4・和宏の日常

 和宏は沙希と別れ、大学構内のカフェテリアにいた。この大学には二か所食堂が設置されており、どちらもガラス張りである。

 ただ、カフェテリアと呼ばれている方は独立した建物であり、次の講義までの時間つぶしに利用する学生が多い印象。


 昼時を外したためカフェテリア内の学生はまばらだ。

 和宏は窓際の席に座り階下を見下ろしていたが、ふと傍らのスマホにメッセージが届いているのに気づき、画面をスライドする。


 どうやら弟の優人から、帰りに迎えに来て欲しいとのこと。

 どこか寄りたいところがあるようだ。

 承諾の旨を返信するとそのまま、先日大林から貰った”嫌味キラキラ男”の小説へアクセスする。


──頼んでおきながら、全くこのことに触れないというのが謎だな。


 優人の話しでは女性に人気の恋愛小説を書いているらしいが、本人には非常に残念な印象しか持っていない。

 提示された小説はどこかのくにの王子が名もなき国の姫と恋に落ち、戦争がはじまると名もなき国が敵国と同盟を組み王子の国と敵同士になり、主人公とその姫は駆け落ち。

 だが逃げる道中で山賊に掴まり、殺されてしまうという悲恋だった。


「ロミオとジュリエットに影響を受けたような話だな」

 和宏は誰にともなく呟く。


 作風自体は重くなく、軽くなく。テンポも良いとは思う。

 ただ気になるのは、この作品のヒロインがどことなく大林に似ている点。

 となると、主人公はあの”キラキラ嫌味男”なのだろうか。

「煩悩の塊だな、アイツは」


 恋愛小説はRありが人気だ。

 それは今も昔も変わらない。

 ただ時代と共にその内容が過激さを増しただけに過ぎない。

 だが彼の綴る濡れ場は著しく作風を崩すことなく、ロマンチックであった。大林にこんなことをしようと目論んでいるのかと思うと、いささか嫌悪を感じでしまうが。

 何にせよ、大林はいずれこの男と婚姻するのだ。

 自分がとやかく言う立場じゃない。

 そう思った和宏は、どう感想を残そうか思案する。

 

「雛本君」

 何と書くべきか悩んでいたところに、後ろから声をかけられ、和宏はそちらを振り返った。

 そこに立っていたのは先日初めて会話を交わした、藤宮咲である。

「この間は、沙希がごめん」

「あ、えっと。ううん。それより、今時間大丈夫? ちょっとお話してみたいなと思っていて」

 丁寧な子だなと思いつつ、和宏は隣の席を勧めた。

「何か飲む? この間沙希が君に失礼なことをしてしまったから、何か奢るよ」


 低姿勢な彼女は、一旦は断ったものの押し問答になっては時間を無駄に費やしてしまうと判断したのか、カフェオレと返答。

 和宏はスマホをテーブルから取りあげると販売機へ向かった。

 大林がいないことを素早く確認し、二つ飲み物を購入して席へ戻る。


「雛本君は紅茶が好きなの?」

 和宏の手元にある琥珀色の液体を眺め、彼女はそう質問をした。

「ああ。妹が紅茶好きでね、一緒に飲んでいるうちになんとなく」

 藤宮と話しているうちに、会話を振るのが巧い子なのだろうなという印象を和宏は持つ。

 大林以外の女性と話すのはあまり得意ではないが、槙田穂乃果まきたほのかと話している時とは全く違うことに気づく。

 藤宮咲はどちらかと言うと明るく素直で、思ったことをはっきり述べるタイプ。しかしその中に気遣いが見え隠れしていた。


「私、雛本君の書くレビューを見たことがあってファンなの」

「それはどうも」

 レビューは作品を読ませるために書くものであって、それ単体にあまり価値はないものである。作品に対しての広告のようなものであるので、SNSで作品宣伝を行う際には、作品とレビューのセットで使うということはできるが。

 そう、何に書かれたのか分かって初めて意味がでたり味わいが出たりするのがレビュー。

 だからどんなに巧く書けようが、あまり注目を浴びない分野なのだ。

 使う時間にたいして割に合わないのも事実である。


「藤宮さんも小説を?」

 大抵の人は作品を読んで欲しいと近づいて来るが、レビュー好きだといって近づいて来る人が稀だった為、和宏はなんとなく彼女に興味を持ったのだった。

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