第12話 地形効果はインフラなので、定期的にメンテナンスしよう。不具合が起きてからでは遅いのだ

 はじまりの村は、小さな村だ。村民の数も少ないし、お店の数も少ない。だが周辺のモンスターは弱いし、物価も安い。初心者冒険者なら、ここを拠点にするのがおすすめだ。


 そんな村だけあって、教会の規模は小さかった。だいたい普通の一軒家ぐらいのサイズである。


「まずは、ダメージ床から検出した神聖魔法の波長で、答え合わせをしよう」


 俺は、地形調律棒を取り出すと、神聖魔法の波長を、教会の玄関に重ねた。


 かりかり、かりかり。地形調律棒は、まるで鳥の羽ばたきみたいに反応した。


「亡くなった司祭の職場で、これだけ強い反応をするなら、ほぼ確定でダメージ床を仕掛けた犯人だな。だが物証も欲しいから、教会の内部も調べよう」


 俺たちは、物証を求めて、教会に入った。


 神像が一つだけあって、キャンドルも椅子もない。


 最低限の礼拝設備である。


 どうやら亡くなった司祭がお金に困っていたのは、本当のようだ。


 現在、教会を管理しているのは、本部から送られてきた代理の聖職者なので、彼から司祭の遺品を受け取った。


 そのなかに、司祭の日記があった。


 鍵がついていたのだが、エレーナが腕力でねじ切った。


『九弾の月・一日:もうずっと赤字続きだ。生活は苦しくて、本部は助けてくれない。だが村の仲間たちを頼るわけにはいかない。彼らも決して楽な生活はしていないから。


 九段の月・十五日:はじまりの村の教会で、一番稼ぎが多い項目は、冒険者の死者蘇生だ。おかしな話である、こんな不安定な収入源が、もっとも額が多いなんて。すべてはじまりの村の過疎化が原因だ。


 他の町の教会なら、礼拝と寄付・および神具の販売がもっとも稼ぎがいい。だがはじまりの村は過疎化しているから、これら二つは雀の涙ほどしか稼げない。なら、やるしかないだろ


 十鏡の月・十日:ついに邪教に手を出してしまった。うちの村に滞在する冒険者たちに、悪魔崇拝によるバッドステータスを付与して、パーティーの全滅率を上げるためだった。うまくいくだろうか。いや、うまくいっていいのだろうか。


 十鏡の月・二十日:悪魔崇拝のおかげで、初心者冒険者たちの負傷率は上昇した。だが負傷ばかりが増えて、死者はそんなに増えなかった。宿屋と道具屋は儲かったが、教会は微々たる儲けだった。とても悲しいし、とても後ろめたい。


 十一雷の月・十一日:邪教に手を出したことが本部にバレてしまった。厳しい処分が待っているだろう。だがそれでも、教会の売上を回復したい。私は、はじまりの村が好きなのだ。


 たとえ教会を担当できなくなったとしても、生まれ故郷に貢献したい。こうなったら最後の手段だ。はじまりのダンジョンに、ダメージ床を設置する。死者が激増すれば、教会の売上は回復する。


 たとえ私が左遷になっても、売上さえ回復すれば、後任者がなんとかしてくれるはずだ。だが本当にやっていいんだろうか。私は聖職者なのに、まるで悪人のように罠を仕掛けて、初心者冒険者を狩るようなことをして』


 俺たちが日記を読み終えると、代理の聖職者が、司祭の処分結果を教えてくれた。


「前任者は、降格処分が決定しました。見習いと同じ階級まで落ちたので、教会を担当できなくなったのです。きっと彼は、降格処分が引き金になって、ダメージ床の設置まで突き進んだのでしょう」


 降格処分が決定した司祭には、もはや失うものなんてなかった。


 あとは生まれ故郷のために、間違った方法で暴走するだけだった。


 神聖魔法を応用してダメージ床を設置して、その素人仕事がエンシェントドラゴンを召喚することになって、ドラゴンブレスの犠牲になった。


 司祭には悪意がなかった。むしろ善意による行動だった。


 だが、やり方を間違えてしまった。


 自業自得ともいえるし、郷土愛が暴走した結果ともいえるだろう。


 俺は司祭に対して、犯人という言葉を使うのに、戸惑いを覚えるようになっていた。 


 エレーナは、日記の文字に指を当てて、亡くなった司祭を哀れんだ。


「わざわざ証拠になる日記を残しちゃうし、しかも日記には迷う描写がたくさんあるし、きっと心の奥底では良心の呵責に苛まれてたんでしょうね」


 村長は、司祭の犯行動機に胸を痛めていた。


「司祭は、本当に真面目な人でした。生まれたときから、ずっと。それがどうして、村のみんなに相談もなく、こんな極端な犯罪に手を染めてしまったんでしょうか。一言相談してくれれば、もっとやりようがあったのに……」


 ずっと真面目だった人が、なぜか極端な行動を始める。


 しかも日記には、執筆者の精神が揺らいでいるような描写が山ほどあった。


 地形効果職人として思い当たる事例があった。


 俺は地形調律棒を取り出して、教会の地形効果を確認。


【心を落ち着かせる】


 文字通り、心に平穏をもたらすための地形効果だ。


 教会にふさわしい地形効果といえなくもない。


 だが、精神に作用する地形効果は、安易に使うべきではない。


 完璧に設計図を組んだとしても、狙ったとおりの効果を対象者にもたらせるとは限らないからだ。


 肉体と違って、精神構造は個体差が激しいため、【心を落ち着かせる】ための数式が、対象者によっては【心を無にする】効果になりかねない。


 それぐらい精神に作用する地形効果は不安定なので、教会みたいな利用者の多い場所には使用するべきではない。

 

 もし俺が、教会に適切な地形効果が欲しいと依頼されたら【筋肉の緊張を解く】をおすすめする。


 肉体に作用する地形効果でありながら、【心を落ち着かせる】とほぼ同じ効果を得られるからだ。


「この教会に設置された、【心を落ち着かせる】の設計図そのものは悪くない。むしろいい仕事だ。ベテランの渋い技術で、俺も見習うべきところがある。だが、長期間のメンテナンス不足が原因で、不具合が発生したんだ」


 はじまりのダンジョンでも、【魔法の光】が長期間メンテナンスされていなかったせいで、光の量が減っていた。


 あれと同じように、教会の地形効果も経年劣化することで、不具合が発生したのだ。


 俺は、不具合の内容を精査して、結論を出した。


「【ネガティブ思考】と同じ効果になってるな。【心を落ち着かせる】の原理は、人間の心を静めることだ。静める力は、心を抑える力でもある。それがメンテナンス不足が原因で、心を抑えすぎてしまって、【ネガティブ思考】になったんだ」


 職場である教会に【ネガティブ思考】の地形効果が発生したせいで、真面目な司祭の精神に悪影響をもたらした。


 ただでさえ真面目な人が、ネガティブ思考に振り回されたら、まともな判断なんて不可能だ。


 その結果、はじまりのダンジョンに、ダメージ床を設置して、冒険者を死なせることで、教会の売上を増やそうとしてしまった。


 悲しい事件である。もし【心を落ち着かせる】の地形効果が不具合を起こしていなければ、司祭は今でも元気に働いていたはずだ。


 村長が、教会の神像に祈った。


「メンテナンス不足の原因は、はじまりの村にお金がないことですよ。地形効果職人は、タダじゃ雇えないんですから」


 心に作用する地形効果は、ただでさえ発動が不安定だというのに、維持費を払えなければ、諸刃の剣になりやすい。


 だが、肉体や物質に作用する地形効果なら、たとえメンテナンス不足になったところで、【魔法の光】と同じように機能停止するだけだ。


 どちらが安全かつ安価なのかは、一目瞭然であった。


 俺は、企業の経営者にあるまじき、お人好しな提案をした。


「教会の地形効果を、【筋肉の緊張を解く】に書き換えようか? ダメージ床を撤去したときの依頼書に、教会の項目を追加すれば、追加費用なしでやれるよ」


 要はタダ働きだ。我ながらどうかしていると思う。


 だが、教会みたいな不特定多数の人が利用する施設で、地形効果が不具合を起こしたなら、公益性を優先したほうがいい。


 なんて難しい言葉で飾ったが、血も涙もない決断は俺らしくないって思っただけだよ。経営者としては二流かもしれないけどな。


 村長は、まるで曇り空が晴れたように喜んだ。


「ありがとうございます、ゲイルの旦那! やはりあなたは、信頼できる商人ですよ!」


 そんなに褒められると、つい調子に乗ってしまいそうだ。


 だが、悲劇が起きた教会で、へらへらと笑う気にもなれなかった。


 もし俺が、この案件に願うことがあるとすれば、亡くなった司祭の名誉が回復することである。


 司祭が望んで極端な犯罪に手を染めたのではなく、地形効果のメンテナス不足が原因だったと。

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