4・複雑な心境
途中で友人から連絡を受けた藤宮を見送り、上着のポケットに手を入れて和宏はハタと動きを止める。指先に触れたのは先ほど槙田から受け取った名刺だ。
構内で頻繁にすれ違う以上、これをこのまま放置するわけにはいかない。
それは分かっているのだが、どうにも気が乗らないのだ。
いずれは連絡しなくてはならないし、次に会った時に催促されるのも勘弁である。
和宏はカウンターの上に名刺を置くと、じっと眺めた。
彼女には深入りをしてはいけない。
女性が苦手な自分にとって、一番どう接して良いかわからないタイプ。可憐なその見た目に反し、意外と気が強く強引な部分も尻込みしてしまう理由の一つだ。
何かあっても断り辛い。
そういうタイプの押しには弱い。
きっとまた大林に怒られてしまうだろう。
何故自分はハッキリ言うことが出来ないのか。
いや、いっているつもりなのに。
こんな時、社交性の高い弟を羨ましく思う。やたらモテるくせに揉め事に発展しているところを見たことがない。
とは言え、大林にこんなことを頼るのは情けない。自分で何とかせねば。
惹かれる何かがあるから、自分は抗うのだろうか?
いっそデートか何かなら断りやすいのに。
あくまでも彼女は『お礼』だという。友達以上の何かがあるわけでもないのに、思いあがって頑なに拒むのは恥ずかしいだけだ。
──それじゃあ、ただの勘違い野郎だよなあ。
和宏は意を決して彼女のIDを打ち込むとメッセージを送る。
ドキドキしながら返信を待つこと数分。
槙田からは『ありがとう。都合のいい日を教えて』と短いメッセージ。すぐに決められなかった和宏は、後日連絡すると返信しアプリを閉じた。
再び小説サイトを開くと、いつ知ったのか『沙希と和宏の恋人関係』についての悪口が増えている。
今出席している講義に同席しているのかもしれない。
こんなところに恨みつらみを書いても何にもならないだろうとは思う。
──いや、アイツが顔出ししている以上、俺はアイツの婚約者に手を出したということがバレるんだよな。
とても気が重い。
右腕の甲に顔をのせ、ゲンナリとした表情で画面を眺めていると講義終了のチャイムが鳴る。周りに知られれば、この先廊下だって歩き辛くなるだろう。
妹にだって迷惑がかかるかもしれない。
それは辛いなと思っていると、聞きなれた声が聞こえて来た。
「あなた、こんな品のないことをして恥ずかしくありませんの?」
「あ、いやこれはだな」
「これは立派な誹謗中傷であり、侮辱でしてよ?」
どうやら大林と三津谷のようである。
「こんなものいつまでも晒して置く気なら、運営に通報します。もちろん警察にも」
「ま、待て」
「良いですわね? 早急に削除なさって。さもなければ理事長にも話を持っていきます」
大林に敵わないのか三津谷は黙った。
こんなにしょっちゅう怒られている上に全く相手にされていないのに、好きでいられることが凄いなと思う。
三津谷を追い払った大林は、和宏に気づくと急ぎ足で近づいて来る。
「待っていてくださり御礼を申し上げますわ。ごめんなさいね、会話聞こえましたかしら?」
彼女のワンピースの裾がふわりと揺れた。
大林はどんな時も気品に溢れ上品な振る舞いをする。和宏はそんな彼女に見惚れてしまっていた。
「どうなさいましたの?」
「いや、沙希が可愛いなと思って」
「はい?」
脈絡のないことを口にしたせいか、彼女は首を傾げる。
「えっと、ありがとう」
和宏は彼女が三津谷に抗議をしていたことを思い出し、お礼を述べた。
「ああ、あの殿方のこと。良いんですのよ? わたくしも迷惑しておりましたので」
大林が手を差し出すので、その手を掴むと椅子から立ち上がる。
「で、何処へ行くんだ?」
「行きたいところがありますの。付き合ってくださいますわよね?」
「それは、もちろんだが」
行きましょうと言われ、和宏は手を繋いだまま靴箱へ向かったのだった。
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