第3話 どうして男は、目の前にぶらさがったワンチャンの餌に弱いんだろうか

「まったく、俺を利用するだけ利用して、邪魔になったら殺すつもりかよ。中途半端に知恵のあるモンスターは、本当にいやらしいぜ」


 文句はいったものの、ゴブリンの群れごときが脅威にはならない。

 

 俺は会社を経営する職人だが、駆け出しのころから、いくつもの修羅場をくぐりぬけてきた。


 無理に倒す必要はない。職人道具とマジックアイテムを駆使して、この場から安全に離脱すればいい。


 さっそく脱出しようとしたら、まばゆい閃光が何重にも奔って、ゴブリンたちの体がゆっくりズレていく。


 ずるり、とゴブリンたちが細切れステーキになると、その後ろから美しいエルフの戦士が浮かび上がった。


「ゲイル、超一流の魔法剣士に助けてもらったなら、ちゃんと対価を払わないといけないわよね」


 エレーナである。性悪おっぱいエルフが、超絶剣技で、ゴブリンの群れを一瞬で葬ったのだ。


 彼女の本名は、エレーナ・マグナル・ラレ・ハンター。


 エルフという高貴な種族の中でも、戦士として名高いハンター一族出身だ。


 そんな出自もあって、エレーナは魔法剣士だ。エルフの得意技である魔法と、一族の得意技である剣術を組み合わせて、魔法剣を使える。


 現在のレベルは284。各種ステータスもほぼカンストしていた。


 まさしく超一流の魔法剣士だ。


 それだけでも十分に価値のある人物なのに、彼女は見た目も整っていた。


 ただでさえエルフは、美形に生まれてくるというのに、このエレーナという性悪女は、ぶっちぎりの美人なのだ。


 流線形の金髪・鋭角の耳・陶磁器のように美しい肌・悩ましげな狐目・情熱的な唇・そしてなによりも抜群のスタイルだ。


 胸元は、西瓜みたいに膨らんでいて、それでいて水風船のように弾力を保っている。その先端は、まるで強気な性格を反映したかのようにツンと上を向いていて、ただ歩くだけでも、たゆんたゆん揺れていた。


 完璧だ。あまりにも完璧すぎて、ただ鑑賞するだけでお布施したくなる。

 

 だが、この性悪おっぱいエルフと関わってはいけない。


 こいつは自分の色香を理解しているから、純情な男心を弄んで金銭を搾り取ったら、容赦なくぽいっと捨てるからだ。


 まったく、あの大きくて良い匂いのするおっぱいに、何度騙されたことか。


「エレーナ、助けを求めてないのに勝手に助けて、しかも対価まで要求するんじゃない」


 俺は、エレーナのおっぱいから目をそらしながら、理不尽な要求を突っぱねた。


 あのツンっと上を向いた生意気なおっぱいさえ視界に入らなければ、俺の理性は耐えれてくれるはずだ。


 だがエレーナは、エルフという長寿の種族なので、こういうときの攻め方も手札にあった。


「べつに護衛料を払ってほしいわけじゃないのよ。ただちょっとこのダンジョンでやる仕事があるから、手伝ってほしいわけ」


 エレーナは、わざわざ俺の正面に回り込んで、大きなおっぱいを強調した。


 ほんの一瞬だけ、あの生意気で性悪のおっぱいが俺の視界に入ってくる。


 デンジャラス!


 俺は道具の入った袋を顔の前に置くことで、凶器と化したおっぱいを視界から消した。


「お断りだ。お前と関わると不幸になる」


 彼女の横を素通りして、ダンジョンから脱出しようとしたら、がしっと腕を組まれた。


「ねぇゲイル。おねがーい、手伝って?」


 色っぽい声で、ゆっくりと顔を近づけてくる。


 美女の甘い香りと、エルフの女性が好む香水の匂いが、俺の理性を浸食してきた。


「て、手を離せ! お前の色仕掛けには、もう二度と騙されるものか!」


「いいじゃなーい。へるもんじゃないし」


「へるんだよ! お前の色仕掛けに騙されると、タダ働きをさせられるか、仕事の利益がごっそり減るんだ!」


「そのぶん、こうやって、いい思いをしてきたじゃない?」


 エレーナは、俺の肘におっぱいを押し当てた。


 むにょーん、もにょーん。


 柔らかくて、温かくて、甘い匂いがするなぁ、でへへ。


 ………………い、いかん! また性欲に突き動かされて、利益よりおっぱいを選びそうになった!


「いますぐ離れろエレーナ! そもそもお前、金のために色仕掛け連発するなんて、本当に勇者パーティーの自覚あるのか!」


 そう、彼女は勇者パーティーの一員であった。


 それなのに、彼女がお金を稼ぐ手段は、用心棒稼業と恋愛詐欺である。


 まったくもってどうかしていた。


「たとえ勇者パーティーでも、四六時中、一緒に行動してるわけじゃないの。情報収集のために手分けして動くこともあるし、資金を調達するためにスポンサー探しだってするわけ。つまり世界平和のために、すべての男はあたしに貢ぐべきだわ」


「ははーん、つまり資金不足で勇者パーティーの行動が凍結したから、分散行動して資金を調達してるわけか。いっておくが、俺は勇者パーティーに出資しないぞ。勇者が信用できないんじゃなくて、エレーナを信用できないからだ」


「資金不足に関しては、もはや問題ないわけ。いい金づるを見つけたからね」


「勇者パーティーのメンバーが、金づるって単語を使うなよ…………」


「ただの事実よ。とにかくその金づるの子供がね、このダンジョンの奥に入っちゃったんだけど、どうやら帰れなくなったみたいなの。だからあたしが助けることになったんだけど、手伝ってくれない?」


「エレーナの実力なら、ガキの救出ぐらい、ひとりでできるだろ」


「あたしひとりだと、子供の安全を確保できないのよ。でもゲイルの地形効果を操作する技術があれば、安全に助けられるわけ。ねぇ、人助けだと思ってさぁ、手伝ってくれない? ……もちろん無償労働で」


 エレーナは、まるで植物のツタが木に絡みつくように、俺の体に手を回して、情熱的に抱き着いた。


 すごい、まるで甘い香りのする温泉が、俺の皮膚を溶かすみたいだ。


 エレーナが呼吸するたびに、彼女の胸元が収縮して、甘い呼吸が漏れてくる。その匂いには、まるで未成年の女子みたいな甘酸っぱさがあった。


 それでいて彼女の全身は、雄の本能を最大限に刺激するために育っていた。


 こんな美人と密着できる機会なんて、めったにないチャンスだ。


 そもそも人間族の男が、エルフ族の女とスキンシップできる機会なんて、レア中のレアなのだ。


 エルフは、寿命も長くて、美形だらけで、高度な魔法も操れるから、人間みたいな下賤な種族に見向きもしない。


 そんな背景があるのに、エルフのなかでも、飛びきりの美女であるエレーナと抱き合えるなんて、俺は人類でもっとも幸運な男なのである。


 ただし、この色仕掛けに負けたら、タダ働きが確定だ。


 それだけは絶対に避けないと。


「いいかエレーナ、俺は、会社を経営する社長だぞ。いくら性悪おっぱいエルフが相手だからって、色仕掛けに負けて無償労働したら、従業員に舐められてしまう!」


「だったらあたしから離れればいいじゃない。あたしは密着してるだけで、別に拘束してないわよ」


「あああああ! 自分の性欲が憎い! ちょっとぐらいタダ働きしてもいいから、性悪おっぱいエルフとのワンチャンを求めてしまう自分がいる!」


「ほらその調子、もしかしたらあたしとベッドインできるかもしれないし?」


「そんなこといって、これまで一度も抱かせてくれなかったじゃないか!」


「今夜は気が変わるかもよ?」


「うそだ、うそだ、そうやって思わせぶりなことをいって、最後は屁理屈並べて俺を騙してきたじゃないか」


「じゃあ、今日だけは特別に、ほっぺにちゅーしてあげる」


 ほっぺにちゅーしてくれた。


 ほわー、むにー、と甘い感触。


 彼女の唇、こんなに柔らかかったんだなぁ。


 しかも唇が密着したところから、彼女の呼吸と唾液まで伝わってきた。


 ああ、幸せ…………。


 …………ふと気づいたら、俺はエレーナの契約書にサインしていた。


 無償労働と書き込まれた、無慈悲な契約書に。

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