■08: 極夜(仮)

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エピソード「極夜」の断片・プロット

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2月


テロ計画が実行され、第一段階へと進む。

特殊弾頭のミサイルを積んだコンテナを発射前に発見し、無力化する任務が発令。

彩乃、猫澄、パトリシアの渋谷チームも動員される。

表側の治安部隊も秘密裏に作戦に参加しているが、彼らが制圧するには“厄介な相手”を排除することが渋谷チームには求められている。同種の任務にハニトラチームまで動員されている。



――

22時


彩乃、パトリシア、猫澄、蜂須賀は海沿いの現場に訪れていた。元々は倉庫だった場所で、近いうち解体工事が行われる予定。


そこにトレーラーやバンが停まっている。建物から明かりが漏れている。

トレーラーが目標のコンテナと推測される。

心拍センサーと移動通信端末探知を使って大まかな人数と配置を把握し、口頭と手振りで共有する。ハッキングと盗聴を避ける。


フラッシュバンを構える彩乃。短銃身の散弾銃を吊りさげ、片手で軽く押さえている。

ダニエルディフェンス製の.300blk仕様ARの安全装置を解除し、スタンバイするパトリシア。その後ろに蜂須賀、パトリシアと同じライフルを持っている。猫澄は建物の別の出入り口を見張る。


その彩乃たちを遠方から見ている存在がいる。

敵の狙撃手。

距離はおよそ1キロメートル、使うのはウクライナ製の14.5mmライフル。狙撃手は狙いを定め、引き金を引く。

しかし、弾丸は彩乃を捉えることはなかった。

ドロップやドリフト、風の影響で弾丸は流れ、「運悪く」パトリシアに中った。14.5mm焼夷徹甲弾は、義手に命中し、義手を破壊した。弾丸と義手の破片がパトリシアの腹部に中る。

パトリシアは何が起こったのか理解できぬまま、意識を失う。

彩乃はパトリシアに覆いかぶさる。

蜂須賀は近くの車に身を隠した。蜂須賀は彩乃に逃げるよう手を振る。

存在がバレた時点で、ジャマーを起動し、通話も解禁する。


猫澄が異変に気付き、狙撃手を探す。1キロメートル近く離れた対岸のビルの上階にそれらしいポイントを見つける。「たぶんあれだ、1キロくらいか。目立ちたがりだな」

1キロメートル離れた場所からの狙撃は想定していなかった。


二射目を待つ。二発目の弾丸が地面を抉る、二射目は外れた。彩乃には、中らない、という確信があった。


猫澄は二発目で狙撃手の位置を特定し、その場所を本部へ連絡した。事件か事故が起こったと通報され、すぐに警察や消防が件のビルに駆け付けるはず。すべてではないにしろ、こちらの通信の多くは敵に盗聴されている。狙撃手気取りなら、すぐに立ち去るだろう。

手持ちのカスタムARでは、倒すのは不可能な距離。相手が引き下がるか、別の作戦チームが対処してくれるかを期待するよりない。



扉が開き、中から武装した人員が顔を出す。

彩乃はフラッシュバンを投げた。すかさず蜂須賀が銃を撃ち、援護する。

彩乃が、気絶したパトリシアを抱え、物陰へ移動する。パトリシアを横たえる。意識のないパトリシアと自身の手を濡らす血。彩乃は抑えていた感情が溢れ、「どうしよう、どうしよう」「わたしのせいだ」と狼狽える。

蜂須賀は、彩乃を叱咤し、落ち着かせる。自分のライフルを彩乃に押しつけ、己の仕事をこなすように促す。


蜂須賀は、パトリシアからボロボロになったプレートキャリアを脱がせる。前面部部は着弾の衝撃で破れ、挿入された防弾プレートが露出している。

貫通こそ阻止しているが、防弾プレートには抉ったような跡が横切り、大きくそそけている。構造はほとんど破壊され、機能はほぼ消失している。義手の骨格で勢いが削がれたうえで、ほぼ平行に近い浅い角度で入射したにもかかわらず。よく見るともう片方の腕に横転した弾芯が潜り込んでいる。もう少し命中箇所がずれていたら、パトリシアの胴体がまるごと射抜かれていた。

衣服をハサミで裂く。弾丸片と義手骨格片が、側腹部から肋部にかけて抉っている。胸と腹には擦過傷と皮下出血も見られる。

応急処置を施す。


一方、

猫澄は別の出入り口から出てきた武装集団の相手をしている。物陰に潜み、牽制し、足止めをする。

通話する蜂須賀と猫澄。撤退するか否かを話し合っている。


彩乃はITISの戦術システムをオンラインにする。センサー類の探知情報をスマートコンタクトレンズに投影。

「凪子さん、パトちゃんをお願いします。ネコ、やるよ」

「報復?」

「一割くらいは」



瞬く間に、敵は制圧される。

狙撃手も姿を消していた。

ひとまず安全は確保される。そのまま蜂須賀はパトリシアを連れて、現場を離れた。

残った彩乃と猫澄で、貨物コンテナの中を確認する。

2基あるコンテナの内、片方はコンテナ発射型の多連装ロケット砲。弾頭は通常の榴弾。

もう一方は、超短射程に改造されたコンテナ搭載型ミサイルシステム。弾頭は新型の気体爆薬。これが「特殊弾頭」かは判別がつかないが、普通のミサイルではないことは確かだった。

スマートフォンで写真を撮り、送信し、回収を要請する。



――

同じ頃、

他のチームもコンテナを発見する。

しかし、入手していた情報で把握している数に足りない。まだどこかに隠されている。加えて、弾頭が取り外されているものも確認される。


監視カメラや目撃情報で、動向を割り出す。

別の車両に弾頭のみを移して移動しているようだった。目的地は新宿都庁と国会議事堂。直接乗り付けて起爆しようとしていた。

しかし、ほどなく隠密行動中の自衛隊特殊部隊によって制圧される。攻撃対象になりそうな地点を監視・潜伏していた。




――

10時間後。

ミサイルやロケットによる攻撃が失敗に終わったテロリストたちは、次の手段で爪痕を残そうと考える。

手持ちの銃火器や爆発物を使って、人が多く集まる場所を襲撃する。

選ばれたのは、電波塔、東京駅、渋谷、池袋etc。

そして地下鉄、丸ノ内線。


作戦の第二フェイズが実行に移される。



地下鉄担当のテロチーム。

地下鉄内で生物化学兵器を使い、銃を乱射する計画。

すぐに異変に気付く。通勤の時間帯を過ぎたにしても、人が少なすぎる。ほぼ貸し切り状態。

停電が起こる。何かが闇で動いている。間もなく、灯りが点くがテロリストたちは、全身を化学防護服で覆った奇妙な集団に囲まれていた。SCAR‐SCを携えた彼らは「組織」の強襲部隊。都市伝説や陰謀論で語られる「カナリア」、その最上位部隊だった。

テロ集団は瞬く間に無力化される。


「組織」は事前に入手していたテロ計画と、監視システム、盗聴によって候補地を絞り込んでいた。




――

彩乃たち渋谷チームは電波塔を担当することになる。


パトリシア負傷を知った光莉も、有坂らKGロジスティクス社の有志9人を引き連れ、作戦に参加。

KGロジスティクス社は、光莉を社長とした「組織」の協力企業。有坂ら「両道聖会」の元構成員が何人か所属している。



テロリストたちはいくつかの班に分かれ、展望フロアへ行こうと画策している。チケットカウンターに並ぶが、トラブルで展望フロアへの立ち入りは制限されているとアナウンスがある。

すぐに火事を知らせる警報と、避難勧告の放送がされ、慌ただしくなる。


テロリストたちは全部で17人。

キャリーケースやバッグには爆薬と武器が入っている。当初は基部を爆破して倒壊させようと考えていたが、難しいことを知り、展望デッキで爆発を起こすことで自分たちの存在と行動をアピールすることにした。あわよくば、破壊した上層の重みで倒壊させられるかもしれない。

17人の中には実行直前に加わった“バイト”のテロリストもいた。



火事の警報で、人がいなくなった4階フロア。

彩乃と、光莉率いるKGロジスティクス社員がテロ集団と対峙する。

KGロジスティクス社員たちは、相対するテロリストにどう見ても未成年の少年少女たちが半数近く含まれていることに戸惑いを覚えている。


キャリーケースやバッグ類から武器を取り出すテロリストたち。比較的小型の火器で武装している。本物のグロック18、MP5シリーズ、ブリーチャー仕様の短銃身散弾銃、水平二連のソウドオフ。

アウターの下にチェストリグなどを装着している者もいる。ビデオカメラを手にしている者が二人ほどいる。

1人だけ自動小銃ACE31を持った男がいる。おそらくはこのチームのリーダー。


対し彩乃たちの装備は、

彩乃がMCXラトラーとFN509。

有坂はスーツの上にフライトジャケットを羽織り、

KGロジスティクス社員たちは上半身は紺色を基調としたウインドブレーカーとキャップで統一している。武器は有坂含めた7人がKUSA KP‐9、2人がMini‐30を携行している。



先に攻撃を仕掛けたのはテロリスト側。突如現れた、武器を携え明らかに殺気立った謎の集団に、張り詰めていた理性が弾けた。

比較的冷静なテロリストたちがチケットカウンターや案内スタッフを人質にする。この日のスタッフは、一般人ではなく「組織」の用意した契約エージェントだった。


攻撃が始まり、

彩乃たちは即座に物陰や障害物に隠れた。


ヤケクソ気味のテロリストたち。リーダー役らしき男の指示も、それなりに訓練を積んでいるように見える「班長」たちの指示をもあまり聞けていない。下っ端たちが叫びながら、銃をリソース配分も考えず乱射する。



「ああ、くそ、うるさいッ!」

物陰に身を隠しながら、銃だけを突き出して撃つ光莉。

しばらく嵐のように銃弾が行き交う混迷の現場。

テロリスト側は興奮と練度の低さで、同士討ちに近いことも起こっている。


光莉の近くに手榴弾が転がる。同じ場所に隠れていた光莉の部下が手榴弾に覆いかぶさる。光莉は陰から飛び出し、有坂のいる遮蔽に走る。

しかし、光莉は転んでしまう。おかしなことに立ち上がろうにも立ち上がれない。撃たれたような気がするが、転んだ時に擦り抜いた頬のほうがよっぽど痛く思える。


彩乃が駆け寄る。光莉は脇腹と下腿に被弾していた。防弾プレートでは守りにくい部分。

彩乃は光莉を引き摺り、物陰に移動する。

パトリシアに続いて光莉もか、と負の感情に溺れそうになる。

脚の方は縛ればなんとかなりそうだが、胴の傷は深刻に見える。プレートキャリアを脱がせ、服を捲る。中ったのは拳銃弾、即死を免れた以外はかなり悪い当たり所。止血剤とガーゼを傷口へ押し込む。激痛を伴うはずだが光莉は少し呻くだけだった。早くきちんとした処置をしないと、死ぬ。



Mini‐30を構えたKGロジスティクス社員の一人が手榴弾を投げたテロリストに狙いを定める。「班長」らしき、少し格上のような雰囲気の男。リグにはまだ手榴弾が残っているのが見える。

社員の撃った弾丸は男に中ったが、即座に無力化とまではいかず、撃たれたことに気付いた男は、咆哮をあげ、彩乃たちの方へ突進する。手榴弾のピンを抜こうとする。自爆する気だった。社員たちが集中砲火し、阻止する。


彩乃たちの意識が自爆未遂男に向いている間に、

リーダーらしき男と数人が人質と共にエレベーターに乗り込み、上階へ向かう。


残った数人のテロリストたちは、なおも好戦的な人間とうずくまり泣いている者かに分かれている。

抵抗を続けるテロリストもすぐに制圧される。


光莉と負傷者をすぐさま医療機関に運ぶよう、応援を要請する。

生存者は拘束し、持ち物をすべて回収する。本当なら衣類もすべて剥ぎ取って、遺体も同様にして完全に「無力化」しておきたいところだが、KGロジスティクス社員にそこまでやらせるのは酷だ。

彩乃は単身、上階へ向かおうとするが、有坂が同行したいと申し出る。彩乃と有坂は、上へと向かったテロリストを追う。

彩乃はMCXとチェストリグを下のフロアに残し、少しでも身軽になるように装備を整えた。




――

猫澄は電波塔近くのビルの一室にいる。

電波塔と、電波塔を狙うだろう高所を見やすい場所。

狙撃手は電波塔を狙うと踏んだ。電波塔以南の隅田川沿いか、錦糸町あたりの高層ビルから、電波塔の出入り口と展望フロアを狙いたがるだろうと。


猫澄は、一緒に行動することになったKGロジスティクスの女性社員に荷物を運ばせ、監視を手伝わせる。



しばらくし、電波塔方面が騒がしくなる。避難する人で溢れる。

近いうちに警察と消防が駆けつける。狙撃するタイミングの一つはそこだ。狙うなら、より意味の合う目標のほうがいい。ここでの狙撃手の役割は無差別に市民を撃つことではなく、味方のテロリストの目的達成を助けることだろう。電波塔への突入者を釘付けにすることだ。


ビルの上層階、住居になっている部屋に敵の姿を見つける猫澄。500メートル強離れたビルの一室に狙撃手と観測手らしき人物が見える。2月に窓を全開にしているため、わかりやすかった。

その部屋は今年に入ってから、入居者が変わった。それだけなら不自然さはない。しかし、前入居者は海外へ移住したとなっているが、当該国への申請はなく、それどころか出国の記録もない。そうした情報を掴んでいたため、あらかじめ目をつけていた部屋だった。


KGロジスティクス社員に玩具のライフルを渡し、合図をしたら狙撃手へ向けるように指示する。

猫澄自身は部屋の奥、壁際に胡坐をかいて座っている。

渡したライフルのスコープのレンズフードの先端には反射しやすいフィルタがはめられている。これを振っていれば、狙撃手はこちらを狙うはず。いわば囮。

ごねる社員。猫澄は、報酬を提示し、従わせる。


猫澄は、肩の後ろにクッションを置き、三脚に乗せた6.5CM弾仕様のボルトアクションライフルを構える。

エレベーションノブを28クリック。メモ帳に記してあった500メートル用の簡易調整表に合わせてレティクルの上下方向を移動させる。

天候は晴れ、猫澄のいるビル近辺には強くはないが北風が吹いている。射線近くには川が流れ、上昇気流。そして、電波塔を回り込む気流もある。横方向の偏差は、撃ってみないとわからない。

頭1.5個分ほど横に照準を合わせる。射手より先に観測手を狙う。

合図を送る猫澄、緊張した面持ちで玩具の銃を構えるKGロジスティクス社員。


相手がこちらに気付いたタイミングで、猫澄が撃つ。ほぼ同じタイミングで窓枠の上の壁に穴が開き、室内の壁に弾丸と構造材の破片が突き刺さる。頭を抱え、床に伏せるKGロジスティクス社員。

猫澄の撃った弾は、観測手に中りこそしたが、致命傷かまではわからない。とはいえ命中部位は頭部のいずれか、復帰は難しいだろう。

すぐさま、射手に狙いを移す。発砲。

命中したが、その場から動かない。即座にもう一発、一拍ののち頭に中ったのが見える。

ついでに弾倉に残った二発も狙撃手の部屋に撃ち込んでおく。もし、部屋の中に敵がまだいたとしても、「何者かに狙われている」という圧力になる。

直に、警察なり自衛隊なりの部隊が件の部屋を押さえてくれるだろう。


ひとまずは一仕事終えた猫澄は、部屋の隅で震えて嗚咽しているKGロジスティクス社員を宥める。




――

展望フロア。

彩乃と有坂の姿を認めるなり、テロリストたちは二人を取り囲んだ。1人だけ、銃ではなくビデオカメラを向けている。

少し装備のよい「班長」が人質を拘束し、拳銃を突きつけている。


リーダーらしき男が告げる。

「どうして、我々を阻もうとする。この国の未来のためにやっていることなのに」

「国の未来を憂うなら、破壊工作をして他国が付け入る隙を作るような真似はすべきではなかったんじゃない?」

「……この国は死んでいる、腐っている。それに気付かない死体が生きているように振る舞っているだけだ。腹が膨れているのは、余分な肉と脂を溜め込んでいるのではなく、腐敗ガスが溜まっているにすぎない。それを知らしめる必要がある。もう一度、衝撃が必要だ。当事者意識を目覚めさせ、団結しなければならない」


「対岸が燃え、火の粉が降りかかるだけでは気付きもしなかった。だから、全部壊して、灰にしてしまわなければならない。そうすれば、絆があれば、この国は灰の山から生まれ変われる」

「本当にそんなことで変われると思っているのか? 積み上げてきたものが崩されるのと変わらない」思わず口を挟む有坂。

「そうね、『それしかできない』状況を作り出して強制するのは変革でも復活でも何でもない」自嘲気味に言う彩乃。

「政府に飼い慣らされた犬どもにはわからないだろうがな」

「元自衛官のくせにそういう物言いをするのね」

自身の経歴を口にされたことで男の表情が一瞬固まる。

「……守りたいのは政府ではなく、国だ」


彩乃は両手をひらひらを上げる。そのままノーモーションで人質をとるテロリストへ肉薄する。拳銃を握る右手を天井へ逸らし、そのまま背後に回り、ナイフを左脇に突き刺す。男は反射的に人質を手放す。足を払い、体勢を崩させ、拳銃を奪い取る。

彩乃に反応し、自動小銃を向けるリーダー格の男。その男を撃つ有坂。肩に被弾した男は倒れる。

奪った拳銃で持ち主にトドメを刺す彩乃。頭に一発、胸に二発、下腹に一発。そのままリーダー格の男も撃つ。


その間、他のテロリストたちはまともに動くこともできなかった。

座り込んでいた人質がふらふらと立ち上がり、彩乃と有坂へ礼を言う。

人質は安堵し、どことなく解決ムードもある。


しかし、次の瞬間、チェインソーにも似た銃声が場を引き裂いた。

人質が撃たれる。腰から肩にかけて銃弾を受け、倒れる。傍にいた有坂の上腕にも弾が掠めた。流れ弾が展望フロアのガラスに突き刺さる。

退避し、柱に隠れる彩乃と有坂。

撃ったのは、テロリストグループの少女。MP5Kを全弾人質に向けて一息に放った。

突然の出来事に他のテロリストたちも、「なぜ撃ったのか」と彼女を責めている。

まとめ役を失ったのと、ストレスでこれまで以上に認知や思考が歪んでいる。


「だって、こうなっちゃったら。こうするしかないじゃない! 全部あいつらが悪いんだ」

「そ、そうだ。まだ爆弾はここにあるんだ。自分たちだけでもやれる」

「見せつけてやろう」

進退窮まって、捨て鉢気味のテロリストたち。



面倒だな、と彩乃は吐き捨てる。

FN509をホルスターから抜き、装弾を確認。予備弾倉を左手に握る。

「あなたはヤバそうな動きのを狙って」

そう言い残し、彩乃は飛び出す。

「無茶を言う」


彩乃は陰から飛び出す。

一斉に銃弾が彩乃へ向かって撃ち出される。手榴弾まで投げられる。

破片手榴弾と弾丸の雨を掻い潜る彩乃。

ソウドオフの水平二連散弾銃を持つ青年に肉薄する。青年はパニック気味に二連射する。彩乃は身を捻り、散弾を「回避」し、青年を押し倒し、他のテロリストへ数発撃って牽制する。次に青年の頭を撃つ。

テロリスト視点では、彩乃がとんでもない怪物に見える。アクション映画の主役の如く、弾丸を躱し、敵を倒す。


「ヤバい、爆弾を!」男が叫ぶ。

「ば、爆弾を起爆して!」

「でも、ここは爆破ポイントじゃない」

「そんなのどうでもいいから、早く! いま! いま、やらないと何もできないまま殺される。少しでも傷跡を残すの」

少女が、もう一人の少女に爆弾の入ったリュックサックを託し、彩乃の前に躍り出る。

叫びながら、乱射する。

彩乃は少女へ駆ける。

男が彩乃へ銃を向ける。その男を有坂が狙い撃つ。胴体を中心に5発の弾を受け、男は崩れ落ちる。

弾を撃ち切った少女は別の銃を拾い、再び彩乃を迎え撃とうとする。しかし、すでに彩乃は少女の目の前にいた。彩乃は弾倉を握り込んだ左拳を少女の腹に打ち込む。

倒れた少女に間髪入れず、拳銃の残弾をすべて叩き込む。


残った少女に向き直る彩乃。少女は起爆装置を掲げ、彩乃と有坂を牽制する。

彩乃は拳銃の弾倉を交換し、少女に銃口を向ける。

「やるなら早くすれば。――それとも駆け引きのつもり? ドラマや映画の真似? それなら、このさきどうなるかわかるよね」


「こ――殺さないで、殺さないで下さい。まだ学生なんです」高校生と思しきテロリストが言う。

「そういう手を下しづらい敵を消すのがわたしたちの仕事。自分たちは罰せられないって思い込んでいる覚悟のない狡賢い卑怯者をね」

彩乃は躊躇いなく少女を撃った。頭に一発、胸に一発、腹に一発。


「まだガキだ。いくらなんでも殺すのは」戦闘で死傷者は出ていたが、戦闘で殺すのと処刑のように殺すのとではわけが違う。

「やりすぎって? 元ヤクザがなに言ってんの? お嬢さまに年齢が近いから同情でもしてるの?」真面目な口調。「……本当は国家に仇なす悪人として正当な裁きを受けさせるべきだけど、そうすることで象徴化されるの、こういういかにもな“殉教者”は。だから、“かわいそうな犠牲者”の一人として処理するのが次善の策。この子たち好き勝手暴れて色々壊してくれたから、事件なり事故なりの被害者っていうカバーもしやすい」

「……」

有坂は何も言えなかった。自分たちも、抗争か何かで死んだように見せかけて殺されていたかもしれなかったことを思い出した。

この場で自分たちが死ねば、この事件の実行犯にでっち上げられるだろうことも。自分たちは、過去のような自称「必要悪」でなく、正真正銘の必要悪になったことも。

「それこそ、お嬢さまを傷つけたんだから、手酷く痛めつけようとでも言いだすかと思ったんだけど」

「それこそ何の意味があるんだ」

そうね、と寂しげに笑う彩乃。


起爆装置とリュックサックの爆薬を確かめ、待機中の処理班へ連絡する。

連絡が済むと、有坂の肩を叩く。

「ま、とにかくお疲れ様。あなたたちが来てくれたおかげで少しはラクできたよ。――でも、お嬢さまの件は、ごめんなさい。もし、あの子が助からなかったら、わたしのことは煮るなり焼くなり好きにしていいから」



――

最終的に、

各地のテロは大きな被害もなく制圧される。

この日に起こった火事や爆発事故の多くがテロ関連のもの。表向きは事故などとして処理された。

しかし、池袋での事案だけは騒ぎが大きくなり、爆破・銃撃事件として報道されることとなる。表向きは中国系の犯罪組織と暴力団の抗争という形。実際にはテロリストと犯罪組織が衝突したことで戦闘の規模が大きくなったため、完全な嘘のカバーというわけでもない。




――

後日、

動けるようになったパトリシアは光莉も負傷したと知り、光莉の病室を訪ねる。

光莉は被弾の傷が原因で、車椅子生活を余儀なくされていた。しかし、当の本人はパトリシアに近づいた、となぜかご機嫌。



――

彩乃は、パトリシアが負傷したのは自分のせいだと考えている。

そんな考えは誰にも悟られてはいけない、とも思っている。


「わたしのせいだ――」つい零れる。

ベッドの上、彩乃の隣の男が尋ねる。

「なんのこと?」

「いえ、なんでもありませんわ」笑いかける。「それよりお兄さん、もっと遊びませんか?」

彩乃は男に跨り、己の内に招き入れる。彩乃は踊り、男が望む言葉を囀る。

男はにやりと笑う。が次の瞬間には苦悶の表情に変わる。彩乃が男の首にボールペンを突き立てた。脱ぎ散らかした衣類に隠しておいた「仕事道具」の一つ。全金属製、ノック式。カートリッジには毒が充填されていて、任務によって薬剤の種類を選択する。

ペンを引き抜き、次は後頚部の生え際に突き刺す。毒関係なしに死ぬような急所を狙う。

「はぁ、ちょっと遊びすぎちゃったな――」

男の死体から離れ、電話をかける。しばらくすれば、処理班がやってきて、色恋絡みか猟奇殺人の現場に偽装してくれる。


彩乃が殺した男はスパイ。

彼は、彩乃を篭絡し、エージェントにしようとしていた。

本来はハニトラ暗殺の専門チームの仕事だったが、先日の作戦で消耗しており、その穴埋めに彩乃が駆り出されていた。

蜂須賀ならば、逆にスパイを骨抜きにして利用していただろうな、と冷蔵庫からミネラルウォーターと缶ビールを取り出し、バスルームへ向かう。手荷物も一緒に。人殺しには慣れているが、死体の隣でくつろげるほどには無感情ではない。


それにしても、いつまでこんな生活が続くだろうか。今日のような雑魚を相手にしている場合ではない。

死んだはずの妹が生きていて、おそらく彼女はテロ集団のボスなのだ。どうにかしなければならない。

この状況になったのは、すべては自分の責任なのだ。




――

退院し、帰宅するパトリシア。

渋谷チーム一同で退院パーティー。

クリスマスばりの御馳走とプレゼントを渡される。

パトリシアは12月に誕生日兼クリスマスのお祝いがあり、盛大に祝われたばかりだった。

嬉しい反面、こんなに良くしてもらってもいいのだろうか不安になる。




――

墨田区の水族館。


鞠乃はくらげの展示をぼんやりと眺めている。

電波塔に併設された水族館は先日の件の影響で、しばらくぶりの営業。


鞠乃は、先日のテロが失敗に終わってよかったと思っている。より正しくは、姉が勝ってくれたのが嬉しかった。

そのおかげで、お気に入りの水族館がまた楽しめるのだから。

主張の強い連中はすぐ象徴的なことをしたがる。電波塔や政府庁舎を破壊したり、有名人を派手に殺したり、大量殺人を起こしたり、都心で核兵器や生物兵器を使ったり。そういうことを企てる。

彼らは失敗した。しかし、線香花火程度の輝きは見せてくれた。

次は自分の番だ、と鞠乃は決意を新たにした。

大きな花火を打ち上げるために、姉と遊ぶために。

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