第6話 祝!お客様第一号

「誰も来ない……」


 いや、正確にはレオくんしか来ない。たまにアイザックさんや学園の職員が訪れるくらいで、生徒が一向に来ない。供給どころか軽傷などの治療にくる人もいない。怪我をしていないならいいことだけど。

 魔力供給のためにこの学園に来たのに、なんの役割も果たせてない。それなのにしっかりひと月分のお給料はもらってしまった。申し訳なさでいっぱいになるものの、どうして生徒が来ないのか、その理由が分からない。


「……ううん、十分怪しいもんね、わたし」


 レオくんも最初はそうだった。アイザックさんが選んだだけあって彼は柔軟で順応性があったのだろう。すぐに受け入れてくれたけど、学園にいる生徒全員がそうなるとは限らない。

 現に、誰も来てないし……。

 それでも、どうすれば来てくれるのか、なんのアイディアも思い浮かばない。信じてください、なんて言う方が余計胡散臭くなると思う。


「でも、訴えかける以外に何をすればいいの……」


 あれこれと考えを巡らせても改善される未来が見えてこない。どうしよう。

 頭を抱えていたちょうどその時、供給室のドアが開く。またレオくんかな。いつも来てくれて有難いなぁ……。


「……あのー」

「へっ?」


 予想していた声音ではなくて勢いよく顔をあげる。細い目をしたこの国ではあまり見ない顔立ちをした男子生徒が入口に立っていた。


「ちょ、カナタ、先に行くなって!」

「あ……レオくん」

「あ! 先生、こんにちは」

「こんにちは、えっと」

「ああ、こっちは同じクラスの……」

「カナタ・シスイ言います。レオに半ば無理矢理連れてこられました」


 無理矢理とはどういうことかとレオくんの方を見ると、首が取れそうなほど横にブンブンと振っていた。そんなことをするような子じゃないことは分かっているけれど。


「えっと、無理矢理なら供給は受けませんか?」

「……嫌やわー、冗談ですって! 先生がなんや真剣な顔して思い詰めてたんで、和ませようとしたんやけど、失敗してもうた?」

「当たり前だろ。先生、無視でいいですよ」

「レオひどい!」

「ふふ」


 カナタくんの聞き慣れない口調とレオくんの普段見ない学生らしい顔が相まって、一連の流れがおかしくてつい笑みがこぼれた。

 突然の来訪に驚いて尋ねてみると、二人が言うには、レオくんが供給室に誰も来ないのを気にして、とりあえずクラスの人から声をかけたものの魔石で十分だから、そんな怪しいところには行きたくないから、と断られ続けたらしい。落ち込んでいたレオくんを見て、一度は断ったカナタくんが「しゃあないなぁ!」と、やる気になってくれたそうで。

 レオくん以外の人がやっと来てくれて感謝しかない。誰も来ないことを心配してくれたこともとても嬉しい。最初がレオくんでよかった。


「少しでも魔力が減っている状態でしか魔力は供給できませんが……」

「実技の後、魔石取らんかったから減ってる思います」

「それならよかったです。……あと、供給方法なのですが……」

「ああ、レオから聞きましたよ! キスなんやって? 先生のえっち」

「えっ!?」

「カナタ!」

「レオくんこわーい」


 ふざけ続けるカナタくんを制止するかのように、レオくんが頭を叩いた。パンッと小気味いい音が供給室に鳴り響く。


「いたーい」

「レ、レオくん、駄目ですよ……!」

「すみません、先生。こいつ昔からこんな感じで調子がよくて……」

「そうなんです、昔っからこない感じで毎回どつかれてますー」

「な、仲が良いんですね?」

「それは……まあ長い付き合いなので」

「初等部からずーっとレオと一緒なんですよ。まあ家族みたいなもんです」


 カナタくんがレオくんの方に目を配ると、レオくんはやれやれといった顔をする。いきなり叩いたのにはびっくりしたけど、レオくんも本気で怒っているわけではなさそうだし、これが彼らの日常になっているのね。


「気の置けない関係っていいですね」

「……四六時中カナタの行動に付き合ってるとさすがに疲れますよ」

「四六時中? レオはトイレまでついてくる気!?」

「こういうところです」

「ふふ、楽しいですね」

「っ! 先生が笑ってくれるなら、不本意ですが嬉しいです」

「……ほー、なんや、そういうことか」

「では、そろそろ供給しましょうか」

「はーい」


 目を瞑るカナタくんに供給を施す。減っていると言っていたが、本当に少量しか減っていないようですぐに魔力が返ってきた。人によっては少しの魔力で多くの魔法を使えることもある、と誰も来ない1か月の間に見た文献に書いてあったはず。彼はそのタイプなのだろう。

 供給中ずっとレオくんの視線が突き刺さっていて、二人きりでの供給は緊張するが誰かがいる前でやるのも気恥ずかしさが増すことが初めて分かった。


「……なんやこれ」

「体質に合いませんでしたか?」

「めちゃくちゃええやん! なんでこんな純度なんです?」

「それはわたしにも職員の方々にも分かりませんでした」

「純度のおかげか、体にスーッと染みていく。不思議な感覚や」

「だから言っただろ」

「もっと早く教えてや!」

「初日から言ってたけど」

「そういえばそうやった。みんな損しとるなぁ」


 カナタくんは腕を組んで天を仰ぎ見るようにした後、「せやっ!」と勢いよく立ち上がった。行動にびっくりして見つめると、唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑いながらこう言った。


「実はおれ、ちょーっとおもろい家系なんで、供給に人が来るように仕向けさせてもらいますね!」


 ほどなくして、彼の言葉通りに供給室にはたくさんの生徒が訪れるようになった。頭に浮かんだいくつかの疑問も忘れるくらいに。

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