第40話 戸惑い

 銃口が向けられ、発射した弾丸は切人を迂回する軌道をとった。


「銃弾がよけて通るだと!?」


「どうします?チャカポコ経でも唱えますか?」


「物理的にあり得ん。」


 狼狽える上官に俺が叫ぶ。


「俺が奴を倒します。獣はお任せします。」


「どうするんだ?風にお祈りして、神風でも吹かすのか?」


「だといいのですが。」


 獣が俺を狙う。


 尻子玉を叱咤してオーラを出した。


 ガラティンを地面に置き、太ももに鞘ごとくくりつけていた銃剣を抜く。


「危ない!」


 植松曹長の言葉を受けて、襲ってきた獣の頭部に銃剣をつきたてる。


 煙を噴き上げながら獣が苦しんだ。


 切人の所に歩く。


「獣さえ倒そうというのはお前くらいだな。我が宿敵、平野三平。」


「あの手この手で逃げやがって。もう逃げられないぞ、切人雷蔵。」


「逮捕は無駄な行為だったな。終末十字軍はもはや赤軍連邦を取り込んで、神聖十字軍として生まれ変わる予定だ。貴様はそれを見ずして死ぬ事となる。恐怖を知らずにすむ幸運を噛み締めて死に給え。」


「ヘビは頭を潰せば終わりだ。お前さえ倒せば終末十字軍も終わり。世界が1つ良くなる。」


「良くなるだと。ハハハハハ。」


 切人が笑う。


「良くなる前に、この世界のどこが悪いというのかね。平野三平。天使の存在により神が存在する証明が果たされた。これを福音と呼ばずして何と言う?後は俺の力で、ノストラダムスの大予言からヨハネの黙示録へと換骨奪胎させ、天の国を降臨させた後で善なる羊と神を殺せば、俺は神の座さえ乗っ取ることができる。」


 切人が自分に酔った口調になる。


「天の国は印を押された人間しか受け入れぬからな。俺たち妖怪には無用の長物だが、天の国に入れると宣伝したら馬鹿が沢山入信してくれたぞ。」


「妄想はそこまでにするんだな。天使と呼んでるだけで化け物は化け物だ。あいつらで神様の証明とかイかれてるとしか思えないね。屁で相対性理論を証明するくらい馬鹿げてる。」


 俺が馬鹿にすると、切人が顔面に青筋を立てる。


「貴様はすべての存在の冒涜だ。平野三平。」


「その言葉、そっくりお前に返すぜ、切人雷蔵。」


 攻撃的オーラがぶつかり合い、現実世界で火花を散らす。


「何だ!?何がはじまる?」


 オーラにより現実が変質していく異様な気配の高まりに、曹長らが戸惑う。


「ゴイログル!」


「エア!」


 2度目の激突となった。


「素人の俺はともかく、代わり映えしないな、切人。」


「寝ぼけるな。俺は獣を呼んでいる。」


 パワードスーツ隊は獣を銃撃したが、加護を失った弾丸が獣を貫通することはなかった。


「受肉したとはいえ、獣は物理を超えた存在だ。大人しく食われるがいい。」


 切人が笑う。


 獣は俺を捕食しようと7つのヒョウの頭で襲いかかる。


 俺は銃剣を振るった。


「皆!尻子玉に気合を入れろ!気を弾丸に注入して撃つんだ!」


 俺が指揮系統とか無視して呼びかけた。


「気だと。」


「ラーメンつけ麺冷やソーメン。喰らえぇ!」


 口々にまたお題目を唱えながら、味方が心をこめて発砲した。


 俺が獣を振り払う所を切人が見逃さなかった。


 ゴブレットを取り出し、中の液体を水面から沸き立つ刃に変えて俺を切り裂く。


 魔術の刃がパワードスーツを切り裂いた。


 たまらず、緑に光る銃剣で受け止めた。


 装甲が切り裂かれ、鎖骨のあたりから出血する。


 痛みをこらえて、切人に接近戦を挑んだ。


 俺がオーラを直線的に飛ばす。


 混ざり合うのを警戒した切人のオーラが、海を割るように俺のオーラをよけた。


 物理的には銃剣による攻撃を切人が回避し、水の刃で俺の手首を狙ってきた。


 俺は手を引っ込めたが、腕を切られる。装甲で止まった。


「ちぃっ。」


 風の五芒星を描き、加護を引き出す。


 一方で、植松曹長らは獣を倒すのに奮闘していた。


「ええい!銃がまともに効かないのなら!」


 近藤軍曹が銃をすて、素手で獣の頭の1つをおさえた。


 6つの頭が近藤軍曹のパワードスーツに牙を立てる。


「軍曹殿!」


 パワードスーツの性能を引き出せた森脇がジャンプして獣に殴りかかった。


「どすこい!」


 近藤軍曹がマッスルブーストを全開にして、相手の首をひねり、獣の胴体まで横に倒す。


「捕まえろ!」


「よし!」


「やってやる。」


 獣の巨体をパワードスーツ隊で押さえにかかり、他の隊員らがナイフを突き立てた。


 ナイフが刃こぼれさせながら獣に突き刺さる。


「何て硬いんだ。」


「尻子玉に気合を入れろ!」


 銃で撃つよりナイフの方が気を込めやすい。


 魔術でなくともオーラがナイフに流れ込んで霊的存在を討つ凶器として成立させていた。


「うわっ。」


 獣が暴れる。


 胴体の熊を思わせる大きな鉤爪が隊員のパワードスーツに当たった。


 隊員がよろけた隙に、胸や腹にナイフの刺さった獣が立ち上がった。




 俺は切人と魔術戦の真っ最中だった。


 オーラが電光にはじけ、水の刃と銃剣が切り結び合う。


「オーラ切れを待たせてもらうぞ。やもり顔。」


 悔しいが長期戦では勝てない。


「俺は加護を拒否する技を身に着けたぞ。またオーラが混ざったら困るからな。」


 対策を練ったつもりか?


「風の力よ…。」


「無駄だといっている!」


 切人は拒絶のオーラを発した。


 俺は風の力を振り絞り、スピリット・エアにオーラを注入した。


 エアの波動が切人のオーラを凪ぐ。


「ぐっ。」



 今だ!



 俺は腰の水筒を開け、中のお茶をゴイログルにぶちまけた。


 ゴイログルが液体に溶け、蛸の目がドロリと消える。


 水の悪魔と思ったゴイログルの弱点は、水だ。


 お茶は人が死ぬ苦さの液体となって消えた。


「トドメだ、エア!」


 エアの振動が残ったゴイログルの体を吹き飛ばした。


「ぐわぁあ。」


 召喚戦に負けた切人が悶え苦しむ。


 俺はダタラ45を抜いて構えた。


 軍人と殺人鬼は違う。


 眼の前の男にトリガーを絞る指が一瞬戸惑う。


 戦争だ。


 殺して悪いか。開き直る声がする。


 悪いに決まってる。冷静になる俺がいる。




 俺はトリガーを、引いた。




 胸を狙った銃弾が切人を迂回しそれたが、弾は切人の二の腕を切り裂いた。


 切人はオーラの力が、まだ残っていた。


 次弾を撃とうとするも、受肉したため魔術とは関係なく姿を保てる獣が、俺の背中に飛びかかって噛みついた。


 ライオンの牙で装甲に穴があき、他の頭がさらに噛みつこうとうごめく。


 俺は背中越しに獣に銃を撃ちまくった。


 獣が緑に光る銃弾を浴びてよろめく。


 エアが主を守ろうと指向性の衝撃波を放った。


 俺は獣の巨大な口から逃れたが、そのまま地面に倒れてしまった。


 鋭い痛みと脈うつような鈍い痛みが襲う。


 拳銃は弾を撃ち尽くし、前後に動くスライド部分がホールドオープンしていた。


 そこへ仲間が駆けつけた。


 俺は仲間に起こされる。


 味方の銃が鳴り、獣が逃げていく。



 獣の背には切人がいた。


 畜生、あと一歩。あと一歩だ。あと一歩で切人を倒せたものを。


 自分の優柔不断が、命の重さとか気にする俺の心が、この結果を招いた。


 俺はこのまま出血で死ぬのか?


 弱気になる俺をパワードスーツの気密性が助けた。


 パワードスーツの下に着ているアンダースーツが出血を抑えてくれていたのだ。


 俺はパワードスーツを脱がされ、味方からの圧迫止血を受けた。


 背中を牙で貫かれ、左の肩に穴があいていた。


 他にも右の鎖骨と前腕を切られている。


 だが、可哀想なのは無神論者だった隊員だ。


 止血帯が真っ赤に染まり、出血で重体だ。


 俺とそいつ、確か佐藤だっけ、が並んで担架で運ばれた。



 作戦は中止された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る