第11話 不良をも魅了する魔力

 嵐のような出来事の翌日。いつもと変わらない日常が戻ってきた。昨日のことが生徒の間で話題になったようで、今まで見かけたことがなかった生徒がいくらか供給室に訪れた。どの生徒ももれなくケイレブくんのような不良だった。

 全員、供給を受ける前は疑心暗鬼どころか、自らここに来たのに拒むような素振りを見せていて少し難航したけど、ケイレブくんと同じように魔力を注いだ瞬間に静かになって、来た時よりもすっきりした顔で帰って行った。


「グレース先生!」

「レオくん、こんにちは」

「また今日も人が多いですね。しかも、悪そうなやつらがちらほら……。昨日のせいですか?」

「カナタくんから聞いたんですか?」

「はい。あんな危険なこと……この頬も昨日できた傷ですよね」


 レオくんは頬に貼ってあるガーゼに優しく触れる。その行動に思わずドキリとして顔を背けてしまう。所在ない手を引っ込めて「そういえば、」とレオくんは話を続ける。


「そろそろ、期末試験の時期ですね」

「期末試験?」

「ああ、そうでしたね。女性は進学する割合が低いから、あまり馴染み深くなかったですね」


 レオくんの言う通り、魔法が重視されるこの世界では男性は強制的に魔法学園に入れられるが、女性は識字や計算などの生活するうえで困らない程度の学力を幼少期に学校で教えられ、卒業後はほとんどの女子が就業する。国家直属の職務につくために専門の学校に入る人もいるが、割合にして1割もいない。


「この王立魔法学園は特に実戦で使えるように教育されるので、座学の試験もあるんですけど実技の方が成績の比重が大きいですね。それぞれの学年上位30人は掲示もされますよ。セルヴァン先輩なんかはいつも学年1位ですね」

「1位……! すごいですね!」

「……俺も毎回掲示はされるんですけど、1位はなかなか取れないです」

「試験が何回あるかは分かりませんが、それでも毎回30位以内も十分すごいですよ! レオくん、器用そうですもんね」

「あ、ありがとうございます……」


 悔しそうな顔をしたかと思ったら嬉しそうに照れて、コロコロと表情が変わるレオくんを作業をしながら眺めていたら、供給室のドアが勢いよく開いた。昨日もこんな感じでドアが開いた気が……。そう思って目を向けると、そこには昨日散々暴れてくれたケイレブくんがいた。


「ケ、ケイレブくん!? どうしてここに……」

「……」


 問いには答えないで供給のために並んでいた生徒を押しのけて、わたしの目の前までずかずかと歩いてくる。昨日のこと、やっぱり怒っているのかな……、当たり前か。殴られるのを覚悟していたら、レオくんがスッとわたしたちの間に立ってくれる。


「……チッ。どけ」

「先生に何をする気?」

「いいからどけ」

「何もしないって約束するなら」

「っするわけねぇだろ! クソッ!」


 伺うように振り返ったレオくんに大丈夫、と呟いて何かあった時のために横にいてもらう。ケイレブくんはそのまま丸椅子にドカッと座って、再び黙ってしまった。本当に何をしに来たんだろう。


「あの……ケイレブくん?」

「あ?」

「その、今日はどうしてここに?」

「来る理由なんてひとつだろうが」

「えっと? ……もしかして供給、ですか?」

「……それ以外になんかあんのかよ」


 そっぽを向いてそう言うケイレブくんに一瞬思考がフリーズする。昨日あれだけ嫌がっていたのにどうして今日は自主的に来たのか。それに、そこまで魔力が減っていないようにも見えるけど。何はともあれ。


「嬉しいです! 昨日よりもだいぶ顔色もよくなっていますし、倒れる前に来てもらえると助かります」

「うるせぇ。……早くしろ」

「ふふ、はい!」


 待機しているケイレブくんに口を合わせると、思った通りあまり魔力が減っていなくてすぐに戻ってきた。供給が終わっても、少しの間座ったままボーっとした後、急に我に返ったかと思ったらさっさと供給室から去って行った。


「また来るから、誰がいようとオレに一番にしろ!」


 そう言い残して。

 ケイレブくんはやっぱり嵐のような存在だ。でも、昨日よりもずっと雰囲気が柔らかくなっていた気がする。もう強制でするようなことは避けたかったからよかった。ふぅ、と一息ついて椅子の背もたれに寄りかかると、隣にいたレオくんが嬉しそうな、はたまた面白く思ってなさそうな、両方が入り混じった複雑な表情をしながらぶつぶつと小声で何か言っていた。何ですか、と聞き返そうとしたが、イレギュラーがあったせいで先程よりもさらに生徒が並んでいたので、休憩もままならないで供給へと戻る。


「……いや、先生のこと分かってくれる人が増えるのはいいことだけど、でもそういうこと考えるのは俺だけでよくて……なんか、なんか……!」


 終わる頃には、レオくんもいつの間にか帰っていた。

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