5・理不尽な誤解

『和宏。わたくし、今度お見合いしますの』


 彼女を家まで送届け、帰宅した和宏は自室で幼馴染みの言葉を反芻はんすうしていた。

 ずっと近くにいて、まるで兄弟のように接してきた彼女。

 理解され辛い自分を誰よりも理解してくれていた。

「お兄ちゃん?」

 和宏は三人兄弟の長子であり、二つ下の妹と五つ下の弟がいる。

 妹である佳奈かなが自室に行こうとしてか、和宏の部屋の前で立ち止まった。薄く開かれるドア。


「電気もつけないで、どうしたの?」

 肩までの垂らした灰茶の髪。母親似の可愛らしい顔をしている。

「佳奈。彩希が……大林が、見合いするらしい」

 二つしか違わない妹は、和宏の同級生であり幼馴染の大林彩希おおはやしさきのことは知っていた。

 小中高と一緒に学校まで通ったこともある。

 良家のお嬢様がわざわざ徒歩で自分たちと通っていたのだから、仲の良さは想像がつくであろう。

「そうなの……」


 雛本家も他者から見ればお金持ちの分類に入るのだろうが、それは父母が稼いでいるからであり、代々資産家と言うわけではない。

 もっとも、雛本本家は相当な資産家であり、母は雛本本家の出。父が婿入りしたという形になっている。

 現在ではこの婿入りや嫁入りなどの考え方は古く、個人の結びつきであり夫婦別姓のところも多い。つまり雛本家はその古い考えのもと、婿入りという形をとったに過ぎない。


「お兄ちゃんはそれでいいの?」

 佳奈に問われ、どういう意味だというように彼女を振り返る。

「彩希さんのこと、好きなんじゃないの?」

 確かに大林には好意を持っていた。初恋の相手だと自覚もしている。だが、自分が彼女を止めるのは違う気がしていた。

 仮に好きだと言ったところで、どうにもなりはしない。

 大林ははっきりと、政略結婚だと言ったのだ。


 自分の意志とは関係なく、好きでもない男性と婚姻させられる幼馴染み。すぐにではなくとも、その日は確実に来る。

 自分が今から頑張ったところで手遅れだ。

「相手が大林へ入るんだ。引っ越すわけじゃないし、今生の別れじゃないさ」

 それはきっと強がり。

 好いた相手が名前も顔も知らない相手と婚姻することになる。

 どんなに仲が良くても、無力な自分には何もできはしない。

「そんなこと言って」


 佳奈は自分のことをよくわかっていると思う。

 呆れ顔で近づいてきては、自分よりも背の高い和宏の頭に手をやって、慰めるように撫でる。

「いつもみたいにぎゅっとしてあげる」

 長子である和宏は、三兄弟の中でも一番我慢強かった。

 下の面倒をよく見ることもあり、妹にも弟にもとても懐かれている。

 真面目で我慢強く、自分の痛みに鈍感な和宏。

 三兄弟の中で唯一の女の子である佳奈は、そんな和宏をいつも心配していた。


「ほら、座って」

「ああ」

 和宏がベッドに腰かけると、佳奈がその頭を抱え込むように抱きしめてくれる。泣きたい気持ちになりながら、彼女の背に手を伸ばそうとすると……

「ちょっと、何してんの? 二人とも」

と廊下から声が聞こえた。

「暗い中で、禁断の兄妹愛? 俺は偏見はないけれど、法律的に不味いと思うの」

 五つ下の弟の優人ゆうとである。

「お母さんたちには内緒にしてあげるから、ドアくらい閉めたら?」

「ちが……っ」

 思いっきり誤解されたのであった。

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