第9話 美女に弱い職人と、素直じゃない悪女と、純真ながらも大人の矛盾とむなしさを学習する男児

 エンシェントドラゴンを退治したので、ダンジョンから脱出するために、慌てず騒がず瓦礫を撤去することになった。


 俺は荷物からスコップを取り出して、せっせと瓦礫を退かしていく。


 だが想定していたより、瓦礫の量が多かった。


 このまま力技で勝負するより、自分の強みを活かしたほうがいいだろう。


 地形調律棒を取り出して、出入り口付近の地形効果を【疲労軽減】に書き換えた。


 その効果は即時発揮されて、俺の足腰に蓄積する疲労の量が軽減された。


 本来は肉体労働の現場で使用する地形効果なのだが、この手の災害現場でも有用だ。


 ただし過信は禁物である。あくまで軽減だから、疲労そのものが消えるわけじゃない。


 もし確実かつ効率よく瓦礫を退かしたいなら、素直に人手を増やしたほうがいい。


「ってわけだからエレーナ、おやつ食べてないで手伝えよ」


 エレーナは、のほほんとクッキーを食べていた。


「いやよ。そういう汗臭くなる肉体労働こそ、ゲイルが無償労働でやるべきだわ」


「この悪魔め」


「エルフだってば」


「だったらエルフご自慢の攻撃魔法で、瓦礫をまとめて吹っ飛ばせばいいだろ」


「あたしの攻撃魔法じゃ、威力が高すぎてダンジョンが崩落しちゃうのよ」


「うそつけ、どうせサボる口実だろ」


「本当だってば。ほら、この手を見て。魔力を崩落現場に飛ばして、土砂崩れと天井の崩落を防いでるでしょ? もしあたしがこの作業をやめたら、あんたがスコップで瓦礫を退かした瞬間、生き埋め確定よ」


 エレーナの手は薄っすらと光っていた。


 どうやら本当に天井の崩落を防いでいるらしい。


 なんだか釈然としないが、生き埋めは嫌なので、俺が人力でがんばるしかない。


 なんだか貧乏くじを引いた気分だな。


 と思っていたら、金持ちのボンボンであるピートが、自分の荷物から小さめのスコップを取り出して、手伝ってくれた。


「ぼくも手伝いますよ、ゲイルさん」


「なんだよピート、いいところあるじゃないか」


「へへへ、ドラゴンから助けてもらいましたからね。ところでゲイルさんって、経営者なのに、やけに肉体労働に慣れてますけど、なんでですか?」


「故郷の村を飛び出したときは、なんのスキルもないバカだったからな。路銀を稼ぐために、いろいろな仕事をやったんだ。そこには、こういう地道な肉体労働もふくまれてたんだよ」


 十代のころ、大商人になりたくて、故郷の村を飛び出して、商業都市に飛び込んだ。


 だが都会は、なにもかもが故郷の村と違った。


 とくに違ったのは、地価と物価だ。


 都会での高価な滞在費を稼ぐために、いろいろなお店の手伝いをした。


 それらの仕事には、冒険者の真似事も含まれていた。


 モンスターの巣窟から、料理用の卵を確保してくるとか。


 冒険者たちとパーティーを組んで、金持ちの別荘から野盗を撃退するとか。


 大商人の落とし物を探すために、大陸中を旅するとか。


 その合間に、商売の勉強をして、いつしか自分の天職が地形効果職人だと気づいた。


 あとはガムシャラにがんばるだけだった。


 ひたすら地形効果職人として経験を積んで、会社を立ち上げて、エレーナの色仕掛けに引っかかって、いまにいたる。


 という俺の人生の履歴に、ピートは興味津々だった。


「そもそもゲイルさんは、どうして故郷の村を飛び出したんです? 商売をやりたいだけなら、故郷でも開業できたと思うんですけど」


「良くも悪くも恐れ知らずだったんだよ。こんな小さな村で俺が終わるはずない、もっと大きな町で勝負できるはずだって」


 漠然とした自信だった。


 俺の能力だったら、もっと大きな市場で、でっかく稼げるはずだって。


 だがいまになって思い返してみれば、あれはどんな若者だって抱く根拠のない全能感でしかなかった。


 正直なところ、なんで俺がいまだに破産していないのか、よくわからない。


 もし人生の選択を一つでも間違えていたら、俺は荒野の片隅で野垂れ死にしていたはずだ。


 そう考えると、俺が地形効果職人になれたのも、会社を立ち上げて軌道に乗ったのも、ただの偶然かもしれない。


 どうやらピートは、もっと大きな町で勝負してやる、というフレーズに共感したらしい。


「なんかわかる気がします。僕もエレーナさんと結婚したくて村を出ましたけど、もしかしたらそれは、新しい挑戦をするためのきっかけだったかもしれません」


「ピートには、なんかやりたい仕事でもあるのか?」


「わかりません。でも、親の七光りで終わりたくないんです」


 苦労を知らない甘ちゃんだが、親の七光りという言葉には力がこもっていた。


 きっと彼なりに、生温い環境で育つことに危機感を覚えているんだろう。


「だったら、高価なマジックアイテムに頼らないで、冒険の旅を生き延びてみればいいんじゃないか? そのうち、自分の長所がわかるかもしれないぜ」


 せっかく俺とピートがロマンを熱く語っていたのに、エレーナが茶化した。


「ゲイルの長所は、たくさん苦労したおかげで、失敗や損に耐性ができたから、あたしにいくら騙されても、精神的にノーダメージなことよね」


「茶化すんじゃない、この恋愛詐欺師が」


「あら、あたしはブサイクな男たちに夢を与えてるだけよ」


「夢という名の搾取じゃないか」


「ご冗談を。本来エルフの美女と会話する権利なんて、お金じゃ得られないものよ。でもあたしの場合、なんとお金を貢いでくれるだけで、会話してあげるの。なんて優しいのかしら、まるで聖人君子ね」


「やっぱりエルフの感覚って……」


 俺が呆れると、ピートが目を細めた。


「僕がエレーナさんにお小遣いを貢ごうとしたら、お断りされてしまって」


 エレーナは、肩をすくめた。


「ピートは子供だし、お小遣いは親からもらったものでしょう? どうしてもあたしに貢ぎたいなら、自分で稼げるようになってからね」


「そう思ったからこそ冒険者をやってみたんですが、甘くなかったですねぇ」


「まぁ勢いで失敗しても、なんだかんだ生き残ったし、それが人生の糧になるなら、よかったんじゃない?」


 恋愛詐欺の常習犯のくせに、なにちょっと良いこといったみたいな雰囲気になっているんだ?


 しかもピートも、ややアレな反応をした。


「ありがたいアドバイスです。やっぱりエレーナさんは、良い人ですね」


 アレな反応でもあるんだが、実をいうと珍しいものではない。


 エレーナにお金を搾り取られた男たちは、なぜか彼女に感謝することが多い。


 もちろん俺みたいに騙されたと嘆くやつもいるのだが、それでも彼女の美貌に心を奪われたままだったりする。


 もしかしたら、エルフ族という長寿の生き物が、貢ぎ物と引き換えに、貴重な人生訓を授けているからかもしれない。


 なおエレーナは素直じゃないので、ピートに感謝されても受け流した。


「ピートは単純すぎるわ。こんなありふれたサービストークに感動してたら、ゲイルみたいに女に騙されてばかりの人生になっちゃうわよ」


 俺はスコップを動かしながら舌を出した。


「余計なお世話だ」


 ピートは、純真な瞳で、俺に問いかけた。


「なんでゲイルさんは、エレーナさんに何度も騙されてるのに、同じ手に引っかかるんですか?」


 そこにエルフのおっぱいがあるからさ。


 としかいえないのだが、お子様に純真な瞳で質問されたら、そんな汚れた答えを返せないため、ちょっとだけはぐらかした。


「エレーナの魅力は、理性の鎧を貫通してくるからさ……」


 なんだか自分が情けなくなったところで、ようやく瓦礫に大穴が空いて、ダンジョンの外に出られるようになった。

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