2・部外者から当事者へ
「わたくしはこれから和宏とデートですの。邪魔しないでくださる?」
大林は和宏の腕に自分の腕を絡め、嫌味な坊ちゃんにそう告げると歩き出す。
「待てよ、沙希嬢」
”嫌味な坊ちゃん”は食い下がる。
”コイツ、そもそも何て名前なんだ?”と思った和宏は二人が言い合っているうちに弟の優人に向けてメッセージを送る。
優人からは、
『なんでブロックしている奴の名前なんか知りたいの? もの好きじゃない?』
と返ってきた。
”いや、ブロックしてるのはお前であって、俺じゃなくね?”と思いながら、”不便だから”と返すと今度はコール。
『不便ってどういうこと?』
「よく絡まれるから、名前くらい知らないと不便なんだよ」
と小声で返すと、
『確か、
と優人。
「しかし……お前、良い声だな」
和宏はふと思ったことを口にする。
すると、
『はあ? 毎日顔を合わせてんのに、今更なに』
と大笑いされた。
「そうやって女子を口説いて侍らしてんだろ?」
弟は尋常じゃなくモテる。
ちょっと……いやかなり悔しいくらいに。
『何言っての? 通話なんかしないし、いつ口説いたっての。むしろ今、俺を口説こうとしてんのは兄さんでしょ』
と笑っている。
「俺が?」
『そうやって簡単に人を褒めるのは良くないよ。勘違いされるからね?』
”もっとも、兄さんは人の好意に鈍感だけれど”と付け加えて。
『どうせ女子に好かれてても、、フラグへし折ってんでしょ?』
「思い当たる節はないぞ。モテたことないし」
と和宏。
『あー、はいはい。言ってなよ。友達がさっきから煩いから切るよ』
”浮気じゃねえよ、兄さんだよ!”と優人が自称友人へ向けて言うのが聞こえ、通話は切れた。
──アイツまた、女と一緒?
大変おモテになるようで。
「痛っ」
通話を終えるのと同時に大林にぺしっと腕を引っ張ぱたかれる。
「な、何」
と狼狽える和宏。
「女性が困っている時に、あなた何をしてらっしゃるの?」
「ちょっと……弟と通話を」
大林はゲンナリした表情を浮かべると、
「まあ、良いですわ。行きましょう」
と切り替える。
和宏はいそいそと靴に履き替えると彼女に続いた。
「で、なんて言って追い払ったの?」
靴箱から表へ出ると、和宏は大林に尋ねる。
「追い払うも何も。婚前交際は自由でしてよ? と言っただけですわ」
彼女が手を出すので、和宏はその手を握った。
「結婚の相手が決まっていることと、それまで誰かと付き合うこと別でしょう? わたくし、別にあの殿方に好意を持っているわけじゃありませんもの。なので”あなたも好きにお付き合いなさったら?”と申しましたの」
互いに自由にしましょうということなのだろう。
だがどう見ても、嫌味な坊ちゃんこと三津谷は大林に好意があるように感じる。
「まあ、相手がいればですけどね」
と一言嫌味を付け加える彼女。
「ところで優人くんは、なんて?」
何か用事が出来たとでも思ったのだろう。大林のこういう配慮のあるところはとても好きなのだが、
「あ、いや。あいつの名前を聞いただけ」
と返すと、非常に嫌な顔をされる。
「わたくしが困っている時に悠長ですのね」
「その……ほら、部外者が口出すと余計面倒なことになるだろ?」
と和宏。
部外者なのは本当だ。
大林は幼馴染みで、揉めている相手は婚約者。
自分の入る隙など無いはずなのだ。
「そう、部外者でなければ助けてくれるということですの?」
「え?」
”そんなこと言ったか?”と戸惑う和宏。
「では、おつき合いしたしましょう? 問題ありませんわよね」
「はい?」
「丁度、あなたの周りのコバエも追い払いたいと思っておりましたし」
と彼女。
──コバエ?
「返事をいただけませんこと?」
”もっとも……YES以外は受付けてませんが”と大林は続けて。
「あ、はい」
「では、今から恋人と言うことで」
とニコッと微笑む彼女。
「行きましょう?(槙田穂乃果に藤宮咲……追い払って差しあげましてよ)」
その笑みの理由を和宏はまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。