26-7「魔道具の保守と心奪われる瞬間」

 

 俺は製氷業者の二人に、未成年を雇うときの報酬の支払方法について相談した。


「うーん、確かにセルジオは日給月給で働いてもらっとりますな」


 すると、ベネディクトさんがセルジオへの報酬支払いの方法を答えてきた。


「日払いか、月毎にまとめた月払いかは、結局は当人との話し合いじゃろうか?」

「そうじゃな、うちんとこは他の連中も月払いじゃけん、一緒にした方が楽なんよ」


 ラインハルトさんがベネディクトさんの言葉に耳を傾けると、二人は自分たちの商会の内情を話し始めた。


「そうですか。王国では未成年には日払いが一般的だと聞いてましたんで、私のところでは日払いにしていたんですよ。結局は本人との話し合いが大切ですよね」


 コンコン


 そこまで重ねた会話を、ノックする音が遮ってきた。


「どうぞ」


 メリッサさんが応じると、会議室の扉が開き、ナログさんが顔を出してきた。


「メリッサさん、シーラさんがいらっしゃいました」


「遅くなってすいません」


 そう告げる声と共に、シーラが姿を見せてきた。俺はシーラの容姿に目を奪われた。


 今日のシーラは、深い紺色のワンピースを身にまとっていて、そのシンプルながらも実用的なデザインがとても素敵だった。

 軽やかなリネン生地で仕立てられたそのワンピースは、袖がふんわりと膨らんでいて、動きやすさを兼ね備えている。

 ウエストは自然に絞られ、裾は足首まで続く控えめなデザインなのに、歩くたびにふわりと揺れている。


 しかも、艶のあるシーラの銀髪が、深い紺色のワンピースに実に映えている。

 まるで街娘のような感じだが実に品があり、初夏のリアルデイルにぴったり合っていると思える装いだ。


 日常の中にも、柔らかな女性らしさを漂わせている感じのシーラを見ていると、心が温かくなり、俺の心がどこか高揚しているのを感じた。


「シーラ、今日も綺麗だ」


 シーラと目が合うと、思わず俺はそんな言葉を口にしてしまった。


「そう、ありがとう(笑」


 シーラが少し照れくさそうに笑いながら、当然のように俺の隣へと座ってきた。


「「「⋯⋯」」」


 シーラから向き直り、ラインハルトさんやベネディクトさん、それにメリッサさんを見やれば、言葉の出ない顔をしている。


 まあ、皆がシーラの美しさに観とれ⋯


(いやいや⋯)

(ニヤニヤ⋯)


 違うな。二人の表情と、漏れ聞こえる呟きは俺の言葉に向けたものだ。


「シーラさん、商工会ギルドへようこそ。皆さん揃いましたので、本日の会合を始めましょう」


 微妙な雰囲気を打ち破ってくれたのは、メリッサさんの会合を始める合図の言葉だった。


 ◆


 その後、メリッサさんと製氷業者の二人から、この会合に至った背景と要望を聞き出した。


 会合召集の伝令に記されていたとおりに、製氷業者の二人が願って来たのは氷室で使っている製氷の魔道具の定期的な保守の依頼だった。


 製氷業者の二人からの要望を聞き終えたところで、俺とシーラは共に目配せして頷くと、シーラが製氷業者の二人へ告げた。


「ラインハルトさんにベネディクトさん、要望は理解できました。実際に定期的な保守をどのようにするかなどの詳しい条件については、私共から商工会ギルドを通じて返答することでいかがでしょうか?」


「まあ、そうじゃの」

「ここで答えを求めるのも、せっかちか」


 コンコン


 ちょうどその時に二人の声に被せるように、会議室の扉がノックされた。


「は~い」


 メリッサさんの応じる声に、少しだけ扉が開くと、ナタリアさんが扉の隙間から顔を見せてきた。


(メリッサさん、すいません)


 ナタリアさんの申し訳なさそうな声に、何かを察したメリッサさんが席から立ち上がり、皆へ軽く会釈して会議室を出ていった。


(イワセルさんが⋯)


 ナタリアさんの呟くような声が聞こえた途端に、メリッサさんが後ろ手で扉を閉めたので、そこから先は聞こえない。


 多分だが、応接室で待つイワセルさんとレオナさんに、何かの動きがあったのだろう。


「それにしても、メリッサさんも忙しい方じゃのう」

「そうじゃな、まあ次はサブマスとも言われとるし、再開発の件もあって寝る間も無いんじゃろ」


 ラインハルトさんとベネディクトさんが、メリッサさんを気遣う話をしてくる。

 俺はそんなラインハルトさんへ、メリッサさんの多忙さを確かめるように問いかけてみた。


「ラインハルトさん、メリッサさんはそんなに忙しいんですか?」


「そうなんじゃ。今日の集まりの話をお願いした時も、度々割り込まれてな」

「そうじゃな。あの様子には正直に言って驚いたな」


 そう答えたベネディクトさんが急に前のめりになり、話題を変えてきた。


「そうじゃ。イチノスさんとシーラさんは、サカキシルに氷室を建てる話を聞いとりますか?」


 コンコン


 ベネディクトさんがサカキシルの氷室の件を口にしたところで、再び扉をノックする音が響いた。


 こちらの応じる声を聞かずに、静かに扉が開き、メリッサさんがわずかな隙間から身体を滑り込ませて戻って来た。


「抜けてすいませんでした。どこまでお話が進みましたか?」


「今、お二人からサカキシルでのお話が出たところです」


 俺がそう答えると、メリッサさんが思わぬ言葉を口にして来た。


「そ、それはちょっと待ってください」


 ん? 何かあるのか?


「メリッサさん、もしかして氷室建設の件は、まだ議題にしない方が良いですか?」


 シーラの伺う言葉に、メリッサさんが答えた。


「はい、出来れば今は話を拡げないで欲しいのです。お恥ずかしい話ですが、まだ商工会ギルドとしての対応が決めきれておりません。サカキシルでの氷室建設そのものは、ウィリアム様とジェイク様からいただいている案件なので必ず実行されますが、周囲からの要望や意見が届き過ぎて、商工会ギルドとしての対応が後手に回っているのです」


「そうですか、かなりお忙しいようですね」


「えぇ、商工会ギルドとして何も決めれていない状況でして、本当にお恥ずかしい話です」


「じゃがもう周囲は期待しとるし、わしんとこにもいろいろ聞こえてきとるぞ」


 シーラとメリッサさんの会話に、ラインハルトさんが割り込んできた。


「えぇ、実はそうした状況が一番困るんです。一つ間違うと、商工会ギルドが言った言わないの話まで飛び込んできます」


「あぁ⋯ なるほどな」

「あり得る話じゃな(笑」


 メリッサさんの答えに、製氷業者の二人が頷くように返事をした。


 その様子から、今のベネディクトさんとラインハルトさんは、サカキシルでの氷室建設に直接の関わりが無いことを俺は察した。


「お二人には理解をいただきありがとうございます。実際、今も商工会ギルドにはそうした皆さんの意見が届いていまして、そうしたお話に耳を傾けるだけで時間が取られてしまうんです」


「「うんうん」」


「つきましては、来週には関係者の皆様にお集まりいただき、サカキシルでの氷室建設のお話をさせていただけるように努力しておりますので、今しばらくはお待ちください」


 そう告げて、メリッサさんが皆へ深く頭を下げてきた。

 そこには、以前の自信に溢れたメリッサさんの姿はみじんも感じられなかった。

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