第41話 覚醒

 肩の傷で何針も縫った。


 最近は吸収性の糸が使われており、麻酔して縫われるのだが、縫う時傷口を引っ張られて痛かった。


 結局、切人には逃げられ、無神論者佐藤飯太郎さとういいたろうは出血多量で今もベットの上だ。


 切人暗殺のためのスマトッグはどうしたかって?


 俺が知りたい。


 獣は軍のトップシークレットになった。


 箝口令かんこうれいがしかれ、口外してはならないことになっている。


 国は信仰・思想の自由に制限をもうけようとした。


 終末十字軍への信仰は取り締まりの対象となる。


 人々はこれに反発したが、事情が事情だ。


 世論は妖怪変化怪物事件の首謀者が終末十字軍であると分かると、十字軍討つべしに傾き、息子を終末十字軍に殺された島高屋市長の支持率は急増した。


 割をくったのは穏健なキリスト教だ。


 幽世に逃げてきたキリシタンの人間がかつて建てたとされている教会に、ハンマーをもった男が破壊活動に出て逮捕された。


 聖書が恣意的に破られ、聖書を『有害図書』として焚書する者まであらわれた。


 悪貨は良貨を駆逐する。その最たる例だった。


 神の座さえ乗っ取ることができる。奴はそう言った。


 そうはさせない。させるわけにはいかない。




 切人との戦いで、現場にいた隊員たちは自分の宗教とか信仰を顧みるようになった。


 梶原はどう考えても俺が魔法を使ったと興味を示し、どうやったら出来るのか、と問うてきた。


「オタクにとってファンタジーやSFは必修みたいなもので、魔法は超能力と並んで人生で使ってみたいものの1つなんです。魔法というやつはフィクションでは定型文みたいになってまして、エレメントを操ったり時空を操ったり、ゲームでは攻撃魔法に防御魔法に回復魔法に補助魔法にと言った感じなんですが、現実で魔法が使えるとなると僕が扱えることで戦力が増すと思うのですよ。ですので是非お教え下さい。お願いします。」


 ペラペラ喋る梶原に苦笑した。


「俺達は妖怪だろ?河童の場合は小さな妖力を河童特有の臓器である尻子玉に込めるんだ。そうすると妖力が呼び水になって尻子玉から妖力が増幅されてオーラが放出される。オーラは各々の属性に分かれていて、属性ごとに見合った魔術が使えるようになるんだ。」


「属性というと火水風土光闇、あとくうとか虹とか天とか冥とか虚無とかつくやつですか?」


「いや、属性は4つだけだ。」


「とすると、エンペドクレスでいう火水風土だけですか。現実はつまらんものですね。」


 梶原が顔を搔く。


「まぁ、様々な要素を主観で無理やり4つにまとめてしまうのだそうだ。あと、脳のシナプス回路で立体の魔法陣を描いて顕現させるとも言ってたな。」


「どなたからお聞きになったのです?」


「俺の彼女だよ。金森咲月さん。刑事をしている。」


「お会いして話を聞きたいですけど、いいですか?」


「構わないぞ。ただ、血筋によってできるか出来ないかが決まるものなんだそうだ。親戚に霊能者とか魔術師みたいな人がいなかったか?」


「祖父の弟が神社で神主をしていたって母さん、いや母から聞いたことがあります。水天宮だったかな。」


「それなら試す価値ありだな。金森さんもいるから、家に来いよ。」




 梶原を家に招待した。梶原は俺の家にくる途中も最近のアニメからトレてるビデオまで喋りまくった。


「俺が魔術を知る切っ掛けになったのが咲月さんだ。咲月さん、こっちは部下の梶原。」


「はじめまして。金森と申します。」


「は、はじめまして。平野伍長の部下の梶原樹かじわらいつき上等兵です。」


 梶原は咲月を前に女に慣れてない人間特有の挙動不審な動きで挨拶した。


「梶原の親戚に神主がいたらしいから、試してみる価値はあると思う。戦力は多いほうがいいからな。」


「本当は魔術を安売りしたくないのだけど。魔術なんて今日日きょうび信じる妖怪はいないもの。」


「そこは、あの、僕みたいなオタクは知識では魔法とか魔術とかある程度知っております。つまり、なんというか忌避感がまず無いので、全力で頑張れると、思います。はい。」


「まぁ、何かの縁ね。試してみましょう。」


 咲月がため息をついて俺をジトッとみた。


 善意からだから叱れない、そんな顔だ。


「河童だから尻子玉に妖力を込めてみて。それが出来れば後は容易いわ。逆にそれが出来ないなら諦めたほうがいいわね。」


 咲月さん。その物言いは冷たいよ。


「や、やりますぞ。ふん、ぬん。」


 梶原が気合をいれる。屁をこいた。


「…すみません。」


 そうだ。


「梶原。尻子玉に意識を集中してみろ。」


 俺は梶原をオーラ視してみた。


 梶原は他の普通の妖怪と同じく薄い虹色をした霧状のオーラが体表を流れていた。オーラが河童の身体を縁取っている。


「ちょっとオーラをいじってみる。」


 俺は緑のオーラを梶原に流し込んだ。


 呼び水だ。


 普段は見えない金の腕模様が光る。


 やがて、じわりじわりと変化が出てきた。


 恐ろしく澄んだ水色のオーラが尻子玉から滾々こんこんと吹き出てきた。身体をまとい体外へ放出される。


「き、きました。なんかきましたぞ!」


「そんな、嘘でしょ。」


 慌てて梶原をオーラ視した咲月が驚く。


「三平さんのオーラの影響を受けた…?でも、風のオーラからは風のオーラしかもたらさないはず。」


「理屈は後からついてくるもんさ。梶原、そのまま意識を視覚に集中してみろ。」


「おおおおおおお!」


 梶原の目が金に輝く。


「金森氏は赤、伍長殿は緑色が見えます。これは魂消たまげましたぞ。」


 梶原は興奮して素の口調らしい、ですぞますぞ言葉で喋る。


「なるほど。これがオーラ!これが魔術。SFもファンタジーもオカルトもどんとこいでしたが、現実にあるとは。」


 遠浅の海を思わせるオーシャンブルーのオーラを噴出させながら、梶原が歓喜の笑みを浮かべた。



 勉強熱心なその道の秀才のように、咲月の魔術の話を梶原はすいすい理解した。


 咲月の講義にも熱が入る。


「…とまあ、五芒星は描き方によって四元素とそれを統括する霊を意味しているの。水の五芒星をイメージしながら描いてみて。」


「はいですぞ。」


「そこで水のエレメンタルをよんでみて。」


「水の乙女ウンディーネよ。精霊よ。身の清らかな我の力をもって顕現せよ。」


 呪文に俺が吹きそうになる。


 あっという間に、アストラルの世界に水で女の形に成形されたウンディーネが現れた。何故呼ばれたのかわからずに、キョトンとしている。


「すごい。私や三平さんより抜群に飲み込みが早い。実践レベルだわ。」


「これが、僕の、力…!て言ってみたかった人生でしたが、叶いましたな。」


「対切人の戦力が増えたな。」


 俺達は喜んだ。


「ねぇ、三平さん。貴方のその金の腕の力が原因と思うのだけど、魔銃師を沢山増やしてみない?」


「梶原みたいに才能がある奴が軍にいるのか?」


 俺は梶原に聞いてみた。


「植松曹長とか寺生まれですし、他にも潜在的におられると思いますが、妖怪とはいえ、まず魔術がこの世にあるという現実を受け入れられるか。分かりませんね。」


「そうか。」


 世の中うまい話はそうそうないらしい。

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