15 滅びの蝶
生き残った心は、ゆらりと軋む骨盤同様に空っぽ。裂傷の残痛に、じんわりと耐え……この腕は温かい
『
小さな凛々しい眉を撫でて
秋陽が居たら、私の真似をして智太郎に可愛らしい悪戯をする。千里とお揃いのおくるみをくれて、男の子だけど可愛いお洋服を着せたくなっちゃうねと笑うのだ。金木犀の下で聞こえるはずの陽だまりの声を、私は焼き付けていたい。
眠る秋陽の身体が焔に包まれ、絶対的な
鉄格子の隙間へ指先を晒せば……花緑青の陽炎が燃え上がり、拒絶する。『秋陽が居ない外の世界』をこれ以上知れないように、私の無意識は呪いを掛けたのか。
「咲雪」
燃える爪を覆った手は、智太郎を抱く私ごと引き寄せた。皮膚が焦げる匂いが、
「秋陽が遺してくれた、綺麗な檻の中は温かいのね。何で、なのかな」
「分からないのか? 内と外から、俺達が咲雪を抱いているのに。秋陽さんが望んだ願いを叶えられるのは、咲雪自身しかいない」
渉が耐えるように蒼黒の
「……叶えるよ。生き残ったからには、秋陽の遺言を守る。千里の為にも、私は答えを出さないといけない」
「それだけじゃないんだ、咲雪。秋陽さんが笑っていて欲しいと願ったのは……」
「その女は、貴方の言葉だけでは気づきませんよ。秋陽の亡骸を見送る事も出来なかったのだから」
春に舞う
「
「今は、
その言葉に、歩む那桜が抱く稚児の正体を知る。地下牢へ、望んだ陽が差した。秋陽と同じ鶯色の髪の子は……『
「幸せに生きなさい、
私と錠の解かれた檻を睨め付けるのをやめた那桜は、七年前より変わったと感じた。……違う……七年前も、秋陽を傷つけた
「二人に、本題を伝えるわ。二年後、羽衣石家は『蝶』の間引きを行います。
「擬似妖力由来術式家門の羽衣石家……そうか、君は『
渉に応えるように、那桜が袖から白札を取り出せば、籠提灯が生成されていく。白光で脈動する紙繭の隙間、
「他の擬似妖力由来術式家門からは、羽衣石家は『異端』と蔑まれていますが。彼らは、己の術式を喰い尽くされるのを恐れているのですよ。
「何故、俺達へ事前に情報を与えてくれるんだ」
「秋陽と咲雪を想えば、温情と警告、どちらも伝えたくなったからです。『蝶狩り』に生力由来術式家門の妖狩人が集まるという事は、『
裏から冴達を操り、妖狩人らの疑心暗鬼を
「もう一つだけ、咲雪に伝えないといけない事があったわね」
去り際に、那桜が桜色の袖を翻す。
「七年前。唯一の
陽に包まれた微笑みの余韻に気づいた時、小さな悔しさが立ち込めた。蝶の籠提灯を手に、『幸せの意味』へ導いてくれた那桜は……すでに地上へ消えてしまったから。
「烏合の宮本家が、羽衣石家を使って罠を張り始めたな。『首謀者』を捕らえる為か、或いは『首謀者の配下』としてか」
智太郎ごと私を
「那桜を疑ったりはしないけど、自覚無く
或いは、『首謀者』が
「期待は半々、と言った所だろう。『妖狩人家門当主』達へも、通達があるはずだ。咲雪以外にも探りを入れて『首謀者』への警戒をさせる為か、『首謀者の配下』として『秘ノ得物』を狩る宣戦布告かは分からないが……
「警戒はしても、応えてあげる必要なんて無い。私は『家族』と居たいの。……もう渉は、私達を置いて猟犬になったりしないでしょ? 」
「……ああ」
渉の儚い微笑に何も言えなくなった時、智太郎が欠伸をした。苦笑した私達は不安ごとあやす内に、川の字で泥のように眠りへ落ちていく。渉と私で額を近づけ智太郎を守るように抱き、『池』のように円くなって。呼吸と人肌の温かさを感じながら深く落ちるのが心地好いなんて、久しぶりだ。これが、私の『幸せ』だったのか。
――恐れていた、
背丈程の蓮の葉が、露を弾いた夢だった。白い長襦袢を引き摺って、
彼が振り向けば、左肩から背へ垂れ下がる金糸の
「貴方は……
「そう見えるなら、『蝶』を知ったお前は正しく夢に沈んでいる。
咲いた
「可能性? 」
「あぁ。『人』に肩入れする『妖』のお前は、問いに答えねばならない。埜上 咲雪、お前が救いたいのは『人』か『妖』か」
「救いたいなんて、高尚な事を問うのね。私は大切な『ひと』達と過ごしたいだけ。『人』も『妖』も、私には関係無いの」
「『人』に飼われているくせに、憎悪が無いとは恐れ入る。帰るべき隠世を捨てただけはあるな」
「私が憎悪してるのは『妖』の方よ。『人』を憎んで化し、憎悪の連鎖を始めたのは『原初の妖』だから。私の
「初めから『妖』であるお前には分からない。『人』が『人』に、どれ程残酷になれるのかを。
天瀬が
「……厄介なモノに憑かれているのか」
「天瀬かどうかも疑わしい貴方こそ、『人』じゃないでしょ。貴方は、海辺で出会った私へ予言をした『青い左眼の占い師』なの? 」
「予言……? あぁ、【未来視】の
妖力を喰らう『蝶』を滅したいのは、擬似妖力由来術式家門だけでは無い。妖達も同じだと気づけば、天瀬の瞳孔は獣のように細く化していた。
「兎角。誘いを断ったお前は、
我に返れば、腰まで泥濘に沈んでいた! 牙を剥き、私を沈める泥に藻掻くも虚しい抵抗になる。
「そんな遊戯、する訳が無いじゃない!」
「お前の
今まで沈むのが緩慢だっただけだ。呼吸も、氷のような眼光を睨む視界さえ、泥に遮断された私は奈落の
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