❄『蛍雪中学校』時代❄
十五歳
01 死に往くプールサイド
『人』になってから、この半年間『
名前を呼ばれる迄、臆病な私は背中を焼く熱射から逃れて木陰に逃げる。プールサイドにはみ出した松の木の下。私の膝の間には、小さな孤独と安寧があった。
蟻、蟻、蟻……。
湿った石タイルの溝の苔に、侵入者あり。潰せる程、虫にも無視にも耐性は無いくせに。同じ木陰の下で休む同級生達から、私はそっと距離を置いて居る。
視たくない【黒い糸の絡まり】を洗い流したくて、私はプールサイドの洗顔器で目を洗う。蛇口から出る水道水で目を洗うなんて、今の時代なら有り得ないらしい。実際、有るのに使う人は稀だ。
『二股の蛇口から上に、水が出るの。知ってる? 私は割りと、気持ち良くて好きだったけど』
私にそう告げた母はここには居ないし、もう絵本に触れる事も無いのだろう。私に『家族の夢』を説く必要など、無くなったのだから。
「
残念、呼ばれてしまったようだ。いや、かえって良かったのかもしれない。もっと冷たい水で、私の心臓と同化した『太陽』も洗い流したかったから。赤い鉄板で踊る童話の刑罰の如く、ざらついた石タイルは歩む足裏を焼いた。
――甲高い笛の音は裂く。青空に昇っていく白すぎる入道雲が、私を脅かす。
『 他者と切り離された静寂。有るのは自己のみ 』
割と悪くない。塩素を無視すれば、このまま氷漬けにされたら綺麗な水晶になれるんじゃないかと思う。身体に巣食う熱を殺して欲しい。息を止めた私は本当にこのまま消えてもいい……と思ったが、残念ながらプールの中は独りじゃないのだ。また次の
揺蕩うのも諦めて、銀の手摺に命を救われよう。あんなに冷たくて好きだったのに、肌と髪を滴り落ちる生温い雫が今は不快だ。
「
上がりきった階段の上。先にプールから上がった鶯色の髪の少女が居た。慣れぬ黒紅色の髪から水滴を散らす私に近づき、くりくりした杏眼で遠慮がちに見つめる彼女の名は確か『
「私に媚びなんて売っても、得なんて無い」
バッサリと好奇心を切った私に、予想通り秋陽は何も返せずに顔を強ばらせる。胸をチクリと刺す針を無視して、彼女の前を通り過ぎようとするのに意外な結末が待っていた。
「得はあるよ、私が咲雪と仲良くなれる。……もっと話してみたくて、今日は勇気出してみたの」
臆病な瞳孔に宿す光は迫力が無いのに、秋陽の前から私は去れなかった。結局、私は誰かから話しかけられるのを待っていたのか。不甲斐なさに呆れてしまう。
「何で私なの」
次いだ言葉は、結局秋陽の歩み寄りに期待している。
くしゃりと嬉しそうに笑った秋陽に。
「何でだろ。咲雪の事が知りたくなったから、かな」
「……私なんかの事が知りたいの? 」
秋陽の好奇心の持続に期待しているのに、身の内の秘匿に触れられるのを恐れている。隠した白銀の髪に触れられて、秘匿が弾けたら……私はもう
開け放たれた校舎の窓から、蝉の声と混ざった誰かのアコーディオンが聞こえる。音楽の授業で練習中なのは明らかで、下手くそ。歩み寄れない私も人の事は言えないけど。
それでも頷く彼女に、ほんの少しだけ期待してしまったのは……諦めかけの『愛』だった。
――――*―*―*―(挿絵)―*―*―*―――――
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―**『凍りつくプールサイドと咲雪』**―
(本来の姿ver.)
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