レベル8
巨大複合VRタワー。
そこから伸びる配管は周辺のあらゆる施設と繋がっていた。
その76階。
冷たい風が吹き抜ける虚無の空間にあって、震える燐と滝の
唯一の頼りは前を行く少女の足取りだけだった。
「おい燐、早くしないと鞭女に追いつかれるぞ」
「落ちたらどーすんだよ、落ちたら」
「しかしあの少女がひょいひょい歩いている事実がある以上
不可能ではないということだ
ここで一歩を踏み出さなければ
臆病者として一生笑われ続けることになりかねんぞ?」
「俺が臆病者だって?冗談じゃねえぜ
ここにいたって未来がねえなら乗るしかねえ、この配管に!!」
意を決した燐が無慈悲に伸びる配管めがけて飛び降りる。
「とりゃあっ
うわーとととっ」
配管に着地した燐の足元がふらついて落ちそうになるも
配管にべたっと張り付くことでなんとか回避することに
成功した。
「おい、やったぞ滝
俺は生き延びたんだっ」
「ふむ、燐が成功したなら俺が飛び乗ってもだいじょうぶだろう」
「なんだと滝
てめえ俺で試しやがったな」
「冗談だ、はっ
うわーたたたっ
ふう」
燐に続いて配管に飛び降りた滝も同じように足を滑らしたが
配管にへばり付くことで一命をとりとめた。
しかしこの先が長い。
配管は人一人が立てる幅はあるとはいえ、少しでも
バランスを崩せば真っ逆さまである。
仕方なく二人は配管にしがみついたまま這いつくばって進む。
男が二人、配管にしがみついてる姿を見た照が呆れた顔で
手招きする。
「おい、ナメクジの真似なんかしてないで早く来い
来ないなら置いていくからな」
「ナメクジだと?せめてカタツムリと言えっ」
燐は照に言い返すがどちらにしても進みが遅いことに違いはなく
冷たい風にさびしくかき消されるだけだった。
「おい滝
おまえ立って歩く自信はあるか?」
「配管の最大幅は人の肩幅ほどあるので一見簡単に歩けそうだが
問題は足元に近づくにしたがって面積が狭まっていることだ
これによって歩きが不安定になってしまうと言っていいだろう」
「円形状なんだから当然だろ?」
「ああ、しかしそれはあくまで二本足で歩いた場合のことだ
もし、一本足で歩いたとしたら?」
「な、何を言ってやがるんだ?滝
そりゃ一本足なら足元の面積は増えるけどよ・・・」
「逆転の発想をするんだ、燐
配管の進行方向に対して横を向いて歩けば横幅は無限大になるじゃないか」
「そうか、その手があったか
さすがだぜ滝」
二人は恐る恐る立ち上がると横歩きで先を行く照を追いかける。
「・・・まるでカニだな」
照が追いついた二人を見てまたまた呆れる。
「なんとでも言ってくれ
・・・なあ、先は長いんだ
お互い自己紹介でもしないか?
俺は燐、そしてこいつは滝だ」
「わたしは・・・照だ」
「おいおい、そいつは偽名だろ?」
「・・・わたしに親はいない
今の所属組織に拾われて与えられたコードネームが名前だ」
あまりの突拍子もない話に燐と滝は顔を見合わせるが
嘘をついてる様子もない。
いや、仮に嘘だったとしても真実を知る術はないので
けっきょく信じるしかなかった。
「なんだ、おまえもいろいろと背負ってんだな
まーでもあれだ
てるてる坊主の照ちゃんか
うん、なかなかいい名前じゃねーか、なあ滝」
「俺に振られても困るが・・・
ボーズ市民に希望の光を照らす女神になってほしいという
願いが込められているのかもしれんぞ?
そう考えれば悪い名前でもない」
「慰めてでもいるつもりか?
わたしはもうそんな子どもじゃないので気づかいなどは不要だ」
「そんな華奢な体して何言ってんだか
おい照、寂しいなら寂しいと言えばいいんだぜ?
俺たちがいつでもお兄ちゃんになってやるからよ」
「誰がお兄ちゃんだ誰が
そういうことはわたしの足を引っ張らない一人前になってから言うんだな」
「ん?ということは一人前になればお兄ちゃんって呼んでくれるってことか?
なあ滝」
「まあ、文法的にはそう解釈せざるを得ないだろうな」
「ち、違う
これは言葉の綾というものであってだな・・・べ、別にお兄ちゃんなんか・・・」
照を励まそうとする燐と滝に冷たい態度をとり続けていたが、
意図しない発言の不意を突かれて思わず赤面してしまう。
そのかわいらしい姿に調子に乗った燐がさらに軽口をたたき込む。
「さっきは華奢と言ったが、よく見たらなかなか出てるとこは出てるような・・・
じゅるじゅるじゅる」
「うわ、ジロジロ見るな変態っ
おまえのようなお兄ちゃんも不要だ」
よだれをたらしてニヤつく燐に照の顔がさらに赤く染まる。
「おい照、顔が赤いぞ?
熱でもあるんじゃないか?
俺が測ってやるから脇を出せよな」
「きゃっ、腕を伸ばしてくるんじゃない
わたしの体に触ったらここから突き落としてやるからな」
「おい燐、いいかげんにしろ
こんなとこで暴れたら本当に落ちるぞ」
「わーた、わーたよ
そんなに怒んなよ、滝
さあ、先を急ごうぜ」
「それは私のセリフだっ」
騒がしい自己紹介はようやく収まるが
おかげで3人の距離は縮まった・・・のかもしれないのだった。
そんなこんなで配管の上を進み続けていると分岐された地点に
出くわした。
この空中を張り巡らされた配管網はあまりの複雑さからクモの巣と
呼ばれているほどだった。
増設に増設を重ねてもう管理者すら把握できていないかもしれない。
もっとも管理者が誰だったかわからない可能性もあるのだが。
「おい、迷ったんじゃねえだろーな?」
立ち止まってじっと黙り込む照に燐が不満げに口をはさんだ。
「ちょっと黙ってろ
ここでいい近道があるんだが・・・
どうやら今日は休みらしい」
「近道?
そういやどこに向かってるのかまだ聞いてなかったな」
「竜京駅だ」
「竜京駅だって!?
あの凄腕ハッカー集団の巣窟と噂されてる?」
燐の驚きの声に滝がすかさず返す。
「いやそれは噂でしかないはずだ
ここボーズシティーの市民IDはコンピューターで完全に管理されている
そんなのはオールド映画の中だけの遺物だ
この閉鎖空間で違法行為を行う余地など残されていないはずだ」
「まあ、そう思っていればいいさ
知らないほうが幸せなこともある・・・」
思わせぶりな照の発言に燐が真剣な顔でくらいつく。
「おい照、やはり何か知ってるんだな
頼む教えてくれっ
俺たちはエコポイントに縛られた人生に飽き飽きしてるんだ
照の所属してる組織ってのは何なんだ?
照、おまえは何者なんだ!?」
「そ、それは・・・」
燐のたたみかける質問攻めにたじろぐ照が
口を開こうとした瞬間、
バババババババ!!
と轟音が鳴り響く。
その音がこっちを目指して近寄ってくるのがはっきりとわかった。
懸命に周辺の空を探索する燐の目に黒い物体が飛びこんできた。
「武装ヘリ!?」
初めて見る装甲を纏ったヘリに燐は興奮気味に叫ぶのだった。
レベル9につづく
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