■06: カナリアロスト(仮)

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エピソード「カナリアロスト」の断片・プロット

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1月


昨年の秋頃から、エージェントの行方不明や死亡が相次ぐ。

遺体の見つかった人員は、ITISデバイスを紛失していた。

「組織」は、この件をエージェント狩りが行われていると認識し、警戒するよう通達する。



――

渋谷チームは、密入国した武装集団を暗殺する任務を遂行していた。国内のテロリストに雇われた傭兵。

敵を追い詰める渋谷チームだったが、別の集団に襲撃を受ける。

襲撃してきたのは、件の「エージェント狩り」。

上階級らしき人物が二人、カエルのようなヘルメットと防爆防弾スーツを纏った大男とチェストリグを着けたビジネススーツの女。大男はNG5、女はクリスヴェクターを持っている。

フルフェイスの防弾ヘルメットと全身防弾スーツを着けた戦闘員が15人ほど。光学照準器と消音器を装着されたMP5K‐PDWで武装している。

傭兵諸共攻撃をしかける。現場を逃れる渋谷チームだったが、エージェント狩りたちは執拗に追いかけてくる。

自動車で逃げるが、チェイスしながら銃撃を受け、車は壊れてしまう。

散開する彩乃、パトリシア、猫澄。


彩乃たちは、通信をハックされている可能性が高い、と考えた。ゆえに、あえてITISデバイスをオフラインにせず、信号を追跡させる。盗聴の可能性を考え、通話はしない。

連携なしで各個撃破するほぼ無策に等しい作戦で相手を倒すことにした。


このまま逃げ続けてセーフハウスに辿り着いたとしても、時間稼ぎにもならない。応援を呼んだとしても、敵に餌を与えるのと変わらない。今後のことを考えれば、ここで潰すしかなかった。



――

彩乃サイド


7人の戦闘員から一斉に連続射撃を受けたが、かすり傷一つない彩乃。何が起こっているかわからず、狼狽える戦闘員たち。

「何をした」と問うスーツ女に、彩乃は飄々と「あなたたちがヘタクソなだけでしょ」と答える。

それを聞き、余裕ぶっていられるのはいまのうちだ、と女は告げる。

猫澄とパトリシアも追われている。女の話では、パトリシアのほうを防爆防弾スーツの大男の班が追っているらしかった。猫澄は部下の戦闘員たちが向かっている、猫澄の脅威度は低く見積もられているようだった。


超至近距離での混戦。ほぼ格闘の間合い。

いまの彩乃の装備はFN509と予備弾倉が残り一本。ベルトにホルスターとポーチ類を取りつけただけの簡易装備で任務にあたっていた。


アーマーの隙間を狙って撃つ。釘打ち機で板を留めるように、ほとんど押し付けるようにして撃つ。数発撃ち、一人を無力化し、ホルスターに拳銃を戻す。

すれ違いざまに戦闘員のナイフを奪い、うなじや脇を刺す。サブマシンガンを奪い、顔面にフルオートで弾を叩きこむ。

1分足らずで、7人の戦闘員たちは制圧される。


残ったスーツ女が、彩乃を撃つ。

彩乃は女に背を向けていたが、弾が中ることはなかった。半身ずらして避けた、かのような動き。

「バケモノか」女は吐き捨てる。

女はもう一度撃った。彩乃は女へ向かって駆ける。照準が彩乃を追う。分間1200発の高レートの発射速度を以ってしても彩乃の身体を弾丸が捉えることはなかった。


肉薄された女には、撃ち切ったヴェクターをリロードする猶予はなく、左手でナイフを抜き、彩乃へ振るった。

彩乃は身を落とし、女の左手を掴みながら、足を払った。組み伏せ、ナイフを握ったままの左手を女の胸へ寄せる。そのままナイフを、アーマーで保護されていない右鎖骨上窩に押し込んでいく。


彩乃は身を起こし、落ちたヴェクターを拾い上げる。掠め取っておいた弾倉を挿す。

「なめやがって――」

女は声を震わせながら、立ち上がった。右腕は動かせず、左手を彩乃へ突き出しながら、ふらふらと向かう。

彩乃は、ヴェクターのセレクタを単発に切り替え、女の頭を撃つ。倒れた女の頭をもう一発撃ち、首にも一発、それから下腹と大腿部へ数発撃ち込んだ。

確実に息の根を止める。




――

猫澄サイド


ロングスカートの裾をはためかせ、走る猫澄。

彩乃のような“異能”じみた身体能力もない。パトリシアのように両手両足が機械になっていたり、防弾プレート入りのプレートキャリアを着ているわけでもない。

撃たれる前に、相手を倒すしかない。


武器は、車から逃げる際に持ち出したカスタムARと予備弾倉一本。

それなりに危機的な状況なはずだったが、猫澄の心は高揚していた。久しぶりの「撃ち合い」に、興奮が抑えきれずに漏れ出ている。


物陰に潜み、息を整える猫澄。

このまま隠れて、敵の意識以外から奇襲をかけるのが最適解だが、猫澄はその選択肢を選ばない。

タイミングを計らい、追跡者たちの前に悠々と姿を現す猫澄。猫澄を追っていた戦闘員は5人。

困惑しながらも、敵は警戒を緩めない。一人が猫澄に、投降しろ、と声をかける。

そうしたところで何になるのか、ひどい尋問をされるか、慰みものになるかくらいしか未来はないだろうに、と猫澄は答える。

答えざまに、撃った。声をかけてきた男が呻きをあげ、倒れた。

「こっちには何のメリットはない。だったら――」全員倒して、進むしかない。


俄かに、呆気に取られる戦闘員たち。

その一瞬のうちに距離を詰める猫澄。身を低くする。

ただでさえ、身長150センチに満たない小柄の猫澄が身を低くし、距離を詰めたことで、距離感が崩れる。猫澄を撃つには、銃を大きく下げなければならない。姿勢が崩れ、瞬間的に視野が狭くなる。


猫澄は、超至近距離で敵の胸辺りを数発撃った。敵の全身防弾スーツの重要部位は、猫澄のカスタムARの.300BLK弾でも貫通は難しい。手足やヘルメットは高確率で貫通できるが、それよりもとにかく中てることを優先。


怯んだ敵の背後に回る。

同士討ちを恐れずに発砲する戦闘員。弾は味方に中り、呻き声が零れる。

戦闘員たちの武器でも、自分たちの防具を貫通することはできない。それゆえに、同士討ちへの抵抗が少ない。しかし、貫通しないといっても、被弾者は撃たれたことがわかるくらいにはエネルギーを受ける。もしヘルメットのバイザーに被弾すれば視界は失われるし、脳機能障害も防げない。


撃たれたショックと、猫澄の動きに翻弄される戦闘員たち。猫澄は彼らが猫澄の姿を見失った隙を突いて、頭や首を狙う。

ちょうど予備の弾倉を使い終えたところで、戦闘員たちは完全に沈黙した。




――

パトリシアサイド


携行していたGHM用の弾もCZ P10の弾も撃ち尽くし、残るはバックアップのP365SASのみ。

カエルのようなヘルメットを被り、全身を防爆防弾スーツで固めた男がパトリシアへ近づいていく。

撃った弾はすべて弾かれる。

パトリシアが銃をこめかみに当てて自殺する素振りを見せると、男はパトリシアの手を押さえた。その隙をついて、パトリシアは空いたほうの手でナイフを抜き、男へ突き出した。装甲の隙間を狙ったが、思ったよりも浅いところで刃が止まり、折れた。

「投降しろ」

「それなら、ここで死んだほうがマシ、です」

「死んだところでお前の死体には価値がある、ラクにはなれない。どう転んでも“詰み”だ」

「それって、生きてたらつらい思いをするってことじゃない。そんなの――ッ」

パトリシアは、喉が張り裂けんばかりの叫びをあげ、男に対抗する。両腕を掴まれたまま、腹を蹴り上げる。パトリシアの義足のつま先が砕けた手応え。一瞬よろけた男をそのまま力任せに振り回す。男は思わず、手を離し、振り飛ばされる。

ちょうどそこへ一台のミニバンが現れ、男を撥ねる。

後部座席から現れたのは光莉だった。パトリシアが逃走中に公衆電話で呼んでいた応援だった。




――

男は装備を剥がれ、拘束される。彩乃と駆けつけた蜂須賀に尋問を受ける。

猫澄は私物のスマートフォンでゲームをしている。

興味本位で尋問現場を見学していた光莉の部下は、途中で離れ、吐いてしまう。パトリシアと光莉は、夜の海を眺め、雑談している。



尋問の結果、

雇い主がいることと、「組織」のエージェントを襲ってITISデバイスを奪うことで「組織」の動向を把握し妨害工作に利用しようとしていること、近く大きな作戦があるということが男から語られる。

男の話した内容の多くは、彩乃たちも予想していた内容で、それらが確定しただけでしかなかった。

一つ気がかりな点があるとすれば、「やはりこうなったか」「自分たちはメッセンジャーにすぎない」と、この状況を予期していたかのように振る舞うことだった。

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