第8話 ダメージ床を再利用しよう
ふさがれた退路と、せまりくるドラゴン。
どちらも非常事態なのだが、優先すべきはドラゴンだ。
俺は、魔法のほら貝を使って、エレーナに連絡した。
「エレーナ、なんでドラゴンがこっちに近づいてくるんだよ」
『ドラゴンって、普通のモンスターより賢いじゃない? そのせいで、あたしとの実力差を理解しちゃって、一目散に逃げ出したのよね』
どうやらエレーナから逃げるために、ドラゴンは俺たちの方角へ進んでいるようだ。
正直まいったな。
いやもちろん、ドラゴンが俺たちに狙いを変える想定はしていたんだけど、肝心の出口がふさがれる想定はしていなかった。
「実は、こっちの状況も悪い。さっきの流れ弾で、ダンジョンの出口が崩れて通れなくなったんだ。このままだと逃げてきたドラゴンと鉢合わせになる」
『うっわ、なんでゲイルって、そんなに運が悪いわけ?』
「いま考えると、エレーナと出会ったことも、運の悪さが原因な気がしてきたな……」
もしエレーナと出会わなかったら、俺は何十回と損をしていないわけだから、いまごろうちの会社は、もっと大きくなっていたはずだ。
逆に考えれば、エレーナは俺と出会ったことで、数多くの利益を得た。
そのことはエレーナも自覚していた。
『あたしにとっては幸運よ。ほっぺにちゅーぐらいで、無限にタダ働きしてくれる貴重な労働力だもの』
お、おのれ性悪おっぱいエルフめ。
文句の一つも言いたいところだが、何度も同じ手に引っかかった俺のせいなので、別の発想で勝負したい。
「ほっぺにちゅーだけじゃ、エンシェントドラゴンと鉢合わせなんて割に合わないんだよ。せめておっぱい揉ませてくれ、たのむ、両方とはいわないから、片っぽでいいから」
『なにが片っぽよ、バカじゃないの!? っていうか、ヨタ話してる場合じゃないわ。エンシェントドラゴンが、あんたらのところにたどりつくまえに、出口の瓦礫をどうにかしないと』
「エンシェントドラゴンが俺たちのところにたどり着く前に、エレーナの速攻で倒せないのか?」
『いま急いでドラゴンの背中を追ってるけど、万が一間に合わなかったことを想定して、ゲイルとピートには安全を確保してほしいのよ』
そうはいわれても、地形効果を操作する技術には、限度がある。
地形効果は、これから起きる現象に対して絶大な効果を発揮するが、すでに起きた現象に対しては非力だ。
とくに瓦礫みたいな無機物のオブジェクトに対して、なんら有効な手段がない。
あくまで俺は地形効果を操ることと、しぶとく生き延びてきたサバイバル技術が売りなので、強力なモンスターとのタイマンは得意ではないのだ。
「おいピート、なんか有用なマジックアイテム、残ってないか?」
金持ちのピートは、ブランド物のリュックサックを逆さにした。
だが、なにも落ちてこない。
「空っぽですね。故郷の村を飛び出してから、いろいろなトラブルに巻き込まれたので、その都度マジックアイテムを使って生き延びてきましたから。残ったのは隠蔽のマントと、魔法のほら貝だけです」
「なんてもったいない使い方を。せめて脱出用の魔法ロープが残ってれば、なんの苦労もせずにドラゴンから逃げられたのに」
「ははは、魔法のロープは、このダンジョンに入った直後に使いましたよ。誤ってダメージ床に引っかかったのでね。ところで、ダメージ床はどこにいったんです? たしか、ダンジョンの出入口あたりにあったはずですが」
「あれなら俺がもうすでに消した……いや待てよ、むしろこの場面こそ、ダメージ床を使って、ドラゴンを足止めすればいいんじゃないか?」
とっさに思いついた作戦のわりには、名案であった。
どうやらピートの世迷言も役に立つようだ。
俺は、すぐさま地形調律棒を取り出して、もう一度ダメージ床を設置した。
ただし素人の犯人が作ったものと違って、ちゃんと計算して作ったものだ。
制限時間を越えれば自然消滅する仕組みだし、なによりドラゴンの歩幅にあわせて設置してある。
魔法のほら貝のおかげで、エレーナの位置がわかっているから、ドラゴンがエレーナから逃げようとすれば、どんなルートを通るのか予測がついていた。
念のために、魔法のほら貝で、エレーナに連絡しておく。
「ドラゴン用のトラップとして、ダメージ床を再設置した。誤って踏まないように気をつけろよ」
『連絡ありがと。トラップがあるとわかってるなら、絶対に踏まないわよ』
エレーナへの連絡も終わったし、あとはピートの安全を確保するだけだ。
「おいピート、隠蔽のマントを使っておけ、念のためにだ」
「あれ、一人用ですよ。ゲイルさんはどうするんです?」
「俺の運命は、俺の腕次第だな。ちゃんとダメージ床を設置できてるなら、足止めが成功して、その間にエレーナがなんとかしてくれる。だがダメージ床の設置間隔を間違えてたら、エレーナは間に合わなくて、俺は死ぬ」
自分の腕前も、エレーナの腕前も信じているが、百パーセント成功するわけではない。
だがビビって冷静さを失えば、その時点で生き残れる道は閉ざされてしまう。
分の悪い賭けも、恐ろしいモンスターがいるダンジョンも、度胸が大切だ。
ピートは、隠蔽のマントをかぶりながら、感心した。
「エレーナさんのこと、信頼してるんですね」
「剣術の腕前だけだ。人格は信用してない」
俺は、岩場の陰に隠れると、エンシェントドラゴンの到着を待った。
まるで地震のような振動が近づいてくると、頑丈な鱗で覆われた巨体が、俺の視界に入ってきた。
間近で見ると、とんでもないサイズだった。
あまりにも口が大きすぎる。もしあいつが俺を餌として認識したら、丸呑みされてしまうだろう。
ドラゴンの胃袋で溶かされる場面を想像しただけで、つーっと嫌な汗が流れた。
だが、俺の仕掛けたダメージ床が、うまく機能すれば、丸呑みの悪夢は回避できる。
さぁ勝負だ、逃げ足の速いドラゴン。
ずしり、ずしり、という重苦しいドラゴンの足音が、ついにダメージ床の真上に到達した。
ばりばりっ、と不協和音が鳴り響く。
トゥルーダメージが発生して、ドラゴンの足の裏あたりが発光。
ドラゴンの表情が痛みで歪んで、急激に走る速度が低下。
いくら膨大なHPを持つ大型モンスターであっても、不用意な罠は踏みたくないらしい。
だがドラゴンの巨体は、金属のごとき質量があるため、一度トップスピードまで加速してしまったら、急には止まれない。
二歩、三歩、四歩と余分に歩いて、ようやく停止した。
余分に歩いた分だけ、その大きな四本の足で、ダメージ床を踏み抜いていた。
トゥルーダメージで換算すれば、十ポイントダメージを、四つの足で、四回転である。
合計で160ダメージだ。
俺の記憶によれば、エンシェントドラゴンの最大HPは、個体差を考慮すると、1600前後だったはず。
つまりダメージ床を踏んだせいで、あいつはHPの約十分の一を失ったことになる。
ドラゴンは、他のモンスターより賢いからこそ、己が失ったHPの量に愕然として、完全に思考が停止した。
そう、動きが止まったのだ。後ろからエレーナが迫っているのに。
「いくらエンシェントドラゴンといっても、あたしの敵じゃないわね」
エレーナの剣に、攻撃魔法が宿る。
エルフ文字が刻まれた刃に、金色の電撃が走って、空気中のチリを消し炭にしていく。
魔法剣だ。
この世界で、一握りの達人しか使えない、必殺技である。
「あんたに恨みはないけど、金づるのために死んでもらうわ」
エレーナが攻撃動作を始めると、残像が生まれて姿が消えた。
俺の動体視力だと、もはやエレーナがどれぐらい素早く動いたのか、把握できない。
ずばばばっという肉が切断される音が連続で響いたときには、すでにエンシェントドラゴンは八つのブロック肉に解体されていた。
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