『異形コレクション 超常気象』を読んだ

ツイートのまとめ


・大島清昭「星の降る村」…ジャーナリスティックな筆致で語られる、引退したアイドルのバラバラ死体の降着現象。マスコミやファンが詰めかけて様変わりする村を背景に、UFO・Fafrotskie現象と集合的無意識、そして語り手の秘密が、道端の地蔵と絡みつき、終幕に雪崩れ込む。

 降る!という異常現象とその余波、更にはその考察の三段重ねで楽しませ、最後に話の枕だった地蔵と考察部を結び付けて破滅を暗示させる結末をぶっぱなす。こら、すげえ!技巧がギラギラに冴え渡るね。


・篠たまき「とこしえの雨」…これは完全に趣味の問題なのですが、露骨なエロティシズムに寄られると私の魂が勃起しないんですよね。エロティシズムやセクシャルな興奮がまさにそのものに結び付けられるとあまり面白味に欠ける。高いところやデカいもので勃起するんです、こいつは……

 白昼夢のような凄惨な体験を経て、内臓を貪る夢を見て過ぎる人生。目元の素敵な霧子さんには雨を降らせる力があるらしい。「僕」は次第に彼女の臓腑に惹かれていくのだが…鮮やかに逆転する終盤の展開で一番興奮する。ループものめかせなくても、あるいは連鎖でも良かった。


・宮澤伊織「件の天気予報」……都市伝説の翻案と、立ち向かう女ふたりのかけ合い。面白いな。面白いと思ってしまったので負けです。裏世界ピクニック、どうやって手に入れるか……

 奇妙な天気予報が件のそれに変わり、天気の予報のはずが〈あびまちあざやきばら〉で〈ところによりやみつく〉という異界の異変の予報告に変わる。それだけがポンとお出しされることによる突き放した恐怖、悍ましさがある。携帯電話の天気予報機能による先回りという機転を効かせた解決も美味しい。


・柴田勝家「業雨の降る街」…殺した生き物が六年に一度降る「業の雨」=業雨が信じられる地域を舞台にしたジュブナイル短編。SF的な解法も示されつつ、虫や獣の死骸が降るというグロテスクな奇想もまたしっかりと描かれる。今一つはっきりしないのは最後の死体で、あれは語り手が渡した鶏冠石の毒を自ら服んだ清宮が死んで、そのために彼女の姿が見えたということなのか、それとも本当にあの場に出てきて清宮が飛び降り自殺を図ったということなのか、はっきりしない。はっきり書いていないんだからそうなるのも当たり前です。多分。7節で終わっても奇妙な爽やかさがあって良かった。


・澤村伊智「赤い霧」…地方暮らしの相互監視・一方的な支配、ニュータウンの地域の繋がりの薄さと、澤村お得意の"土地に特有の厭な人間関係"と超常的怪異の合わせ技が光る。


・斜線堂友紀「『金魚姫の物語』」…タイトルがよくわからない。『』と何かの題名風にしているにもかかわらず写真展の題がそれというわけでもない。個人的に今一ついけすかないという感想をまず抱いたせいでこんな書き方になっている。

 そうは書いてないけれど、ボーイミーツガール、きみとぼく、死ぬヒロインと無力なぼく、といういつもの座組であり、悲劇を芸術に昇華させつつその満足はふたりの間でだけ得られるらしいという結末もお馴染みのもの。お涙頂戴のノリを削ぎ落とした変則闘病ものの味わいがある。


・坂入慎一「三種の低気圧」…文体軽妙なショートショート3作。

「二人きり」が一番好き。

「奥様はカテゴリー4以上の非常に強い祟り神になる可能性があります」

等々、人間が台風めいた祟り神になる世界を舞台に異常な台詞や状況が矢継ぎ早に繰り出される。祟り神になる妻の顛末と並ぶ今一つの縦軸としては、記念日には贈り物を欠かさず闘病にも親身に付き添う夫「僕」、妻の祟りの行き先とともに明かされる夫の異常な愛情も読者を惹きつける。


・空木春宵「堕天児すくい」…「掬うのではなく救う」とか「わかられてたまるか」「わかりようがないということだけはわかる」とか、空木の使うキラーフレーズにいちいち「やかましすぎる!」と思ってしまう自分はあまり彼女の良い読者ではない。それは抜きにしても、カガリ節と碧節の地の文でそれぞれバランスをとっているところにカガリ節でも砕けた口語体の台詞が入ってきて、前者の地の文が浮いて見えてくる。三点リーダやダッシュで地の文に埋め込み、なおかつ文体も揃えることはできなかったか。


・上田早夕里「成層圏の墓標」…夜にだけ降る雨、人型の雨水「雨坊」、部屋を浸す膜状の水、成層圏の高度記憶媒体。それらがつながっているのはわかるが各部分の細部に関する語りがもう少し欲しいという欲目が出る。雨坊か膜状の水かどちらかに絞れなかっただろうか……すると人型の雨水が人をとり殺すことになるわけで、かなりB級ホラー(?)めいた感触が強くなるとしても。


・田中啓文「地獄の長い午後」…元ネタ?の「地球の長い午後」未読の自分はあまり良い読者ではなさそうだが、いささか軽みに傾きすぎていると感じる。はいはいルルイエルルイエというか、やはりラヴクラフト神話のキモは怪物じゃなくて怪物を崇める異人種と混淆の恐怖の方じゃあないかと思われてくる。


・黒木あるじ「千年雪」…雪女めいた、しかし(山の)人魚を題材にした短編ホラー。ジュゴン説や神罰仏罰としての不老不死説、食人説……と考察が飛び、末尾に現れる胎児めいた姿と「人形の怪異」で締めくくられる。王道を行く堅実な建付け。


・井上雅彦「彩られた窓」…技巧卓抜。映画のイメージが点々と転がり、気象にまつわる象徴的な名前の、どこか実在感を欠いた同窓生達の姿が叙述される。この現実感の無さが終盤明かされる一種の口寄せの事実への布石となる。ひとりに複数の色彩が重なることは冒頭の旧校舎の窓の描写でも示唆されるか。

 恐怖や怪しいもの、奇妙なものの戦慄、インパクトは無いと言ってよく、幽霊らしいものが登場してもいたってひっそりとしている。幻想怪奇で言うとかなり幻想寄りの作品。

 同窓生達の過去や先生の述懐にしても今一つぼんやりして見えるのは全体に漂う調子のせいもあるかしら…。


・朝松健「怪雨は三度降る」…室町時代を舞台にした時代伝奇小説。血の雨と屍の雨が降る後半のグロ感は直前の「彩られた窓」とのギャップもありインパクト大。15世紀前半の関東地方の騒乱・中央とは異なる元号の使用は、最近だと「応仁の乱」の始まりをこの頃に据える説も出てるらしいですね。知らんけど


・平山夢明「いつか やさしい首が…」…ホッカイロンとヨギナワを皮切りに、首型の植物?が降ってくる!という異常現象に見舞われたどこかの国。一貫して小学生の女の子の視点から書かれる記録は、インフラの崩壊やいっそうの格差の拡大、そして生活の危機を、あくまで子どもの視点から語り起こす。

 リテラリーゴシックとはまた違った「語り」の力が全編に漲っている。「首雨」の正体や原理はなかなか解明されず、「裏を見ると気が触れる」というよくわからない噂も流れる。やがて家ほどもある巨大な首さえ降る…一連の現象があくまで現象の記録として語られ、得体の知れないものへの恐怖が楽しめる。


・加門七海「虚空」…異常気象を引き起こす「虚空」の動静を伝えるラジオの気象通報を通じて、数千キロにわたる直線の等圧線や一丁目単位の集中豪雨といった超常現象の影に潜むものを語らせる。やがて虚空は成長して全天を覆い……「異常気象」の常態化した現代を素材に、超常的なものの恐怖を描く本作は、気象通報という非常にソリッドで乾いた文体と、語り手の「僕」が見聞きする各地の異常気象をあくまで列挙するという手法の組み合わせで、20年という長いスパンに渡る「異常気象の常態化」現象をあくまで淡々と、しかし背筋を寒からしめるものとして提示している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る