3・藤宮の助言

──恋人ねえ……。


 和宏はカフェテラスで頬杖をつきつつ、スマホの画面を眺めていた。

 昼食を取り大学へ戻ると大林と再び別れる。

 講義が被らなければ一緒に行動する必要はない。

 意外と一緒にいることがない二人だ。


 画面は有名小説サイト『お前がスターだ!』、通称オマスタの三津谷のトップページ。アイコン画は自撮りだ。どんだけ自分をイケメンだと思っているんだよと思ってしまう。

「ナルシストなんだろうな」

 最近頻繁にエッセイが更新されていたが、どう見ても”和宏への悪口”である。苦笑いをしながら、エッセイに目を通す。

 この情報は、妹である佳奈から。

 先ほども靴箱のでの一件が気に入らなかったのか、罵詈雑言というかわけの分からない恨みつらみが書かれている。


「一般的人のくせにとか言われても、困るんだが」

 ”俺に石油王にでもなれと?”と思いながら一人で笑っていると、

「雛本くん」

と突然声をかけられて和宏は慌てた。

「おわっ」

「ごめん、驚かせた?」

 藤宮咲である。


「あ、いや」

 ”隣いい?”と聞かれて、どうぞと進めた。

 そこでふと、自分には特定の友人がいないなと改めて思う。

「なんだか楽しそうだったから、思わず声かけちゃった」

と藤宮。

「ああ。なんか悪口を書かれていて」

「え?! それ、笑うこと?」

 驚く彼女。

「ちょっと内容が突飛で」

 ”そっちは?”と和宏は咲に問う。

「友達待っているとこ」

「一講義分?」

「そそ」


 ”それは大変だな”と言うと、

「雛本くんは?」

と問われる。

「沙希を待ってるとこ」

 一講義は九十分。非常に暇である。

 だが、この後、デートに行こうと誘われていた。断っても良かったが、つきあったばかりの恋人を怒らせるのもどうかと思ったのだ。

「デート? それとも足?」

 失礼な選択肢を用意する子だなとは思ったが、そういうストレートなところがつきあいやすいとも感じている。

 遠回しなのは苦手だ。

「デート」

「え?!」

 それはないと思っていたのだろうか? 大変失礼だ。

 怒るほどではないが。


「お付き合いすることになった」

とカミングアウトすると、藤宮は複雑な表情をし、

「え、でも大林さんは婚約者がいるんだよね?」

と飲み物ののストローに口をつけながらいう。

 ”いや待て、推してたよな?”その言葉を飲み込んで、

「そうだけど。婚前交際はOKらしいよ」

「どういうことなの? それ」

 確かに分かりづらい状況ではあると思う。


 和宏は藤宮に、彼女の家庭の話しを簡単に説明する。

 納得はできないのか、彼女は頬杖をつき眉を寄せていた。

「それって、好きな人と結婚はできないからそれまで自由にやれ的な? なんというか子を残すためだけの結婚なのね。それって幸せなの?」

「幸せ……とは思わないが」

 他人の家族のことだしなと言うと、

「雛本くんはそれでいいの?」

と聞かれる。

「それでいいも何も……」


──沙希が自分と結ばれることがないことは分かっている。

 だからそれまで恋人同士でいられるというなら、幸せなのだろう。


「自分の大切な人が家畜みたいに扱われるの、平気なの?」

「平気そうに見えるのか?」


──そんなの、良いと思ったことはない。

 それでも沙希が納得して受け入れたなら、それは認めてやらなきゃならないと思う。


「こんなこと言うのもあれなんだけれど」

と彼女は前置きをし、

「それが受け入れられないことだとしても、自分の気持ちは話した方がいいと思うの。考えていること伝えないと取り返しのつかないこともあるし、すれ違っちゃうよ?」

 ストレートな藤宮だからそんな助言をくれるのだろう。

 確かに自分は気持ちを伝えたことがないなと思った。


──もしかしたら、好きだと言ったことさえないのかも。


「ありがと。自分の気持ち話してみるよ」

 和宏が言って微笑むと、

「……うん(なんでわたし、敵に塩贈ってるのかな)」

 藤宮はなんだか曖昧な返事をしたのだった。

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