第39話 獣

 第三次地下生物掃討作戦を近々やるらしく、作戦についてのミーティングがあった。

 今回の作戦では各路線に巣食うスリエル、アバドン、及びアバドンレークスを殲滅する。

 もしかしたら、切人も来るかもしれない。


 俺はそれを咲月に伝えた。

「それなら、逃げた切人をもう一度捕まえるチャンスだわ。」

「この際だから、俺は切人を肉体的な意味で葬ろうと考えている。」

 俺ははっきりと伝えた。俺の真剣な表情に、何を言うべきか逡巡した後、咲月が口をひらく。

「それは三平さんらしくない。三平さんにはなるべく人殺しになってほしくないの。」

「しかし、捕まえても逃げられる。違うか?」

「違ってない。違ってないけど、切人を殺せば、きっと切人と同じになってしまう。」

「俺は軍人だ。結果的に切人を排除するつまり殺すのも仕事だ。汚れ仕事だけどな。」

「天使を殺すのと切人を殺すのとはわけが違うのよ。人殺しになりたいの?」

 俺の葛藤と同じことを言われた。俺は少し深呼吸して、素直に話す。

「心配なんだ。奴が生きている限り、咲月さんは殺される危険がある。咲月さんだけじゃない。予知幻視の中で奴はジュオンの息子の呪眼とかいうやつも殺した。ヨハネの黙示録の獣を呼び出してな。奴の妖力は増々高まり、もう倒せない所までいこうとしている。」

「だからといって、切人を殺して切人もどきになるの?一生をだめにするわ。駄目、それだけは駄目よ。」

「どの道あいつは死刑だ。法の裁きに対して、罪が重すぎて死刑まで立件する間に逃げられてしまう。」

「聞いて、これはトップシークレットだったのだけど、」

 咲月の大きな瞳が揺れた。

「トップシークレットなら言わなくていい。」

 俺のフォローも聞かずに話した。

「市長が切人殺害を司令したわ。特殊部隊と言っていたから、多分スマトッグね。奴はどの道おしまいよ。」

「それ以上喋らないほうがいい。」

 俺のたしなめる言葉に、咲月はごめんなさいとだけ喋った。

「市長も息子を殺された。ただ、魔術を知らないスマトッグに奴を倒せるとは思えない。奴がオーラを出せば銃弾が効かなくなるんだぞ?」

「そうかもしれない。でも、分かって。軍人と単なる殺人鬼は別よ。」

 俺は頷いた。軍人は殺人鬼ではないという言葉には頷くしかないじゃないか。




 俺は割と重い気分で輸送列車の中にいた。

 パワードスーツのAIはこの手の問題に答えを出さない。機械は殺人行為をどう捉えるだろう?自分の生まれた理由に逆らってでも否定するだろうか。

 下らない妄想を振り払う。

 準備をしているのに、こういう時はいつも気分が萎える。

 俺はサブウェポンと一緒に腰に吊り下げた水筒のお茶を飲んだ。


 そのまま深呼吸する。



  ドォォオオオン!


 激しい衝撃と爆発音。列車の先頭から煙が出ている。

 列車がブレーキ全開に急停止した。

「緊急で降車!」

 俺はヘルメットをクローズし、システムを立ち上げた。

 オールグリーン

 ガラティンを手に車両を飛び出す。


 銃声が飛び交う。

 敵の待ち伏せだ。

 秘匿していた情報が漏れている。


 ナイトスコープ・アクティブ

 スマートリンク・アクティブ


 光を増幅するスコープが起動する。

 これで暗闇の敵もバッチリだ。

 ズーム機能と照準で狙いをつける。

 射撃した。


 曳光弾が尾をひいて敵にあたる。

 殺人行為だ。だが、加減はできない。

 体の正中以外を狙ったが、そういう弾は外れた。

 敵をズームして気付いた。敵もナイトビジョンゴーグルらしいものをつけている。

 折り込み済みか。


 俺は応射しながら切人を探した。

 どこにもいない。

 叫び声があがった。


 振り向くと、電車に絡みつくように、終末の獣がいた。

 想像以上にデカい。霊体でなく、受肉していた。

 7つのヒョウの頭が口を開ければ、ライオンの牙が見えた。

 切人が召喚したに違いない。

 恐慌した隊員が銃撃するも、効いているのかいないのか。

 蛇の首が鎌首をもたげ、獣が攻撃体制をとった。

 俺が気合を入れると、尻子玉からオーラが吹き出し、ガラティンに緑の風をまとっていった。

「風よ!力を!」

 俺の射撃で見るからに嫌そうに獣が身をよじった。効いている。

 俺はエアを召喚した。

「加護を!」

 俺はエアに命じて、風の加護を他の兵の銃に与える。

「南無阿弥陀仏!」

 浄土真宗の近藤軍曹が俺の加護を受けて獣を撃つ。当然効く。

「神仏のご加護で倒せるぞ。」

「悪霊みたいだな。太陽礼賛!」

「パスタの神の名において、ラーメン、だ!」

 口々にジンクスを並べて撃つ。

「1つしかない胴体を狙え!のうまく さまんだ ばざらだん かん!」

 実家が僧侶の植松曹長の指示でヒョウの胴体を狙い撃った。

 これには獣もたまらず、列車から飛び降りた。

 頭が隊員を襲う。

「ひい、生麦大豆2升混合!」

 いつの間にか口々に各々の宗教宗派の祈りを言いながら、獣が近づけないように射撃された。

「俺は無神論者なんだ。」

「そういう時は南無阿弥陀仏だ。」

「いや、太陽礼賛だ。」

「スープと麺の名において、ラーメン、て言っとけ。」

「何でもいいから助けてくれぇ!」

 無神論者の隊員を無神論の冠を戴いた獣の頭が捕まえた。神様を信じないのは悪徳らしい。

「待ってろ。力ある風よ。」

「変わったお祈りだな。伍長。」

 近藤軍曹の感想を無視して俺が銃を撃つ。

 風の加護をうけた弾丸により無神論の隊員を口から離すことに成功し、牙で穴があいた隊員を別の隊員が助けた。

「仏説阿呆陀羅経〜。このままじゃジリ貧だ。やられる前にやるべきか。銃が効かぬが悩ましい。給料安いのに死にたくない。あそれそれ。」

 江戸の頃に流行り今も残ってる日本語ラップのあほだら経まで歌う奴が出る辺りが妖怪らしさだ。

 妖怪がお題目ばっかり唱えてたら気分が悪くなるものね、分かる。

 撃っても撃っても獣を殺しきれずに戦局が停滞する。



 青の気配。

 俺の新緑の風に対する深海混じりの死の青。

 そんなオーラを噴出させながら、切人が影からあらわれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る