2・大林家の事情
「和宏はデリカシーが無さ過ぎなのですわ」
振り返った大林は目に涙を溜めていて、あまりの可憐さに和宏は悶絶しそうになった。
「子供の頃は、守ってくれると言ってくださいましたのに」
「泣くなって」
女性慣れしていない和宏は、カーディガンのポケットから慌ててハンカチを出すと彼女に差し出す。
──言ったけどね。
今はどちらかと言うと、沙希の方が強い気が……。
元々二人の”守る”の間にはかなりのズレがあることに、和宏は気づけていなかった。
大林の言う”守る”は王子様のように。
和宏の言う”守る”は警備員のような意味合いであった。
「飯食いに行こう、沙希」
自分が弟である優人のようなら、もっとうまくやれたかもしれないのにと思いながら。
彼はいつだって自然に、フレンドリーに女性と接することが出来る。愛されて育った末っ子ならではだとも思う。
しかしどう足掻いたって自分は自分でしかなく、あのように振舞うことは不可能なのだ。ならば、自分らしく頑張るしかない。
この目の前の片想いの相手が、いずれ他の男のものになると分かっていても。今、一緒に行動したい相手は自分なのだから。
「手を繋いでくださる?」
と彼女。
和宏は深く考えずに手を差し出した。
昔から妹弟の面倒を見ることに慣れていた和宏は、変なところで躊躇いがなかったのである。
むしろ彼女の方が驚いており、
「え?」
と不思議そうな顔をする和宏の手を、大林はそっと掴んだ。
「で、あのキラキラ男は何故、俺に小説を?」
そこが一番気になるところだ。
あれだけ人を見下して置いて、読めとは失礼な奴だ。
その呼び方がツボだったのか、大林が思わず噴き出した。
「あなた、なんですの? その呼び方は」
クスクスと笑う仕草がとても愛らしい。
「名前知らないし(知りたくもないし)」
いつの間にか駐車場へ着いていて、大林のために助手席のドアを開けてやる。和宏が運転席に乗り込みエンジンをかけると、慣れた手つきでカーナビを操作する可愛らしい手が視界に入った。
このまま連れ去ってしまえたなら、どんなに幸せだろう。
どこか遠くで二人。寄り添って生きていけたなら。
そんなことを夢見るも、現実的ではない。
実際はきっと自分たちだけで生きていくことはできないし、苦労もするだろう。その美しい手が荒れていくのを見て、自分の不甲斐なさに打ちひしがられるに違いない。
──俺は沙希に甘えているだけなのかもしれない。
「彼のあれは、単に自分の方が優れていると言いたいだけなのでは?」
と大林。
彼女がシートベルトをしたことを確認するとアクセルを踏み込む。大林の指定する場所へ向かい車は走り出した。
大学の敷地内から公道に出ると、
「そんなことをしてどうしたいんだ?」
と問う和宏。
「それはつまり、彼が和宏をライバル視してるからですわ」
「は?」
「彼が見合いの相手ですのよ」
彼女の言葉にしばしの沈黙。和宏の思考が停止した。
「あれと?!」
「ええ、あれとですわ。不憫でしょう? でも仕方がありませんの」
彼女が一般家庭に生まれたなら、好きな人と結婚し幸せな家庭を築けたに違いない。
「父があれと婚姻し子を成せというのであれば、お勤めは果たしますわ。けれども、その後は母同様好きにさせてもらいますの」
大林家は代々女系一族。
婿養子を取ることで成り立ってきた。それは望んでそうなったわけではなく、必然的にそうなってしまったのだという。
それはどういうことかと言うと、大林家には『妻のなすことには口出しをしてはいけない』という掟があるためだ。
大林家は古くから女系だったため女性の方が強く、父の威厳を保つために父の指名する男を婿とはするが、一子設ければお勤めは果たされることととするという取り決めをした。
通常なら互いを必要とすれば愛し合うようになるはずだが、大林家が引き継いだ気性はそれにそぐわなかったということだ。
産まれてくる子の性別にはルールがなかった為、結果女性ばかりとなってしまったのである。
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