6・愛が守る未来とは

「和宏は料理がお上手ですのね」

 一階のシステムキッチンでステーキを焼き、サラダとつけわせの野菜をちょろっと調理した和宏は、大林にそんなことを言われ肩を竦めた。

 肉を焼く程度料理のうちには入らないが、美味しく調理をする方法を知らなければそう思うのも無理はないだろう。

「これくらいは料理に入らないよ」

 白い皿に料理を盛り、彼女の前と自分の前に並べる。

 そこそこの時間なので簡単な料理にしようと、近くのスーパーに二人で買い物の出かけたのだ。手間のかからないものを選んだ結果、メニューはステーキとなった。


 両親の帰りがいつも遅く、妹や弟の面倒を見る機会の多かった和宏は料理が得意であった。大林家のようにお手伝いさんがいるわけでもない。

 なのでもしかしたら、一般的な男子学生としては出来ることも多い方なのかもしれない。

 料理を並べおえると、和宏は大林の向かい側に腰かけた。

 二人で食事の挨拶をし、フォークとナイフに手を伸ばす。


「和宏は謙虚ですのね」

 それは、あの嫌味な坊ちゃんと比べているのなだろうか? 複雑な心境になりつつも、

「そんなことはないよ」

と返答した。

 当たり障りのない日常のことについて話をしていた二人だったが、

「大林家は頻繁にパーティに出席していると聞いたけれど、実際どんな感じなんだ?」

 K学園には金持ちの子息子女が集まると言っても、パーティに頻繫に主席するようなセレブはホンの一握り。

「パーティと申しましても、会社関係ばかりでしてよ? そこで縁談などが決まることもありますし、あまりいいとは言えませんわね」


 核家族が増え、自由恋愛が可能になった日本。田舎から都会へ。単身赴任や就職、就学による一人暮らしなどが増え、お一人様サービスが充実した昨今では婚姻率も下がっている。

 同性婚が可能になってからは、同性カップルは積極的にパートナーを見つけるようにはなったが、異性婚は衰退の一途を辿っていた。

 恋愛を望まない現代。

 一人がこの上なく楽だと感じるのは、社会にストレスが多すぎるせいでもあるだろう。会社や学校での対人ストレス。それ以外にもSNSなどを通した対人ストレスが溢れた現代。一人でいられる時間がどれほど大切だろうか。


 それでも自由に恋愛できるということは、恋愛しない自由もあるということ。すなわち好きでもない相手と結ばれる必要もない。

 大林にとってそれは身近なことではなかった。

 古いしきたりに縛られ、好きでもない男との子を設けることを求められている。この先に待ち受ける地獄を考えたら、憂鬱でしかないのだろう。


「和宏が将来のパートナーなら、わたくしだってこんなに憂鬱にはなりませんのよ?」

「チェンジとかはできないのか?」

 自分と結ばれることが無理だとしても、嫌いな男と婚姻しなければならないなんてと、和宏は思った。

「誰でも同じですの。その人は和宏ではありませんもの」

 どんなに国の法律によって人権が尊重されていても家族間での人権は尊重されていない。それが日本という国。こと女性に関しては軽んじられている。

 女性は子供を産む道具ではない。それでも血筋を重んじるところでは人権を無視される。それは家族のこととして他者が口出しできない魔の領域。


「ねえ、和宏」

「うん?」

 水の入ったグラスに手を伸ばそうとしていた和宏はその手を止め、彼女見つめ返した。

「いつかわたくしを救い出してくださいませんこと? あの牢獄から」

 大林が自由になれるとしたら、それは子を産み落とした後だろう。望まない婚姻の末、望まない妊娠をし母に愛されない子を成そうというのか。

 愛もない母子関係はとても辛かろうと思う。彼女のとっても、子にとっても。

 だからと言って、母親を奪っていい理由にはならないだろう。

 誰が許しても、世間は冷たい。

 そうなれば、子が成人したのち。だいぶ先の約束だなと思いつつ、和宏は目を細めたのだった。

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