the victimhood as axiom

 平等主義(エガリタリアニズム)、人道主義(ヒューマニズム)、女性主義(フェミニズム)。最後のものもまた、前の二つと同様に、政治的倫理的な一つの立場である。それぞれは比較可能であり、決してどれか一つが比較を絶した正義、真実であるということはない。この立場がたとい自由主義においてのみ可能だとしても。

 女性主義はひとつのパースペクティヴ、女性を人類のうちの抑圧された、傷付けられた種族であるとみなす視座である。このように定義するのはリン・ヴァラカッリ・キャヴァノーである。『女性主義の四つの波』という著書を最近出したらしい。参照したのは以下のサイトである。


https://www.progressivewomensleadership.com/feminism-why-not-egalitarianism-or-humanism/


 平等を求めるというかぎりで、女性主義は人道主義や平等主義とよく似ている。そのためキャヴァノー自身家族や知人からよく「女性主義と平等主義はどこが違うのか」と聞かれる。彼女は今度あらためて平等主義や人道主義と比べての女性主義の特色を明示しようとした。

 平等主義は哲学及び倫理学の一部に属し、平等の他に寛容と世俗主義を勧めるものである。人道主義は政治哲学の一分野であり、あらゆる人間は平等であるからリソースの配分においても平等であるべきだと主張するものである、とされる。

 女性主義は先行する二つの平等志向の運動に多くを負っているとキャヴァノー自身みとめる(付け加えれば倫理学における平等という主題はアリストテレス以来の古典的なものであり、いわゆるヒューマニズムは19世紀頃に成立した女性主義とほぼ同年輩の観念である)。しかしとキャヴァノーが強調するのは、女性主義は「ジェンダー平等」を推進しようとする唯一の運動であるという点である。女性主義がその名で呼ばれるのは、「その人格性を否定され、抑圧状態の内に隷属しているジェンダーが女性であるためである」。フェミニズムは「女性のためのジェンダー平等を獲得するための社会的政治的運動である」と言われる。人間は二つ以上のジェンダーに別れており、それらのうち女性femaleとは抑圧され人格性を否定されるジェンダーである。女性は人類という類の中の抑圧された種である。この基本的命題から女性主義は出発する。

 人間は本来自由であるにもかかわらず、いたるところで鎖に繋がれている。人は己の虜囚の境涯から逃れることを欲する。人間の一半は、己の隷属状態がその性別に由来することを見てとり、性別を同じくする虜囚の同志に呼びかけ、自らの虜囚の境涯と永久に訣別することを決意した(以上、日本国憲法風)。

 フェミニズムという思潮において、「女性はその人格性を否定され、抑圧状態に押し込められている」という命題は、反駁不可能な公理である。女性は、女性であるかぎり、何らかの契機においてその人格性を否定され又抑圧されている。あるいは「女性主義はジェンダーにかかわらずすべての人の平等を獲得するための運動を続けてきた」とも書いているから、女性以外の「全てのジェンダー」の人間の平等を求めることもするだろう。しかし、典型的には女性が人格性を否定され抑圧されるraceであると規定されるように。「支配的なジェンダー」即ち男性は、必ずやその人格性を肯定され他者を抑圧するraceであると規定されることになる。

 これは現実の観察とはいっさいかかわりをもたない、女性主義の公理である。統計的記録において女性による男性配偶者への家庭内暴力が見いだされても、女性主義者の立場は変わらない。それは家庭内暴力を受ける男性配偶者にとって不幸な例外であり、女性主義者にとって不幸な例外ではない。

 いないことにされる男たち。

 抑圧される種族としての女性という公理。

 公理としての遇難者性から出発する女性主義は、20世紀後半に力強く人類の一半の解放を主導したイデオロギーであった。その実践的意義は疑うべくもない。しかし人間は悪から善を作ることができる。少なくとも、まさに現実に女性が遇難している境涯においては、その命題は有効に妥当する。しかし経験を離れた普遍的命題としてそれが主張されるとき、それは誤りとなり、虚偽となり、悪となるのだが、だから悪から善を作ることができる。

「ポストフェミニズム」という言葉の下に、「いつまで女性は被害者ぶっているのか」という論難も聞かれる。しかし、この態度は決して故の無いことではない。女性主義とはそもそもがそういった公理を前提として進められる一連の思弁なのであって、あなたは女性主義と共に平等主義と人道主義、マルクス主義とレーガン主義を選ぶことができる。多くを選ぶことに悪はない、そう信じたいが、しかしこれは自由主義者(リベラリスト)の思惑であるに違いない。

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