26-9「契約の課題と決断」


「イチノス君、今ごろ気づいたの? それで、今日は魔石の入札に参加したんじゃないの?」


 はぁ~ 俺は、先ほどよりも深いため息でシーラに答えてしまった。


 けれども、落ち込んでいるだけでは何も解決しない。ここはシーラの考えを確かめるべきだ。


「シーラとしてはどうなんだ? 一人の魔導師として、製氷業者と保守契約を結ぶことは検討できるのか?」


 そう問い掛けると、シーラは少し間をおいて答えた。


「そうね⋯ イチノス君と似てるかな? 確かに魔道具の保守契約をこの街の方々と結んでいくことは、今後もリアルデイルの街に住むことを考えると必要だと思う。けれど、今の私はイチノス君みたいに店を構えているわけじゃないでしょ? だから、一つの商会と結んだ保守契約のために魔石の在庫を個人で抱えるのは避けるべきよね? それに、イチノス君が言っていた相談役としての立場――それも含めて考えると、正直、今は『うん』とは言えない気分かな?」


 コンコンコン


 シーラの考えを聞き出したところで、ノックの音が響いた。


 開け放たれた扉に慌てて目をやると、そこには書類らしき物を手にしたメリッサさんとレオナさんが立っていた。


「シーラさん、こんにちは」

「こんにちは、レオナさん」


「よろしいですか?」


 シーラとレオナさんが挨拶を交わすと、メリッサさんが入室の許可を求めた。


「はい、どうぞ」


「「失礼します」」


 俺の答えを聞いて二人が入室すると、レオナさんが会議室の扉を静かに閉めた。そして、ラインハルトさんとベネディクトさんが座っていた席、机を挟んで俺とシーラの向かい側へ向かった。


 二人だけで来たということは、どうやらイワセルさんとナタリアさんは同席しないようだ。


「イチノスさん、シーラさん、ラインハルト・ベネディクト氷商会との会合に参加いただき、ありがとうございました」


 席に着いたメリッサさんの社交辞令に、俺とシーラはそろって軽くうなずく。


「それで、保守契約の案は⋯」


 幾分、うかがうような様子のメリッサさんを手で制して、俺から口を開いた。


「メリッサさん、イワセルさんは?」


「イワセルさんは御用があるとのことで、先に帰られました」


「そうですか、申し訳なかったですね⋯」


「では、お話を戻させていただきます。いつ頃に保守契約の条件などをご提示いただくことが可能でしょうか? 先方は出来るだけ早目を希望されているのですが⋯」


 そんなメリッサさんの問い掛けに、俺はシーラと目配せしてから答えた。


「メリッサさん、その件ですが、シーラ魔導師と打ち合わせた結果、2点ほど課題が浮上しました」


「課題ですか?」

「2点ですか?」


「はい。まず1点目ですが、氷室で使用されている製氷の魔道具における魔石の消費量が不明確である点です」


 俺がそう告げると、メリッサさんとレオナさんが顔を見合わせた。

 メリッサさんは椅子に座り直し、レオナさんは用箋挟の紙をめくり、ペンを手に取って準備を整える。

 二人の動きが落ち着いたところで、俺は続けて2点目の課題を伝えた。


「2点目の課題は魔石の確保と供給です。指名依頼の結果報告にも記しましたが、製氷の魔道具で氷を作るには魔石が必要です。魔石の供給が止まると、製氷の魔道具は動かなくなり、氷の製造も止まってしまいます。ですので、1点目と合わせて必要とされる魔石を確実に確保して供給する必要があります」


 俺がそこまで告げると、メリッサさんは脇に置いていた書類を急いでめくり、1枚の書類をレオナさんへ手渡した。

 遠目では確認できなかったが、おそらく俺が提出した指名依頼の結果報告だろう。


 すると、それまで俺の隣で黙していたシーラが口を開いた。


「メリッサさん、レオナさん。イチノス魔導師からの2点の課題に加えて、私からもう1点、お二人に考えていただきたい課題があります」


 すると、メリッサさんから渡された書類を読み込んでいたレオナさんとメリッサさんが目線を合わせた。

 メリッサさんは一瞬俺を見てから、シーラへ視線を戻して問いかけた。


「シーラさん、それは3点目の課題と言うことですね。その課題について、詳しくお聞かせ願えますか?」


「実は、今回の会合の案内をいただいた際に、イチノス魔導師と事前に打ち合わせをしたのです」


「「⋯⋯」」


「その打ち合わせで、私達の立場に配慮する必要性についても議論しました」


「お二人の立場に⋯」

「配慮するですか?」


 メリッサさんとレオナさんが揃って反応した。


「はい、西方再開発事業の魔法技術支援相談役としての立場です」


「「あぁ⋯⋯」」


 レオナさんとメリッサさんは同時に呟いたが、その呟きの背後には、それぞれ異なる考えが巡っているのだろう。


 メリッサさんは、商工会ギルドに参加しているラインハルト・ベネディクト商会との関係を考えつつ、サカキシルでの氷室建設まで考えが及んでいるのだろう。


 一方、レオナさんは西方再開発事業への影響について幾多の思いを巡らせているのだろう。


「イチノス魔導師、私から申し上げるのは以上です」


「シーラ魔導師、ありがとうございました」


 シーラの話を締め括る言葉に礼を告げると、軽くお辞儀を返してくれた。


「さて、メリッサさん。シーラ魔導師からの3点目の課題も含め、ラインハルト・ベネディクト氷商会からの保守契約の願いを私やシーラ魔導師が受けるには、幾多の懸念というより課題があることを理解していただけますか?」


「は、はい」


 メリッサさんの返事は力無い返事だ。理解したくないという感情が隠っているのだろう。

 俺はその返事に囚われずにレオナさんにも答えを促した。


「レオナさんはいかがでしょうか? 西方再開発事業の魔法技術支援相談役が、特定の製氷業者の商会と保守契約を結ぶことは、何の影響もないとお考えですか?」


「⋯⋯ それに関しては、検討させてください」


 おっと、レオナさんは文官らしい慎重な答えを返してきたぞ。

 空腹も感じているし、そろそろ閉め時だな。


 俺は再びメリッサさんへ視線を戻して言葉を続ける。


「メリッサさん、魔石の消費については、先方への打診と回答の取得、その裏付け調査は商工会ギルドへ提出されている税務報告から、以前の魔道具屋へ支払っていたであろう経費計上を掘り起こせば可能だと思います。その部分は商工会ギルドにお任せで良いですね?」


「はい⋯」


「それと、魔石在庫の確保については、今回の魔石入札に加えて、サカキシルでの魔物討伐で得られた魔石も視野に入れて、冒険者ギルドとの連携という形でしょうか?」


「そ、そうなりますね⋯」


 相変わらずメリッサさんの返事には力が感じられない。これはメリッサさんの今の心情から来るものだろうから、俺からどうこうは出来ないな。残るは文官のレオナさんだ。


「レオナさん」


「はい!」


「シーラ魔導師の告げた立場的な考慮を、冒険者ギルド担当のカミラさんと協議して、上司の方々から了承を得てもらえますか?」


「はい、カミラに限らず関係者と協議しつつ上官に相談します」


 これで3つの課題の全てが、俺とシーラの手から離れた感じだな。

 かなり空腹も感じているし、この後はカレー屋のアリシャさんの店で水出しをする約束がある。


「メリッサさんにレオナさん、そろそろ良い時間ですので、これで退散させていただきます」


 そう告げて、俺は椅子から立ち上がった。

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