6:火曜日 午後

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 ニシの足元=マナの感応者にしか見えない魔導陣が広がる/円と三角形の幾何学模様が時計回りに回る=魔導士を見つける付術エンチャント

 想定外その1=外で昼食を終え、社に帰ってきたのは午後2時を回ってから。

 想定外その2=このビルは無人の魔導機械によって作られた/魔導機関を駆使した巨大な3Dプリント/建築基準法によれば50%まで魔導機関が作り出した石灰を混ぜることができる/そのため若干のマナを放ち、魔導士捜索の付術エンチャントを阻害=各フロアに付術エンチャントして回らないといけない。

 ちょうどニシの鼻先にハセガワの頭頂部があった/光るキューティクル=「身だしなみは社会人の基本です」  そういえば新人研修でもそんなことがあったような。

 頬を高調させ熱心に人の動きや情報の動きを教えてくれている。

「───というわけで、このように、お取引様から頂いた貴重なご意見を企画部に伝えるのです。わかった、ニシくん?」

「ええ、わかりました。大丈夫です」

 大丈夫───付術エンチャントは終わった。別フロアへ行きたい/地下5階の倉庫や地下2階の製造工程、5階のロジスティクス部門が怪しい。

「じゃあ次。次は広報課ね。広告がわかりにくいというご意見があったから」

「それって、15階ですよね」

「ん、ええ、そうね。何か不満?」

「そういうわけじゃないんですが」

 ───さっさと犯人を見つけて100万円をもらって帰りたい/サラリーマンの真似事は2日目にして飽きた。

 エレベーターはなめらかに上昇していく。ほんの数十秒/永遠に感じる時間=過去の記憶がふいに蘇る。

 広がる光景=燃える街/燃える街路樹/燃えた人。

 見た光景=瓦礫/瓦礫/瓦礫──僅かな希望にすがり瓦礫の隙間から生還した人/希望が叶えられなかった人。

 重機を使っても1週間かかる救助作業をニシはほんの数秒でやってのけた=数百トンもの瓦礫を魔導で持ち上げる/運ぶ。

 「ありがとう」=瓦礫の下/コンクリート塊に潰されたエレベーターの箱から5人の男女を救出したときの記憶。

 チン

 エレベーターのドアが開く/過去の因習を振り払う。

 未来を生きるんだ。

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