった。
わたしも早く食べなければ……。箸を進めていた時、ふと気になっていたことを思い出す。
どうして、イーゴンくんはルカ先生にあんなに当たりが強いのだろうか。わたしや理事長と話している時は、悪戯っぽいところはあるものの素直ないい子なのに。聞いてもいいのかな……。
「先生? どうかした?」
「あ、えっと……その、聞きたいことがあって……」
「ルカ先生のことでしょ」
「! はい、どうして……?」
「……笑わない?」
「もちろん!」
「……ぼくのなまえ……」
「名前? イーゴン・ワルデンくん、ですよね」
「……うん……かわいくないの……」
「かわ……?」
かわいくない?
名前がかわいくないということだろうか。名前に可愛さを求めたことがなかったから、いまいちピンと来なかった。それがイーゴンくんにも伝わったのだろう。「もう!」と頬を膨らませていた。
「かわいくないの! 音は濁ってるし、カクカクしてるし……ゴツそうじゃん!」
「ゴツそう……。そうですね……?」
「分かってない顔してる!」
「す、すみません……。でも、それとルカ先生にどのような関係が?」
「ルカって名前、かわいいじゃん! でも本人の見た目はぜんぜんかわいくない! でかいし!」
「たしかにルカ先生はかわいいとは程遠いですね……」
「でしょ! それに……」
「それに?」
続く言葉に耳を傾ける。
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