えぴそーど1 人間の欲望は果てしないよ、主人公だって例外じゃなく
第1話 はじまりのダンジョンにダメージ床を置くんじゃない
どんな熟練の冒険者も、レベル一のころは弱かった。
ゴブリンみたいなザコモンスターに囲まれても死んでしまうし、毒によるスリップダメージが致命傷につながる。
となれば、あらゆる冒険者が初心者のころに通過するであろう、はじまりのダンジョンは、誰でもクリアできるぐらい優しい難度でなければならない。
そのはずなのに、なぜかこの地方にある、はじまりのダンジョンには、ダメージ床が設置されていた。
「ゲイルの旦那、いますぐダメージ床を消してくださいよ。あんなヤバイものがはじまりのダンジョンにあったら、はじまりの村の商売あがったりなんです」
はじまりの村の村長が、泣きそうな顔で俺に依頼してきた。
俺の名前はゲイル。年齢は二十代。種族は人間で、職業は社長だ。
村・フィールド・ダンジョン……あらゆる場所にある地形効果をメンテナンスする会社を経営していた。
十代前半に故郷の村を飛び出して、いろいろ苦労してから、この立場に落ち着いた。
そこそこ変わった経歴だが、見た目は普通だ。まぁ価値観や好みが普通とはいわないけどな。
なんで社長なのに現場に出ているかといえば、単純に忙しくて人手が足りないからだ。
勇者も魔王も、どいつもこいつも、すーぐ地形効果を壊す。もっと丁寧にあつかえよ。地形効果だって、道路や上水道と同じぐらい大切なインフラなんだぞ。
そりゃあ仕事が増えれば、会社の売上も上がるけど、直したそばから破壊されると、さすがにイラっとくる。
おっと、仕事の愚痴は後にしよう。
いまは村長の依頼である、はじまりのダンジョンの不具合を修正しないと。
「村長、仕事を請ける前に、一つ教えてくれ。なんではじまりのダンジョンに、ダメージ床なんて激ヤバのモノが出現したんだ? あれをレベル一の冒険者が踏んだら、たった二歩で死ぬだろうに」
まるで俺の説明を実証するかのように、無垢な顔をした初心者冒険者たちが、はじまりのダンジョンに入ってしまった。
危ないから引き返してこい、と忠告しようとしたが、手遅れだった。
バチバチっと風船が破裂するような音で、ダメージ床が発動。初心者冒険者たちのHPが、ごっそりと削れてしまった。
初心者冒険者たちは、涙目で俺と村長の方を見た。
「た、助けてください。あと一歩歩いたら、うちのパーティーは全滅です。まだ故郷の村を出発してから、一週間も経ってないのに、死にたくないよぉ」
これだから駆け出しの冒険者ってやつは。ちゃんと前方を確認してから進めばいいのに、ノリと勢いで突っ走るから、あっさり罠を踏むんだ。
俺は、仕事道具を詰め込んだ袋から、脱出用の魔法ロープを取り出した。
「このロープに捕まれ。ダンジョンの入り口に戻れるぞ」
ロープをひょいっと投げれば、初心者冒険者たちは、まさしくワラにもすがる思いでつかんだ。
幾何学模様の光が瞬いて、脱出用・魔法ロープの効果が発動。初心者冒険者たちは、ダンジョンの入り口に戻ってきた。
「た、助かりました、ありがとうございます! あなたは命の恩人です」
初心者冒険者たちは、心の底からほっとした顔で、俺にお礼を言った。
だが俺は、仕事人の顔で、淡々と告げた。
「お礼とかいいから、使用料を払ってくれよな」
「え、お金取るんですか!?」
「当たり前だろうが。脱出用の魔法ロープは消耗品なんだぞ。一度使えばなくなるんだから、ちゃんと使用料を払うのが、一人前の冒険者ってやつだ」
「で、でも僕たち、まだ冒険を始めたばかりで、貯金がなくて」
初心者冒険者たちは、いまにも泣きそうな顔で困り果てた。
あまりにも未熟な顔つきに、俺はイライラした。
「うっとうしい顔をするんじゃない。今日払えとはいわないから、次に会う時までに貯めておけ」
「わ、わかりました。立派な冒険者になって、たくさん稼いだら、必ず払います」
初心者冒険者たちは、青臭い夢を語りながら、はじまりの村に帰還していく。
ああいう時期が、俺にもあった。まぁ俺の場合は、冒険者というより商人としてだけどな。
地形効果を直すための道具を搬入したら、仕入れの数を間違えて青ざめたり。
ろくに偵察しないで作業現場に向かったら、モンスターの巣窟で死にそうになったり。
いやぁ、なんだか懐かしいなぁ。
はじまりの村の村長が、俺を冷やかした。
「ゲイルの旦那、いいところありますねぇ。脱出用の魔法ロープって、高額のマジックアイテムなのに、他人を助けるために使っちゃうなんて」
「あんなひよっこたちを見捨てたら、さすがに目覚めが悪いだろ。それに、こうやって恩を売っておけば、口コミで俺の評判もよくなるし、いつかあいつらは俺の仕事を手伝うはずだ」
「将来につながる投資というわけですな」
「そういうことだ。さて村長、あらためて本件を仕切り直しだ。なんでダメージ床なんて恐ろしいものが、はじまりのダンジョンに出現したのか、教えてくれ」
はじまりの村の村長は、手帳を取り出して、詳しい事情を語りだした。
「一か月前までは、いつも通りのダンジョンでした。でも最近になって、初心者冒険者の全滅率が跳ね上がって、これはおかしいと思って調べたら、ダメージ床が出現していたんです」
「地形効果で、自然発生するものは、炎ダメージの発生する溶岩地帯とか、HPが自然回復する神殿とか、魔法防御の上昇する森とかだ。じゃあダメージ床がどうなのかといえば、自然発生しない。あれは誰かが意図的に埋め込んだものだ」
「誰ですか、こんなはた迷惑な地形効果を、初心者向けのダンジョンに作ったのは」
「それを調べるのも、俺の仕事だ。命の危険につながるような地形効果を無許可で設置するのは、全大陸共通の法律違反だしな」
「手早くお願いしますよ。いまはまだ、はじまりのダンジョンにダメージ床があることが、冒険者ギルドに伝わっていません。でも時間の問題です。もし冒険者ギルドに知られてしまったら、うちの村は収入が激減します」
はじまりの村の収入源は、初心者冒険者たちだ。
彼らが、はじまりのダンジョンを攻略するために、安価な武器防具を揃えて、薬草と毒消しを買って、HPが減ったら宿屋で休んで、仲間が死んだら教会に運んで。
それを繰り返すことで、はじまりの村が潤っていく。
だが、はじまりのダンジョンにダメージ床があったら、攻略難易度が跳ね上がってしまうため、初心者冒険者たちは、はじまりのダンジョンを避けるはずだ。
そうなったら、はじまりの村は干上がってしまい、村人たちは路頭に迷うことになる。
俺の仕事は、可能な限り素早くダメージ床を撤去して、かつダメージ床を設置した犯人を探し出すことだ。
「さて村長、仕事に取りかかる前に、契約書を作ろう。こういうのはしっかりやっておかないと、あとで後悔するからな」
俺は見積もり伝票に、そこそこ高めの料金を書きこんだ。
普通の冒険者では支払えない金額であり、レベルの高い冒険者だって躊躇する金額だろう。
だが、高度な技術を持った地形効果職人を雇うなら、これぐらいの相場を払ってもらわないと困るのだ。
もちろん俺だって鬼じゃないから、この村の収入で払えるだけの料金設定にしてある。
あとは村長の決断次第だ。
村長は、伝票に書き込まれた数字を見つめると、うぅと胃を抑えた。
「そこそこ高い金額ですが……背に腹は代えられません。この条件で契約しましょう」
「あー、村長、契約書を作った俺がいうのもあれだが、ちゃんと備考欄まで読んだか? もし読んでないなら、読んだほうがいい。備考欄に罠が隠れてることもあるからな……」
「もちろん読みましたが、なぜ商人として信頼度の高いゲイルの旦那が、そんな忠告を?」
「俺の第六感が訴えてるんだ。この案件には、あの性悪おっぱいエルフの気配を感じるって」
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