■03: ボーダーライン(3)
彩乃は「ヘルズゲート」ビルの正面入り口で突入時間を待っている。
スポーツブランドのノースリーブシャツにアームカバー、スポーツタイツ、ランニングシューズ、サイクリング用のグローブ、クリアレンズのサングラス。ダイレクトアクションのチェストリグ。
チェストリグ正面には四本の予備弾倉の他、左側面に追加されたポーチにフラッシュバンが収められている。左のショルダーストラップには通信端末がマウント。
腰のベルトにはサプレッサー、フラッシュライト、ドットサイトの装着された
玄関先を映す監視カメラの存在に気付いていないかのように振る舞いながら、悠長に装備をチェックする彩乃。
短銃身ライフルに弾倉を挿入し、照準器の電源を入れる。
短銃身ライフル――MCX Rattler。使用弾薬.300ブラックアウト。単発オンリーの民間仕様のものを伸縮タイプのストックに換装。CGS製サプレッサー、トリジコン製のグリーンドットサイト、フラッシュライトが装着。
「パトちゃん。一分前、用意はOK?」
扉の電子ロックに取り付けておいた解錠デバイスを起動し、スマートウォッチを覗き込む。横目で建物内の動きをスマートコンタクトレンズで窺いながら。
いまこの瞬間も、敵側の誰かが監視カメラをモニターしているはず。いまから突入することを察知させる。
「30――」
彩乃はスマートウォッチを操作し、ジャミングをアクティブにした。私物のスマートフォンでジャミングが有効になっているか確認する。
MCX Rattlerのチャージングハンドルを引いて、初弾を装填する。
扉と背後を見て、少し身を屈める。
「3、2、1――ゴー」
(頑張ってパトちゃん)
彩乃は心の内でパトリシアを応援し、ハックした電子ロックを解錠。堂々とドアを開け放ち、足音を鳴らしながら、エントランスフロアへと入った。
視線が彩乃に集まっている。
「なんなんだ、こいつ」
突入者が泰然とした様子で入ってくるとは想定していなかっただろう。困惑と脱力の気を滲ませている。そもそもの話、攻撃者が全部で二人、というのも彼らを気抜けさせていた。その襲撃者も二手に分かれ、単騎で突入してきている。
「ヘルズゲート」メンバーたちは、すでに勝ったような態度ではいるが、それでも最低限の警戒心を彩乃に向けてきている。一人とはいえ、自動ライフルを装備している人間を前に完全な油断はできない。しかも、持っている銃器がサプレッサーの装着された〝いかにもプロっぽい〟短銃身ライフルとなればなおのこと。
正面玄関方面の敵は全部で九人。エントランスフロアに四人、フロアと繋がったロッカールームに二人、奥の通路角に三人。全員がボディーアーマーもしくはプレートキャリアを着用し、サプレッサー付きの
地下への主階段はバリケードで塞がれている。
正面口防衛チームのリーダーらしき男が、ハンドサインを送る。
指示を受けた二人の戦闘員が自動小銃を構えながら、彩乃へにじり寄る。一人は後方のメンバーたちの射線に被らない位置と彩乃からの距離を保ち、もう一人も味方の射線からは逸れた位置取りで彩乃の背後に回る。
そのとき、裏口の方向から湿気った銃声と怒号が聞こえてきた。「ヘルズゲート」メンバーはそちらへ気を向けた。
「おい、そいつから目を離――」
現場指揮官らしき人物が、指示を飛ばそうとしたとき、彩乃は筒先を上げた。
前方の戦闘員の胴に三発撃ち込み、背後のもう一人にも数発撃ち込む。
敵はライフル弾対応の防弾プレートを装備している。しかし、貫通できないとはいえ、200グレインの.30口径弾を超至近距離で浴びれば衝撃で動きが鈍る。その隙に、頭部へ撃ち込んで完全に無力化させる。
遅れて戦闘員たちが彩乃へ一斉に発砲する。数発ずつの指切り射撃を繰り返す。彩乃はそれらを躱し、反撃、カウンターに滑り込んだ。
「ヘルズゲート」構成員は、最初こそ一斉に撃ってきたが初動で倒せないと見るや、すぐに物陰や別室にカバーし始めた。それぞれのカバーから交互に射撃し、彩乃に圧力をかけている。その間に再び距離を詰めるが、何かしらの遮蔽がない場所へは移動せず、彩乃とは距離を保っている。
カウンター後ろの壁に銃弾が断続的に撃ち込まれる。
石材調のセラミックパネルに虫食いが増え、崩れていく。石膏ボードや断熱材が飛び散り、白く煙る。カウンターにも何発か弾が命中し、彩乃のすぐ近くを通り過ぎた。
彩乃は、自身の晒されている脅威には目もくれず、カウンター越しに敵の配置を見て、どう動くかを考えていた。
隙を見て階段を駆け上るのもありだが、当然の如く階段上から撃ち下ろす形で待ち構えている敵がいる。階段上の敵を片付けて、二階に上がった場合、一階の敵は自分を追ってくるだろうか。パトリシアのほうへ流れていかないだろうか。こちらを優先する確証がない以上は、ここで全員潰しておくべきだろう。
「ヘルズゲート」のメンバーたちは、初動に別方向の気配へ気を取られ動きが鈍りこそしたが、前情報どおり素人にしては動けるのは確かだ。
しかし、これでは実弾を使ったサバイバルゲームごっこの域を出ない。
彼らはプロの型を真似すれば、優位に立てると信じている。訓練して、その動きをすれば勝てると思っている。訓練を受けたことはわかる動きだが、その訓練もおそらくは自分たちが突入することを想定したもので、防御側のシチュエーションは、ほとんど学んでこなかったのだろう。どこかの施設、例えば原子力発電所や生物研究施設などを片道切符で攻め落とすには、それで十分かもしれない。
彼ら「ヘルズゲート」を根城にするテロリスト予備軍の想定では、介入してくるのは情報部の人質救出チームで、裏切り者の情報を使って罠にハメるはずだった。来る本番のための、実戦形式の訓練にする算段でいたのだろう。
しかし、現実に突入してきたのは、彩乃たち「殺し」に特化したチームだった。
たった二人の襲撃者に、テロリスト予備軍たちの気は緩んでいる。訓練の成果を試すのに丁度よいどころか温い相手だと錯覚している。狩られるのは自分たちだと気付かずに。彼らは目的を果たすためには命を賭してもいいと考えているだろうが、それは本番での話だ。その本番を迎えるには、前提として今日を生き延びねばならない。
そして、それは叶うことはない。
実戦を想定した訓練にしようなどと考えて下手に動くより、最奥で機関銃を構えて待っていたほうが勝機はあった。
一階のエントランス方面を固める戦闘員たちは、こちらに圧力をかけながらも、もう一人の侵入者を気にしてか、後方警戒にメンバーを割いている。それがチャンスだと、彩乃は考えた。
パトリシアがこちらに来ることはない。しかし、「ヘルズゲート」側はそのことを知らない。常に別方向からの襲撃に気を配らなくてはいけなくなっている。たった二人とはいえ、襲撃者は襲撃者。
彩乃は、カウンターに置いてあったファイルを放り投げた。
ページがバサバサと音を立てて、羽ばたく。ほんの短い飛翔ののち、床に落ち、激しい衝突音を鳴らした。大理石調の床材と、セラミックパネルを主とした内装に音が反響する。
突然、視界の前に現れた異物と音に戦闘員たちが反応する。
過剰ともいえる勢いで、視線と注意がファイルに向く。反射でファイルを撃つ者もいる。飛び出したのがカウンター裏に隠れた襲撃者ではないことに、俄かに緊張が霞んだ。まだ敵が潜んでいることを忘れかけているかのように。転がった薬莢同士の擦れる音が止み、一瞬の静寂がフロアを染める。
緊張の糸が緩んで、再び張り詰める。一番危険な時間。
わずかな間を逃さず、彩乃はカウンターから飛び出した。
一気に駆け抜け、最も距離が近く遮蔽から身を出している戦闘員の懐に潜り込む。彩乃に圧をかけることに集中しすぎて、カバーから離れてしまっていた。その男の胴体に二発撃ち込み怯ませてから、彩乃は壁に張りついた。スマートコンタクトで他の敵の動きを見てから、被弾のショックにまごつく男の頭にゆっくりと照準を合わせて一発撃ち、倒れたところで腰や肩に命中するように追撃する。
頭部への一撃以降の攻撃を挑発と見做した戦闘員が遮蔽を飛び出し、攻勢をかけた。彩乃の隠れたコーナーへ向かって銃弾が殺到する。
彩乃は、中途半端に弾の残った弾倉を交換し、飛び出すタイミングを見計らう。
通路に躍り出る。一斉に銃口が彩乃に張りつく。彩乃は自らに向けられた火線をかい潜っていく。敵の配置は、ほぼ一直線。
スライディング、潜り込む。低い姿勢、モディファイドプローン様の姿勢で撃つ。突き上げるような射撃。
五発撃って命中は三。二発は脚、一発は腹。
腹部に中った弾丸は、予備弾倉と防弾プレートが阻んだが、大腿部に命中した二発の弾丸は銅の花となり、筋肉と骨、血管を抉り切った。衝撃でパンツの大腿部が裂けた、着弾時の肉体の変形を布の筒は抑えきれなかった。
被弾した脚はその機能を果たせなくなり、支えを失った男は崩れ落ちた。叫ぶことすらできず、ただ宙を掴む。大腿動脈は破壊され、夥しい血が急速に体外へと流れ出ていく。十数秒もしないうちに処置不能な出血量に至り、長くとも数分で絶命する。
彩乃は、立ち上がりざま、すり抜けた戦闘員に横側から銃撃を加えた。
連射された弾丸は四発。
一発は上腕に中り、上腕動脈と筋骨を破壊し、貫通した拡張弾頭が肋骨を砕き、肺に突き刺さった。一発は肩を掠め、側頸部に命中。遅れて拡張した弾頭が、入射口とは反対側の頸部を大きく抉った。一発は頬に中り、上顎骨を粉砕、散弾となった骨片が脳をかき混ぜる。最後の一発は額を掠めた。
即死し、その場に膝を突いた男を何十もの弾丸が喰い千切った。彩乃を狙う銃撃が、彩乃の動きに一瞬遅れて追従。彩乃が無力化した戦闘員を巻き込んだ。
悪態が飛ぶ。
指揮官らしき男は、二人目が撃たれたのを見るや、上階へと逃げていった。ここを通すな、と言い残して。
残りの戦闘員たちは、指示はおろか指揮役が現場を離れたことにも気付いていない。初の実戦、その興奮と緊張から眼前の課題への集中することしかできなくなっていた。
ただ、目を見開き、彩乃へ向かって銃弾を放ち続けている。
複数人で弾丸をばらまいているのに、たった一人相手に一発も命中しない。
一、二発命中させれば、動きを止められる。そのはずだが、その数発が掠りもしない。それどころか、臆せず距離を詰めてくる。その恐ろしき襲撃者に「ヘルズゲート」の面々に焦りと恐怖が募っていく。
ますます、敵を排除しなければという意識にのめり込んでいく。
統率は崩れ、叫びながら、引き金を引き続ける。
彩乃は壁すれすれを駆け、射線を誘った。幽霊の如く、銃弾を潜り抜ける。硝煙で白む視界を裂いて、敵へと肉薄する。
女性戦闘員の足を払い、彼女が姿勢を崩している間に、別の戦闘員を撃つ。胸に三発、頭に二発。
尻もちをつきながらも自動小銃を彩乃へ掲げる女。彩乃は、その筒先を蹴って逸らし、腿と頭を撃った。自動小銃は、女の断末魔の代わりに何発か銃弾を吐き出し、沈黙した。
最後の一人は、弾切れ。彼は、自動小銃の弾倉を交換するより拳銃に持ち替えたほうが早いと考え、拳銃を彩乃へ突き出した。しかし、持ち替えの一瞬、腰のホルスターへ視線を向けたことで、彩乃の姿を見失ってしまったようだった。
そのわずかな間に、彩乃は男の真横に辿り着いていた。男の側頭を撃ち、壁に寄りかかりながらずり落ちた彼の脇腹や腰にも追撃し、確殺する。
フロアに生存者がいないことを確かめると、まだ弾がいくらか残っている弾倉を交換。
パトリシアの動向を窺いつつ、上階へと目を向ける。
スマートコンタクトレンズ越しに視界に投影された敵の配置、その中の一人に
ひとまずは、長谷川とさきほど逃げた指揮役だけは潰そう。そう彩乃は思った。
彩乃は、ゆらり――と足音を立てずに階段へと踊り出た。数段飛ばしで一気に駆け上がった。
カナリア・インピンジメント 京ヒラク @unseal
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