第4話 勇者なら喜んでやる無償労働は、商人にとってはただの赤字案件である
無償労働が成立した瞬間、エレーナは悪女の笑みを浮かべると、すーっと潮が引くように俺から離れた。
「契約成立ね。ゲイルはわかってると思うけど、エルフの契約は魔法の契約。もし約束を破ったら、恐ろしい呪いが襲いかかるわよ」
エレーナの体温と体臭が消えたことで、ようやく俺は正気に戻った。
脂汗を垂れ流しながら、契約書の内容を確認した。
無償労働、とおもいきり書いてあった。
「ま、またやってしまった……ほっぺにちゅーの感触に負けて、不当契約を結んでしまった……」
俺は、がくっと膝をつくと、己の下半身を呪った。
エレーナと関わるとこうなるとわかっていたのに、女体の神秘に敗北してしまった。
無念だ。なんで俺は性悪おっぱいエルフに弱いんだろうか。
エレーナは、傲岸不遜な態度で、投げキッスをした。
「あら、不当ではないでしょう? 人間族の不細工な男が、エルフ族の美女に抱き着かれたまま、ちゅーしてもらえるなんて、いくらお金を積んだって、かなわない夢なんだから」
エルフ族の気高さから考えれば、いろいろな意味で正しい理屈なのだが、だからといって無償労働なんてやりたくない。
俺はフリーランスの個人ではなくて、会社の社長なのである。黒字を出して当然の存在であり、赤字なんて言語道断なのだ。
しかも、エレーナみたいな超一流の魔法剣士がやる仕事に付き合わされるということは、恐ろしい敵が待っている可能性が高い。
恐ろしい敵……俺は思い出していた、素人が地形効果を操作したせいで、ダンジョンの奥に副産物が生まれていることを。
十中八九、その副産物のせいで、俺は死の危険にさらされる。
そんな仕事を、無償でやれと?
絶対にやりたくない。
だがエルフの契約を破ったら、強力な呪いが発動する。
健康運も低下するし、金銭運も低下するし、人間関係だって破綻する。
エルフの契約を破ったせいで破滅した経営者は、ごまんといるのだ。
ええい、だったら逆の発想だ。
無償労働を前提に、俺の取り分を増やすのだ。
「もうこの際、無償労働でいいから、おっぱい揉ませてくれ、いますぐに!」
しゃきんっという音がしたと思ったら、俺の喉元に剣が突きつけられていた。
「この剣は、エルフの里に伝わる由緒正しい業物なんだけど、ゴブリンの首だけじゃなくて、人間の首も跳ね飛ばせるのよ」
「じょ、冗談に決まってるじゃないか。ははは、エレーナも、せっかちだなぁ」
「わかればよろしい。さてお仕事の話なんだけど、あんたダメージ床修正してたんでしょ、はじまりの村の村長に依頼されたとかで。それ関連で、このダンジョンになんか変わったことあった?」
このあたりの事情について、さらっと説明した。すでにダメージ床の修正が終わっていること、あとは犯人を捜すだけであること、ダンジョンの奥に副産物が発生していること。
エレーナは、副産物について、嫌な顔をした。
「あたしの持ってる情報と辻褄が合うわ。金づるの子供がさ、魔法のほら貝持ってるのよ。それをこのダンジョンの奥で使ったんだけど、副産物のせいで動けなくなってるわね」
魔法のほら貝とは、錬金術師が加工した二個でワンセットのマジックアイテムだ。
片方のほら貝に声を吹き込むと、もう片方のほら貝に、声と現在地の情報が飛ぶ仕組みである。
主に緊急時の救出サインとして使われていた。
実際、エレーナが持っている魔法のほら貝には、未熟な男子が助けを求める声が届いていた。
俺は、金持ちの子供が助けを求める声に、情けなさを感じた。
「さっすが金持ちのボンボンだな。子供のくせに魔法のほら貝を持ってるなんて」
俺が金づるの子供をバカにすると、エレーナがため息をついた。
「魔法のほら貝だけじゃないのよ。他にも高価なマジックアイテムを実家から持ち出して、一丁前に冒険の旅に出発しちゃったんだから」
「そのおかげで、いまだに野垂れ死んでないんだろうさ」
「それも時間の問題だから、ゲイルの手を借りたいわけ」
ダンジョンの奥から、ぐおおおっと特徴的な咆哮が聞こえた。
ドラゴン系モンスターの咆哮である。それも大型の。
あの手の生き物は、強力なブレスを吐くという特性上、声帯が特殊進化しているため、咆哮がねじれて聞こえるのだ。
俺はダンジョンの奥の状況を把握した。
「素人が地形効果を操作したせいで生まれた副産物がドラゴンで、金持ちのボンボンはドラゴンから逃げるためにマジックアイテムを駆使してるってわけか」
なかなか特殊な状況だからこそ、こんな難しい仕事を無償でやらないといけない己の迂闊さを呪った。
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