6・理想の恋愛

「じゃあ、さ。こんな恋愛が理想とかってあったりする?」

 創作物というものには何らかの想いが詰まっているものだ。

 それは例えば夢だったり、思い出だったり、理想だったり。

 もちろん、教訓や問題提起などもある。


 小説の方向性というのは主に三タイプあり、夢を与えるハッピーエンドもの。その先を考えさせる問題提起もの。因果応報などによる教訓ものがある。

 夢を与えるものには、その先を自由に想像させる形も存在するが、それは一つの希望でありハッピーエンドに変わらない。


 彼女が何を読者に与えよう、伝えようとして作品を手掛けるのか。

 和宏はその原点を知りたいと思った。

 そうすればもっと彼女と彼女作品について理解が深まると感じたから。


「そうねえ。明るくて、一緒にいると幸せを感じるような恋愛がしたいな。派手じゃなくてもいいの。安らぎを感じる様なそんな関係の恋人関係が築けたら素敵だなと思う」


 恋愛をしたことがないという藤宮であったが、ことほか理想ははっきりしていた。

 その事からも、藤宮はしっかりとした方向性を持った作品を作るのだろうという印象を持つ。

 作品とは心そのものであると和宏は思う。

 その人の体験や思想、空想、知識などで出来ているのが小説。彼女の描く物語はきっと明るくて優しい世界なのだろうと想像した。


「お奨めの恋愛作品とかある?」

 和宏がそう尋ねると、藤宮は悩む仕草をしたのち、

「これ。賞に出そうと思っているの」

とある作品を指さした。

「ありがとう。後で感想送るよ」

 和宏が作品をお気に入りして微笑むと、彼女は固まる。

「どうかした?」

「あ、いや……その。何というか、雛本君ってそんな顔もするんだなと思って」

 和宏は一体どんな顔をしていたのだろうと、首を傾げた。

 

 ふとテーブルの上に置いてあるスマホに目をやると大林からメッセージが入っている。

 開こうかどうか迷っていると、

「雛本君って、大林さんのことが好きなんだよね?」

と突然藤宮に言われ、和宏はむせた。

「え?」

「あ、違った?」


──沙希にはバレてないのに、まだ二回しか話したことのない藤宮さんにバレるってなに?


「まあ、否定はしないけれど……」

 好きになったところで無駄な相手だ。

 先ほどのキスを思い出し、複雑な気持ちになる。

「二人、凄くお似合いよね」

 彼女がそう言って屈託なく笑う。


 邪のない子なのだろうと思った。

 思ったまま素直に伝えることは悪いことではない。

 しかし時として人を傷つけることもあるだろう。


「沙希は、婚約者がいるから」

と和宏。

 我知らずトーンの低い声になってしまい、慌てる。

 自分で思っているよりもずっと、がっがりしているのだろうと感じた。

「奪っちゃえばいいのに。大林さんも雛本君のことが好きなんじゃない?」

 

──簡単に言ってくれるねえ。

 出来るならどんなにいいだろう?


「小説の中じゃあるまいし。そんなことは現実的に考えて無理だよ」

 和宏は苦笑いしながら、彼女にそう答える。

「どうして?」

「どうしてって……沙希の結婚は沙希だけの問題じゃないから」

「駆け落ちしちゃえばいいのに」


 後先考えないのは、物語の中だから許されることなのだ。

 駆け落ちして結ばれてハッピーエンドなら、どんな行動にも出られるだろう。しかし現実はそんなに単純ではない。その先に人生がある。


 手を取り合って、簡単に乗り越えらるほど甘くはない。

 確かに、孤立無援な夫婦はいるだろう。

 けれどもそれは、それまでの人生経験や努力、知識などがあるからこそ乗り越えられる。

 今まで家族の元で裕福に暮らしていた二人が、いきなり極貧生活などできるわけがない。無計画で何とかなるなら、今頃日本の結婚率は爆上がりに違いない。


「俺は沙希を不幸にはしたくないよ」

と和宏が言うと、

「好きでもない人と結婚するのだって幸せとは言えないと思うわ」

と正論を返される。

 和宏はため息を一つつくと、

「愛じゃ飯は食えないんだよ」

と笑ったのだった。

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