第38話 大罪人

 切人は逃げた。


 あの時、切人を撃ち殺しとけば良かったか?


 そうしたら、俺は殺人の罪を背負うことになっていた。



 足りないのは覚悟だ。



 法の裁きが駄目ならば、道は1つしかない。


 切人を、この手で殺すのだ。


 奴は俺を狙ってくるはずだ。


 俺は俺自身をおとりにして、切人と対決する。


 そこでケリをつけるつもりだ。




 夜時間の帰り、咲月にその話を切り出した。


「俺は自分を囮に奴と戦ってみるつもりだ。」


「それで、どうするの?」


「俺が仕事以外で一人でいる所を見れば、奴は姿を見せるに違いない。だから、決着がつくまで咲月さんは危険な俺の家に行かないでほしい。」


「嫌だ。」


「やだ、て言われても。」


「嫌だ。絶対に。奴を倒すためなら何でもするわ。私と三平さんの力を合わせれば、奴は倒せる。」


「咲月さんにはできるだけ危ない橋を渡ってもらいたくないんだ。」


生憎あいにくだけど、もう渡ってるわ。」


 咲月は俺に頬を寄せた。


「三平さん。私は成り行きでも三平さんと付き合って良かったと思ってるわ。それに、切人と決着をつけるのは私の悲願でもあるの。私にも三平さんの戦いを手伝わせて。」


「そうだな。分かった。」


 俺達はキスをした。



 俺は夢をみた。


 また予知幻視ヴィジョンだ。


 咲月いわく、オーラが尽きるほど混じり合った結果、繋がりが出来てしまったかららしい。


 切人は猿渡ではない小豆洗いの男と対峙し、終末十字軍の信者に囲まれていた。


神鳴呪眼かみかるじゅがん。神鳴ジュオンの息子よ。これはどういうことかな?」


 小豆洗いは神鳴ジュオンの息子だった。


 猿渡に化けていた土魔術師の元の顔は、猿渡よりも顔の造形が幼い。俺より若そうな印象をうけた。


 呪眼はオッドアイの目で切人を睨みつけた。


「自分の胸にきいてみろ!父を毒殺したユダめ!」


「神鳴ジュオン様は、毒をあおったくらいで死ぬのかね?」


「…。」


 当たり前だ、と言い切れば教祖の神聖を損なう。


 酷く打算的な沈黙に切人が笑う。


「切人!貴様を牢から出したのは我々の仲間としてではない。我々の宿願、天の国の降臨を邪魔した貴様を私自らの手で粛清することにある!」


「この俺のような言い回しをするな。今まで生かしてやった恩を忘れたのか?」


「ほざけ!」


 呪眼は五芒星の描かれたタリスマンを手に切人に指をさした。


「魔術戦だ。お前を倒してやる。」


「魔術戦?構わんが、この俺とお前では位階レベルが違いすぎる。俺はもはや、物質界すら飛び越えようとしているのだ。」


 切人と呪眼がオーラを発する。


 切人がニヤリと笑った。


「ちょうど良い。俺は反キリストの体現を呼ぶことに成功した。エロヒムイッシームエロヒムイッシーム、獣よ、究極の悪よ。」


 黙示録の獣は7つの頭と10の角を持ち、角の上に10の冠をかぶったヒョウに似た化け物の姿をしている。


 その獣が他を圧するように顕現した。


 四脚で首が不釣り合いに長く、7つの頭に角が生えていて、先頭の3つの首は2本角だった。


 角を取り囲むように被った小さい冠には物質主義だの貪欲だの色欲だのといった悪徳の言葉らしい文字が綴られている。文字は読めなくても不思議と理解できた。


 恐怖する呪眼らに、切人が容赦なく宣告した。


「獣のすることといえば1つ。むさぼり食うこと。お前達はそのための餌だ。」


 切人の目が怪しく青く輝き、獣が長い首をヘビのように鎌首をもたげた。


 虐殺が始まる所で、幸いにも俺は目が覚めた。


 俺は水道の水をがぶ飲みして正気を保った。


 奴はノストラダムスの大予言のように、ヨハネの黙示録のように世界が滅びればいいと思っている。


 神様の助けなしにこれをとめないといけない。


 それが、俺の使命のように思われた。


 使命はあっても仕事もある。2つの両立は大変だ。


 俺が家路を急ぐ所に、見るからに宗教な人々が横断幕を掲げていた。


 神と和解せよ。


 アンゴルモアの大王だかとどうやって?


 馬鹿馬鹿しい主張だった。


 避けようとしたが、信者が俺にプリントを渡す。



 災いを過ぎ越す方法、とある。


 咲月のせいでオカルトや宗教に詳しくなった俺は、その言葉に見覚えがあった。


 旧約聖書の中に、動物の血を扉に塗って神の呪いを避けたという過ぎ越しの話があるが、文脈からいってそれなのだろう。


 信じてりゃ地震や暴風雨が人を選んで避けてくれるのか?


 黙示録では人間は救っても妖怪を救うとは書いてないぜ?


 それに忘れてはいけない。カルト宗教は真っ当な宗教のフリをするのだ。


 今や信者たちは天使に変化して自爆テロを起こせる。


 自分たちで災いを起こしておいて、自分たちなら災いを避けることができると吹聴する。

 これをマッチポンプという。その可能性が大いにあった。


 青いパワードスーツ隊がきた。警察の警ら隊だ。


 俺をみて敬礼する。


 暴力団を制圧したあの場に居合わせた警官だったのだろう。


 俺に宗教勧誘のまねをしてきた女が大声で叫んだ。


「大罪人だ!」


 その声を聞いた信者の群れが、団体で俺の方へやってきた。何のつもりだ。


「本当だ!大罪人の伍長だ!」


「おまわりさん。こいつを捕まえてくれ!」


 無茶苦茶言いやがる。


「何なんだ?」


 俺が狼狽えた所で畳み掛ける。


「天使様を殺しただろ。」


「可哀想な天使様。」


「この悪魔め!」


 俺を囲み始めた。おいおいおい。


「殺せ!」


 誰かがそう叫んだ。


 俺は急いでその場から逃げようとする。


「逃がすな!」


「殺せ!」


 怒りに火がついた群衆が俺の後を走って追いかける。


 俺はカバンの中に拳銃を持っている。ダタラ45だ。


 使うわけがない。俺は逃げに逃げた。


 警察のいない辺りまできて、俺は一息ついた。


 しかし追いつかれ、男がしつこく俺の所にやってきた。


 俺はカバンに手を突っ込んだ。


「この場からされ。でないと撃つぞ。」


「悪魔め!」


 男が向かってきた。


 俺はカバンから手を離し、前傾姿勢の男を蹴った。


 ひるんだ隙に頭を掴んで顎に膝蹴りする。


 男が後ろに倒れ、殺意に満ちた他の信者が俺の前に立つ。


 俺は今度こそ銃をカバンから取り出して突きつけた。


「警告はしたぞ。」


 そういいながら、天井に発砲する。


「我が身体と御霊を捧げん。アバドンレークス様おいでください。」


 男達が逆十字を切る。


 男、太った緑のあかなめだった、の肉体が骨格を破壊する音とともに四つん這いになる。


 他の男たちを巻き込んで大きな肉の塊になったあと、頭が肥大化しアバドンレークスに化けた。


 俺はひるむことなく、ダタラ45を撃つ。


 オレンジの光と火薬の弾ける匂いがして、アバドンレークスの体に弾丸が突き刺さった。


 低いライオンの咆哮をしたアバドンレークスは俺の体に食らいつこうとする。


 俺は尻子玉に気合を入れた。緑のオーラを噴出させ、弾にまとわせ発砲する。


 銃が効きにくいのは、半分霊体だからだ。


 つまり、妖気を纏わせた弾丸はよく効いた。


 どんぐりみたいな45口径に体を撃たれて、アバドンレークスがよろける。


 叫び声と発砲音をを聞いた警官たちが慌ててこちらにやってくる。


 俺はアバドンレークスの顔に銃口を近づけて3発射撃した。


 アバドンレークスは飛び跳ねる力を失うと、どこからともなくアバドンレークスに向かって祈っていた信者を巻き込んで倒れた。


 化け物を出した時点で奴らの負けだ。これで思想・信条の自由などと言い訳も出来ない。


「天使様を撃たないで!」


 俺の前にきた二口女ふたくちおんながアバドンレークスをかばう。


 俺が撃てずに躊躇していると、野生であるアバドンレークスが二口女にライオンの牙で噛みついた。


 俺は二口女に噛みついたアバドンレークスの頭に、また何発も銃を撃つ。


 アバドンレークスの目から光が消えるのが分かった。


「天使様のかたきだ!」


「大罪人に死を!」


 向こうは殉教覚悟で向かってきた。


 冗談じゃない。


 警察が走ってきた。


 遅いぞ、俺なら50メートル7秒の速さで移動できる。


 俺は警官のもとへ急いだ。


 味方がついたと知るや、信者たちは散り散りに逃げ出した。



「冗談じゃないぜ。」



 俺は肩で息した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る