13:金曜日 昼

 サラリーマンの日常を一言で表すなら秩序ある混沌=毎日同じパターンの繰り返し。

 朝は部内ミーティング/取引先への御用聞き&午後は社内の各部署を回って調整を図り定時まで書類作成を行う。

 一言で表すなら、雑多であり平凡であり退屈だった=仮に潰瘍が発生せず魔導士への規制も緩やかであったなら、こんな生活もあったのだろうか。

 否=あるはずのない仮定を夢想したところで意味がない。

「やっぱりあの商品のキャッチフレーズはまずかったですね。もう一度企画部に案を戻さなくちゃいけませんね。担当者に社内SNSスカッシュで連絡を入れておきますよ」

 ニシの目の前/五目ごはん定食とハンバーグ定食を挟んだ向かい側/偽の実地訓練OJTを担当してくれている先輩=ハセガワ。

 オフィス街の真ん中にある落ち着いた定食屋さん/ハセガワの行きつけ=「大人のサラリーマンはこういうところで食事するものなの」/やや強気の価格設定のお店。

「こらこら、ニシ。食事中は仕事の話をしないこと。それに企業機密もあるから不特定多数の集まるところではなるべく話をしないし資料も出さない」

 誰かに言われたであろう言葉をハセガワは詰まることなく諳んじてみせた/その突き出している割り箸はマナー違反なのだが。

「そうでしたね。

 そうだった=サラリーマンのフリをしているだけ/なるべくなら今日中に犯人を見つけなければならない。

「で、ニシは土日は何をしてるの?」

 ハセガワからの話題提供/無難な日常会話。

「土日は、休みの日ってこと?」

「ええ。休みでしょ、普通」

 ハセガワは不思議そうに小首をかしげる/ハンバーグ定食の人参のバターソテーを口に放り込む。

 常磐の勤務はシフト制だから、土日休みが普通ということはなかった/カナの計らいで土日休みが多いけれど、C型/D型怪異が出現しようものなら夜でも呼び出しがかかる。

「時間があれば家事とか。子供と遊んだり───」

「んなぁっ!」

 ハセガワは急に咳き込んだ/お冷を1杯すべてを飲み込んだ。ニシは気を利かせて水を注いだ。

「ニシくん、結婚してたのか」

「子どもというのは、魔導災害の後から特例で孤児たちを預かっているだけです。里親さえ見つかればすぐ出ていくんですが、子どもたちの希望もあってなし崩しのまま暮らしてます」

「そ、そうなのね。安心したわ。子どもが好きなのね」

 好きというより責務といったほうがいい/子どもたちを助けているだろうがその存在で助けられることも多い。

 ハセガワはニシの左腕辺りを見ている。

 左腕=最高位の魔導士を監視するためのGPSの腕輪/5年前の制度が始まった当初は会う人すべてからジロジロと見られた。興味やら感謝やらもあったが得体の知れない魔導の力への畏怖が多かったはずだ。

 いや、結婚してるかどうかの話だったか=とすればハセガワは指輪の有無を確認しようとしたのだろうか。

「ハセガワさんはどうなんです? 子どもが好きですか」

 何気ない言葉のキャッチボール/ニシは炊き込みご飯に箸を伸ばす=感想:ややみりんが多い。

「ええ、そうね。子どもね。ええ、好きよもちろん」

「じゃあ、仕事に慣れたら結婚を?」

「したいのは山々だけど、なかなか相手が、ね」

「最近、結婚する人が増えているらしいですよ。あの災害の後くらいから人生を楽しもうって人が増えたらしくて。あ、この話、まずかったですか?」

「ううん。私は仙台の出身だから、全然」

 魔導災害に関する話がタブーな人は多い/常磐の旧東京監視基地ではトラウマも怪異も笑って吹き飛ばすような筋肉野郎ばかり=気遣い無用の職場。

 ニシは炊き込みご飯定食を完食=たまには落ち着いた店で食事をするのも悪くない。

 テーブルの向かいのハセガワ=ハンバーグ定食を完食/ソースが付いていないか丹念に口周りを拭く/ニシに1500円を差し出す。

「私、お手洗いに行ってくるから代わりに払っててくれない、ニシ

「ええ、いいですよ」

「おいしかったわね。また来ましょ」

 ハセガワが席を立ち、ニシはレジで支払いを済ませた/スマホで支払いポイントを貯める。

 定食屋の外=昼下がり/夏の熱い風が吹きすさむ/その風の流れに乗って企業戦士たるサラリーマンが昼食を求めて歩く。

 戦後再開発された川崎市のオフィスエリア/新築の魔導機関で建てられたビル群。

 新時代を築く、と誰も彼もが期待を寄せている街=これまで見落としてきた景色/「こんなにも人がいたんだな」

 ニシの戦う目的/というより理由=単に常人よりマナへの感応力が高かったせい/善人たれ=ニシを縛る師の言葉。

 ニシの戦ってこれた理由=子どもたち。自分を必要としてくれる/活力。

 魔導以外、これといった取り柄もなく/友人もさして多くなく/とりあえず進学した東京&魔導災害。

「まあ、悪くない」

「ん? 何が? そんなに空を見上げて」

 ハセガワが戻ってきた/一緒につられて空を見る。

「空が、狭いなと思って」

「意外とポエマーなのね、ニシくん。さ、呑気なこと言ってないで戻ったら企画書を練るわよ」

 ハセガワ=パンプスのかかとを鳴らして歩く/小さい身長に大きな背中=カナを思い出す/この1週間は会っていない。少し懐かしい。

 ビルのエントランスのゲートを社員証をかざして通過/警備ロボットにジロジロと見られながらエレベーターホールへ向かう=上層階用のエレベーター。

「ハセガワさん、ちょっとすみません」気になる背後=下層階へ続く階段。

「ん? トイレ?」

「え、ええ、そうです。先にオフィスに戻っててくれませんか?」

 ニシはくるりと踵を返すと階段をスタスタと駆け下りる/「そっちはロジスティクス部門だよ」=ハセガワの掛け声。

 出荷分門/この1週間で行っていない場所/すべての商品に手を触れる機会がある部門。

 ここでも警備ロボットがジロジロ見てきたが社員証を見せたら道を譲ってくれた/通路=両側の窓から全自動の箱詰め工程が見渡せた。

 更衣室=ずらりと並んだロッカー/ローテクなダイヤル錠付き/ほのかに化粧水の香りが漂う。昼のシフト中で人影はない。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 マナが流れ出しニシを中心に魔導陣が床一面に広がった。

「やっぱりここだ。マナの残滓がある。が、今じゃない。たぶん、昨日くらいか」

 ぐるりと見渡した先=シフト表/3交代制。

 朝や昼は開発部の魔導士がやってくるかもしれない=必然的に犯行は夜か。

 ニシはスマホを取り出した/通話履歴からリダイヤル。

「社長、犯人の可能性が高い人物を特定できたかもしれません」

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