5 過ちでも、後悔せずに
1・夕暮れの向こう側
和宏は大林の頬に手を伸ばした。
滑らかな髪が指に絡まり、彼女の手が和宏の手に添えられる。
これから越えようとしている一線は、恐らく自分たちが思っているよりも大きな一線となるだろう。だからこそ後悔しないように、深く話し合った。
ベッドに沈む二つの影は、不安で揺らめいて。
まだ自分たちが若く、子供なのだと自覚せざるを得ない。
『何度も考えますの。もし自分が普通の家庭に産まれて来たならば……と。起りえないIFを』
和宏は華奢なその身を胸に抱いて、髪に口づけた。
『でも、そんな現実はここにはありませんし、その時あなたに逢えるかどうかも分かりませんしね』
なにより、と彼女は続ける。
『惹かれ合ってなどいなかったかもしれませんわ』
全ては必然性で出来ていて、今ここにいるのもきっとその必然性の一つなのだろう。
和宏はずっと女性が苦手だった。
それは異性として意識してしまうからに他ならない。
つまりは自惚れなのだ。
特に槙田穂乃果のような女性らしい人には苦手意識が芽生える。彼女は女性としてとても魅力的であると思うし、守るべき弱い存在なのだとも思える。
だが『大林沙希』は自分にとって特別な存在。
女性として意識はするが、唯一自然でいられる相手。好きならば意識もするものだが、それでも彼女の前ではいつでも自然体で居られた。
恋愛は地に足がついていなければ、幸せにはなれない。
だからどんなに愛していても、この恋が叶うことはないのだと思っている。
可愛らしく、年よりもずっと幼く見える彼女は誰よりも大人だったと思う。
耳を親指で撫で、後頭部へ手のひらを滑らす。
これから起こることは一夜限りの幻想とすべきなのか、それとも胸に刻むべきなのか考えあぐねている。
彼女が瞳を閉じるのを合図に和宏はそっと唇を重ねた。
『起こりえないIFよりも現実を見ることにしたのは、もう未来が変えられないと思ったからですわ』
彼女の指が優しく和宏の下唇を撫で、身体を伝った指先は腕に添えられる。
誘われているのだと気づいた時には既にベッドの上だった。
『ならばその未来までの時間を有効に使うしかありませんでしょう?』
彼女はずっと自問自答し、自分の中で結論が出るまで黙っていたのだ。
そして結論に辿り着けば、このように実行に移す。
幼さをその顔に残しているというのに、すっかり大人へと変化しているその身体。身長こそまだ、子供のようにも見えてしまうが。
抑揚のあるプロポーションに和宏の視線は釘付けだった。
ニットのボディコンはより一層身体のラインを強調しているようにも思える。
「こういうものは、お気に召さなくて?」
彼女が和宏の視線に気づき、悪戯っぽく体を捩る。
「いや、何処に視線を向けていいのか分からなくて」
悪戯を咎められた子供のように、上目遣いで大林を見つめれば、彼女はクスリと笑う。
「和宏は純情ですものね」
大林の腕が首に回り、更に密着した体勢に和宏が頬を染める。
「良いですわね、初々しくて」
と目を細める彼女。
「良いんですのよ、そんな顔しなくて。誰だって初めてはありますもの。一緒に学んでいきましょうね」
彼女の優しい囁きに和宏は覚悟を決めたのだった。
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