第5話 はじまりのダンジョンにドラゴンがいたら、ちょっとした詐欺だよな

 ダンジョンの奥深くへ進むと、開けた空間が現れた。


 魔力のたいまつが、青々と光っている。


 あれも地形効果の一種で【魔力の光】である。


 ダンジョンの設計者が、この開けた空間に光を設置することで、初心者冒険者たちに『ここがダンジョンの最奥部である』とメッセージを残したわけだ。


 ただし長期間メンテナンスしていないせいで、二割ぐらいが機能していなかった。


 どんな完璧な設計図であっても、定期的にメンテナンスしないと、機能不全を起こすのが地形効果である。


 そんな光量の足りていない光に照らし出されているのが、大型のドラゴンだった。


 エンシェントドラゴンである。


 古代から生きている頑丈なドラゴンであり、あまりにも長い期間太陽にさらされていることから、鱗の色素が薄くなっていた。


 芸術品みたいに美しいドラゴンだが、魔王の忠実な配下であり、人間なんて食べやすい餌ぐらいにしか思っていない。


 本来なら、魔王城の近くにある、暗黒の山岳地帯に出現するモンスターであり、はじまりのダンジョンに出現してはいけない高レベルモンスターだ。


 ではなぜ、そんな高レベルモンスターが、初心者向けのダンジョンに出現したのか?


 副産物=開けた空間のど真ん中に、ひび割れた召喚魔法陣が生まれていた。


 俺は、物陰に隠れたまま、ひび割れた召喚魔法陣を見つめた。


「エレーナ、あの壊れた召喚魔法陣が見えるか? あれがダメージ床を強引に作ったせいで生まれた副産物だ」


 エレーナも、岩場の影に隠れたまま、召喚魔法陣を指差し確認した。


「あの魔法陣、壊れてるっぽいけど、他のモンスターは呼び出さないわね?」


「大丈夫だ。っていうか、意図しない召喚魔法陣だからこそ、エンシェントドラゴンなんて高レベルモンスターを偶然呼び出せたし、一回だけ起動してすぐに壊れたんだよ」


「そうよね。普通の召喚魔法陣って、ドラゴン系のモンスターを呼び出せるほど、効果の高い罠じゃないわよね」


「地形効果を素人が操作するのは、危険なことなんだよ。もしこれがダンジョンじゃなくて、町の広場で起きてたら、大惨事だぞ」


「いくらあたしが悪女でも、その場面は想像したくないわ」


「悪女の自覚あったんだな、エレーナ……」


「無自覚な悪女って、悲劇のヒロイン気取りの勘違い女のことでしょ? それはあたしみたいな超一流の魔法剣士がやるべきポジションじゃないわ」


「自分のことをプロフェッショナルだと思ってるなら、ちゃんと仕事に対する報酬を俺に払えよ」


「さっき払ったじゃない? ほっぺにちゅーって」


「あれじゃぜんぜん足りん」


「しょうがないわねぇ」


 なんともう一回ほっぺにちゅーしてくれた!


 あのエルフ族でも飛びきりの美人が、俺みたいなブザイクな人間族の男に!


 俺はすっかり頬が緩んで、でへへっと喜んだ。


「なんだよエレーナ、今日はずいぶんと気前がいいなぁ、うんうん、いつもこれぐらいサービスしてくれるなら、無償労働なんて屁でもないぜ」


「ゲイルって、バカで色ボケで単純だけど、なんだかんだ良いやつよね……」


「ほら、なんかやってほしい仕事あるんだろ? 俺の気分がいいうちに、さっさといえよ」


「エンシェントドラゴンのすぐ近くに、隠蔽のマントを着て、透明化した男の子がいるのわかる? あれがあたしの金づるの息子なわけ」


「はぁー? 隠蔽のマントを持ち歩くクソガキだって? あれがいくらすると思ってんだよ……ヘタすりゃ首都で豪邸買えるぐらい高いんだぞ」


 俺は、地形効果職人の道具袋から、魔法の眼鏡を取り出した。


 隠蔽状態を見抜くためのマジックアイテムである。


 地形効果のなかには、隠蔽状態になっているものがあるため、それを見抜くために必要な道具であった。


 すちゃっと魔法の眼鏡を装着したら、開けた空間の隅っこに、紫色のマントを発見した。


 隠蔽のマントを頭からかぶって震える少年である。


 年齢は十三歳ぐらいだ。顔は幼くて、ちょっとぽっちゃりしていて、いかにも苦労しないで育った雰囲気だった。


 彼がいまでも生きている理由は、運よく魔法のたいまつの一部が不具合を起こしていたおかげで、隠蔽のマントの効果が最大限に活きたからだ。


 もし魔法のたいまつが十割稼働していたら、その強すぎる魔力の光で隠蔽のマントの効果が弱まって、ドラゴンに発見されて、餌になっていただろう。


「なぁエレーナ、なんであんな生存能力低そうなクソガキが、冒険の旅なんぞに出たんだ?」


 冒険の旅は、戦闘能力よりも、生存能力のほうが大事だ。


 水と食糧を確保すること、そして強い敵を嗅ぎわけて逃げる力である。


 冒険者にとっての勝利とは生存のことであり、強い敵から逃げることは、むしろ賢い選択であった。


 だがあのクソガキには、逃げる力がない。


 だからエンシェントドラゴンの気配を察知できなくて、はじまりのダンジョンの奥深くに入ってしまったのである。


 こんな弱々しいやつでは、たとえエンシェントドラゴンがいなかったとしても、はじまりのダンジョンを攻略できないだろう。


 エレーナは、鋭い金髪をかきむしりながら、金づるの子供との事情を語りだした。


「あの子の名前はピートっていうんだけどね、ぼくと結婚してくださいってしつこかったのよ。普通に考えて、あたしがあんな親が金持ち以外に取り柄のないお子様と結婚するはずないでしょ。


 それなのに本当にしつこいから、一人前の冒険者になったら結婚してあげるって嘘をついて、適当に追い払ったの。そうしたら、翌日には冒険の旅に出発よ。さすがに予想外だったわ」


「エレーナのせいじゃん、あのクソガキが身の丈に合わない冒険者なんてやってるの」


「人聞きの悪いこといわないでよ。あたしが男を騙すときのポリシーその1・狩りの対象は、責任能力のある自立した男限定よ。ピートみたいな、親の庇護下にいる子は対象外だわ」


「つまりピートが無茶をしたことに、多少の責任は感じてるから、遠路はるばる、はじまりのダンジョンにやってきたわけか」


 自他ともに認める悪女だが、なんだかんだ最低限の良心は持っている。それがエレーナだ。


 だがプライドも高いので、素直に善行を積めない。


「そんなかっこいい理由じゃなくて、ただ金づるを手放したくなかっただけ」


 わざとらしく鼻を鳴らして、そっぽを向く。


「素直じゃないやつ。で、どうやってあのクソガキを救出するんだ? エンシェントドラゴンって、それこそ勇者パーティーぐらい強くないと倒せないモンスターだろ。とてもじゃないが、俺は戦力外だぞ」


「ゲイルを雇ったのは、戦闘要員としてじゃないわ。エンシェントドラゴンだったら、あたし一人でも倒せるし。でもその戦闘中に、ピートが巻き込まれて死ぬ可能性があるわけ。そこで必要なのが、地形効果よ」


「なるほどな、このあたりの地形効果を上書きして、あのガキを無傷で救出したいわけか」


「ってわけだから、なんかいいアイデアよろしく。ゲイルって、こういうまどろっこしい作戦を組み立てるのが得意でしょ」


 まどろっこしい作戦が得意というか、俺はエレーナみたいに強いわけじゃないから、知恵を駆使して生き延びてきただけだ。


 だからこそ、はじまりのダンジョンの入り口で、駆け出しの冒険者たちを助けるために、脱出用の魔法のロープを使ってしまったことが、いまになって響いていた。


 もしあれが残っていたら、ピートとかいうクソガキに使わせるだけで、この作戦は完了していたのだ。


 しかし使ってしまったあとなのだから、知恵を駆使するしかない。


 幸いなことに、すでにアイデアは浮かんでいた。

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