第37話 脱走

 暴力団へのみかじめ料を払うのを拒否して武装した闇市自警団と暴力団との銃撃戦があった。


 警察はこれに新設されたばかりのパワードスーツ隊を派遣した。


 警察の青いパワードスーツはしかし、中の妖怪の練度不足により適合率が悪く、パワードスーツが足かせとなってろくに動けていなかった。


 そこで、応援要請により鉄道警らパワードスーツ隊、つまり俺の出番がきた。


 第二次地下生物掃討戦でのかりを返すというわけだ。


「死者をなるべく出すな。」


「了解!」


 返事とともに、俺は跳ねて飛んだ。


 空中で銃撃をかわすと、照準を暴力団の手足に定める。


 単発で撃つ。


 手に足に当たって、顔が口に化けたかと思うほど口を開けて暴力団が倒れた。


 壁を蹴って空を舞って宙を飛んで、遮蔽物の影に隠れている暴力団に照準し、撃つ。


 ものの10秒で制圧した。楽勝だ。


「くそっ。化け物が。」


 出血している暴力団員がアドレナリンで動く。


「はい。没収。」


 俺は銃を取り上げた。


「何モンだ?ああ?」


 頭の禿げた鬼の暴力団員が睨む。


「俺は鉄道警らの者だよ。抵抗をやめるんだな。」


「鉄道警らだぁ?」


 凄んでるところ悪いけど、アバドンレークスより怖くない。


 コメントは流石に心のなかでつぶやいた。


 あっという間すぎて、警官たちの立場が無かった。


 共同作戦というより、俺の一人劇場で終わったようなものだ。


 帰宅した時、扉の鍵が開いていた。


 中に入ると咲月がいた。鍵を渡しといて良かった。


「おかえりなさい。」


「ただいま。」


 何だか気恥ずかしい。


 ちょうど良かったので、2人で晩ごはんを食べた。


 咲月は猿渡の話をした。


「課長をオーラ視したけど、やっぱりごく普通の妖怪だったわ。魔術の気配もなかった。」


「じゃあ、やっぱり猿渡に化けた奴があらわれる可能性があるな。」


「報告はしたけれど、」


 咲月は額に指をあてた。


喧々諤々けんけんがくがくして警備を増やすだけの話になったわ。誰も夢の話なんて信じないし、馬鹿馬鹿しいで片付けられるから素直に報告は出来ない。その上、魔術はカルト宗教の習性や背景を知るための迷信くらいにしか思われてないの。」


 咲月はため息をついた。疲れているだろう。


「疲れたら甘いものが一番だぞ。はい、チョコレート。」


 お菓子は会話を円滑にする有効な外交手段だ。


「ありがと。ん、美味しいわね、これ。」


「ヤツシロで買ったやつさ。」


「へぇ。」


 咲月は板チョコをポリポリかじった。


「とにかく、オーラをみて猿渡が入れ替わりしないかとか、警備を厳重にするとかしかないな。」


「もどかしいわ。」


「俺もだよ。」




 その夜、切人のいる首都トオノの警察署にトラックバンが猛スピードで突っ込んだ。


 トオノ。


 そこは日本の東京と京都を2で割った所だ。


 市より州の様相が強い地方自治により、人口の分散がうまくいっているので、トオノへの経済や人口の一極集中は避けられている。


 ヤツシロがいい例だ。一極集中していてはそこが潰れたら国まで滅ぶ。


 切人の身柄を首都に置くなんて、秘匿にしてもわかり易すぎる。


 テロリストにここでございと言っているようなものだ。


 警察署を襲った終末十字軍が、銃撃のちアバドンレークスに妖怪変化して暴れまわった。


 俺はその光景を夢でみた。


 多くの血が流れ、死体が転がる。


「被疑者を留置所から出すな!」


 拳銃を撃ちながら、偉そうな鬼のおっさんが叫ぶ。


「留置所を警護するぞ。」


 小豆洗いの猿渡が後ろに移動した。


 猿渡のオーラを見る。


 オーラ視できた。


 黄色いオーラが邪悪な意識により黄土色に変色している。


 土魔術だ。


 いつの間にか入れ替わっている。


 何かしようとジタバタして、俺は何も出来なかった。

 意識だけの状態だ。もどかしかった。


 しばらくして、猿渡と男がでてくる。


 青のオーラ。


 顔が変わっているが、間違いない。切人だ。


 畜生、結局こうなるのか。


 興味深い話だが、切人は顔を変形させてもトノサマガエルがヒキガエルになった程度にしか変わってない。


 しかし、誰も切人とは気づいていなかった。


 猿渡のとなりにいる切人は足を引きずりながらも悠々と警察署を後にしようとする。


 俺は叫んだ。音も出ない。


「おい、お前何をやっているんだ?」


 刑事の一人が切人を掴んだ。


「エロヒムイッシームエロヒムイッシーム、炎の神よ…」


 切人が呪文を唱え、虚空からアバドンを召喚する。


 泡をくった刑事が切人とアバドンに射撃したが、アバドンにしか弾があたっていない。


 刑事がアバドンの尾に刺された。




ピリリリリ ピリリリリ




 俺はピリリという音で目を覚ました。


 咲月のポケメモだった。


 咲月が目を覚ました。


「マズい。奴の、切人の幻視をみた。」


「ちょっと待って。公衆電話で確かめるから。」


 帰ってきた咲月の顔色は蒼白だった。


「切人が逃げたんだな。」


「ええ。」


「俺がみたのは、警察署に車が突っ込んで、混乱の中で他人になりすまして逃げる切人が見えた。」


「どうして、どうして。防げたのに。うっ。」


「咲月さん!」


 倒れそうになる咲月を俺は支えた。


「切人には勝てないの?」


「大丈夫だ。倒すよ。何度でも。」



 俺は風のオーラを上昇気流のように吹き上がらせた。

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