4 フェミニンな彼女

1・いつの間にか流されて

 藤宮咲ふじみやさきと別れ靴箱へ向かっていると、槙田穂乃果まきたほのかに出くわす。

 幼馴染みの大林沙希おおはやしさきから連絡を受けていた和宏かずひろは軽く挨拶だけで通り過ぎようとしたのだが、そうはいかなかったようだ。

「この間は、逃げたでしょう?」

と恨みがましい視線。


 槙田はやはり藤宮とも大林とも違うタイプだと改めて思う。

 ”女の子らしい・女性らしい”などという言葉を使うと、偏見や差別になってしまうのかもしれないが、藤宮はガーリー系で可愛らしい服装を好み、見た目も可愛らしい。槙田はフェミニン系ファッションを好むようで、ワンピースかフレアスカートが定番だ。

 今日はベージュの前脇に大きくリボンを結ぶタイプのロングフレアスカートに七分袖のスタンドネックブラウスを身に着けている。袖に膨らみを持たせた女性らしいファッションである。


「逃げてなんてないよ」

 彼女に真っ直ぐ見つめられ、和宏はたじろいだ。

「だったら、今度ご馳走させてくれる?」

と槙田。

「別に大したことしたわけじゃないから、気にしなくていい」

 和宏が両手を前にかざし、NOのジェスチャーを取るが彼女は少し不満そうだ。

「借りは作りたくないの」

「借りってそんな……」


 槙田はとても真面目な子なのだと思った。

「雛本君にとっては何でもないことでも、わたしにとっては違うの。恩を感じたら返しておきたいし、そうじゃないと気軽に声もかけられないでしょう?」

 彼女の言っていることは正しい。

 一方的に何かしてもらう関係は続かない。

 この時、和宏は槙田が自分を友人だと思ってくれているのだろうと思った。少し強引にも感じる部分もあるが、常識的で良識的な女性なのだろうと感じたのである。


「まあ、それは一理あるな」

 ただ、和宏は彼女にはあまり近づくべきではいとも思っていた。頭のどこかが”危険”だとシグナルを発しているのだ。

 槙田は今まで出会ったことのないタイプの女の子。苦手だと感じるのは、意識しているに他ならない。

「じゃあ、これ。時間のある時でいいから連絡ちょうだい?」

 槙田から渡されたのは、名刺だ。

 お洒落なカードに名前とメッセージアプリのIDが印字されている。


「名刺なんて持っているんだ?」

と和宏。

 美しい花のデザインが印象的だ。

「就活のことも考えて」

と槙田は微笑む。

「それじゃあ、連絡待ってるね」

 そういうと槙田は踵を返した。


──あ、やられた……。


 そこで和宏は上手く乗せられたのだと気づく。

 槙田のことは正直まだ分からないことだらけだ。

 自分が知っていることと言えば、好むファッションと律儀な性格。そして作品否定されて傷ついていたことくらい。


──美人……ではあるよな。


 女性は苦手なんだけれどなと心の中でため息をつきつつ、再び靴箱へ向かう。大林は特別だ。幼い頃から知っているからか、気兼ねが要らない仲。

 とは言え、意識もしてはいる。


「沙希……」

 靴箱に辿り着き、大林に声をかけようとしたところで、彼女のイラつくような声が聞こえてきて和宏は押し黙った。

「いい加減にしてくださらない? わたくしは用があると申しておりますの」

 靴箱の陰に隠れそっと覗き込むと、案の定”嫌味な坊ちゃん”と大林が対峙している。

「シツコイ殿方は嫌われる……いえ、嫌われてましてよ?」

 想定ではなく現在進行形に言い直した大林に、吹きそうになる和宏。

「お引き取りくださいませ」

 大林の毅然とした態度にも相手は食い下がる腹づもりのようだ。

 どうしたものかと思っていると、

「和宏」

と突然服の裾を引っ張られた。


「何故、隠れていらっしゃるの? この男の前に出るのがそんなにお嫌?」

 誰でも嫌だろうと思いながらも、

「いや、機会を伺っていて」

と苦し紛れに言い訳をする。

「あなた。こんなナルシストに引けを取るとでも思っていらっしゃるの?」

 ”嫌味な坊ちゃん”はヤレヤレというように両手を広げ肩を竦めている。


──誰のせいだよ。

 殴ったろか?

 

 和宏は心の中で拳を握り締めたのだった。

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