5・咲と和宏

「うん。物語を考えるのが好きなの」

 にこにこと嬉しそうに受け答えをする彼女を見ていると、藤宮咲は本当に物語を作ることが好きなんだなと感じた。

 

 小説書いている人というのは、恐らく何かをきっかけに書こうとするのだとは思う。読んでいて自分でも書きたいと思うこともあれば、単に展開が気に入らなくて自分で書こうとする人もいる。

 自分に合うものがないから自分で書こうとする人もいれば、空想することが好きでそれを形にしようとする人もいるだろう。


 そしてそこから人はまた、分岐していくものなのだ。

 趣味で書いている人もいれば、プロを目指す人もいるだろう。

 承認欲求を満たすために躍起になる人がいることも事実。

 だがどんなルートを通ったとしても、自分の作品を心から愛してくれる人に出逢うことが何よりも幸せだと思う。


 藤宮のキラキラした目を見て和宏は、彼女にはそう言った作品ファンがいるのではないかと感じた。

 大体にして、自分の作品を語る時に状況は見えてくるものだと思っている。

 自信を無くしているのであれば、誹謗中傷を受けたことがある可能性。

 自信に満ちていれば書籍化、入賞、たくさん読まれている可能性が見えてくる。


 作品は小説に限らず、自分自身との闘いだと思う。

 しかしながら、周りの評価は気になるものだ。


「読んでみたいな、藤宮さんの作品」

 和宏がそう切り出すと、彼女はとても驚いた顔をした。

「どこで書いてるの? ニックネーム教えてよ」

 和宏がスマホを操作し検索画面を表示するが、彼女は固まったままだ。

「どうかした?」

「あ、いえ。その……雛本君って思ったよりも気さくだなって思って」

 周りにも硬いイメージを与えているのかと和宏は思った。

 だが、それは想定内。

 自分にコミュニケーション能力がないことくらい自覚している。


「ほら、レビューが凄く丁寧でしょう? 気難しい人かなって思ったの」

「ふうん」

 そんなことを言われても返事に困ってしまう。

 こんな時会話が上手な人なら、なんと答えるものなのだろう?

「あ、話ズレちゃったね。えっと、このサイト」

 藤宮は自分のスマホを出して、小説投稿サイトのトップページを見せる。

「わたし、雛本君のニックネーム知っているからフォローさせてもらうね」

 そこはフォローされれば、通知の来るサイト。


 小説投稿サイトには色んな場所がある。

 自分をフォローしてくれている相手が分かるサイトもあれば、分からないサイトもあるのだ。フォローしてくれている相手が分かるサイトは一見便利には思えるが、書き手にとっては一概に良いと言えない場合もある。

 それは読んでくれているから、自分も読まなければいけないような気がするという強迫観念を持ってしまう場合。


 もちろん、読み手にとっても不都合が生じる場合もあるだろう。

 今でこそそんなに偏見はなくなりつつあるが、BL(ボーイズラブ)と呼ばれるジャンルを読む場合。

 あまり知られたくない人もいるはず。もちろんR18などを読むときも同様のことが言えるはずだ。

 なのでこの分野に関しては、感想やレビューを躊躇ためらうことも多くある。

 世の中、なんでもかんでも便利ならいいとはならないということだろう。


 藤宮のページに行ってみると、短編と恋愛ものが数多く並んでいた。

「藤宮さんは、どんな恋愛が好みなの?」

 その中の一つをクリックしながら彼女に問う。

 これは和宏の癖であった。


 読むならば感想やレビューを書こうと思ってしまうため、相手のことを知った方がより理解が深まるだろうと、その作品に関係する質問をしてしまうのである。

 それは無意識であり、時にセクハラとなってしまうことも。


 だが彼女はその事には触れず、

「恋愛とかしたことがなくて……」

と返答した。

「え?」

 あまりに意外な返事だったため、和宏は藤宮を二度見したのだった。

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