エブエブを見た

 エブエブこと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を見た。米国公開から少なく見積もっても半年以上待たされた期待の一本だけに非常に面白く見れて本当に良かった。

 マルチバース×カンフー!? は話の枕、ほんの序の口。諸価値に関する親子世代間の確執や、人生の「もしも」を思う瞬間という普遍的な主題を柱に、抱腹絶倒・超絶怒涛のマルチバースバトルアクションを展開する……そんな話であるエブエブは、主人公エヴリン対並行世界からの侵略者たちによる、「もしもの自分」の才能を利用した奇妙奇天烈なアクションで魅せ、と同時にマルチバースの破壊者ジョブ・何某の駆使する破滅的な権能をぶちまけ、複数の並行世界が折り重なって語られていくシナリオの綾に家族の確執と愛を織り交わす、そんな映画でした。


・最強カンフー戦士になるマルチバースでは当然カンフーの師匠もいるのだが、この師匠が(そこはかとなく宇宙海賊みたいなカラーリングの)キュートな女性で、ここだけ次元一個違うなって味わい。かわいすぎ。萌える。

・石のくだりとラストバトルのギョロギョロ目シールのくだりは好き。しかし、「石なんだから動くな!」「動く!できる!親だから!」だったか、細かい台詞は違ったと思う、この問答と、その後の石ふたりが断崖を転がり落ちるくだりは、泣けるシーンであるだけに泣かせに来ていることに腹が立った。同じあたりでアライグマの何某を追ってライバルシェフと一緒に夜の道路を走るエヴリンのカットもあり、こちらは一貫して(感動的でありつつ)間抜けな絵面をキープしているのだが、石が断崖を転がるだけのカットは絵面が地味でありそれだけに音楽の効果を強く受ける、それがために感動させるっぽい音楽ばかり耳に残り、腹立たしいのか。


・結局家族愛か! あ~~~~~~あ! という、不満。

・第一部「エブリシング」で主人公が一度死に、「精神が砕け」たことでジョブと渡り合う条件を得る……という転回は見ていて楽しい。しかし己の心を砕き「アルファ」バースにおける娘への苛烈な仕打ちを自らにも課し、それを通じて自らの娘への向き合い方にも何か肯定的な変化が齎されるかと思ったが、娘を認めるというていで娘のテンポをガン無視して「ガールフレンド」を紹介するという横暴ぶりは変わらず、母子の間柄はあくまで身内の愛情による修復を果たす、そこに情感のグロテスクネスを感じる。

・第二部「エブリウェア」と来たなら第三部「オールアットワンス」も本編としてやってほしかった。あるいは親であることのリアリティを語っているのかもしれないし、それは事実そうだろうが、エヴリンは一貫して親であることの地平から出ない。ジョブ=ジョイへと自らをひきくらべてみるような、自らの言動のジョイにとっての意味を内省するようなくだりが無かった点に今一つ食い足りないものを感じる。マルチバースという舞台装置を提示する第一部、ギミックを通じて主人公が世界の・人間の卑小さの認識に進む第二部と来て、破滅に陥った自身の「精神の砕け」から、自分より先にその状態に陥った「娘」を慮る気持ちへ、そしてまた自らの世界における娘への態度の転換へ向かう……ひいては「オールアットワンス」、同一時間平面の別世界への移動のみならず、全時間平面への移動へと自らの力を拡大させる……第三部、としてもよかったのではないか。

「娘であること」への「内省」については……いわゆる「他者理解の傲慢さ」のテーゼが、多人種社会であるがゆえにいっそうリアルなものとして感じられるために、状況の異なる他者の内面を洞察するかのような書きぶりを慎んだということなのか。

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