第36話 変化
俺は夢をみた。
檻の中。留置所。
切人が座り込み、瞑想するように眠っている。
「平野三平。見てるんだろう。」
ああ、見たくもないけどな。
切人は俺に気づいていると思っていたが、寝息をたてていた。
もしかして、寝言か?だとしたら、嫌な寝言だ。
入り口から誰かが留置所に入ってきた。
「教祖様。」
「猿渡か。」
「カメラに細工をしましたし、警備を手薄にしました。今なら出られます。」
「良し。」
細工だと!?出るだと!?
猿渡とやらが留置所の鍵を開けると、切人は俺が撃った右足を引きずりながら外にでた。
「こちらへ。」
猿渡に促されるまま、切人が留置所から去ろうとしている。
見ていながら、やすやす逃すわけにはいかない!
俺は叫べど、何もできない。
ただ、意識だけで追いかけていく。
切人は眼鏡をかけ、黒のスーツに着替えた。
「肉は土となり、土はその様相をかえる。」
切人の顔が粘土にこねられたように変わる。
猿渡は土の魔術師だった。
「素晴らしい。」
別人になった切人が歯をみせた。
「声までは変えられませんので、お静かに。」
「分かった。」
服が変わって顔が変わればもう他人だ。
警察官を次々無視して去っていく。
俺は無力を感じていた。
切人への恨みというか、殺したい気持ちが湧き上がった。
ただ、天使を殺すのと人を殺すことでは意味合いが異なる。
俺は幻視の中で、職務にかこつけた殺人鬼になりたくない、と自分の怒りをコントロールしようとした。
奴がとうとう警察署の外にでた。
猿渡にうながされて黒い車に乗る。
車の行き先を確認しようとした所で、俺の夢は途絶えた。
俺は深夜に起きると、寝汗をかいた首をふった。
気分?最悪だ。
咲月は仕事柄、ポケメモを持っている。ポケメモはポケットベル&メモリーの略だ。
緑の公衆電話から咲月のポケメモに電話する。
十円玉を入れまくり、ダイヤルボタンを操作して留守番電話でショートメッセージを吹き込んだ。
「平野です。切人が逃亡するヴィジョンを見ました。家にきて下さい。」
これでポケメモが鳴り、メモ番号を使って、近くの公衆電話で留守番電話が聞ける。
もどかしい。
肩に下げる大きな個人用の携帯電話が開発されていたが、電波を中継する装置を地上に建てなければならないため、ポケメモしかない。
普及しなかったのは電話会社の利権が絡んでいるという噂だ。
軍の最新の通信技術が民間に活用される日がきたら、一気に手のひらサイズで無線通話ができる装置が開発・販売されるに違いない。
平和になれば、可能になるだろう。
まだ身悶えするような夢の感触に
早朝、咲月が来た。
俺が幻視の内容を全て話すと、咲月は小さい顎に指を乗せて考え出した。
「今の所、切人が脱走した話はないわ。でも、幻視では三平さんが知ってるはずもない猿渡課長を正確に見ている。三平さんと課長に面識はないはず。」
「信じるかは分からないが、猿渡という男はヒゲがはえてて頭をちょんまげにしていた。」
「なら、完璧に猿渡課長だわ。彼はハゲを誤魔化すのにわざと
妖怪の中には江戸時代に憧れを持つものも多い。
頭頂部のハゲを隠すため髪の毛を寄せて無理やり髪型をつくるより、ちょんまげにする者もいた。特徴的だが、
「でも、課長が土の魔術師とか信じられないわ。彼のオーラは普通だった。」
「もしかして、猿渡の変装をしたのかも。そうは考えなれないか?」
「あり得るわね。」
咲月は大きな瞳を輝かせた。
「この社会では魔術はないことになってる。人間社会をお手本とした弊害ね。
「本人と思って留置所内に侵入できるな。」
「貴方の見たヴィジョンは予知幻視、つまり未来を予知した可能性もあるの。何とか防がなきゃ。」
今日は平日だ。残念だが、これ以上は咲月にまかせるしかない。
俺は、切人を殺すべきだったかもしれないと言うと、咲月は俺の肩を軽くグーパンチした。
「人殺しになりたいの?兵隊さん。殺さず捕まえることが出来たのだから、それが一番よ。」
「そうか。」
「当たり前でしょ。」
捕まえることを選択したのは、人として当たり前らしい。良かった。
平日勤務で、同衾警護する。
「今日のテレビ見ました?」
「テレビ持ってないの知ってるだろ。」
梶原はテレビが来たのが嬉しくて仕方ないようだ。
「桜も葉桜になるそうですよ。」
桜は幽世では長く咲く。春の季語ギリギリといえた。また、幽世の四季は日本とはずいぶん違うらしい。
「すぐに夏が来そうだな。」
「それと、街の外壁の大規模補強工事があって、都市開発計画もすすんでるそうです。」
「テンジンの都市整理だろ?確か、テンジンビックバン計画とかいう。」
「それですよ。都市浄化らしくて、その、任侠な方々と揉めてるらしいです。」
任侠。日本では任侠映画があったが、妖怪の
どこから調達するのか、薬物が横行しているのが問題化していた。噂では地上に大麻畑があり、そこから大麻を高額で売ってシノギにしているのだという。
市はこれを
つまり、市の主催する市場をやるということだが、同時に用心棒面で稼いでいた暴力団の仕事を取り上げる格好になる。
市は暴力団追放をかかげ、武装した暴力団に対し、パワードスーツが貸与された警官らで対応するという。
新設されたばかりで戦力が足りず、場合によっては俺達も出番が来るだろう。
「ま、俺達が出張ることになるだろうな。」
「伍長殿はパワードスーツ隊ですものね。やっぱ俺もパワ隊に志願しようかな。」
基礎適正テストで落ちそうな梶原が、羨ましそうに呟いた。
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