第10話 お金は大切だと知っているけど、だからといってうまく運用できるわけじゃない

 俺はダンジョンの外に出ると、新鮮な空気を吸った。


 だいたい三十分ぐらいの滞在だったが、何十時間と悪戦苦闘した気分だ。


 エレーナとの契約期間も終わったし、ようやく俺は自分の仕事に戻れる。


 ダメージ床を設置した犯人を捜さないと。


 幸い、神聖魔法の使い手であることがわかっていて、しかも魔力の痕跡を地形調律棒に覚えさせてあるから、こいつを使って追跡すればいいだけだ。


 エレーナは、ダンジョンから脱出できたことで、気分が晴れやかになったらしく、ぐっと伸びをした。


「やっぱダンジョンって苦手だわ。どうせなら魔王とかさ、魔王軍の幹部連中もさぁ、もっと歩きやすくて疲れない場所に陣取ってくれないかな」


「いや、なんで悪の親玉が、そんな攻めてくださいといわんばかりの場所に城を構えるんだよ」


「もしかしたらドMかもしれないわよ。あたしに鞭で叩かれたら気持ちよくなっちゃって、世界征服を諦めるかもしれないわ」


「そんな魔王いやだ……」


 と俺たち大人組が話していたら、金持ちの息子であるピートが、泥だらけの両手を太陽にかざして、こういった。

 

「ゲイルさん、僕、決めましたよ。これから故郷に帰って、父を説得してきます。エレーナさんへの出資は間違っていると」


 おやおや、なんだか怪しい展開になってきたぞ。外野の第三者である俺からしてみれば、物見遊山の気分である。


 当然、エレーナは絶叫した。


「え、うそでしょ!?!?!?」


 ピートは、まるで花が開くように、にっこり微笑んだ。


「父がエレーナさんに出資した理由は、勇者パーティーを支援するためではなく、エレーナさんを愛人にしたいからでした。


 でもそれは、商人として弱点だと思ったんです。


 ゲイルさんが悪い意味でお手本になりました。せっかく職人としても、経営者としても一流なのに、美女に弱いせいで多くの利益を失ってるんですから」


 このクソガキ、言いたい放題いいやがって。


 でも事実だから、俺は疲れた顔で肯定するしかなかった。


「ピートが完全に正しいよ。エレーナの美貌に目がくらんで金を出すってことは、正確な経営判断ができなくなってるってことだからな。そんな状態だと、本業のほうでも、なにかしらのミスをして赤字を出す可能性が高い」


 エレーナは、俺の首をつかんで、ぐわんぐわん揺さぶった。


「バカゲイル! 金づるが逃げそうなのに手助けしないでよ! こちとら魔王退治しなきゃいけないのよ!?」


「お、落ち着け! お前のカンストしたステータスで、その動作をやると、マジで死ぬから!」


「そう思うなら、いますぐピートを説得しなさい!」


「その前に俺が死ぬぅうううう」


 俺の意識が薄っすらと消えかけたとき、ピートはエレーナに恭しく会釈した。


「エレーナさん、僕はいつか父を超える大商人になって、あなたに出資します。それは不純な動機ではなく、世界平和のために勇者パーティーを支援するためにです。それまで、さようなら」


 どうやらピートは、エンシェントドラゴンなんて大物から生き延びたおかげで、精神的に成長したようだ。


 驚くほどに晴れやかな表情で、故郷に帰っていった。


 エレーナは「そ、そんなバカな……」とつぶやくなり、俺の首から手を離して、がくっと膝をついた。


 俺は、ようやく正常な呼吸に戻ったことを神に感謝しつつ、ピートの少しだけ大きくなった背中を見送った。


「あいつ、案外すごい商人になるかもなぁ」


 せっかくいい感じに話をまとめようとしたのに、エレーナが俺のむなぐらをつかんで、力まかせに高々と持ち上げた。


「あんたのせいで金づる失ったじゃないの! 責任とりなさいよ!」


「いやどう考えても、お前の自業自得だろうが!」


「あの子が参考にしたのは、あんたの短所でしょうが!」


「俺がお前に色仕掛けで騙される姿が反面教師になったってことは、むしろピートの人生で考えればいいことだろうが!」


「もう理由はなんでもいいから、勇者パーティーの活動資金をどうにかしないと。他の連中は頼りないし、本当に最悪」


「頼りないって、エレーナ以外の勇者パーティーは、いまなにしてんだ? あいつらだって、活動資金を稼ぐために別行動してるんだろ?」


 エレーナは、額に手を当てながら、大きなため息をついた。


「勇者パーティーってさ、勇者って名乗るぐらいだから、善良な人間の集まりなのよ。それってつまりね、困った人がいても、タダで助けちゃうってことなの」


「あ、ああ……つまりエレーナ以外、生活能力がないのか……」


 どうやら俺が同情したことで、エレーナの過去の怒りに火が付いたらしい。


「生活能力がないなんてもんじゃないわよ! 高レベルパーティーの装備って、全部高額なのよ!? しかも基礎ステータスの高いメンバーが使えば、あっという間に摩耗して壊れちゃうの。それなのに、すーぐタダ働きして困った人を助けちゃってさ。そんなんでどうやって魔王と戦うつもり!? 魔王軍と戦う前に、飢え死にしちゃうわよ!」


 どうやらエレーナは、勇者パーティーの金銭感覚のなさにストレスがたまっているようだ。


 俺は、商人の立場から、エレーナに同情した。


「悪女にも苦労はあるんだなぁ……」


「っていうか、あたしが悪女じゃなかったら、うちのパーティーはとっくの昔に破産してるわ」


 なぜ勇者パーティーに、エレーナみたいな恋愛詐欺の常習犯がいるのか?


 その答え、彼女のお金に対する嗅覚がないと、勇者パーティーが破産するからだった。


 かといって俺が勇者パーティーに出資するのかというと、それは無理だ。


 いやまぁ多少は出してもいいんだけど、本格的に関与しようとすると、金額が大きすぎるから、それこそピートの父親みたいな大商人じゃないと支えきれないのだ。


 だったらどこぞの国家が支援すればいいんだろうが、どの国も自国の軍隊をカバーするので精一杯である。


 じゃあなんで勇者パーティーも、国家の軍隊も動けないのに、魔王軍がまったく優勢にならないかというと、なんと魔王軍も資金不足で動けないのだ。


 こうして定番の構図が完成する。


『国家の軍隊が魔王討伐に乗り出すのではなく、勇者パーティーが魔王城に突撃する』


 世知辛すぎる……なにをやるにも金、金、金というわけだ。


「がんばれエレーナ。応援してる。じゃあ、俺は自分の仕事に戻るから」


 もしエレーナに金の無心をされたら、俺の下半身的に断れないから、さっさと逃げることにした。


 だがエレーナも、俺の意図を読んでいるから、がしっと肩を掴んだ。


「あんたのせいで金づるを逃がしたんだから、せめてあたしの旅費を負担しなさいよ」


「なんでだよ! 俺の無償労働期間はとっくに終わってるぞ!」


「金づる失ったせいで、もはや色仕掛けする気力も残ってないわよ。断られたって勝手についてくからね」


「この悪魔め!」


「だからエルフだってば!」


「子供の屁理屈みたいな反論するなよ!」


「エルフの寿命から考えれば、あんたのほうが子供よ!」


 俺とエレーナが、子供じみた口論をしていたら、はじまりの村の村長が様子を見にきた。


「あのぉ、ゲイルの旦那、ずいぶん騒がしいみたいですが、なにかあったんですか?」


 いくらなんでも、依頼人を放置して、口論を続けるわけにはいかないだろう。


 俺は口論を中断して、仕事の経過を報告することにした。


 この報告が、ダメージ床を設置した犯人をあぶりだすことになるとは、俺もエレーナも村長も予測できなかった。

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