16 形代は望む
夢か、
((
「寺の結界維持の為に出れないだけで、軟弱な
「私の見た夢が【異能】なら、『首謀者』は自らが化けた天瀬の姿を知っている妖ね。漣廻寺の妖と言えば……夢を喰らうという逸話の幻獣の名を持つ『
「『獏』を飼う漣廻寺は、半妖の駆け込み寺でもあるの。そのまま居着けば半妖の管理が安易になるし、
初代『獏』。半妖だと言うのならば、妖力に耐えられない『人』の器の崩壊により、とうに死んでいるはずなのに……引っ掛かるのは【夢の異能】のせいか。
「
虹鱒の半妖男は、死に際に『
「死んでいたら【異能】は使えない。私の夢に入り込んだ『首謀者』が『生き永らえた半妖』を連れて、生きているのでしょう」
「私も、生存の可能性を肯定するわ。虹鱒の半妖女は【透明】の異能があったらしいから、『蝶』の間引きの日まで『首謀者』と身を隠しているのかもね。……ただ、私達は『蝶狩り』に参戦出来ない。『蝶』に妖力を喰われたら、死ぬのは
冴は弄んでいた金木犀を、花瓶に挿す。淡黄色の彩りが檻の中に齎され……私は気づく。『蝶』の群れを狩れるのは、『生力由来術式』を使える者だけ。私達と同じく妖であり、『蝶狩り』に参戦出来ないはずの『首謀者』らは、『蝶』が狩り尽くされた後に『秘ノ得物』を狙って現れるのだろうか……。青ノ巫女姫を利用するにしても、妖狩人達と戦いながら『蝶の間引き』を『滅絶』に変えるには、戦力不足と言える。
「歩き始めるのなんて、あっという間よ」
冴の言葉通りだった。『蝶狩り』は刻限へ歩を進め、花瓶の彩りは瞬きで変わっていく。ヨタヨタと、覚束無く立ち上がった頃が嘘のように、二歳になった智太郎は白銀の猫耳を顕現し、小さな足で走った。智太郎がじゃれつく
「智太郎も自分の一番を見極めて、守ると誓える日が来るといいな」
笑みを綻ばせた渉はしゃがみ、練り切りを幸せそうに頬張る智太郎の頭を撫でた。
安寧の裏。訪れた『蝶狩り』の決行日に、私は恐れを呑めないでいた。『首謀者』が欲する
私の大切な存在を賭けよと『首謀者』が告げたからには、智太郎も危うい。それは渉も同じなのに、『蝶狩り』は
「猟犬にはならないって言ったくせに……渉は私に嘘を
「嘘吐きと罵られても、俺の
素直に見送るには、血塗れた姿が烙印の如く脳裏に焼き付きすぎていた。土気色の
「必ず帰って来れるという保証が無いじゃない!
「あの時とは違う。翔星は同行出来ないが、俺以外の妖狩人も『蝶狩り』の桜丘へ出立するんだ。今度こそ、『首謀者』の首を狩ると息巻く
その言葉に、私達を不安そうに見上げる智太郎に気づく。平静を演じないといけないのに、上手く笑えない私は小さな身体を
「『生力由来術式』を込めた、
「半妖の私でも、『生力由来術式』を使えるの? 」
「既に生力が込められている術式だから、可能だ。戦闘には心許ないかもしれないが。自分の生力を込めるのはやめた方がいい。半妖は、生力が減り妖側に傾く。人の器の崩壊が早まるし、妖力が術式と反発し、危険な誤作動を起こす時もある。実質、半妖の生力では使えないのと同様なんだ。死を覚悟してまで、己の『生力由来術式』を使う半妖なんて居ないだろ」
――逆を言えば、
智太郎の頭を撫で、私は立ち上がる。沸騰する血が
「渉に強請りたいの。『後継の
白札は、渉の掌から滑り落ちた。『首謀者』に
「渉が危険に晒されるくらいなら、私が向こう側に行くって言ってるの! 何故『首謀者』は二年待ってまで、『秘ノ得物』を使う妖狩人達を一度に狩る機会を得たんだと思う? 複数回の狩りが出来ない死に
彼女の大切な兄は死んだのに、私の大切な渉は生きている。彼女の『蝶狩り』は……兄を【感情視】で間接的に殺した私に対する復讐だ。
荒い息を吐き、渉は私を強く抱き寄せた。骨身に食い込む力が嬉しいのに、肌を掠める
「尚更、その我儘は聞けないな。咲雪自身の為でなければ、俺の得物は渡せない」
永久に離したくないと、互いに願ったはずの刹那。温もりからの解放に裏切られる。渉は檻の外へ身を滑り込ませ、鉄格子は秒の差で閉ざされた! 鉄格子にしがみつけば、指先へ花緑青の陽炎の呪いが再燃する!
「私を……私達を置いて行かないで。 貴方は父親なのよ! 」
「父親らしく、咲雪と智太郎を守りたくなったんだ。俺が帰るのを、信じて待っていて欲しい。もう咲雪を……俺のせいで危険に晒したくないんだ! 」
地上への扉開かれ、
――お前が賭けるのは、大切な存在だ。
夢で聞いた『首謀者』の声が、私の運命を選択した気がした。永久にも思える程に己を憎んでも、燃えて血が滲む指先は鉄格子を開けなかった。発った渉を遊戯の捨て駒にさせたくないのに、『秋陽』の夢は殺せない。
「……お、かぁさん…… 」
袖を引かれ、我に返る。べそをかく智太郎が握るのは、私が受け取れなかった白札だった。
「まもるって、おとうさんとやくそくしたから」
小さな身体に抱きしめられ、私は今『守られて』いる事を知る。私より弱いくせに、何を言ってるのか……泣きたいのか、笑いたいのか、分からないけど、擽ったい。抱きしめ返せば、ほのかな燈が胸に宿る。
「私も智太郎を守るって、渉と約束したの。守るべき約束を交わした『お父さん』を……迎えに行かなくちゃね」
白札へ触れた瞬間、雪花弾けた
己の生力を吸い込み増した
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