第3話


 夕霧と月影は休憩室からデスサイズが保管されている保管庫へと移動した。

 保管庫と言われているが、保管庫とは名ばかりの託児所だと夕霧は思っている。

 あそこは保管庫にしては賑やかすぎた。

「デスサイズたちは今何してるかな〜? 鬼ごっこ?」

「最近は本にハマっているみたいですから、読書でもしているんじゃないですか?」

「ツヴァイとノインは読書してそうだけど、フィーアって本読むタイプだっけぇ?」

「絵本は好きみたいですよ。休憩室に行く前に幽冥を捜しに行ったら、クマがホットケーキを作る絵本を読んで欲しいってせがまれました」

「え〜? フィーアに絵本読んでってせがまれたことないんだけどー、夕霧ちゃんずるーい」

 そんなことを話しながら歩いていると、保管庫に到着した。

 月影が白い扉をノックする。返事はなかったが、ガチャリと扉を開ける。見慣れた景色が広がった。

 部屋の中に居るのは、二人の青年と一人の少女。

 一人がけのソファに腰掛けている銀髪の青年の髪は腰まで伸ばされていて、切れ長の血溜まりのような真っ赤な瞳は分厚い本に注がれている。

 クッションに座っている金髪の青年の膝の上にはピンクの髪の少女が座っていて、金髪の青年が少女のために絵本のページをまくっていた。二人の目は銀髪の青年と同じように、血溜まりのような真っ赤な瞳。

 三人とも、軍服のような恰好をしている。

 人の気配を感じたのか、ふいに少女が顔を上げる。少女──月影のデスサイズ・フィーアは夕霧と月影に気が付くと、大輪の花が咲いたような笑みを浮かべた。立ち上がると、嬉しそうにパタパタと駆け寄って来る。

「フィーア!」

 バッと月影が両手を広げ、出迎え体勢をとる。だが──フィーアは両手を広げた月影をスルーして、彼の後ろに控えていた夕霧に抱き着いた。甘えるように擦り寄り、彼女のお腹にぐりぐりと頭を押し付ける。その様子はさながら飼い主の帰りを待ちわびていた子犬のようだ。

「やっぱり夕霧ちゃんに抱き着いたかぁ……」

 しょんぼりとする月影に慰めの言葉をかけることもできず、夕霧は眉尻を下げて苦笑し、頭を撫でて! と主張するフィーアの頭を撫でた。

 何故かフィーアは主人である月影よりも夕霧に懐いていた。保管庫を訪れる度に今のように抱き着き、スリスリと甘える姿はとても愛らしいのだが、月影としては面白くない。

 ハンカチを噛み締めてギリギリしたい気持ちで、冗談半分で「この泥棒猫!」とでも言おうかと考え悩むほど。それはそれとして、女の子同士がわちゃわちゃしているのは眼福でもあった。

「フィーア、遊びに来たわけじゃないの。ごめんね、離れてくれる?」

 不満そうに唇を尖らせるフィーアに、夕霧は困ったように眉を下げて「ごめんね」と微笑んだ。

 渋々フィーアは夕霧から離れると、今度はきちんと自分の主人に抱き着いた。抱き着かれた月影はというと、「都合のいい男って俺のためにある言葉だよねぇ」とフィーアの頭を撫でている。

「ツヴァイ」

 主人に名前を呼ばれた銀髪の青年──夕霧のデスサイズ・ツヴァイは、読んでいた本を幽冥のデスサイズ・ノインに預けて立ち上がった。ゆっくりとした足取りで夕霧に近寄り、フィーアを真似て彼女を抱きしめる。

 夕霧の顔がスンッとなった。

「……あの、ツヴァイ? フィーアの真似はしなくていいから」

「?」

「そんな不思議そうな顔で見なくても……抱き着くなら月影さんにしてあげて」

「わはは! 野郎はノーセンキュー!」

「デスサイズに女も男もないでしょう」

「や、俺の気持ち的問題かなぁ。あと、絵面的にキツくなぁい? 大丈夫?」

 大丈夫、の意味を込めてにっこり笑う。

 人によって絵面がキツいと思うかもしれないが、月影ツヴァイも顔が整っているためおそらく大丈夫だろう。一部の人間からは絶賛されるに違いない。

 含みのある夕霧の笑みにその考えを見抜いたのか、月影はスンッと真顔になった。それに夕霧が笑えば、月影は苦笑した。

「じゃ、ゲートに行こっか〜」

「はい」

 その言葉を合図に、抱き着いていたデスサイズたちが離れていく。

 保管庫に一体だけ残されるノインはニッコリと微笑み、ひらひらと手を振るとツヴァイの読んでいた本を読み始める。

 夕霧と月影は顔を見合わせて苦笑い。

「ノインは相変わらずマイペースだよね〜」

「幽冥さんのデスサイズですから。ほら、飼い犬は飼い主に似るってよく言うじゃないですか」

「俺とフィーアも似てるとこってあったりする〜?」

「のんびりしている所は似ていると思いますよ」

 二人と二体は保管庫からゲートと呼ばれる異世界に繋がる門に向かう。向かう最中で、夕霧を抱えたいツヴァイVS自分で歩きたい夕霧の攻防が起きた。

 死んだ魚の目をした夕霧が、肩を震わせる月影を恨めしげに睨みつける。

 笑いたかったら笑えばいいのに、と言おうとして、でも本当に笑われたら殴る自信しかないな、と思い直し、言うのはやめた。

 月影が先輩ではなくて同期だったら容赦なく殴っていただろう。

「あの、月影さん。幽冥さんが私にも行けって言ったのは、今回の対象がだからですか?」

「おっ、鋭いね〜! そうだよぉ。夕霧ちゃん、まだだったもんねぇ〜」

「はい、三回目はまだないですね」

 と言って、愛されたがりの彼女はもう一度やらかすだろうな、とため息を吐きたくなった。

 そこまでして愛されたいものなのか?

 夕霧にはちょっと理解出来そうにない。理解したいわけでもないが。

「まあ、三回目になる人間はあんまり居ないからねぇ。大抵は二回目で懲りてくれるんだけど、それでも諦めない人間もやっぱり居るわけで……執念深いというか、諦めが悪いというか……」

 月影は深くため息を吐いた。その姿は哀愁が漂っている。彼は手荒なことが苦手で、出来ることなら一回目で終わらせたいと常々言っていることを夕霧は思い出した。

 さて、夕霧と月影が言っている『一回目』『二回目』『三回目』が何なのか気になる人間も居るだろう。詳しい説明は後ほどされるが、二回目に関して言えば、魅了チャーム持ちの少女にした対処である。

「……ところで、気になっていたことがあるんですけど」

「気になってることぉ?」

「どうしてデスサイズの着ている服は軍服みたいな感じなんですか?」

「言われてみれば……確かに? なんでだろうね? 設計者の趣味?」

「設計者って誰ですか?」

「え、わかんない」

 沈黙。

「……やめましょう、この話」

「うん、やめよう。ちょうどゲートに着いたことだし」

 一人と二体がゲートの前に立ち止まる。淡い光を放つそれを通れば異世界に行けるが、行きたい異世界の座標に合わせなければいけない。それを怠ると、永遠に狭間と呼ばれる何もない空間を彷徨うこととなる。

 マ、彷徨うと言っても死神は居場所を特定できる端末を持っているので、問題ないと言えば問題なかった。そこまで深刻なものではない。タイムカードみたいなものである。が、稀に帰って来ない死神もいたりするだけで。

 余談だが、異世界管理局がその狭間にあることを知っている人間は極一部だけだろう。

「座標を設定してっと……、うん、これで行けるよ」

「ツヴァイ、いい加減降ろそっか」

「そのままでいいと思うよぉ?」

「それなら月影さんもフィーアに抱えられてください、私だけツヴァイに抱えられているなんて不公平ですから」

「ごめんなさい、冗談です、それだけは勘弁してください」

 にこりと微笑む夕霧に月影は即座に謝った。そんな彼の横で、『抱っこしたらいいの?』と言いたげにフィーアが首を傾げる。それを満足した顔で見て「しなくていいよ、フィーア」と夕霧が笑った。

 ツヴァイが渋々と夕霧を降ろす。降ろされた彼女はわざとらしく、コツンコツン、とヒールを鳴らしてゲートをくぐった。そのあとにツヴァイが、しょもしょも顔の月影と不思議そうな顔のフィーアが続いた。

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