第2話 素人が地形効果を操作してはいけません

 村長がいても、手伝ってもらえることはないので、俺ひとりで、はじまりのダンジョンに入っていく。


 初心者向けのダンジョンだけあって、内部構造は単純だし、階層構造もない。


 最深部に到達するまでに必要な時間は、徒歩で十五分だ。


 出現するモンスターもザコばかりで、しかも生息数が少ない。


 こんな条件のダンジョンであれば、よっぽどのことがなければ、初心者パーティーでも全滅しないだろう。


 ただし現在だけ状況が違う。


 ダメージ床が設置されているからだ。


「なんで犯人は、初心者向けのダンジョンに、ダメージ床なんて設置したんだ?」


 ダメージ床は、まるで小川のように縦長で延びていた。


 俺みたいなダンジョンに慣れたやつなら、たいまつを用意して、注意深く進むだけで、普通に回避できるだろう。


 だが注意力散漫な未熟パーティーであれば、あっさり踏んで死ぬことになる。


「ダメージ床を解体しながら、犯人につながる痕跡を探すか」


 ダンジョンの入り口付近に、『現在、地形効果を修復中』という文字の刻まれた、マジックアイテムの立て看板を設置した。


 この看板には、魔力の言霊が封入されていて、たとえ文字の読めない相手だろうと、魂に直接意図を伝えることができる。


 これは文字の読めない人間だけではなく、動物やモンスターにも有効だ。


 はじまりのダンジョンを根城にしたゴブリンたちが、マジックアイテムの立て看板を見るなり、すーっと引っこんでいく。


 部外者である俺を襲撃してこないあたり、どうやらゴブリンたちもダメージ床には困っていたようだ。


 彼らにしてみれば、ダンジョンは住処なのだから、ダメージ床を撤去してほしいわけだ。


 となれば、少なくとも作業中はゴブリンたちに襲われないだろう。


 もちろん油断大敵だ。すべてのゴブリンが理性的ではないのだから、常に背後には警戒したほうがいい。


「俺の商売人としての勘がいってる、さっさと仕事を終わらせないと貧乏くじを引くことになるって」


 さっそくダメージ床を解析していく。


 ダメージ床にも細かな違いがあるのだが、はじまりのダンジョンに設置されていたものは、トゥルーダメージを与えるポピュラーなものだ。


 トゥルーダメージとは、どれだけ防御力が高かろうが、どんな耐性を持っていようが、固定ダメージが入る仕組みである。


 このダンジョンに仕掛けられたタイプだと、10ポイントのダメージが設定されていた。


 たった一歩歩くだけで、10ポイント。恐ろしい数値であった。


 たとえば最大HPが200前後のパーティーが、ダメージ床が張り巡らされた地帯に迷い込んだとしよう。


 そこそこレベルの高いパーティーなのだが、たった20歩で全滅すると考えたら、効率的なダメージ源だと理解できるだろう。


 もちろん回復アイテムや、回復魔法を駆使することで、強引に突破することも可能だ。


 しかしダンジョン攻略中に、アイテムとMPを浪費してしまえば、最深部で待つボスキャラに苦戦することになる。


 ダメージ床の意義を要約すれば、初心者にとっては致命傷の罠であり、上級者にとっては貴重な回復リソースを奪われる罠なわけだ。


 これぐらい確実性のある罠だが、俺みたいな職人にとっては、地形効果の一種でしかない。


「こいつを埋め込んだやつは、間違いなく素人だ。元々あった地形効果の上に、強引にダメージ床を埋め込みやがった」


 力技で設置されたものなら、単純な作業で消去できる。


 まずは安全に作業を進めるために、ダメージ床のエネルギー源である、地下を流れるマナの地脈を切り離した。


 エネルギー源を失ったことで、ダメージ床は効力を失い、ただの模様になった。


 自分自身が冒険しているときに、ダメージ床を無傷で乗り越えたいなら、このまま放置しても構わない。


 だが村長の依頼は、ダメージ床を撤去することである。


「事情を知らないモンスターや冒険者が、誤ってダメージ床を再起動することもあるからな。ちゃんと設計図を引きなおさないと」


 仕事道具を詰め込んだ袋から、地形効果に干渉するための棒を取り出した。


 地形調律棒。


 見た目は、クラシック音楽の指揮棒そっくりだ。


 こいつをコンサートの指揮者みたいに振れば、ダンジョンの地形効果を示した設計図が浮かんできた。


 複雑な回路が上下左右に展開されていて、あらゆるポイントに難解な数式が埋め込まれている。


 見た目のとおり、素人には扱えないものだ。


 回路の引き方を間違えれば、意図しないポイントに地形効果が発生する。


 使用する数式を間違えれば、地形効果が不具合を起こす。


 一番恐ろしい失敗は、回路も数式も間違えることで、誰にも予測できない副産物をランダムで生み出してしまうことだ。


「くそっ、バカな素人が手を出したせいで、ダンジョンの奥に、なにか副産物が生み出されてるな……そのことは後で考えるとして、まずはダメージ床の設計図を消去して、元の効果に戻そう」


 設計図を操作する前に、犯人の痕跡を探していく。


 どうやら犯人は、エネルギー源であるマナの地脈を、ダメージ床の動力回路につなげるとき、神聖魔法を応用したようだ。


 神聖魔法とは、冒険者パーティーにおける僧侶が使うものである。回復魔法や補助魔法やターンアンデッドなんかが有名だ。


「神聖魔法が使えると分かっただけでも、収穫だな」


 犯人の手がかりを調べ終わったので、素人が強引に上書きした設計図を、丸ごと消去した。


 この操作は、足元にある地形効果にも反映されて、ダメージ床の模様が消えた。


 だがまだ仕事は終わっていない。


 地形効果に空白状態はないからだ。


 地形効果が存在しない地面の場合【なにも効果が存在しません】という数式が書き込まれている。


 もし空白状態を放置したまま設計図を閉じれば、大自然の復元機能が働いて、なにかしらの回路や数式が発生することになる。


 大自然の意思にまかせるという意味では、それはそれでアリの解決方法なのだが、俺の場合は元の状態に戻すのがベターだと思っていた。

 

 本来、はじまりのダンジョンの入り口付近で運用されていた地形効果は【なにも効果が存在しません】である。


 初心者向けのダンジョンなのだから、まずは地形効果と向き合うよりも、ダンジョンの歩き方を覚えることが最優先というわけだ。


 というわけで、俺は【なにも効果が存在しません】を書き込んで、地形効果の設計図を閉じた。


「少なくとも、これで村長の依頼は完了だ。あとは、ダンジョンの奥に生まれた副産物を、どうするかだな……」


 あくまで俺が村長から受けた依頼は、ダメージ床を撤去することだ。あとはダメージ床を仕込んだ犯人を捜し出せば、お仕事完了である。


 極論をいえば、ダンジョンの奥に生まれた副産物は見なかったことにしていい。


 だがヒトとしての仁義を守るならば、一度はじまりの村に戻って、村長に事実を伝えたほうがいい。


 ダメージ床の撤去は終わったが、ダンジョンの奥に副産物が発生したから、その対処は別の誰かを雇ってやらせればいいと。


 そうと決まれば、さっさとダンジョンから出ようとした。


 しかし俺は忘れていた。ゴブリンたちの存在を。


 緑色の悪鬼たちが、ずらーっと並んで、俺を包囲していた。


 どうやらダメージ床を撤去したことで、俺の利用価値がなくなったらしい。

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