レインズルイン(短文詩作)

春嵐

レインズルイン

 雨に濡れる、廃墟。

 いきなり中には入らず、まず周りを一周してみる。人の気配はない。何か、直近で人が出入りした痕跡もない。本当の、廃墟。

 傘。たたむ。雨。当然のことだけど、上から降ってきている。そんなに雲は暗くない。雨の強さも、普通。あと数時間で、やんでしまうだろうか。

 廃墟の中に入る。公園か、それともテーマパークか。遊具のようなものが見える。

 雨の音。変わるのを、待っている。彼が来るのを。待っている。

 雨。上から。

 そんなに敷地は大きくない。すぐに、見終わってしまう大きさ。雨の音。

 彼は、来るだろうか。

 近くの、遊具。くまなのかうさぎなのか、それともそれ以外の何かか。動物っぽいのはわかる。確認して、こしかける。


「座ったら濡れるぞ」


 彼がきた。


「いいのよ。もともと濡れる前提だから」


 彼は、廃墟にしか、来ない。理由は分からない。


「最近は、どうだ?」


「私の最近?」


 最近。

 最近、か。


「何もないかな」


「そうか」


「何もないのよ。わたし」


 あなた以外には。って言うと重たい気がするので、言わない。でも実際、あなたに会う以外の予定はないし、それ以外は何もいらない。


「もう少し、あったほうがいいんじゃないのか」


「何が」


「人の営みが。こんなところに来るんじゃなくてさ」


 あなた以外に親しい人を作る気はない。どう伝えるべきか。


「じゃあ、わたしに恋人ができたら、よろこんでくれるの?」


「それは、複雑な気分だな」


「でしょ」


 あなた以外いらない。少なくとも、わたしはそう。あなたは。

 雨の音。雨は、上から降ってきていない。だから、わたしが濡れることもない。時間なのか、空間なのか。あるいは両方かも。ぜんぶ、ねじまがってる。そして、彼と会える。


「ここは?」


「公園だな。小さな公園」


「わたしのほうの、地図には存在しなかった。過去の地形図にも。ここは存在しない」


「切れ目なわけだ。俺のほうには、小綺麗な公園だよ」


「わたしが座ってる、これは?」


「くまの遊具だな。ばねのやつ」


「くまか」


 時間の間に。わたしとあなたがいる。


「そろそろ、時間だな」


「そうなの?」


「夕暮れだ」


 彼のほうは、そうなのかもしれない。こっちは、今のところ、たぶん白昼。雨だけど。


「次は、どこで会える?」


「知るかよ」


 彼の気配が、消える。そして、上から雨が降ってくる。


 彼が任務から消えたのは、こんな雨の日だった。必死に探して、廃墟に辿り着いて。そして、こんな生活になっている。あるはずのない場所、存在しない廃墟。雨。その条件が揃わなければ、彼には会えない。

 でも。それでも彼に会いたい。


「さぁ」


 任務がある。あまり長居はしていられない。それでも、離れがたかった。雨がやむまでは。そんな意味のない言い訳をしながら、まだ、ここにいる。

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レインズルイン(短文詩作) 春嵐 @aiot3110

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